噛み合い始める歯車
???side
その日の夕方、学園の校舎から人が消えた時。
壁の外では、1つの車が門の前で止まった。
「やれやれ、やーっと到着したぜ。長旅ご苦労だったな、座りっぱなしで腰が痛ぇだろ?」
「おまえの運転が雑だったんだろ。これから仕事だって言うのに、身体に余計な負担をかけさせんな」
アシモフに苦言を言いながらドアを開けて車から出れば、門に設置された監視カメラを見る。
「おい、カメラが在ったら入れないだろ。どうするんだ?」
「隠し扉があると聞いている。裏に回って、そこから入れば良い」
「面倒だな」
小さく呟きながらも指示通りに裏に回り、情報にあった隠し扉を見つけて前に立つ。
「中に入ったら案内人が居るはずだが、こっから先はおまえ1人だけだ。しくじるなよ?」
「誰に言ってやがる。精々、ボランティア精神で遊んできてやるよ」
「……殺すなよ?おまえが試そうとしている内の1人は、おまえの―――」
「関係ねぇ。この程度のことで死ぬようなら、この先で生き残ることはできねぇ。全ては、あいつらの力次第だ」
アシモフに背中を向けたまま「世話になったな」と言い、俺は扉を押し開けて学園内に入る。
壁の外からだと見当もつかなかったが、中はシンプルな構造になっているようだ。
「ここが……おまえが居た学び舎の成れの果てか。おまえ、ここを最初に見た時にどう思ったんだぁ?」
この場には居ない憎たらしい野郎に問いかけながらも、その答えが返ってくるはずもない。
しかし、まるでその言葉に応えるように、背後から「ミャァ~オ」と猫が鳴く声が聞こえてきた。
それにつられて振り返れば、黒猫がふてぶてしい顔でじっと俺を見ていた。
「はんっ……まさかの出迎えだな」
猫の目をじっと見れば、先に向こうから顔をそむけて歩き出した。
「相変わらず、気に入らねぇ奴だ」
俺も奴に背中を向け、予定通り地下に降りるエレベーターに向かう。
人が居ないと言うことで堂々と歩いているが、それでも静か過ぎる。
内部に監視カメラが付いていることは知っている。
警報が鳴り、警備員の4、5人は飛んでくると睨んでいたんだがな。
静寂の中でエレベーターの前に着けば、そこには白衣を着た若造が立っている。
俺と同じサングラスをしている所から、同族なのはすぐにわかった。
「……まさか、本当にあなたがいらっしゃるとは思っていませんでした」
「そうか…。グランが言っていた案内人は、おまえのことだったってわけか」
若造は緊張した面持ちで近づき、軽く頭を下げてくる。
「初めまして、岸野敦と申します。この度はお忙しい中、ご足労いただきありがとうございます」
「あぁ~、本当に忙しいことこの上ねぇ。だが、おまえに文句を言った所で気分も晴れねぇしな」
互いにサングラス越しにではあるが、双眼を通じて赤い瞳が見えている。
「そう緊張すんな。昔と違い、誰かれ構わず取って喰うような真似はしねぇよ。……おまえも、苦労が絶えねぇ境遇みたいだな」
「あなたほどではありませんよ」
エレベーターの中に通され、そのまま地下空間に足を踏み入れれば、そこも静寂に包まれていた。
「ここ付近の人払いはしておきました。ルートは確保してあります。行きましょう」
「入念なこったな。そんなに俺を警戒して待っていたのか?」
「私はあなたのことを信頼したいと思っています。あの人が、何の考えもなくあなたをこの学園に導いたとは思えませんから」
「どいつもこいつも、あいつのことを過大評価し過ぎだ。そんな大層な奴じゃねぇよ、あいつは」
岸野敦は俺の意見に眉をひそめたが、すぐに平静を装う。
「これはあの人の協力者ではなく、この学園の教師と言う立場で話させていただきます。ご子息は、元気にしてらっしゃいますよ」
「……また、その話か。どいつもこいつも、変な所で気を使いやがって…。関係ねぇんだよ。俺はそいつを含めたガキどもを、これから殺すかもしれねぇんだからな」
奴の後ろを歩きながら路地裏を通り、懐から鞘に納めた短剣を取り出し、岸野はそれを見て目を見開いた。
その鞘には、8匹の蛇が彫られている。
