表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カオスメイト ~この混沌とした学園で復讐を~  作者: カナト
振動する冬休み
288/498

けじめのための告白

 円華side



『私はあなたに、恋をしていました』


 その言葉を最初に受けたのは、旅立ちの日だった。


 姉さんの復讐のために、アメリカから日本に戻る時に仲間の1人から涙ながらに言われた。


 だけど、あの時の俺はその気持ちに答える余裕もあるはずもなく、結局は何の返事もできないままに日本に戻ることになった。


 自分が誰かに好意を持たれるなんて考えたことすらなかった。


 誰かの命を奪うことしかできない自分には、そんな資格は無いと思っていたから。


 浴びせられるのは、恐怖と妬みの混じった目。


 仲間だと思っていた者たちからも、どこか心で距離を取られている感覚はずっとあった。


 その中で、彼女だけはそれを感じさせず、俺と関わってくれていた。


 それでも……だからこそ、その気持ちに応えることはできなかった。


 復讐のことを抜きにしても、俺にはずっと、一生消えない罪が身体と心にこびりついている。


 どんな理由があれ、人の命を奪うことは許されざる行為だ。


 奪ってきた命の中には、どんなクズ野郎でも、そいつを大切に想っていた人が居るはずだ。


 その人たちから大切な者を奪った俺には、誰かから大切に想われる資格なんて無い。


 俺がどれだけ大切に想っていても、自分がその対象になって良いなんて思ったことはない。


 誰かの優しさに触れる度に、どこかで許しを請う自分が居る。


 その許可を出してくれる人は、もうどこにも居ないと言うのに。


 そして、今、俺はまた誰かに許しを得たい気持ちでいっぱいになっている。


 目の前で、あの時と同じように、自分に好意を伝えてくれる女が居る。


 彼女の目はうるんでおり、今にも泣きだしそうな気持ちの中、勇気を出して想いを伝えてくれたんだ。


 麗音は自分の想いを伝えた後、俺の言葉を待つようにじっと目を合わせてくる。


「…そうか……」


 やっと振り絞って出た言葉は、他人事のような返事になってしまった。


 それでも、麗音は安堵の息をついてフフっと笑った。


「はあぁ~あ、やっぱりね。困らせちゃったか~」


 俺の反応がわかっていたかのように、肩を落として深い溜め息をつく。


 そして、背筋を伸ばして胸を張り、清らかな表情を見せてくる。


「別に、返事が欲しいってわけじゃないから。そこは安心してね。あたしだって、今までの円華くんを見てたら、脈無しだってわかってたし」


 苦笑いしながら話していたが、「でも」と言って真剣な目になる。


「自分の中でけじめはつけたかったの。何も言わずに、気持ちを切り替えることができなかったから。そう言う意味じゃ、巻き込んでごめんってことで」


 ずっと話を聞いて、口を閉じている俺に対して、麗音は不満そうな表情をする。


「……ねぇ、何か言ってよ。いつもみたいに『しょうがねぇな』とか『面倒事に巻き込むな』とか……言ってよ」


「……」


 いつもみたいに?


 そんなの、無理だろ。


 こんな状況で、憎まれ口が出てくるわけがねぇだろうが。


「どうして……俺なんかを……」


 出てきたのは、問いかける言葉。


 身体全体と喉を震わせながら、弱弱しい声が出てくる。


「俺は……誰かに、好きになってもらう資格なんかねぇ男だ。ずっと……奪って生きてきた。誰かに否定されて、うとまれて生きていくのが、当然の人間だ。それなのに、何で…‼」


