強者の匂い
鈴城と本の感想を一通り交換し合えば、時計を見たら2時間を回っており、流れでそのまま昼を共にすることになった。
彼女はデリバリーでピザと炭酸飲料を頼み、それは10分しない内に部屋に届いた。
10分もしないでピザができるって、どういう調理法だよ。
もしかして、冷食かと思ったが、テーブルに広げた大きなピザの1つを食べてみると出来立ての味がした。
「美味っ‼」
「そうだろう?ここのデリバリー料理は一流だ。ここでの生活に慣れてしまうと、ついつい自炊することを忘れてしまう」
「自炊?料理すんのかよ」
「女帝と呼ばれる女は料理ができないと思ったか?侮られたものだ。こう見えても、私は家庭的な女なのだぞ?」
家庭的な女とこの傲慢な態度がマッチしないのは、俺だけじゃないよな。
シャンパングラスに炭酸水を注いで優雅に飲んでる姿が、余計に女帝らしさを醸し出してる。
イメージって大切だよなー。
鈴城はピザを片手に脚を組みながら、さっきまでと違って澄ました顔になる。
「円華、おまえを私と同等の思考の持ち主と認めた上で、話しておきたいことがある」
「……何だよ?改まって。さっきまでの談笑とは、違うみたいだけど」
これからするのは真面目な話だと察し、こっちもそれ相応の表情になる。
「この前の脱落戦のことだ。私が要のクラスに敗北したことは覚えているだろ?」
何だ、まーたこの話かよ。
昨日、雨水としたばっかだっての。
まぁ、でも、そんな昔の話じゃないから話題になりやすいのか。
「もしかして、和泉に負けたことを認められないってか?」
「いや、素直に敗北は認めている。しかし、気に入らないことがないとすれば、それは嘘になるな」
鈴城はピザを口に含んでは咀嚼して飲み込み、腕を組んで視線を向けた。
「要は何者かに利用された。その上で勝利を手にしたことに負い目を感じている。私はそう見ている」
「何で、そう思った?」
俺の問いに対して、鈴城は右手を開いて見せる。
「私が結果発表の後、彼女に握手を求めた時のことを覚えているか?」
「まぁ……何となく」
あの時、恵美が和泉の心の声を聞いて、ぐちゃぐちゃだと言っていた。
そして、俺も彼女の様子がおかしいことには気づいていた。
女帝は面と向かって言葉を交わし、何を感じたのか。
「あれは勝者の態度ではなかった。そして、Aクラスの中でも勝利に対する波長は揃っていなかった。要だけでなく、あのクラス全体が不協和音に見舞われていた」
あの場面だけで、和泉だけじゃなくクラス全体の反応を見定めていたのか。
視野が広いんだな、こいつ。
「震えた手、合わせない視線、今にもこの場から離れたいという表情。どう考えても、勝利したにもかかわらず、勝者の態度ではなかった。要の性格からして、勝利であろうと敗北であろうと、それを正面から受け止めるのが彼女の特徴だ」
「だけど、受け止めるどころか逃げ出したいという気持ちが伝わってきた……ってか」
「そう言うことだ。彼女には似つかわしくない反応だ。私は要のいつでも前向きな姿勢を、高く評価していたのだがな」
今まで、鈴城なりに和泉のことを注視していたからこそわかる変化ってことか。
茶会の時は他のクラスを見下しているような言動があったけど、それなりにライバルとしての認識は持っているのかもしれない。
「もしかして……考えたくはねぇけど、Aクラスでカンニングがあったってことかもな」
「それは私も考えた。だからこそ、担任を通じて学園に取り寄せたものがある」
そう言って、鈴城は鞄からファイルを取り出しては1枚の紙を抜いて見せてきた。
それは期末試験でのAクラスとSクラスの各科目の点数と総合点の一覧だった。
「こんなもの、どうやって!?」
「この学園で金で買えない物はない。それこそ、生徒の買収も行われるのだからな。だから、過去の点数のデータも容易に手に入るのだ。何なら、各クラスの個人のデータも買い取ることは可能だ。盲点だったか?」
「そこまでするのかよ……。まぁ、良いや」
点数のデータを見ると、ある違和感を覚えた。
「Aクラスはあのテストの難易度で、半分の生徒が全教科で90点以上を出してる。だけど、そうじゃない生徒は高くても70点くらいだ……」