「まさか、それは…‼……本気で、それを使うつもりですか?」
「ああ。これから先、あいつらはこいつのような化け物と何度ぶつかるかもわからねぇんだ」
化け物と言う言葉を口にすれば、それに反応するように短剣が震える。
「はんっ、悪かった。おまえのことじゃねぇよ、相棒」
なだめるように言うことで震えは治まり、岸野も安堵の息を吐く。
「ここで暴れられたら困りますよ」
「わかっている。暴れるとしても、今日じゃねぇよ。それに、俺は今回はただの演出家だ」
「……演出家?」
復唱してこれば、路地裏の暗がりの中から何者かが飛びだしてはその手に持った骨剣を振るってくる。
その刃を掴むことで動きを止め、そいつに視線を向ける。
黒豹の獣人だ。
「よぉ……久しぶりだな」
『あぁ~、久しぶりに聞いた……狂った音だぁ。待っていたぜぇ‼』
刃を離してやれば、獣人は空中で一回転しながら後方に下がる。
俺と獣人を交互に見て、岸野は額を押さえる。
「はぁ、興奮し過ぎだ、ディアスランガ。家で待っていろって言ったはずだろ。何を実体化して外に出ている?」
『あぁ?これは俺とこいつの挨拶だ。そうだろ?』
ディアスランガは骨剣の剣先を向けて聞いて来れば、それに「そうだな」とだけ返す。
「岸野敦、おまえの不安は尤もだ。俺が奴らに手を出せば、すぐに終わるのは明らかだ。だから、奴らにはハンデをやる」
俺の言っていることの意味が理解できないのか、怪訝な顔を浮かべる。
興奮して笑いを押し殺している所から、意図を理解したのはディアスランガだけか。
『なぁ、今度はどうすれば良いんだ?』
獣人の期待を込めた問いかけに対し、俺はこう命令した。
「いつも通りだ。派手に暴れてやれ」
明日、新しい試練が行われる。
それを乗り越えるために必要な力を、奴らは持っているのか。
乗り越えられなければ、その時はその時だ。
希望と絶望を超える資格を、奴らが持ち合わせていなかっただけのことだ。
ーーーーー
円華side
12月23日。
今日は基樹や久実と、明日のクリスマスパーティーのための買い出しに付き合うことになっていた。
正直、前日になっても明日のパーティーに関しては気乗りしねぇんだよな。
入江の手伝いをしなきゃいけないのはわかってるけど、それでも俺のやることって何も無くねぇか?
精々、話を合わせることしかできねぇっての。
「おーい!円華っち、遅れてるぞー!?」
商店街の中で、先を歩いている久実にどやされる。
基樹も両手に大きなスーパー袋を持ちながら「はよ来いやー」と気の抜けた声で言ってくる。
俺はと言うと、5段積みになっている箱を運びながら落とさないように歩いているから走れるわけもないという…。
「おまえらさー、人のペースに合わせるって言葉知ってるー?」
つか、久実に関しては一切荷物持ってねぇんだから、1つくらい箱を持ってくれても良くねぇか?
良心って大切だと思うわけよ、いろんな意味で。
落とさない程度に小走りで追いつき、そこから先はブーブー言いながらも俺のペースに合わせてもらった。
「つか、こんなに何使うんだよ?ボードゲームだったり、ビンゴゲームのセット、それにいろんな玩具まで……こんなに一遍にできるかっての」
「ゲームは多い方が嬉しいに決まっているでしょ!?何なら、最後は王様ゲームを企画してはあんなことやこんなことを……」
「久実ちゃん久実ちゃん、ゲスいことを考えてる顔になってるって」
悪いことを考えて嫌な笑みをする久実に、基樹は苦笑いを浮かべる。
俺も呆れて溜め息が出てしまい、久実に半眼を向ける。
「おまえさぁ、何でそんなにクラスでカップル作ることに拘ってんだよ?色恋沙汰に茶々入れられるのは、あんまりいい気しない奴が多いんじゃねぇの?」
「そんなことを言ってるからダメなんだよ、円華っち。高校生だよ?青春の絶頂期だぜ?もうちょっと、甘酸っぱい経験をしてみたいと思わんかね、ちみぃ‼」
「いや、全く思わねぇわ。平和が一番」
素直な気持ちを口に出せば、久実は面白くないというように頬をプクーっと膨らませて詰め寄ってくる。
