クリスマスパーティー 揺らぎ
瑠璃side
クリスマスパーティーが始まってから、20分が経過。
私は自分の性格を理解しているから、空いている席で適当に雑談を済ませた後でグループから離れる。
教室の後ろで全体を観察しながら、注意を向けるべき人たちに視線を向ける。
円華くんと住良木さんは、入江くんと坂木さんの間に入り、暴走しがちな彼の調整をしながらコミュニケーションを図っている。
恵美は新森さんが居なくてもそれなりにクラスメイトと会話ができるようにはなってきているみたいだけど、円華くんたちに視線をチラチラと向けている所から気になる様子。
新森さんは各グループを回りながら、男女の間を取り持っている。
彼女はあの無邪気な明るいキャラから、人と心の距離を縮めることに長けている。
1年近くも一緒のクラスであれば、もはや心の壁は薄くなっている。
サンタ衣装のムードメーカーが来るだけで、グループの緊張した空気が緩和されているのがわかる。
「はい、石上くん、私の手作りチョコ食べてー」
「だめよー。石上くんは私のクッキーを食べるのー」
石上くんの両脇を2人の女子…沢野さんと上田さんが固め、彼に左右からお菓子を出している。
「ア、アハハッ……2人とも、ありがとうございます」
苦笑いを浮かべながら礼の言葉を口に出しても、困っていることは否めない。
そんな彼のことを察知したのか、彼の後ろから新森さんが顔を出しては差し出されていたチョコとクッキーをパクっと食べてしまう。
「うんめぇ~‼これ、2人の手作りかにゃ!?」
「ちょ、ちょっと、久実~?何であなたが食べちゃうのかしら~?」
「石上くんに食べてもらうつもりだったのにー‼」
当然、不機嫌になる2人だけど、新森さんはテヘッと笑って小さな舌を出す。
「いやぁ~、2人とも美味そうだったからついぃ~」
悪気もなさそうに頭の後ろをかきながら言う彼女の人柄に、沢野さんたちは肩を落として項垂れる。
2人とも、新森さんが故意で邪魔する人だとは思っていないからか、すぐに彼女の行いを許した。
そして、そのタイミングを見計らって石上くんは「すいません、少し離れます」と席を離れて教室を出た。
流石に2人の女子から圧をかけられては、彼も精神的に疲れてしまうみたいね。
そう言えば、彼と同じ席だった男子の姿が見えない。
石上くんと同じだったのは、確か……。
テーブルを見ると、男女問わずテーブルに着いている。
私と石上くんと新森さん以外、ある1人を除いては。
そして、思い返してみれば、パーティーが始まってからすぐに教室から出た男子がが1人だけ居た。
彼はまだ、教室に戻ってきていない。
すぐにスマホを取り出し、彼の位置を確認すれば、迎えに行くために私もパーティー会場を出ることにした。
これはあくまで、クラスの親睦を深めるためのイベント。
ただのサボりは許されないわ。
ーーーーー
スマホの情報を頼りに移動すれば、彼は校舎の外に出ていることがわかり、校庭のベンチでぼんやりと外を見上げているのが見えた。
厚着をしても肌寒さを感じる中で、彼は鼻の頭を赤くしながら白い息を吐いている。
「何をしているの、基樹くん?」
呆れ顔で声をかければ、彼は整っていない金髪を揺らしながらこっちに顔を向けた。
「あれ……瑠璃ちゃん。何って言われてもなぁ……ちょっと、考えごと」
「こんな寒空の中で?何を考えてるのかしら、2つの意味で」
「楽しい雰囲気の中で、辛気臭い顔をしてる奴が居たらダメじゃん?これでも、クラスのみんなに気を遣ったんだよ」
「……本当に、それだけが理由?」
私の問いに、基樹くんは怪訝な顔をする。
会った時から、様子がおかしいことには気づいていた。
いつもの繕った陽気な感じが薄く、恵美や円華くんに会っても反応がぎこちない。
彼らの関係から教室で会ったら雑談に入るのかと思ったら、言葉を交わさずに離れていくのは違和感があった。
「彼と一緒の空間に居るのが嫌だったから、教室を抜けだしたんじゃないの?もしかして、円華くんと喧嘩でもしたのかしら?」
「……そんなんじゃないって」
「否定する割には、彼の名前を出したら表情が曇ったわね」
