青と緑の瞳
自分の中でどれほど疑問が増え、思考する時間が欲しいと思っていても、時間は俺が1つ1つの課題に対して答えを出すまで待ってくれない。
時間は常に現在進行形で進んでおり、自分が立ち止まっていても、それに都合よく合わせてくれるわけじゃない。
日付は変わり、12月24日。
ベッドの上で目が覚めた時、最悪の気分だった。
世間的には聖なる日の朝だって言うのに、清らかな気持ちになんてなれるはずがなかった。
ずっと仲間だと思っていた男が、自分をずっと苦しめていた存在の血縁者かもしれない。
その可能性が芽生えた時、無意識にこう考えてしまった。
『俺はあいつの仲間でいることができるのか?』
あいつは……基樹は知らない。
俺が精神世界で、狩原浩紀を斬り捨てたことを。
本当にあいつがあの死神の息子なら、この事実を知ったらどう思うだろうか。
きっと、許さない。
父親の形見を奪い返そうとした時、あいつは今までになく感情を露わにさせていた。
仮面をしても隠しきれないほど、シャドーとしてではなく、狩野基樹として怒りを抱いていたんだ。
それほどまでに大切に想っていた存在を斬った俺に、何も思わないはずがない。
俺や恵美、高太さんたちにとっては最悪の存在だとしても、あいつにとっては大切な存在だったかもしれない。
あくまでも、これは状況証拠からの仮定の話であって、基樹本人に聞かなければ確証は得られない。
だけど、聞いたところで答えが返ってくるとは思えない。
聞こうとすれば、それを拒絶してきたくらいだからな。
それでも、基樹とディアスランガの関係から、狩原が無関係とは思えない。
それに最後に現れたあの男に対して、俺の中で疑問が残っている。
基樹に対するあの目が、ずっと頭から離れない。
「あぁ~、畜生‼何でこうも、俺の周りばっかり謎が集まるんだよ!?」
俺の目的はあくまでも姉さんの復讐であり、そのために緋色の幻影やポーカーズと戦っているに過ぎない。
それ以外のことは、自分には関係ないと割り切れば良いのに、そうできない自分に呆れてしまう。
とりあえず、今は現実逃避……じゃない、頭を切り替えよう。
今日はクリスマスパーティー当日だ。
片づけなきゃ後で面倒なことになりそうな頼まれごとがある。
しかも、俺にとっては専門外の案件だ。
「はあぁ……色恋沙汰の問題なんて、俺にどうしろってんだよ」
いや、ポジティブに考えよう。
久実のアホがどう言う目的で開いたにしろ、気分転換には調度いいかもしれない。
オンとオフは大切だし、そうとでも思ってないとやってられねぇ。
カーテンを開き、大きく伸びをしては首を回して深呼吸する。
とりあえず、日課のランニングに行って、頭を活性化させないとな。
ーーーーー
恵美side
今日はクリスマス・イヴ。
久実が企画したクリスマス・パーティーの日。
朝からお腹が気持ち悪い。
身体の反応から、凄く緊張しているのを自覚する。
麗音と久実は私が円華を攻略するためにいろいろと考えてくれたけど、どうしても勇気が出ない。
こんなことなら、アクションゲームやFPS以外にも恋愛ゲームもいろいろとやっておくんだった。
こういう時、普通の女の子はどうやって好きな男の子に想いを伝えるんだろう?
自分が普通じゃないことはわかっているし、こういう経験は初めてのこと。
だから、心構えができない。
冷蔵庫に入っているいちご牛乳を飲んで、心を落ち着かせようとするけど意味はなかった。
そんな時、部屋のインターホンが鳴って響く。
今は朝の9時であり、誰も私に会う約束をしていない。
居留守を使うこともできたけど、その前にスマホの電話が鳴った。
それは見たことが無い番号で、恐る恐る出てみる。
「……もしもし?誰?」
『誰かもわからない人間の電話に出てくれるとは嬉しいです。ドアを開けていただいてもよろしいですか?最上恵美さん』
その声は木島江利であり、電話の優し気で落ち着いた声が不快感を抱かせる。
「こんな日に何の用事?私とあんたは、特別な日に会うような仲じゃないよね」
『それもそうなのですが、少し時間を持て余しておりまして。良ければ、話し相手になってくださいませんか?』
「どうして、私なの?」
『そうですね、強いて言えば……この前の謝罪と忠告をさせてほしいと思いまして』
この前…?