「円華っちは、何でそんなに無気力なの!?田舎のおふくろさんが泣いてるよ!?『うちの円華ちゃんがこんなにグレちゃって~』ってハンカチを濡らしているよ!?」
「いや、円華ちゃんなんて呼ばれたこと1回もねぇし。うちのおふくろがそんなことで一々泣いてたらぁ……俺、この世に居ねぇな、多分」
あの人、泣きながら怒ってラリアットで首絞めてくるからなぁ……。
何度窒息しそうになったか、数えるのも恐ろしい。
「つか、そう言うおまえはどうなんだよ?もしかして、自分が彼氏欲しいからみんなを巻き込んだわけじゃねぇよな?」
「そ、そんなわけないじゃないか‼これでも、うちはクラスのみんなのことを考えてぇ……」
途中から声が小さくなっていく久実にジト目を向ければ、目が泳いでしまっている。
「もしかして、おまえ、クラスに気になる奴でもできた?」
ビクンっとわかりやすく両肩を震わせる反応から、図星だと言うことがよくわかった。
そして、それは基樹も勘づいていたようで「あちゃー」と言ってバツの悪そうな顔をする。
「そ、そそそ、そんなわけないじゃないか‼」
「へー、そうですかー」
「何だよー!その冷めた反応‼円華っちのくせに‼女顔のくせにぃ‼」
幼稚な悪口に「ガキか!?」とツッコみそうになったけど、相手にするのもバカらしくなり、溜め息をついて「あー、はいはい」と言って流す。
そして、そんな俺たちの様子を見て、基樹は傍観者のように「平和だなー」と呟くのだった。
パーティーグッズなどの買い出しを一通り終え、噴水広場で買った物をスマホのメモを見ながら確認する。
「クラッカーに蝋燭……怪談話の本?おい、冬に怖い話をしてどうするんだよ?」
「吊り橋効果だよ、吊り橋効果!怖い思いを一緒にした男女のドキドキは、それを恋のドキドキと勘違いしちゃうって奴‼」
「どんだけ、今回のパーティーに賭けてんだよ、おまえ……」
久実のドヤ顔の説明に乾いた笑いをしてしまい、まだ買い忘れているものを見つけた。
「なぁ、このサンタのコスプレって雑貨屋にあったっけ?」
「あちゃ~、さっきの所で買った気になってたわ。俺、もう1回行ってくるよ」
「あ、じゃあ、うちも新しく買いたい物出てきたから一緒に行くぅ~。円華っち、荷物見ててね!」
「わかったわかった。行ってこい」
2人が雑貨屋に戻っていくのを見送り、大量に買った荷物の御守りをしながら、ベンチに座って公園の噴水をじっと見ている。
そして、あいつらが居る時は頭の奥底に仕舞っている多くの考え事が浮かんでくる。
白騎士のことやポーカーズ、そしてこれまでの疑念。
その中でも、今一番頭の大半を占めているのは、やっぱりあの人のことだった。
「本当にどこに居るんだよ……進藤先輩」
心の声が口から漏れ出すと、後ろから不意に「呼んだか?」と言う声が聞こえてきた。
「えっ……」
それに反応して後ろを振り返れば、そこにはダウンコートに身を包んだ長身の男が立っていた。
「し、進藤先輩!?いや、何で…!?」
「何で?それは、どういう意味での質問かな」
彼は後ろから回って隣に座った。
「ずっと、メールにも電話にも反応できなくてすまなかったな。少し、3学期の準備に向けてやらなければいけないことを済ませていた。時間ができたのは、つい最近だ」
先輩は黙っている俺に横目を向け、口角を上げる。
「どうした?俺に用件があったんだろ?待たせて悪かったな。可愛い後輩からの相談なら、快く聞いてあげよう」
「……相談、する前に。先輩に……ずっと、聞きたい、ことが……あります」
心の底に、抱えている大きな怒りを必死に抑えつけながら、言葉を絞り出す。
いざ、本人が目の前にすると、あの時の憤怒が込み上げてくる。
それを表に出したら……ダメだ…‼
「進藤先輩……あなたは…‼……俺の姉さん……椿涼華を、知っているんですか?」
俺の怒りを孕んだ問いかけに対し、進藤先輩は目を逸らさずに頷いて答えてくれた。
「……ああ、知っているよ」
そう返してくれた先輩の目は、どこか哀しさを感じさせた。
感想、評価、ブックマーク登録、いつもありがとうございます‼