私は彼に歩みより、隣に座って言葉を続ける。
「何があったのかは知らないし、聞いた所であなたが答えるとも思っていない。だけど……気に入らないわね。あなた、1人で悩みを抱え込む自分がカッコいいと思ってない?」
鋭い目を向けて聞けば、基樹くんは本心なのか虚偽なのか「そんなことないって」と否定する。
しかし、その目は少し泳いだように見えた。
それに対して、少しイラつきを覚えた。
「バカにしないで欲しいわね。確かに私はあなたの思考を読むことはできないし、知能では劣っていることを自覚している。それでも、あなたが根底で抱えている思いは、大体想像がつくようになってきたわ」
「……へぇ~、それはそれは。俺ってそんなにわかりやすい人間かねぇ~」
陽気に言ってはぐらかして、視線を逸らそうとする前に楔を打ち込む。
「自分の本性に気づかれることが、そんなに恐い?」
恐怖していると言われれば、基樹くんは左肩を少し震わせた。
そして、光の消えた目を向ける。
狩野基樹ではなく、シャドーとしての彼の目に変わった。
「恐いって……面白いことを言うよね、瑠璃ちゃん。俺の本性?確かに君には俺がシャドーだってことは知られてるけど、それで理解したと思うのは浅はかなんじゃないの?」
彼の闇を抱いた目を見ても、私は怯まずに言葉を返す。
「そうかしら?あなたに助けられたあの日から、私は狩野基樹と言う男をこれまでずっと見てきた。あなたのことを理解するために」
「俺のシャドーとしての力を見て、クラスのために貢献させるためだろ?そんなのわかってたって」
「いいえ。あなたは何もわかってないわね」
確かに最初は、そのことも視野に入っていたし、今でも円華くんはもちろん、基樹くんが力を貸してくれればと思う時はある。
だけど、2人の力に頼るだけでは、私は成長できない。
彼らの存在におんぶにだっこでは、これから先の戦いで生き残れるとは思えない。
「仲間として、あなたと肩を並べられる存在として、支えになるためよ」
「……仲間?……肩を並べる?……何言ってんだよ」
震えた声で小さく呟く中で、怒りを感じているのがわかる。
「俺のことを何も知らないくせに、勝手に仲間とか言うなよ‼」
怒りを顔で表し、私に声を荒げる基樹くん。
そんな彼の表情を、嘘だとは思いたくなかった。
そして、偽りのない感情を露わにしてくれたことが嬉しくて、口元が綻んだ。
「……やっと、思っていることを言ってくれたわね」
「っ!?」
感情を隠すガラスの仮面が外れたことを自覚し、基樹くんは動揺して腰を丸める。
「ごめん…‼俺……こんなこと、言うつもりじゃ…‼」
「どうして、謝るのかしら?あなたは自分の気持ちを言葉にしただけ。私とあなたの今の状況で、ケースバイケースを考える必要はないし、謝る必要はないと思うのだけれど」
首を傾げながら聞けば、彼は俯いたまま呟く。
「瑠璃ちゃんは……クラスメイトはみんな仲間だって思ってるだろ。そんな子に、仲間だなんて思ってないなんて……言っちゃ、ダメだろ…」
「……そういう所が、あなたは人をバカにしているって言うのよ」
震えている彼の手を取り、その冷えた手を握る。
「基樹くんが私たちに心を開いていないことなんて、ずっと前から気づいていたわ。信頼関係を築くには、まだ努力が必要なのもね。だって、あなたは誰も信じようとはしていないから」
私の認識を伝えれば、基樹くんは目を見開いて顔を見上げる。
「誰も信じようとしないし、本当の自分を見られたくもない。だから、自分のことを知られないように、深く踏み込まれないように演じている。違う?」
彼は否定せず、身体が委縮する。
「それだけ、俺のことを分析できているのに……。どうして、こんな俺を理解しようとするんだよ?仲間を大切にする君からしたら、誰も信じられない、仲間だなんて思ってない俺なんて邪魔でしかないだろ」
自嘲するように言う彼からは、それを肯定するように促しているように感じる。
だけど、私はそうしない。
「私は別に、あなたが私たちのことを仲間だと思っていなくても、信用していなくても良いと思ってるわ。少なくとも、今はね」
「言っていること、矛盾してない?」
