狂う剣との邂逅
基樹side
―騒動の15分前―
久実ちゃんと一緒に雑貨屋に戻り、サンタのコスプレを探していると、棚の上に一着だけ残っていた。
しかし、それは女性用だった。
「こりゃあ、出遅れっちまったな。どうする、久実ちゃん?確かサンタの衣装って、男が着るんじゃなかったっけ?」
「その予定だったけど、しょうがないにゃ~。ここは!うちが一肌脱ごうじゃねぇか‼」
ポンッと豊かな胸を叩く彼女のドヤ顔は「はいはい」とスルーし、買い物カゴの中にサンタの衣装を入れる。
「早く戻らないと、円華が待ち時間に比例して文句を言うかもしれないし、さっさと戻ろうぜ?」
「その前に、うちも買いたい物があるのでごじゃるよ。えーっと……」
人差し指で商品を一つ一つ指さして捜していると、見つかったようで「あった!」と大きな声を出してはそれを手に取る。
「バッジ?」
「そー!思えばうちら、半年も仲良くしてるのに、御揃いの物とか何もなかったなーって思って。この機会に、友情の証的なのをみんなにプレゼントするのだ!」
良い考えでしょ?とでもいうようにフフンっと鼻を鳴らす彼女に苦笑してしまい、俺も手に取ろうとするとその前に手が止まる。
『おまえに、それを手にする資格があるのか?本心では、仲間だなんて思ってないくせに』
頭の中に声が響き、一瞬だけ身体が固まってしまう。
それに見て、久実ちゃんが眉をひそめる。
「お?基樹っち、どうした?」
「え?ああ、何でもないって。色とか柄が多くて、迷っちまっただけさ」
そう言って誤魔化し、適当に黄色と黒の迷彩柄のバッジを取る。
「これとか、俺に似合いそうじゃね?」
「おー、確かに!やっぱり、チャラい基樹っちには明るい色が似合うよね‼」
「く、久実ちゃん?それって褒めてる?」
ジト目を向けようとも気づいていない様子で、彼女は犬の模様の白いバッジを取る。
「これなんて、円華っちにピッタリだと思うわけよ。ワンっワンっ!」
「まぁ、否定できない所があるよな、それは」
円華と犬と言うイメージが噛み合ってしまうのが、本人には屈辱的な所だろうけど。
あいつはどっちかって言うと、狼って感じだし。
自分が気に入らないものに躊躇いなく噛みつく所とか特にさ。
「じゃあ、このバッジはうちと基樹っちから、みんなへのプレゼントってことで、人数分買い占めちゃおー‼」
「え!?もしかして、1人1人のイメージを考えるの!?覚えられる自信ねぇ~」
「大丈夫大丈夫!うちが覚えてるから!」
自信満々に言いながら、「これは瑠璃っちでー、これは麗音っちー」と言う風にポンポンっとバッジをカゴの中に入れていくのを見ていると、何やら店の外が騒がしくなっていることに気づいた。
「……何だ?」
久実ちゃんが夢中になっているので、1人で雑貨屋の外を見れば、商店街を一方向に横切っていく人の群れが視認できた。
何かから逃げるように、商店街から離れていく。
流れとは逆の方に走り、雑貨屋の裏に回っては糸を使って上に昇り周囲を確認する。
ある地点から四散しているのを確認できれば、そこがどこなのかはすぐにわかった。
「中央広場か」
糸を駆使して人に見られないように建物を飛び越えながら移動すれば、騒動の原因と警備員の攻防が視界に入った。
『ほらほら、どうした!?もっと、俺を楽しませろよ‼』
牙のように連なった骨剣を振り回し、警棒を持った警備員たちを薙ぎ払っていく黒い獣人。
「うぁあああああ‼」
「ぐはぁああ‼」
それを数十人がかりで抑え込もうとするが、どう見ても普通の人間じゃ返り討ちに合うのは目に見えている。
「こうなったら、俺の出番か……気は進まねぇけど‼」
懐から蜘蛛柄の仮面を取り出して顔に着け、両手に糸を通したグローブを装着する。
「狩人の手品 造形」
警備員が全員戦闘不能になるのを見計らい、糸を束ねて数本のナイフを造っては死角を狙って獣人に飛ばす。
しかし、視えていないにも関わらず、奴はそれを骨剣で弾いてはこっちに顔を向ける。
『……へぇ、最初はおまえが相手か』
獣人から俺は視認できているようで、挑発するように左手の人差し指をクイクイッと曲げる。
『かかって来い、遊んでやるよ』とでも言うように。
「嘗めやがって」