「私ならばいざ知らず、Sクラスでも80を超える点数を叩き出せたのは数人程度。その10点近くの点数で開かれた差が、今回の全生徒が信じられなかった結果に導いたと見える」
SクラスとAクラスの不自然な点数の開き、これが急激に学力を向上させた結果なんだとしたら、努力の結果として納得もできる。
だけど、昨日の雨水との会話から、それは無いってことだよな。
ちなみに、和泉も雨水も最高点数は80点台だった。
「どれだけ上の地位に居ようとも、試験で最下位になれば即退学。その危機感に煽られれば、悪魔の囁きに身を委ねてしまうのもわからなくはない」
「やっぱり、生徒の大半がカンニングしていたってか?流石にそれは……ねぇよな、テスト中に怪しいことをしてたらすぐにバレるだろ」
「それも、そう言う行動をする人数が多ければ尚更な。では、その可能性は低いと考えるべきだろう。ならば、他に考えられることはないか?」
俺を試すような口調で問いかける鈴城。
これまでの情報の中で、彼女はヒントを出しているのかもしれない。
思い出せ、今までの言葉を。
何か引っかかる部分があったはずだ。
そして、鈴城の言葉を頭の中で巻き戻してみると、1つの疑問と可能性に行きついた。
「紫苑、1つ聞いて良いか?」
「何だ?おまえならば、包み隠さずに問いに答えると約束しよう」
2つのクラスの点数表を見つめ、右手で口元を被う。
「期末試験の解答は、いくらで学園側と取引できるんだ?」
その質問を待っていたというように、彼女は満足げな笑みを浮かべた。
「……おまえも、その可能性に辿りついてくれたか。嬉しいぞ、円華」
「この学園で買えない物が無いなら、テストの解答だってその範疇のはずだろ。ありえない話じゃねぇよ」
「ならば、点数を買うことは考えなかったのか?」
「点数に対しての金額がどれほどのものかは想定できねぇけど、生死を賭けた試験ともなれば1点買うのも高価なのは確かだ。それを人数分用意してたら、どれだけ預金があっても破産する。それよりも安価で手に入るのは解答じゃねぇかと思っただけだ」
「大方はおまえの予想通りだろうな。しかし、それではおまえは、要が学園側と解答を入手するための取引をしたと考えるわけだな?」
「……そこは、まだ自分の中で引っ掛かってる部分なんだけどな」
和泉の性格からして、成瀬と同じで正攻法を好むはずだ。
クラスの重圧に負けて、裏技に手を出したと言われればそれまでだけど、彼女がそうするとは俄には信じられねぇな。
「ちなみに、点数を買うのならば1人1点につき5万。Aクラスの財力は全体でも200万程度が関の山だ。到底、90点メンバーの人数全てをカバーすることはできない。しかし、解答を手に入れるだけならば1クラスにつき10万で手に入るようだ」
1人につきチマチマと点数を集めるよりも、答えを入手した方が効率が良いってことになるよな。
「おまえがその情報を手に入れたのは、テストの前のことか?」
「ああ、その通りだ。しかし、私はその方法は使わなかった。1クラスにつき10万と言えば聞こえはいいが、その後にある条件が付いていたからだ」
「条件?」
「おかしいと思わないか?1人ではなく、1クラスにつき10万だぞ?点数を集めることに比べれば、価格破壊過ぎる」
確かに言われてみれば、おかしい。
そんな情報を知っていたら、誰もが解答を入手する方に食いつくはずだ。
「1クラスにつき10万。しかし、自身のクラス内で情報を共有する場合は1人につき+100万。こんな条件に乗るやつは1年では居ないだろう」
Aクラスでも、鈴城の言う財力が本当ならば共有できて3人まで。
どっちにしても、結果と合わない。
「私たちは答えに手が届こうとしているが、掴もうとすれば霧の中に消えていく。何とも歯痒い気分だ。Aクラスの裏で、何者かが要を利用して何かを企んでいる気がしてならない」
和泉とは別に、Aクラスを1位にさせた立役者が居る。
そいつはAクラス内で、実力を隠している誰かなのか。
今後、和泉たちの動向にも注意しなきゃいけなくなった。
これまでは友好的に接してきたクラスだけに、こういう決断をするのはいい気分じゃねぇけどな。
「3学期になれば、その者もまた動きを見せることだろう。私はAクラスにできる限り探りを入れるつもりだが、おまえはどうする?」
