対等な協定
何者かに歪められた真実。
それに驚愕していたのは、柘榴だけじゃない。
俺自身も、たった1つの歯車が狂っただけで起きたこれまでの流れに悪寒が走っている。
柘榴に偽の情報を送った誰かは、奴を利用するための駒に選んでいた。
そして、こいつが才王学園で俺と接触することで燃える、憎しみの炎も予期していたのなら……。
狙いは俺か?それとも、椿家そのもの。
どちらにしても、数年前から布石を打っていたことになる。
末恐ろしい奴だ。
そして、この話で1つだけ合点がいったことがある。
「そのメールが来たのは、1回だけじゃないだろ?姉さんがこの学園で教師をしていることも、桜田奏奈が入学したことも情報として入ってきたはずだ」
「何故、そう思う?」
「そうじゃねぇと、おまえがこの学園に来る理由がない。最初に才王学園に入ろうとした目的は、姉さんへの復讐だったんじゃねぇのか?」
俺の推理に、柘榴はクフフッと笑って答えた。
「ご名答。確かにそのメールは、今にして考えれば搔い摘んだ事実だけを伝え、俺を才王に入学するように誘導してきた。俺自身も、弟を殺した奴を許すつもりは無かった。地の果てまで追い詰め、それこそ殺すことも視野に入れて復讐を考えたぜ」
姉さんを殺そうと考えていたと言うことに軽く苛立ちを覚えたが、それを押し殺して話に耳を傾ける。
「そして、俺の復讐心にポーカーズが付け込んではいろいろと投資してくれたってわけだ。奴ら、入学の時点で生徒全ての素性を洗い出していると考えて間違いねぇぜ。おまえが転入してすぐに、俺に接触してきたぐらいだからなぁ」
「最悪な後方支援だぜ」
組織から柘榴への投資と言うと、やはり異能具や組織の人間、そして魔装具が目立つな。
そして、ポーカーズからの陰からの支援が挙げられる。
それほどまでに、組織は柘榴の復讐心が俺を追いつめられるものだと認識していたということかもしれない。
確かに《《俺1人》》だったら、とうの昔に柘榴に潰されていてもおかしくなかった。
クラスの仲間たちが支え、恵美が俺を孤独の柵から解放してくれたから、今、自分がここに居るんだと思っている。
一通り、これまでの経緯を話し終えた後、反省の一環として柘榴が問いかけてくる。
「……椿、今から聞くことに答えろ。強制だ」
「今のおまえに強制力なんて無いと思うけど……まぁ、良いぜ。言ってみろよ」
柘榴の強気な口調は変わらないが、その目からは少し弱気な部分が見て取れた。
「俺はこれまで、敵の弱点を崩せば全てがひれ伏すと思っていた。今でもそうだ、変わらない。だが……」
言葉を区切り、自身を完膚なきまでに叩き潰した男を見据える。
「おまえにも、最上恵美にも、俺のやり方は通じなかった。何故だ?俺の見通しが甘かっただけか?それとも……おまえたちには、弱みは無いって言うのか?」
その質問は、柘榴なりに今の自分から変わろうとしていることを表していると感じられた。
こいつのプライドからして、負けた理由を自分を負かした相手に聞くなんて、本当なら死んでも嫌だったことだろう。
柘榴の策略は、確かに俺を追いつめていた。
恵美たちの存在が、弱点になっていることは変わらない。
そして、自分が化け物であることを受け入れることができたのだって、そう昔の話じゃないしな。
この問いに対して、柘榴に語る言葉があるとすれば1つしかない。
「おまえが相手の弱みを理解し、そこから崩そうとする戦略を得意としていることは事実だ。だけど、そのためには見なきゃいけない部分がもう1つあったと思わねぇのか?」
問いかける形で言葉を区切り、ガラス越しに奴を指さす。
「それは、おまえ自身の強さだ。心の意味でも、力の意味でも、あの時の付け焼刃の強さじゃ、俺たちには届かなかった。おまえが向き合わなきゃいけなかったのは、自分自身だったんじゃねぇの?」
最後に「俺はそう思うけどな」と付け加えれば、柘榴は肩を落として力が抜けているのがわかる。
「はっきり言いやがるなぁ~。敗者に鞭を打つことに、躊躇いはねぇのかよ?」
「何言ってんだ。おまえに対して慈悲の気持ちなんてあるわけねぇだろ」
目の前に居る敗者に対して、この前の戦いの時と同等の冷徹な目を向ける。
