手放す未練
恵美side
「あんた、バカァ~~~~~~!?」
その日の夜。
昨日の反省会と今日の報告するために麗音が私の部屋に来て、事実をあるがままに話した第一声はこれだった。
彼女はテーブルに両肘をついては頭を抱えて大きめの溜め息をつく。
「あたしが昨日、頑張って告白した意味は?」
「それはぁ……」
「あんたがわざわざ買ったプレゼントの意味は?」
「そのぉ……」
「結局、気づいたら円華くんの部屋で寝てて?起きたらぜ~んぶ、頭から抜けてたってわけぇ?」
「……ごめんなさい」
顔を逸らしながら謝れば、麗音は背後から黒いオーラを出しながらジト目を向けてくる。
納得いかないって言う雰囲気が全開になっている。
でも、事実だから仕方がない。
だって、円華の部屋に行って出されたものを飲んだら急に身体が熱くなって、気づいたらベッドの上だったから。
一瞬、円華が変な薬でも盛ったのかと思ったけど、それにしては目が覚めた後の反応がおかしい。
最初にビクッと肩を震わせていたのが、妙に頭に引っ掛かった。
その後は何もなく部屋に戻ってしまい、バッグの中を見てプレゼントに気づいた。
「何をどうしたら、そうなるかなぁ~‼本当意味わかんない‼」
私も自分で意味がわからないと言いたいけど、それじゃ納得しないのはわかってる。
「とりあえず、明日また渡しに行くこと。良い?」
「明日はぁ……もうクリスマスじゃないし」
「そんなこと言うなら、来年のクリスマスに渡すつもり?それまで大切に保管できる?あの変な所で鋭い偏屈者に気づかれずに?」
確かに円華の場合、部屋の中のちょっとした変化に気づいてもおかしくない。
そう考えると、さっさと渡した方が良い気はする。
「あぁ~もう‼恥ずかしい‼私の頑張りを返して‼」
「そ、そんなこと言われてもぉ……私だって、本当は渡そうとしてたもん」
「もんじゃないでしょ!?行動と結果が合ってないの‼わかる!?」
渋々頷き、小さく息を吐いて手元にある小包を見る。
「じゃあ、明日渡してみるよ。タイミングは悪いかもしれないけど、この際仕方ないから」
「もう遅れたクリスマスって言えば、円華くんだって納得するわよ」
やれやれと呆れた感じで言う麗音に、首を横に振る。
「クリスマスは関係ないよ。円華にとって明日は、それとは関係なく特別な日だから……」
「……特別な日?」
私の言葉が引っ掛かったのか、彼女は怪訝な表情で首を傾げる。
多分、円華は明日、ずっと気分が沈んでるんだろうな。
本当なら、明日だけはそっとしておいた方が良いのかもしれない。
「明日はね……涼華さんの誕生日なんだよ」
ーーーーー
円華side
12月26日。
当日の連絡で呼び出された場所は、花園館の前だった。
そこに呼び出した本人は立っており、その手には白い花束が握られている。
俺が靴音を立てて近づこうとも、それに気づいていない様子だ。
「……黄昏てんのか、先生」
声をかければ、岸野先生は顔をあげてこっちに向けてきた。
「まぁ…な。今日は朝から、頭がボーっとしている。おまえはどうなんだ、椿?」
「そうでもねぇよ。あんたと俺じゃ、姉さんに対する感情は微妙に違うしな」
先生の隣に立ち、彼が見つめる大きな花壇を見る。
スイセンの花で埋め尽くされている花壇に、花束からクリスマスローズの花を取り出してそっと添える。
同じ白い花でも、形が違えば全然違うものに見える。
「あいつが好きだって言っていた花だ。……あいつの残留思念って奴があるなら、添えるとすればここが良い」
「……ここで、姉さんは死んだんだよな」
岸野は静かに頷く。
「あいつの遺体を見つけた時のことは、今でも覚えている。最初は、ただ寝ているだけなのかと思っていた。それほどまでに、健やかな笑みを浮かべていた」
「……ずっと、あんたからその話を聞いた時から謎だったんだ。何で、姉さんは笑顔で死んだのか。あの白騎士に殺された時、何を思ったのか。何を思って笑ったのか。……それが、全然わかんねぇよ」
死んだ時に笑みを浮かべる理由なんて、死んだ奴にしかわからないのは当然の話だ。
だけど、今まで多くの命を奪ってきた俺にはわかる。
理不尽に命を奪われる奴の顔は、大抵は絶望の表情を浮かべる。
姉さんだって、その死は理不尽なものだったはずだ。
腹部を貫かれて、痛々しい姿だったのは確かだろう。
理不尽に命を奪われたにも関わらず、絶望とは対照的な顔を浮かべる。