木島からの借りがあるとすれば、それは体育祭での迷宮での出来事しか考えられない。
そう言うことなら、私は彼女に確かめたいことがある。
「……わかった。じゃあ、あんたのお気に入りの店で話してあげるよ」
『それはそれは。ご配慮痛み入ります。それでは、身支度などもあるでしょうから、10時にお待ちしておりますね』
そう言って木島は電話を切り、ドアの向こうから人の気配が消えた。
思い出されるのは、体育祭の時に見たあの水色の髪をした女の姿。
あれは円華の過去を見た時に映っていた、不気味な少女と同じ人物に見えた。
クリスマス・パーティーが始まるのは夕方。
それまでに、あの時の仮説に決着をつける。
ーーーーー
10時近くにレストランの前に来て窓から中を見れば、中央の席に1人座っている木島の姿が見えたので扉を開けて店内に入る。
店の中は薄暗く、周りには彼女以外の客は居ない。
「お待ちしていました、最上さん。こうして2人で会うのは、初めてのことですね?」
「人払いをしてまで、私と話すことって何?あんたは何を企んでいるの?」
「企んでいる……とは、人聞きが悪いですね。まぁ、それほど警戒しないでください。どうぞ、おかけください」
前の席に座るように促されれ、目を合わせたまま椅子に座る。
「こうして面と向かって見ると……あなた、美しい顔立ちをしてらっしゃるのですね」
「あんたにそんなことを言われても嬉しくない。……話をはぐらかされる前に、単刀直入に聞かせてもらう。あんた、一体何者?」
無意識に目を鋭くさせて威圧しながら聞けば、それを受けて木島は目を細めて口角を上げる。
「抽象的な質問ですね。私は木島江利。それ以上でも、それ以下でもありませんよ。あなたは、私の何を知ろうとしているのでしょうか?」
「それなら、質問を変える。あんたはどうして、自分の見た目を変えているの?今のあんたは、あんたの本当の顔じゃないでしょ?」
「本当の私……ですか。それは、例えば――――――こういう私のことかな♪」
そう言って、彼女は黒髪のウィッグを取ってはウェーブのかかった水色の髪を露わにさせ、顔が不気味な笑みに変わる。
「……魔女……」
円華の記憶の中で、彼女はそう名乗っていた。
木島江利が本名なのかはわからない。
だけど、1つだけわかっていることがある。
この女の目からは、狂気を感じる。
そして、その狂気を向けている相手は言うまでもなく……。
私が魔女の名で呼べば、彼女の顔から表情が消える。
「君にそっちの名前で呼ばれるのは、不快でしかないね。君が彼のお気に入りじゃなかったら、この場で刺し殺していてもおかしくはないよ」
テーブルに置いてあったナイフを逆手に持って目の前に突きつけてきたけど、私は身動ぎ1つしない。
「面白くない子……。少しは怖がりなよ」
「あんたなんか怖くない。あんたが何をしようと、私はあんたには屈しないから」
「そう言う反応が、絶望的につまらないんだよねぇ~。虚勢じゃない、本意で言っているのが余計に不快」
そう言って、ナイフを手から離しては冷たい目を向けてくる。
「この1年、あの子のことをずっと見ていた。そして、あの子が変わるきっかけの多くは、君の存在が大きく作用している。気に入らないんだよねぇ。私の玩具が、私以外の誰かに気持ちを揺さぶられるのって」
あの子と言うのは、円華のことだということはすぐにわかった。
そして、玩具と言い表すのは気に入らない。
「あんたの気持ちなんて関係ない。そして、円華は誰のものでもないよ。自分の想い通りに動かそうとするなら、それは間違っている。円華の意思は、円華自身のものだよ」
「そう思っているのは、自分だけだったりしてね。君も、あの子も♪」
不敵な笑みを浮かべ、魔女は身を乗り出して顔を近づけては目を合わせてくる。
「その青い瞳……本当に透き通るほどに綺麗だね?抉り取って握り潰したいほどに」
「それを言うなら、あんたのその緑の瞳は濁って見える。この前の出来事で学んだよ。他人に恐怖を訴える者は、自分の恐怖をひた隠そうとして、自分を恐れさせようとしてるんだってね」
「……知った風な口を聞くんだね。自分は何も知らないくせに」
「だから、あんたのことを知るためにここに来た。また円華を傷つけようとするなら、絶対にあんたを許さない」
「別に君に許されたいなんて思ってないよ。私は私の退屈を紛らわすために、玩具で遊びたいだけ……今はね♪」
「今…は…?」
怪訝な顔で聞けば、それ以上は答える気が無いように口をつぐむ。
「あの子には、もっと強くなってもらわないと困るんだよねぇ。そのためだったら、私は何だって利用する」
1つ1つの指をゆっくりと折り曲げながら拳を握る。
そして、キヒヒっと不気味に笑い始める。
「楽しみだなぁ~。新学期が始まった時、あの子が何を選び取り、何を捨てるのか。彼は人としての心に圧し潰され……今度こそ、獣に成り下がるかもね♪」
「そんなことはないし……させない。円華はもう十分過ぎるほど苦しんだ。円華の心は、私が守る……絶対に」
「へえぇ~、強気に出たね?でも、そんなことを言って大丈夫かなぁ~?君とあの子では、力の差が開き過ぎている。正直、足手まといなんじゃないの?」
「それなら、私も円華に釣り合うまで強くなれば良いだけだよ」
魔女が挑発的な言動をしてこようと、私はそれを意に介さない。
それが面白くないのか、彼女の表情から感情が消える。
「最上恵美……。本当に不快だよ、君の存在は」
「私もあんたのことは好きになれそうにない。敵対するって言うなら、次からは容赦しないよ」
「……君如きに止められるほど、私は弱くないよ。その時が来たら、君からあの子を奪っちゃうかもね♪」
そう言って、もう用は無いのか席を立ってはレストランの出口に向かう。
私は彼女の背中をじっと見て、店を出て行くのを見送った。
直接会ってわかったのは、私と木島江利…魔女は決して相容れない存在だと言うこと。
彼女と目が合った時、心臓の鼓動が速くなるのを必死に気づかないようにして冷静さを装っていた。
「円華を奪われるなんて……無い、よね」
漠然とした不安を煽られた。
あんな女に、円華を思い通りにさせたくない。
円華が私を助けてくれたように、今度こそ、私が円華をあの魔女から助けたい。
そのために、私も強くならないといけないんだ。
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