 湧き上がるのは、動揺と怒り。


 自分の中の常識が崩れる時、いつも襲ってくる感情だ。


 その中で、麗音は俺の問いかけに真っ直ぐにこう答えた。


「人を好きになることに、理由って要らないでしょ」


 それは胸の内側をドクンっとはずませる。


 そうだよな。こういう気持ちって、理由なんて後付けに過ぎないんだ。


 自分でもわからない内に、本能的にそう思うものなんだ。


 俺は今、理由と言う言葉に逃げようとした。


 ダメだ、そうじゃないだろ。


 麗音の気持ちに向き合わなくちゃいけないという想いと、それから逃げたいという気持ちが混在する。


 その中で、彼女は俺の目を逸らさない。


「円華くん……もう、自分を許しても良いんじゃない?」


 そう口に出す麗音は、はかなげに微笑んでいる。


「許す……自分を…?」


 復唱した言葉に、彼女は頷く。


「ずっと、誰かの命を奪ってきた自分が許せないでいる。だから……そんな辛そうな目をしてるんでしょ?」


 麗音からは、俺が辛そうに見えるのか。


 だったら、そうなのかもしれない。


 いや、実際にそうだ。


 俺は自分が許せない。


 これまで、命令があれば誰だろうと殺してきた。


 そして、それが日常として消化されていく自分を恐れていた。


 何十、何百、何千と命を奪っていき、それに対して飽和的になっていくんじゃないかって。


 俺には誰かに優しくされる資格なんて無い。


 誰かに大切に想われる資格なんて無い。


 だから、姉さんを失って今まで、復讐を終えれば孤独に生きていくつもりだった。


 それは罪を背負ってきた俺が受ける、当然のむくいだと。


 自責の念に囚われている中で、麗音は言葉を続ける。


「あたしもそうだったから、わかるよ。誰かの命を奪った人間は、ずっと自分を責めて生きていく。きっと、どれだけ自分に言い聞かせて正当化しようとしても、その事実はいつまで経ってもあたしを苦しめる。でも……円華くんは、あたしとは違うでしょ」


「違う…って、どういうことだよ?」


 麗音は俺と自分を重ねながら、異なる何かに気づいている。


 だけど、それが何なのかはわからない。


「あたしは本当のクズだよ。自分を守るためだけに、何人もの人を殺してきた。利己的な理由で命を奪うなんて、本当に最低……。でも、円華くんはそうだった?あなたが赤雪姫アイスクイーンとして、その手で命を奪ってきたのは、自分のためだったの?」


 何のために、この手で命を奪ってきたのか。


 多分……自分のために誰かの命を奪ったことは、1度も無かったはずだ。


 だけど、わけがわからなくても、理不尽を呪いながら生の温もりを奪った時のことは、今でも覚えている。


 蒔苗のかたきを討つために、彼女がこれ以上狙われないようにするために、栗原家の当主を殺すことを選んだ。


 それからも、何度も椿家の人間として世の中に潜むクズ野郎たちをほうむってきた。


 決して許されることじゃないことは、わかっていた。


 それでも、俺の手を血で染めることで誰かが救われるなら、その誰かのために刀を振るうことを躊躇ためらわなかった。


 それはラケートスに居た時も同じだ。


 俺がより多くの敵を殺すことで、あいつらが苦しむことは少なくなる。


 人を殺すことしかできなかった俺には、あいつらの心を救う方法が、それくらいしか思いつかなかったから。


「恵美が言ってたけど、円華くんは自分のために誰かを傷つけたことは無いんでしょ?だったら、あたしとは違う。あんたは、ずっと……誰かのために、誰よりも傷つけて、誰よりも傷ついてきた。そんな円華くんを責める人なんて……あたしの周りじゃ、想像もつかないけどね」


 自分のためか、誰かのためか。


 そんなのは殺された本人からしてみれば、関係ないことだ。


 麗音が、そして恵美が俺の血塗られた過去をどう解釈しているのかはわからない。


 だけど、俺は――――。


「……ありがとな、麗音。少し、心が軽くなった。でも……俺はまだ、おまえが言うように、自分を許すことはできそうにねぇよ」


 震えている自身の右手を見れば、それは寒さ故じゃないことを自覚する。


 これまでの自分を許すことに対する、恐怖。


 今でも、目を閉じれば聞こえてくる。


『おまえのせいだ』

『何で俺たちがこんな目に…‼』

『パパを返して‼』


 殺してきた者たちの憎悪と、大切な者を奪われた人たちの憤りの声。


 きっと、彼らが俺を許すことは無い。


 本当なら、俺は彼らに死んでびるべきなのかもしれない。


 だけど、姉さんが言っていた言葉を思い出しては死に急ぐことを思いとどまらせる。


『死んでつぐなえる罪なんてねぇよ。自ら死を選んでの贖罪しょくざいなんて、そんなのは自己満足だ。死んだ奴らに対してできることは、1つ。殺してきた事実を抱えた生き地獄で、もがき苦しんでいる姿をあの世から見物させることだけだ』


 死を選ぶことが自己満足であり、罪の意識があるなら、相手を殺した事実を抱えて、苦しみながら生きていくしかない。


 そして、その事実を抱えきれずに自暴自棄になった奴も、結局は死者の恨みに負けて余計に苦しむことになる。


 どれだけ逃げようとしても、人を殺してきた事実からは逃げられないんだ。


 そして、俺自身も逃げたくない。


 俺の答えを聞き、麗音は歩み寄って距離を詰める。


「やっぱりね。あたしじゃ、円華くんを変えることなんてできないことはわかってたわ。それこそ、実力不足って奴?こういう時、適任は別に居るのもわかってた。だけど、言わないと気が済まなかったのよね」