死の間際に何を想ったら、笑うことができたのか。
俺には、全くわからない。
「1つ言えることがあるとすれば、涼華は最後にあいつらしく死んだんだ。あいつが、絶望に打ちひしがれながら断末魔の表情で死ぬなど、想像もつかなかったからな」
「姉さんらしく……か」
その言葉を理解はできても、納得はできなかった。
姉さんらしく死ぬことができた。
それは華やかな言葉に聞こえるかもしれない。
だけど、死んだらそこで終わりだ。
何も残らないし、何も生み出すことはない。
そんな終わり方をして、姉さんが満足していたのか。
もっと、やりたいことがあったんじゃねぇのか。
もっと、幸せな時間があったんじゃねぇのか。
そんな予測の希望がありながらも、姉さんの時間は止まり、もう決して動くことはない。
だからこそ、絶対に叶わない願いが頭に浮かぶ。
姉さんが、何を思って自身の人生の幕を閉じたのか。
ヤナヤツが言っていた、姉さんの残した遺言にそれが隠されているのか。
わからない。
こんな永遠に導き出せない答えを探し、もがき苦しんでいる。
俺はポケットから四角い箱を出し、それを見ながら岸野に問いかける。
「さっきの花は……もしかしてだけど、クリスマスプレゼントのつもりだったのか?」
「いいや、バースデープレゼントのつもりだった。もう突っぱねられることもないからな。気兼ねなく、あいつの誕生日を祝うことができる」
岸野は腰を丸めて膝立ちになり、自身が添えたクリスマスローズを見て笑っている。
まるで、これで姉さんも喜んでくれるだろうと思っているかのように。
「おまえは、渡さないのか?それは、あいつへのプレゼントだろ?」
俺の持っている箱を見て訪ねてくるのに対して、すぐには答えを出さない。
死んだ今なら、誕生日を祝うことができる。
岸野の言葉に引っ掛かりを覚えたんだ。
「姉さんが誕生日を祝われることを嫌っていた理由、あんたは知ってるのか?」
「……本人から聞いたことはある。おまえは?」
「いいや。あんたが羨ましいよ。姉さんは俺に話してくれなかったことを、あんたには話したんだな」
ずっと、ガキだからって理由ではぐらかされていた。
姉さんは人の善意を無碍にするような人じゃなかった。
それでも、彼女は自分の誕生日に対しては全ての善意を拒絶していた。
その理由を、ずっと知ることができなかった。
だけど、岸野はそれを知っている。
それが弟か、恋人かの違いなんだろうか。
「知りたいか?」
「当たり前だろ。ずっと、胸の中で抱えていたモヤモヤの1つなんだからな」
確認してくる岸野に、即答で答えれば彼は話してくれた。
「涼華の誕生日……それは、アイスクイーンとしてのあいつが生まれた日でもあるらしい。初めて人の命を奪った、忌まわしい日なんだそうだ」
「……そういうことだったのか」
聞いてみれば、たったそれだけの理由だった。
そう言うことなら、俺も『椿円華』としての誕生日を忘れたことはない。
椿円華として生きようと、あの時の冷たくなっていく襲撃者の身体の感触を忘れたことはない。
そして、その感触から生まれる恐怖を、飼いならしながら生きてきた。
何だよ、俺と姉さんは同じだったのか。
そんな程度のことなら、生きてる時に教えて欲しかった。
いや……教えないことが、優しさだったのかもな。
逆に、俺のために気を遣ってくれてたのか。
「そりゃぁ、姉さんの性格からしたら祝われたくねぇはずだぜ。自分の命が生まれた日が、自分が命を奪った日なんて……耐えられるわけがねぇよ」
「それを知っていたら、おまえはそれでも涼華を祝おうと思ったか?」
「……無理だろ、そんなの。知っていたら、その日が一々、別の意味で気が重くなりそうだぜ」
知らないことが、救いだったってことかよ。
俺はこの事実を知ってなお、姉さんの誕生日を祝おうと思うことはできなかった。
岸野と俺では、考え方が違う。
岸野はそれでも、死んだ恋人の誕生日を祝おうとしている。
それを否定するつもりは無いけど、俺にはできない。
死んでいたとしても、家族の意思を尊重したい。
「ありがとな、先生。俺の代わりに、姉さんの誕生日を祝ってくれて」
「……俺が涼華にしてやれることは、あいつのことを忘れないことぐらいだからな。あとはただの自己満足だ」
「それでも、先生には感謝してる。クラスの奴らだって、同じ気持ちだと思う」
少なくとも、24日のパーティーで先生は受け入れられた。
俺たちと岸野先生の間には、確かな信頼がある。