周囲を確認すれば、もう人は粗方居なくなっており、警備員も動くことはできない。
その挑発に乗り、地面に降りては目の前に立つ。
「おまえ、一体何者だ?」
『俺を知らない?そうかぁ……おまえ、そう言う立ち位置なんだな』
意味深なことを言い、骨剣を肩に担いでは品定めするように顔から身体に視線を移していく。
そして、フッと笑う。
『まだまだ、完全には程遠いって所だな。乳臭いガキだ』
「はぁ?誰がガキだって‼」
両手から糸を展開し、獣人に向かっては周りを囲む。
「捕獲させてもらおうぜ。狩人の手品 監獄‼」
鋼鉄の糸が周囲を囲み、速度を上げて奴に迫る。
しかし、奴はそれに対して動揺することなく、骨剣を地面に叩きつけては身体をバネにして高く跳躍して糸の結界を抜ける。
『上ががら空きだ。こんなので捕まえられるわけねぇだろ、バーカ。そしてー‼』
獣人は空中で縦に回転しながら接近し、遠心力を利用して両骨剣を振るってくる。
『ハザードファング』
『障壁――――ぐっ!?』
すぐに糸を戻して障壁を作るも、その威力に耐え切れず、反動で後ろに下がってしまう。
あと2秒展開するのが遅かったら、身体が上下に分かれていたぜ。
『へぇ~、俺の技を耐えきったか。見どころはあるみたいだな、少し安心したぜ』
余裕な態度でそう言い、まるでこの状況を楽しんでいるように肩を震わせる。
近距離に持ち込まれたら、またあの骨剣に押されてしまう。
それに黒衣を着ているわけじゃないから、糸は有限だ。
回収する手段はあるけど、その隙をこいつが与えるとは思えない。
1人で来るんじゃなかった……って、弱気になってももう遅いか。
この騒動は、円華たちにも聞こえているはず。
「時間稼ぎくらいはしないと……あとで、あいつにドヤされるな」
臨戦態勢の構えを取ったまま、一定の距離を開けて言葉を投げかける。
「おまえ、何でこんな騒ぎを起こした?何が目的だ?」
『目的ぃ?そんなのを知ってどうするんだよ?話をすれば、この状況が少しでも変わるとでも思っているのか?それは楽観視が過ぎるってもんだ』
「話すつもりは無いってことね…」
こいつの態度から焦りは見えない。
ただ、純粋にこの状況を楽しんでいるように見える。
だったら、騒ぎを起こすこと自体が目的だった可能性が高い。
そして、戦うことを求めている。
『さぁ……もっと、遊ぼうぜぇ~‼』
骨剣を縦横無尽に振るい、俺に突撃を仕掛けてくる。
それに対抗するには力ではなく、手数で押し切る。
両手の糸を束ねて、数本の黒い鞭にして伸ばす。
「狩人の手品 黒鞭‼」
いくつもの鞭を前に獣人はクフッと笑い、襲いかかるものを骨剣で弾いて行く。
『その攻撃、面白れぇな‼もっと、おまえの力を見せてみろ‼』
その戦いを楽しんでいる態度が、癪に障る。
「お望みなら、見せてやる‼おまえの身の保障はしないけどなぁ‼」
俺の怒りに比例して、糸を通じて衝動が湧き上がってくる。
周囲を見れば、鉄パイプの積まれたトラックが視界に入った。
「もらうぞ‼」
黒鞭の一本をトラックの方に伸ばせば、鉄パイプに引っ付いてはそれが黒く変色して分解されていく。
そして、パイプの形状から鋼鉄の糸に変わり、主の元に戻ってくる。
「狩人の手品 針地獄‼」
新たに生成した糸を束ねて球体にし、獣人に向かって飛ばせば鋭い無数の針を周囲に向かって伸ばしていく。
『ひゅ~う、おっかねぇなぁ~‼』
そう言って大きく後ろに下がろうとするが、その時に残していた黒鞭が奴の右足を捉える。
『あぁん!?』
「楽しくなるのは、こっからだっつーの‼」
ハンマー投げのやり方で黒鞭を4、5回振り回した所でぶん投げれば、本屋の中に飛んでいく。
店の中は衝撃で埃が充満する中、身体を払いながら獣人は何事も無かったかのように出てくる。
『おまえ、中々面白ぇな。だが、未熟さが残っている。俺の領域には、まだ届いてねぇ』
「おまえの領域?はんっ、知るかよ、そんなの。今のでへばったんなら、早々に帰ってくれると助かるんだけど?」
『生憎、俺が御守りを頼まれたのはおまえだけじゃねぇんだよ。最低でもあと1人は来てくれねぇとなぁ』
御守り?まだ、俺以外にも相手にしないといけない奴が居るってことか?