鈴城の中で、3学期にするべきことはもう決まっているみたいだ。
間接的に自身に煮え湯を飲ませた相手を明るみに晒すこと。
この女の性格上、そのためにはAクラスに攻撃することも厭わないだろう。
「俺は……おまえがそれが最善だって思うなら、そうすれば良いと思うぜ。こっちにもこっちの目的があるし、おまえもおまえの目的で動けば良いんじゃねぇの?」
「良いのか?最悪の場合、私は要を潰すかもしれない。おまえのクラスとしては、協力関係を築いているクラスの崩壊は望まないだろう?」
「それはあくまでクラスの問題だろ。俺の目的に和泉が必要なら、その時はおまえの邪魔をしない程度には手助けするだけだ」
「……そうか。それを聞けただけ安心した。おまえと戦うことになれば、それもそれで面白そうなのだがな」
鈴城は好奇心を含んだ目を向けてくる。
「2学期では恭史郎の横暴のために叶わなかったが、3学期はおまえと1度戦ってみたいと思っていたのだ」
「女帝様に目をかけてもらえるのは光栄だけど、俺は目的のためにしか動かねぇんだ。クラスの競争なら成瀬や真央とやってくれ」
「またしても、残念だな。楽しみが1つ無くなってしまいそうだ」
そう口にするが、彼女から諦めは伝わってこない。
何かしらで仕掛けられることもあるかもな。
その時はサラッと受け流せる準備をしておくか。
それか、条件によっては戦うこともやぶさかじゃない。
俺も不思議と、鈴城に何か惹かれるものを感じている。
この女帝の実力を確かめたいという気持ちが、芽生え始めているんだ。
世間話もこの辺にしておけば、もうそろそろお暇しようと立ち上がる。
「そろそろ、行くぜ。ありがとな、紫苑。今日は楽しかった、また話そうぜ」
「それならば何よりだ。私も想いは同じ。対等な立場で話しをするのは、久しぶりで心が躍ったぞ」
そう言って、開けていない炭酸水のボトルを渡してきた。
「持って帰れ。今日の記念だ。少し早いがクリスマスプレゼントだと思ってほしい」
「あ、あぁ。ありがたくもらっとくぜ。悪いな?俺は何も渡せる物が無くて」
「構わん。これは私の気まぐれだからな。しかし……そうだな」
鈴城は歩み寄ってきては、流れるような動作で両手を背中に回しては身体を密着させてきた。
「・・・はぁ!?」
あまりに自然な動きで抱きしめられてしまい、そのまま棒立ちになってしまった。
そして、彼女は首元に顔を近づけてくる。
その時、鼻に花のシャンプーの香りがスッと入ってきた。
「うん……悪くない。強者の匂いだ。ホッとする」
「ど、どういう意味だよ…それ?」
振りほどこうにも動くことができず、聞いてみれば抱きしめる力が強くなる。
「人の温もりが恋しくなってな。おまえを見ていると、こうしたくなってしまった。プレゼントはこれで良い」
俺から鈴城の腰に手を回すことはなかったけど、それでもこの状態が嫌だとは思えなかった。
そして、しばらくして彼女は離れ、満面の笑みを浮かべる。
「よくわかった、おまえは素質がある。候補には入れておこう」
「おーい、勝手に自己完結すんなよ。いきなり抱き着かれて、こっちは頭に『?』しか浮かんでねぇっての」
「ん?何を動揺する必要がある。ハグくらい、普通の挨拶だろ」
キョトンっと首を傾げている所から、本当に何とも思ってない普通のハグだったらしい。
それならそれで安心……しても良いんだよな?うん。
「では、また。今度は友人ではなく敵として、おまえと相まみえるかもしれないな」
「そんな場面が来るかはわかんねぇけど、その時は全力で相手してやるよ」
互いに将来を仮定した言葉を交わした後、俺はSクラスの寮を後にした。
そして、帰路で鈴城からもらった炭酸水のボトルを見ては半眼になってしまう。
基本的にもらえる物はもらっておく主義だから受け取るけど、こんな高級そうなもの、日常で飲む機会があるか?
今度、恵美たちが『喉乾いたー』とか駄々をこねだしたら飲ませるか。
しかし、この時の俺は気づかなかった。
この鈴城からのクリスマスプレゼントが、この後で今年最後にして(ある意味)最大の面倒ごとに繋がるということに。
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