クリスマスパーティー 場外
敦side
今頃、ガキどもは教室でギャーギャー騒いでる頃だろう。
全く、冬休みに教室を使ってパーティーするとか言い出した時は呆れたもんだ。
なんせ、クリスマス当日に教室を使用の申請をしてきたのはうちのクラスだけだったからな。
それでも、クラスで聖なる夜を祝おうという意思くらいは尊重してやった。
ガキの内に遊べるだけ遊んでおいた方が良い。
大人になれば、クリスマスも平日と変わらない。
特に独り身で何の予定もないと、任される仕事が偏ってくる。
本当に、溜まったもんじゃない。
暗い職員室に残っているのは俺1人であり、坂本もクラスの集まりに行ってしまった。
独り寂しくPCの前に座っていると、不意に過去のことが脳裏にフラッシュバックする。
あいつの不満そうな膨れっ面が。
「……そう言えば、あと少しで誕生日だったか」
もう2度と祝うことがない相手の誕生日。
クリスマスが近くなると、あいつの表情が曇っていたことを思い出した。
そう言えば、あいつは自分の誕生日が嫌いだと言っていた。
その理由を知った時は、流石に何も言えなくなったものだ。
2つの意味での誕生日になってしまったのだから。
結局、あいつの生まれた日を祝ったことはなく、辛うじてクリスマスに1度共に過ごしたぐらいだ。
「はぁ……そろそろ、冬になると憂鬱になるのを治したいんだがな」
そう呟きながらPC画面を見ながらキーボードを入力していると、不意に職員室のドアが開く音が聞こえた。
「うわっ…暗い‼」
後ろを振り返ると、仲川先生が入口に立っており、俺に気づけば「ど、どうもぉ~」と気まずそうに頭をかく。
「どうした、仲川先生?今日オフだって聞いていたが」
「え、えーっとぉ……その、オフをもらっても、やることも無いので、年越し前に終わらせられる仕事を終わらせようかなって思いまして。……って、こんな遅くに来てたら、意味ないですよね」
苦笑いしながら言い、彼女は職員室の明かりをつけ、隣のデスクに座ってはファイルを取って開く。
「パソコンを使うなら、ちゃんと明かりをつけてやらないと目を悪くしますよ?」
「あー、悪い。つい暗い所でやるのが癖になってた。節電だ、節電」
「そんな身体が悪くなるような節電は止めてください」
呆れた目を向けてきたが、すぐに怪訝な表情になった。
「そう言えば、Eクラスの教室が楽しそうな様子でしたけど、クリスマスなのでパーティーでもしてるんですか?」
「らしいぞ?うちのクラスのムードメーカーが、今日に備えて使用許可を出せと圧をかけてきてな。あのやる気を勉強にも活かしてほしいもんだ」
「先生は参加されないんですか?」
「俺は世間のイベントよりも仕事優先だ。それに俺みたいな教師が居た所で、あいつらが心から楽しめるとは思えないしな。一歩引いた所から見ているくらいが調度良い」
「……先生は、本当にそれで良いんですか?」
仲川先生は不満そうな表情を浮かべる。
彼女が何を言いたいのかがわからず、俺はPCから横に視線を移す。
「あの……私の勝手な考えを言っても良いですか?」
「……聞くだけ聞く」
素っ気なく返せば、彼女は真剣な眼差しで言った。
「岸野先生は、生徒たちに必要以上に関わることが恐いんじゃないですか?」
「面白い見解だな。何故、そう思う?」
「なんとなく……ですけど、先生とEクラスの生徒が関わる場面を遠目で見させていただいた時に感じたんです。先生が、本当は生徒のために何かしたいって思っているのに、その気持ちにブレーキをかけているみたいな感覚が」
言葉を区切り、顔を近づけてはサングラスの向こうの瞳の奥を覗こうとしてくる。
「先生は、何をそんなに恐がっているんですか?素っ気ない態度をしていたってわかります。あなたが本当は生徒想いな優しい先生だってこと。それはEクラスのみんなだって気づいて―――」
「所詮は真似事だ」
話す量に比例して感情がヒートアップする前に、彼女の言葉を遮った。
「俺には憧れていた存在が居た。そいつは、生徒のためならその身を投げ出す覚悟を持ち、教え導いてきた。その存在に近づけるように、俺なりにやっているつもりだ。しかし、それは猿真似に過ぎない」
教師として、あいつは俺が躊躇うことを平然とやってのけていた。
教職としては破天荒なやり方に反感を抱かれることもあったが、それでもあいつは自分の道を貫き、生徒だけでなく周囲の人間に強い影響を与えていた。
俺もいつしか、あいつに対して尊敬の気持ちを抱き、それが恋愛と言う形に変化するのにそう時間はかからなかった。
しかし、俺はあいつのように生徒と関わることはできない。
あいつがクラスの担任だったなら、俺のように理由をつけて距離を置くことはなく、生徒たちと共に笑い合う時間を共有していたはずだ。
この後に訪れる可能性がある、哀しい別れをする覚悟を胸に秘めながら。
だが、残念ながら俺はそこまで、心は強くない。
だから、俺のやっていることは形だけの猿真似だ。