『そいつらが来るように、もっともっと暴れなきゃなんねぇんだよ‼だから、倒れんなよぉ~!?』
再度身体を回転させながら迫ってくる。
また、あの技を使ってくるつもりか。
次は防げるかどうか。
『―――もっと、衝動に身を任せろ。そうすれば、力を手にできる』
頭の中に声が響き、選択が迫られる。
「背に腹は代えられねぇか…‼」
衝動に……身を……委ねる…‼
「うぉおおおおおおおお‼‼」
『殺す‼壊す‼殺す‼壊す‼殺す‼壊す‼殺す‼壊す‼殺す‼壊す‼殺す‼壊す‼殺す‼壊す‼』
殺意と破壊衝動に飲み込まれそうになりながら、ギリギリの所で踏ん張る。
そして、イメージが頭に流れ込む。
あの技に対抗するなら…‼
糸を束ね、それが獣の牙と顎の形を成していく。
『「真っ向勝負だ…‼」』
回転しながら、威力を上げて迫る獣人。
『ハザードファングー‼』
それに対して、こっちも同じ力で対抗する。
『「狩人の手品 牙‼」』
縦に回転して迫る獣人に対して、牙が上下から噛みついては回転を止めようとする。
『「食い破れ‼」』
回転と牙が火花を上げてぶつかり合う中で、獣人は回転方向を逆にして引き下がる。
『さっきまでとは違う感じだなぁ。……聞こえるぜ?おまえの中で、何もかもをぶっ壊したいって言う欲望が震えている。だけど……そっちはつまんねぇ』
骨剣の刃の先を向け、首を傾ける。
『おまえ、それで良いのかよ?おまえのそんな腰抜けな所を見るために、あいつは来たわけじゃねぇってのに、これじゃあ骨折り損ってやつだぜ』
あいつ…?何のことを言ってるんだ。
もしかして、奴の他にも仲間が居るってことか。
言葉から推測が過ぎると、奴は骨剣とは別に腰に差していた鞘に納めた短剣を取り出す。
『こいつを使える戦いができるって思って……楽しみにしていたんだけどなぁ。この分じゃ、要らねぇかもな』
その短剣が視界に入った瞬間、一瞬思考が停止しかけた。
「……それを、どこで……手に入れた…?」
8つの蛇が彫られた鞘の短剣。
それを手にすることができた適合者は、この世界には1人しか居なかった。
桜田家の当主から渡されたデータに、はっきりと書いてあった。
俺の動揺が面白かったのか、獣人はグヒっと笑って短剣をチラつかせる。
『こいつのことは知ってるんだなぁ~。じゃあ、どうする?こいつが欲しいか?なぁ?』
その行為が、俺の怒りと言う感情を増幅させた。
「返せぇ……それはぁ―――‼」
糸を束ねて槍に変え、接近戦に持ち込んで振るうが、それは当然骨剣で防がれる。
「俺の、父親の武器だぁ…‼」
怒声に対して、奴は俺の反応がわかっていたかのように、冷静にこう返した。
『あぁ、その通りだぜ。俺もその1つさ』
それに反応するように、短剣も微かに震えた。
死神の因縁を持つ3つの魂が、今、邂逅を果たした。
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