だけど、この人の心はまだ……。
岸野は俺の言葉に違和感を感じたのか、サングラス越しに怪訝な目を向けてくる。
「椿、単刀直入に言え。俺にどうして欲しいんだ?」
「……俺が言えた義理じゃねぇけど、過去を振り返るだけじゃなくて、前を向いて生きてくれよ。今のあんたを見ていたら、姉さんだって浮かばれねぇよ」
過去に囚われていると言う意味じゃ、俺もそう変わらない。
だけど、この人は俺の目から見ても、過去に……姉さんに囚われ過ぎている。
岸野はすぐに否定するかと思ったが、しばらく俯いて考えた後に顔をあげて言った。
「そうできるかどうかは、おまえの復讐劇の展開次第だな」
そう言う彼は、これまでに見たことがないほどに儚い笑みを浮かべていた。
「期待している。あいつの意志を継ぐ者として、おまえの成長を。そのために俺たちは居るんだからな」
岸野はそう言って、俺に歩み寄ればポンッと頭に手を置いてから通り過ぎて行った。
あの人が変われるかどうかは、俺の復讐次第……か。
責任を上乗せしてくるんじゃねぇよ。
頭を荒くかいて溜め息をつけば、強い風が吹いて上着を押さえる。
「うわっと!?」
そして、下を見れば、道路に先ほど花壇に添えられたクリスマスローズが散らばっている。
それを見て、俺は呆れた顔になって空を見上げる。
「死んでも許してくれねぇってか。……やっぱ、あんたはそうだよな」
ーーーーー
花園館を離れる前に、ずっと後ろから視線を感じていた相手に声をかける。
「……ったく、この寒空の中でよくもまー、ストーキングできるぜ。なぁ、恵美」
名前を呼べば、木陰からはみ出ている銀髪のポニーテールがビクッと震える。
「な、なな、何で!?いつから!?」
恵美がチラッと顔の半分を出せば、その顔は恥ずかしさからか赤面になっている。
「最初から気づいてたに決まってんだろ。前から思ってたけど、おまえって気配が分かりやすいんだよ」
岸野との時間を優先して無視していたけど、長話でも立ち聞きしていた所から、また何か用事があるのだろうと思っていた。
身体を出せば、その手には小さな袋を両手で持っている。
「……何だ、それ?アフタークリスマス?」
「ま、まぁ……そんな感じ」
目を逸らして言い、ズイッと両手を前に出して渡してくる。
「クリスマスも……そうだけど、遅ればせながら、バースデープレゼント」
「……はぁ~、おまえさぁ、さっきの話聞いてたか?」
呆れた目を向けながら聞けば、恵美は不服そうな顔をする。
「わ、わかってるし‼その……タイミングが悪いってことも、あと……今日が、どういう日かって言うのも……」
恵美なりに気を遣おうとはしていたんだろう。
今日に渡すのは勇気が要ることだったとも思う。
バツが悪そうな顔をしている彼女の手から、小袋を受け取る。
「ったく、しょうがねぇな。ありがたく受け取っとくぜ」
俺が手に取れば、恵美はぎこちないながらも笑みを浮かべてくれた。
そして、こっちもポケットから箱を取り出す。
「その代わり、おまえもこれを受け取ってくれよ」
「それって……良いの?ずっと、涼華さんに渡そうとしていた物だったんでしょ?」
「良いんだ。もう、姉さんに渡す意味も無くなっちまったからな。……俺もそろそろ、姉離れの時だ」
姉さんに対して抱いてた想いが今日、はっきりわかった。
岸野にはできて、俺にはできないことがある。
あの人は恋人だったから、俺は家族だったから。
結局、俺の初恋は憧れと同等だったってことだ。
自分の中でも、涼華姉さんの中でも、家族という枠組みを超えることはできなかった。
俺も岸野先生に言ったように、過去だけでなく今に目を向けなきゃいけない。
姉さんへの想いは忘れないし、大切な人を失った復讐を止めるつもりも毛頭ない。
それでも、俺が戦う理由は過去だけじゃないから。
「おまえが預かっててくれ。クリスマスプレゼントってことでさ」
「……し、仕方ない…ね」
恵美はぎこちなく頷き、持っていた鞄の中に入れた。
彼女に渡したのは、俺の未練。
10年前に渡そうとしたオルゴールだ。
もう10年経ったんだし、女に渡しても良いんだろ?
花園館を離れ、俺と恵美は少し話すために遠回りして歩くことにした。
まだクリスマスツリーが並んでいる、華やかなイルミネーションを通りながら。
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