生徒を教え導こうとする行動に対して、気持ちが追いついていない。
仲川先生は俺の憂いを感じ取ったのか、一瞬目を逸らしてしまう。
しかし、すぐにまた目を合わせて言葉を続けた。
「先生にとっては、その行動は真似事かもしれません。それでも!それが生徒たちに与えてる影響は本物なんだって、私は思います‼」
それはその場しのぎの励ましかと最初は思ったが、彼女の真剣な表情からそう言う風には見えなかった。
「だって、Eクラスの生徒たちが頑張って這い上がっているのが、その証拠じゃないですか‼」
「……それは、俺とは無関係の結果だ。あいつらが這い上がっているのは、あいつらの実力や努力があってこそだ。そこに俺の存在は関係ない」
第一、あいつらが這い上がったのは椿が転入してきた後だ。
Fクラスが作られた当初は、クラスの気持ちもバラバラでこの先を生き残れるのかを危惧していたほどだ。
見捨てれば楽になると考えたことも何度かあったが、その度に涼華のことを思い出すことで行動を留まらせていた。
あいつなら、ここで見捨てることは絶対にしないと思ったから。
俺なりのやり方で、あいつらの持つ力を信じて支えることを決めた。
希望の道を示すことはできなくても、絶望の底に堕ちないように最低限のことはしてきたつもりだ。
俺から見た生徒1人1人の実力を見て、それを示す方法を提示しながら、泣き言や不安を受け止めることしかできなかったが。
その結果、退学者は出なかったがそれでも上のクラスを目指すにはまだ未熟だった。
椿が俺のクラスに入ったことで、強い影響が現れたのは事実だ。
あいつがCクラスとの決闘で勝利したことで、底辺から抗うための火種がちりばめられたのは確かだ。
きっかけを与えたのは俺ではなく、あいつの背中を見ていた弟だったんだ。
俺がそう心の中で納得していても、仲川先生の姿勢は変わらない。
「無関係なわけ、ないじゃないですか‼」
強い口調で声を張る彼女に対して、肩がビクッと震える。
そして、いつものめそめそした表情から怒りの形相に変わる。
「岸野先生は、自分が生徒に与えている影響を自覚すべきです‼真似事とか、猿真似とか、そんなのは関係ないじゃないですか‼それなら、生徒たちを想う気持ちだって、その人の猿真似なんですか!?」
椅子から立ち上がり、最後に身体を震わせながら言う仲川先生の言葉が、脳裏に押し込んでいたあいつの言葉を思い出させた。
『オレが生徒想いなところは、おまえの影響なんだぜ?』
あれは確か、涼華から初めて受け持ったクラスについての相談を受けた時のことだった。
生徒に対して真摯な姿勢から、どうして生徒に対してそこまで行動できるのかを問いかけたことに対する、あいつの返答だった。
生徒想いな部分なんて無自覚だったし、今でもあいつに影響を与えられるくらいの強さだったのかはわからない。
それでも、過去はどうでも、今の俺があいつらに抱いている気持ちは―――。
答えを口に出せないでいると、仲川先生は手を掴んで無理矢理立たせてくる。
「答えがわからないなら、今すぐ確かめに行きましょう」
「・・・いや、おい、一体何を―――」
「Eクラスの教室に行くんです‼絶対に、今からでも間に合いますから。直接生徒たちと触れ合ったら、嫌でも答えはでますよ‼」
強引に腕を引かれ、デスクから足が遠のいていく。
……この感じ、久しぶりだな。
こういう女は、1度言ったら聞かないのを知っている。
俺は変に抵抗はせず、仲川先生に引っ張られる形で教室に向かうことになった。
ーーーーー
円華side
入江と坂木の会話の温度調節も、ほぼほぼ俺が必要ないくらいにはなってきた。
バンドの話から音楽関係の話に展開していく中で、坂木がバイオリンやピアノを習っていたということを知り、麗音が質問することで会話をコントロールして自然と入江も聞き役に回る。
これで男として引かれる可能性は低くなったはずだ。
俺は正直、頭を使う会話に疲れ、麗音に小声で「あとは頼むわ」と言って席を立ち、暖房の利いた部屋の影響か冷たい風が恋しくなり、教室の外を出た。
寒暖差の影響か、最初は肌に触れる冷気に身体がびくついたがすぐに慣れる。
そして、教室から離れて散歩のつもりで廊下を歩いていると、トイレから戻ってきた真央と鉢合う。
「あ、椿くん。あなたもお手洗いですか?」
「いや、俺はただの散歩。座りっぱなしで談笑は性に合わねぇからさ」
「そうですか。あの、もし良ければですけど、僕も散歩に同行しても良いですか?」
真央が一緒に歩くことを求めてきたけど、その際にさっきの真央を取り合っていた女子2人のことを思い出す。
「大丈夫なのかよ?沢野と上田が待ってるんじゃねぇの?」
2人の名前を出せば、頬をかいて苦笑いを浮かべた。
「正直、あの2人は圧が凄くて……。気の置けない友人との会話で、クールダウンしたい気分なんです」
気の置けない……ね。
真央の中で、俺はそう言うカテゴリーなのか。
別に断る理由は無いため、少し校舎を歩きながら話をする。
