黒いスマホと、壁紙の女
雨水に自身の過去について話すと、こいつは目を見開いて俺を見る。
もちろん、獣に変わったことや凍死したってところは、俺が首に噛みついて殺したことにした。
言っても信じないだろうし、首筋を噛みちぎったのは本当のことだから、その事実を利用した。
「こうして、俺は桜田円華から椿円華になったわけだ。どうだ、驚いたか?」
「あ、ああ……壮絶な過去を、幼少の頃から送っていたのだな、貴様は」
「まぁな。だけど、今は椿家の者になれたことは幸運だと思ってる。姉さんにも会えたし、面白い親父、お袋さんにも出会えた。生活環境は厳しかったけど、その経験を通して、自分で言うのもなんだけど強くなれた気がするからな」
「……心が強いな」
「やめろよ、気持ち悪い。…ほら、休憩は終わり。あと少しで終わるから、さっさと片付けを終わらせるぞ」
「勝手に話を始めたのは貴様だがな」
「うっせーっての。おまえも聞きたがってただろぉが」
段ボールに詰め込む作業を再開すると、俺は大きい物を、雨水は小物を段ボールに入れて行く。
「キャップ付きの帽子に……伊達眼鏡に付け髭、そして何処かの作業服。一体何に使うんだ?こんなの」
「小ネタに使えるんだよ。今度芸でも見せてやろうか?」
「遠慮しておこう」
「それは残念」
今のセットは、ただの変装セットだけど、それは言わなくても良いか。
ほかにも、現役時代に『仕事』で使っていた物を触られたが、そう言う過去はまだ話していないから、別に怪しまれることは無かった。
これについては言う必要はないしな。
俺の方はすぐに終わり、雨水の方に手を回そうとすると、こいつが手に持っていた物を見て、すぐにそれを奪い取った。
「っ!?…どうした、急に…!?」
「……電源、入れたか?」
「はぁ?……いや、入れてないが」
「そうか…悪いけど、もう終わったも同然だから、帰ってくれないか?」
視られたくない物を見られてしまった。
俺の中で焦りが生まれる。
「おい、様子がおかしいぞ?本当にどうしたのだ?何を…そんなに震えている」
雨水に言われて、自分の右腕の肘から下を見ると、確かに挙動不審と思われるくらいに震えている。
まずい…‼目が…‼
これは前兆であり、すぐに俺は両目をおさえる。
そして、ドアを開けて外を指さす。
「頼むから…‼もう……帰ってくれ‼」
雨水を下から睨みつけて言えば、あいつは溜め息をついて俺の肩を軽く叩いて部屋を出てくれた。
空気を読んでくれたか……良かった。
畳の上に寝転がり、両目がうずく痛みに耐えて治まれば、左手に持っている黒いスマホを見た。
俺はスマホを2台持っている。
1つは普段使っているスマホで機種変することもある。だけど、このもう1つの古い機種の黒いスマホだけはずっと持っている。
電話もメールの送信もできず、アプリをダウンロードすることもできない不良品。
しかし、ある人から持っているように言われてから、ずっと持っている。
俺自身も、どうしてこれが重要なのかはわかっていない。
だけど、壁紙を見た時から捨てると言う選択肢は消えた。
電源を入れると、どこかの高校の制服を着た茶髪の女子が、微笑んでいる姿が映っている。
その人の目は紫色で、どこか親近感を覚えたんだ。とても、他人とは思えないほど俺と似ている女。
BCに聞いても誰かわからないと言う始末。写真の中の彼女は今の俺と年が近いくらいだから、BC以外にも俺たちには姉が居るんじゃないかと思ったんだっけ。
結局、未だに誰かはわからないけどな…。
しばらくして深い溜め息をつくと、深呼吸して気持ちを整える。
「そう言えば、あの謎のメールもこのスマホに来たんだっけ」
受信メールを確認すると、そこにはたった1件だけ残っており、それを開く。
『今、これを読んでいる君へ
椿涼華の死の真相を知りたければ、来年、私立才王学園に入学しなさい。
彼女の死は自殺ではない。
ヤナヤツより』
文章だけで、この内容を信じることはできなかった。
だけど、このメールに添付されていた1枚の写真が俺にこの情報に確信を与えた。
気を失った姉さんの顔を掴み上げている、蒼のマントに身を包んだ白い鎧の騎士の後ろ姿。
こいつを追い求めて、俺はこの学園に来たんだ。
我ながら、こんなふざけたメールに振り回されたと思うと腹が立つ。
しかし、このメールの内容を疑うことがどうしてもできなかった。
今日は昔のことをよく思い出す日だなぁ…謎を思い出す日でもあるけど。
姉さんを思い出す度に、写真の中の仇がチラつく。
復讐は完遂する。
それが、この才王学園に来た目的だ。
その後のことは、今は考えている余裕はない。
ーーーーー
???side
入学してから、ほとんど外に出ていない日々。
今日で何日が経ったんだろう?
1度だけ風邪を拗らせた時、学園の許可を得て病院に行ったことはあるけど、それ以来ネット通販で生活している。
部屋の中に引きこもって、ゲーム三昧の日々を謳歌しているけど、そろそろ外に出ないと人間として終わってしまう気がする。
それに、オンラインで自称ハイランカーのプレイヤーをボコボコにして泣かせるのも飽きてきた。
カレンダーを見ると、もう7月。
そろそろ、連絡が来てもおかしくないんだけど……。
スマホをジッと見ていると、電話が鳴って画面に想定していた人の名前が画面に映ったので出る。
「もしもし?」
『俺だ。そろそろ、学校に出てこい。出席日数がヤバいことになってるぞ?』
「……面倒くさい。今更、教室に行く気力も湧かない。私だけオンライン授業にしてよ」
『そう言うな。入学する時に、おまえの保護者から任された俺の身にもなれ。何の成果もなく退学なんてことは、おまえもなりたくないだろ?』
「それは、嫌だ」
『だったら、我儘言うな。学校に来ると言うなら、おまえに良い情報と悪い情報がある。どっちから聞きたい?』
「じゃあ、悪い方から」
こういう時は、大抵悪い方から聞いた方が少しは気分が楽になる。
『おまえは、来週からDクラスからEクラスに降格することになった。入学した時はSクラスだったのに、ズルズルと落ちたものだな』
「学校に行く意味を感じなかっただけだし。それに、クラスはどこでも気にしてない」
『だったら、ここからが良い情報だ。おまえに学校に行く理由ができた。ヤナヤツの予定通り、椿円華がこの学園に転入してきたんだよ。椿涼華の弟だ。そして、今度からおまえと同じEクラスになる』
「涼華さんの!?……じゃあ、いよいよなんだね」
『ああ、おまえの出番だ。組織が何時、あいつの力に気づくかもわからん』
「……わかった。じゃあ、私も行くよ」
『護衛兼監視役は任せる。無茶をしやすい奴だからな。おまえが手綱を引いておけ』
「そればっかりは、何とも……。あまり、人と関わるの好きじゃないし」
『はぁ……日陰族め』
「うるさい、ヘビースモーカー」
悪態をつかれてこっちも返せば、向こうは再度溜め息をついて言った。
「見定めるのは好きにしろ。おまえには期待している。頼んだぞ、英雄の娘――――最上恵美」
「……その呼ばれ方、嫌い」
必要な要件は聴いたので、電話を切ってスマホを後ろにポイっと捨てる。
「椿円華……か。やっと、会えるんだ。お父さんの言っていた、希望と絶望を宿した男の子」
復讐者と英雄の娘。
2人の邂逅により、復讐劇は動き出す。
 