「おまえが、みんなにやったことを許すつもりは毛頭ねぇんだからさ」
「……クフフフフッ。こりゃぁ、形だけの謝罪じゃ腹切りをしても意味が無さそうだな」
「当たり前だ。ついでに言うと、死んだことで罪滅ぼしになるなんて認識もあるわけねぇしな」
死んで許される罪なんてない。
それは生きて罪を償えなんて、綺麗事を言うためじゃない。
もっと惨い願いを叶えるための条件が、生きている間でなければ果たされないからだ。
柘榴は俺の言葉を受けて思うことがあったのか、視線を逸らしては澄ました顔になる。
「3か月後にここから解放され、退学しなかったとしても、俺は暴君に返り咲くつもりはない」
「……そうか。それはおまえの自由なんじゃねぇの?おまえが暴れなきゃ、クラスは平和だ」
奴の言葉を素気なく受け止める。
金本の気持ちを考えれば、少し複雑な気もするけどな。
おそらく、3か月後に無事に監獄施設から出ることができたとして、また以前のように利己的に行動することは難しいだろう。
この前の一件で、柘榴は俺に完全敗北した。
その事実が、組織の手を奴から引かせるはずだ。
多分、ここから出る時には柘榴から緋色の幻影に関する記憶、特にポーカーズに関するものは消えている。
柘榴は今度こそ、権力の後ろ盾なく、自分自身の力で地位を確立しなければならない立場になるんだ。
その前に、確認しておかなければならないことがある。
「……柘榴、おまえは俺がこの学園に来た目的を知っている。そうだよな?」
「クフフフッ、改まって確認する所から見て……やっと本題に入るようだな」
柘榴の中でも、俺が今から切り出す話は想定していたのだろう。
これまでの語り合いは、あいつが対等に話す意志があるのかを探る意味もあった。
そして、機は熟したと考え、単刀直入に切り出した。
「おまえの知っているポーカーズの情報を、教えてくれ」
「……」
俺がわかっているだけでも、柘榴はクイーンとジョーカーの2人と接触している。
ジョーカーとは2度会っているが、奴の思考は読めない。
クイーンに至っては、中々表には出ない所から復讐のための切り口が欲しい所だ。
パイプ椅子に深く腰をかけ、時計を見る柘榴。
「面会時間の終了まで、残り15分だな……」
そして、周りに視線を散らした後で前屈みになって両肘を机の上に乗せて顔を近づけてくる。
「教えても構わない。だが、ただで死と隣合わせの情報を渡すとなれば、それは交渉にはならない。そうは思わねぇか?」
情報を渡す代わりに、それ相応の見返りを求めるか。
当然の話だよな。
「……わかってる。だから、俺も交渉の材料は持ってきてるさ。頭に入れてな」
自身の頭を人差し指で2回叩いて見せる。
そして、俺も柘榴の姿勢に合わせて前のめりに腰を曲げる。
「俺の復讐に協力するなら、おまえの復讐にも協力する」
互いに復讐の協定を結ぶこと、それが奴に対する条件だ。
それを受け、柘榴は肩を震わせる。
「クフハハハハハハッ‼おまえ、本当に俺のことを楽しませてくれるなぁ。良いのか?そんなことを言って」
「さっきの感じからして、おまえの復讐は弟のためだろ?だったら、俺たちにも責任はある。おまえの人生を嘘で歪め、復讐と言う形で狂わせた犯人に一泡吹かせたいって思わねぇのか?」
「その先で突き詰めていった結果、犯人が椿家の人間、あるいは関係者だった可能性はどうする?」
「そんなことはあり得ない……って言いたいけど、それじゃ納得しないのはわかってる。だから、その時は正直に、そいつのことをおまえの前に差し出すさ。その後で、殺すも生き地獄を味合わせるも好きにしろよ」
言い切れば、柘榴は目を合わせて俺の真意を見定めようとする。
「それがただの口約束だった場合、あるいは協力を破って邪魔をした場合……今度こそ、どんな手を使ってでもおまえを叩き潰す」
「安心しろよ。俺もおまえが同じようなことをしたら、今度は退学に追い込んでやる」
面と向かって殺してやると口にすれば、柘榴はフンっと笑って姿勢を正す。
「良いだろう。それでこそ、対等な協定ってもんだ。3か月後からの生活、退屈は感じなさそうだな」
互いに実力は把握している上での協定。
元々敵対していた者同士の完全な協力を可能にする方法は何か?