「今更聞くまでもねぇことかもしれねぇけど、クラスには馴染めたのか?」
「ええ、それなりには。Eクラスのみんなには、良くしてもらっていますよ。最初はどうなることかと思いましたけど、余所者を受け入れてくれて感謝しています」
「Sクラスからわざわざ来てくれた有名人なんだ。そりゃ、みんなも歓迎してくれるだろ」
歩いている途中に自販機が視界に入れば、真央が「何か飲みますか?」と言ってきたので足を止める。
俺はカフェオレを、真央は無糖の缶コーヒーを買って開ける。
「椿くんって、意外と甘いのを好んで飲みますよね。この前もイチゴ牛乳を飲んでましたし」
「別に好きで飲んでるわけじゃねぇよ。頭働かせると、自然と糖分が欲しくなるだけだし」
並んでベンチに座って飲んでいると、真央は不意に呟く。
「……本当は、今日は君にこれまでの感謝を伝えたくて、クリスマスパーティーに参加したんです。教室の中ではそれも不可能だと思っていましたけど、偶然に救われましたね」
散歩に同行するのはただの口実なんだろうなとは思っていた。
俺は特に言葉を返さず、横目を向けて聞く姿勢に入る。
「さっきの会話でも言いましたけど、僕はEクラスのみんなに迎え入れてもらえたことを感謝しています。だけど、僕1人ではその選択を選ぶことはできなかったのは、言うまでもありません。今の僕があるのは、あなたに負けたおかげだと本気で思っています」
体育祭の時のことを言っているんだろうな。
希望の血の力を知り、一時的にそれに溺れてしまった真央。
その鼻をへし折ったのは俺で、あの時に俺も同じ力を持っていることには気づかれてしまった。
深く追求はして来ねぇけど、俺に対する疑問は残っているはずだ。
それでも友人と呼んでくれたのは、今口に出した感謝の気持ちが関係しているのかもな。
「あなたにEクラスに来いと言われた時、最初は戸惑いましたよ。最上位の地位から、底辺に近い位置に落ちることには、勇気が必要でした。でも、僕には目標がありましたから、それが今の決断へ背中を押してくれました」
「……目標?」
あの時の真央には、強い承認欲求があった。
だけど、それはSクラスに居ても満たされることはないと俺が突きつけた。
その上で、Eクラスで成長して這い上がる道があることを示したのは確かだ。
しかし、俺の誘導とは別に真央には確固とした意志があったらしい。
「いつか、あなたに追いつきたい。1学期の時から、その目標は変わっていません。もちろん、こんな僕を受け入れてくれたEクラスに貢献したいという気持ちは持っています。ですが、それだけでなく」
真央は俺に指をさし、挑戦者の目を向ける。
「いつか這い上がった先で、もう1度あなたと戦いたい。そのためには、あなたのことを近くで観察できる場所が必要だったんですよ」
「……要するにおまえの負けず嫌いな所に、俺たちのクラスは救われたってわけかよ」
苦笑いを浮かべながらカフェオレを飲んで目を逸らせば、笑顔の圧を向けられる。
やっべぇ~、何で俺の周りってこんなに血気盛んな奴が多いんだろう?
「まぁ、それはおいおいの話ですけどね。今は自分の実力を高めることと、クラスに貢献することで精一杯ですから。あとは……次の生徒会長選挙で、僕の立ち位置も変わってきますし、気が抜けない状況です」
生徒会長選挙……ここでも、その話か。
興味ない風を装っていれば、真央の表情が険しいものに変わる。
「気を付けてくださいね、椿くん。今の生徒会から桜田生徒会長が引退されれば、あなたに敵意を抱いている者たちが一斉にその牙を剥きだすかもしれません。僕もできる限りはサポートしたいですが、生徒会の中にも……」
彼の口から出すことが憚られる言葉を察し、俺が続きを言う。
「生徒会の中にも、俺のことをよく思ってない奴が居るってことか」
真央は静かに頷き、思い詰めた顔になってしまう。
ここでどこの誰なのかを問い詰めることを、望みはしないだろう。
俺は特に深刻にならずに平然とした態度でいた。
「別に誰が俺に何を想おうと、関係ねぇよ。向かってくるなら、叩くだけだ。どこの誰でもな」
カフェオレを飲み干して缶を握り潰せば、それを見て苦笑いを向けられる。
「本当に……勇ましいですね。そういう所、本当に憧れてるんですよ?」
「真央にそう言ってもらえるなら、少し自信になるぜ。……多分な」
「一言余計ですよ」
お互いに缶をゴミ箱に捨てて教室に戻ろうとすれば、廊下の奥から2人の教師が近づいてくるのが見えては、その不思議な光景に怪訝な顔になる。
「・・・先生、何してんすか?生徒の前でイチャつかないでくれよ」
「これがイチャついてるように見えるか、バカが」
不満そうな仲川先生に腕を引かれ、呆れた表情を浮かべる岸野先生。
俺たちは仲川先生の強引さに押され、一緒に教室に戻ることになった。
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