 彼女は俺の手を取ろうと自身の手を軽く伸ばしたが、すぐに手を閉じて止める。


「そんな頑固者で偏屈者のあんたに、最後に1つだけアドバイス」


 右手の人差し指を立て、口角を上げる。


「自分に好意を向けてくれる女の子の気持ちくらい、ちゃんと受け止めて大切にしてあげて」


「……え?それって、やっぱり―――」


 一瞬戸惑ってしまうと、麗音が俺の思考の先を読んで左手を前に出して待ったをかける。


「あ~、あたしはもう除外。あんたのことを好きだった期間は、もうおしまい。ちゃんと聞いてた?好きだった、過去形、わかる?」


「そ、そう…だよな。過去形、確かに」


 言われてみれば、『好きだった』ってそう言うことだよな。


 今更だけど、事後報告で告白されるのって、本当にどういう反応すれば良いのかわからねぇ。


「その《《誰かさん》》の気持ちにちゃんと向き合うことができたら、自分を許すきっかけにもなるんじゃないかなって。あたしは思うよ」


「……はぁ、どういう理屈だよ、それ?」


「ただの女の勘!」


 そう言って、彼女は言いたいことを言い終わったのか、後ろを振りむいて離れていく。


「ありがとね、あたしのけじめに付き合ってくれて。これでもう、本当に……満足だから」


「そ、そうか……」


 結局、彼女の気持ちに対する返事は最後までできなかった。


 それが自分の中で心残りであり、引っ掛かってしまっている。


 そんな中で、彼女は「あ、そうだ」と言って再度こっちに振り返っては、歩み寄って流れるような動作で俺の上着のえりを左手で掴んで顔を近づけてくる。


「えっ―――んんっ!?」


 起きた事態に対して、目を見開いて驚いていると、麗音は悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「キス……されると思った?」


 俺の口には人刺し指が当てられており、すぐに離れて口を押さえる。


「おまえなぁ…‼」


「アハハハッ、ごめんごめん。でも、本当……円華くんって、意外と隙が多いよね?そういう所、直した方が良いよ?」


 腹を抱えて笑う麗音に、俺は自身の首の後ろに手を回して溜め息をつく。


「……ったく、しょうがねぇな。忠告として、受け取っとく」


「そーそー、それで良いのよ。そっちの感じの方が、円華くんっぽいよ」


 いつもの調子に戻る中で、彼女は白い髪を夜風になびかせながら言う。


「でも、本当に……他の女に隙が多いと心配されちゃうよ?本当にキスしたい人は、別に居るんでしょ?」


 その問いかけに対して、俺の脳裏には一瞬でその誰かが浮かんだ。


 胸元まで伸びている銀色の髪をした、誰よりも守りたい大切な女が。


 黙っていることを肯定と受け取られたのか、麗音は言葉を続ける。


「自分の気持ちに素直になることも、円華くんの課題みたいね」


「……ああ。だけど、この気持ちと向き合うのは、復讐にケリをつけてからだと思ってる」


 復讐者としての目的は、忘れられない。


 この目的があるから、俺の中の誓いが成り立っている気がするから。


 麗音に素直に言葉を返した後で、俺は彼女の目を見て言った。


「だから、俺はおまえの気持ちには応えられなかった。悪かったな、麗音」


「……返事は要らないって言ったのに」


 空気が戻りかけていたのが、逆戻りしたことに呆れた表情になる。


「わかってる。だけど、こう言うのはちゃんと返事をしなきゃいけねぇだろ。おまえの出してくれた勇気には、応えたいと思ったんだ」


「変な所で真面目なの、本当にムカつく」


 麗音はそう言って、雪が止んで広がる夜空を見上げながら聞いた。


「ねぇ……最後に聞かせて?」


「……何だ?」


 彼女は問いを口に出す前に、俺に背中を向ける。


「もし……もしね?恵美が、あんたの前に姿を現さなかったら……あたしのこと、好きになってくれてたかな?」


 その声は震えており、自分の気持ちを必死に押し殺しながら言葉を出しているのがわかる。


 それに対して、俺は1学期の悲劇が起きる前の気持ちをかえりみる。


 そして、この場所で流した涙を思い出し、答えを出す。


「多分……な、確証はねぇけど。おまえはこの学園で初めて、俺が心を許したいと思った存在だったから」


 この言葉は気休めではなく、嘘じゃない。


 その想いが届いたのか、彼女は右手の袖を両目に当てては横にこすった。


「そっか……。ありがとう。それを聞けただけ、あたしは満足だよ。本当に…ね」


 彼女は「じゃあね」と言って、速足で校庭から離れていく。


 俺はその背を追わず、ただただ立ち尽くして先程の彼女と同じように夜空を見上げる。


「こういう時だけ、空って凄く綺麗に見えるんだよな」


 小さく息を吐けば、白い息が上に行っては消えていく。


 見上げた夜空に広がっているのは、満天の星と満月。


 狼がえるには、十分過ぎる景色だった。


 これで、クリスマスイヴは終わる。


 俺にとっては、麗音からの告白とアドバイスが、彼女からのクリスマスプレゼントになった気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