「そんなことは無いわ。あなたがどう思っていても、私はあなたのことを大切な仲間だと思っている。あなたの気持ちを否定するつもりは無いけど、私の気持ちも否定させないから」
「……言い方ズっっルいなぁ~」
私が強い意思で言えば、基樹くんは奥歯を噛みしめては納得いかないという表情をする。
「何でだよ、何で…?俺がこんな奴だって気づいていながら、どうして近づいてくるんだよ!?許せないんじゃないのかよ!?俺は瑠璃ちゃんの気持ちを否定してるんだぞ!?それなのに、何で…‼」
立ち上がれば、私に感情任せに訴えてくる。
その目は感情の起伏のせいなのか、円華くんと同じように瞳が紅に染まりそうになっていた。
もしかしたら、自分を偽っていたのは、この状態になることを防ぐためもあったのかもしれないわね。
私も彼と同じく立ち上がり、その問いに答える。
「私を……甞めないでくれるかしら?」
その感情を露わにした目と視線を合わせ、決して逸らさずに言葉を続ける。
「私は確かに、あなたの考え方が気に入らないわ。だからって、それとあなたの存在を否定することは違う。基樹くんの言葉を借りるなら、あなたは私の仲間を大切にするという思想を否定しながらも、私のことを拒絶しないのは何故?考え方が違うからって、理解しようとせずに拒絶するのは思考放棄と同じだわ」
基樹くんの考え方が気に入らないのは、仮面舞踏会の時から言ってあること。
それでも、私は彼の力も必要だと判断している。
私にできないことを、目の前の彼はできるから。
それに、彼自身が言っていたことを思い出す。
「私は仲間を信じて戦う、そして、あなたは仲間を疑いながらも戦う。それでバランスが取れると言ったのはあなた自身よ。私もそれが最適だと自分で決めた。だから、あなたの存在が必要なの」
言葉の最後に、右手を差しだす。
これは本当の意味で、彼を理解するための契約の意思。
基樹くんは差し出された手を凝視しつつ、自身の手を前に出すことを躊躇う。
瞳が揺らいでいる所から、迷いを抱いているのがわかる。
「……円華くんの命令が無いと、自分の意思で判断できないのかしら?私は影としてではなく、狩野基樹としてのあなたに聞いているのよ」
あくまでも、彼の意思を尊重する姿勢は崩さない。
基樹くんが感情を露わにし、私はそれを受けて自分の意思を伝えた。
彼は目を閉じて1分ほど沈黙すれば、口を開いて小さな声で呟き始める。
「……綺麗事は嫌いだ。君と俺は生きてきた道筋が違うし、経験してきたことも違う。誰も信じられない、仲間なんて言葉が微塵も通じない世界で、ただ自分に与えられた任務を遂行することだけを求められて生きてきたんだ」
自分のことを話すその表情からは、過去のことを思い出すだけでも相当辛かったのだと予想できる。
「だから、これからも俺の考えは変わらないかもしれないし、今は変わろうとも思ってない。それでも……」
光の感じない瞳の向こうから、小さな…本当に小さな輝きが見えた。
「こんな、人間不信の歪んだ男が……本当に、必要なのか?」
自信無さげな震えた声。
それは届かないと諦めかけた光に、手を伸ばそうとしているかのように感じた。
その気持ちを、裏切りたくない。
「私に必要なのは、私にできないことを補える存在。信じることしかできない私の穴を埋められるのは、今は人間不信ぐらいが調度良いわ」
私は彼の思考を受け止め、それでも必要だと返す。
そして、彼はゆっくりと手を前に差し出し、私の手を握った。
今までの貼りついた笑いではなく、不器用に口元を吊り上げた笑みを向けながら。
私はそれを見て、思わずフフっと笑って彼の顔を見上げる。
「素敵な、下手な笑顔ね」
初めて見た本当の笑みに対する感想を受け、彼は照れ隠しか顔を逸らして頬を紅く染める。
「……その誉め言葉は、まぁまぁのクリスマスプレゼントとして受け取っとく」
私たちは改めて契約を交わした。
私にとっては彼とのこの契約こそが、良いクリスマスプレゼントになったと感じた。
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