それは互いに対して脅威を感じていることだ。
柘榴は俺に負けたことで、それをもちろん感じ取っているだろう。
そして、俺自身も柘榴のここを出た後の、《《反省》》を活かしたやり方に心なしか脅威を感じている。
こいつを許すつもりはない。
それでも、利用できるものは全て利用しなければ、奴らへの復讐は果たせない。
互いの利害が一致したことを確認すれば、柘榴は口を開いた。
「俺はクイーンの顔を何度も見ている。だが、俺の記憶は頼らねぇ方が良い。面と向かって会っていたのは、奴がメモリーライトを管理していた時の話だからな」
メモリーライトによって、記憶を消して書き換えられている可能性が高いか。
「夏休みの後から、クイーンは俺と面と向かって会うことを避けた。メールだけのやり取りになり、体育祭の細工も連絡を取り合って行っていたのさ。そして、文化祭で奴が動くことも把握していた」
「文化祭…?まさか、真城結衣はクイーンの駒だったってことか!?」
「はんっ、知らないのも無理はねぇ。奴は完全に自身が関わった形跡を揉み消していたからな。何なら、あの時暴れ回ってた日下部康則に異能具を渡したのもクイーンだって話だ」
マジかよ……。
俺は知らず知らずのうちに、クイーンと間接的に対峙していたってことか。
「文化祭の一件で、クイーンは完全におまえを敵として認識したはずだ。奴の性格上、自分の用意した人形劇をぶち壊された恨みは相当デカいはずだからな。おまえ、早々にあの女を叩かねぇと復讐どころじゃなくなるぜ?」
可笑しそうに歯を見せて笑う柘榴からは、まだ隠し持った情報があることが見て取れる。
この余裕ぶった態度から、クイーンにとって重要なカードとなるのは間違いない。
クイーンはあの時、何をしようとしていた?
真城や日下部を使い、才王学園と阿佐美学園の関係をぶち壊しにしようとした。
それによって何が生まれる?
まず最初に、未然に防ぐことができなかった俺たち実行委員のメンバーに対する失望。
そして、もう1つ、双方の学園を統率する団体の能力不足が浮き彫りになる。
生徒会だ。
「まさか、あの一件……生徒会が表立って動けなかったのは、クイーンの仕業か!?」
「だろうな。双方の生徒会の動きを間接的に止めた。大方、文化祭のことは実行委員に解決させるという形で根回しをしたはずだ。じゃねぇと、あそこまで静かなのが腑に落ちねぇだろ?」
道理でBCが出しゃばって来ないと思った。
あいつが舞台を用意できたのは、最大限の介入行為だったってわけだ。
「あの事件がクイーンの思惑通りに進めば、おまえたちや今の生徒会への信頼は地に落ちていたってわけだ。そして、奴がそれを狙った理由は、クイーンが何よりも信じている『力』を手に入れるため」
柘榴は言葉を区切り、クイーンの根源にある欲望を口にした。
「奴が何よりも欲しているもの、それは全てを屈服させることができるほどの権力だ。3学期、あの女は生徒会を乗っ取る気だぜ」
学園の中で何よりも、あくまで表面上だが最強の権威を持っているのは生徒会で間違いない。
組織として裏からだけでなく、生徒会にも介入して表からも学園を支配しようと考えているってことか。
確かに、姉さんの手帳に書いてあったクイーンの性格とも一致する。
生徒会を掌握すれば、より自分の人形劇を愉快にできるってことかよ。
「クイーンのことはわかった。それなら、次はジョーカーについて聞きたい」
「あの道化師については、残念ながら文化祭より後の協力関係だ。奴については、おまえと同じで腹の奥底が見えねぇよ。だが……気になることを呟いてはいた」
柘榴の引っ掛かる言葉に耳を傾ける。
「おまえはあくまでも、誰かを誘き出すための道具らしいぜ?奴にとって、おまえの存在はその程度の認識だってことだ。あくまで、俺と手を組んでいた時までの話だけどな」
「ポーカーズが通過点なのは、こっちも同じだ。だけど……おまえにも尻尾を掴ませないとなると、相当隠し事が上手みたいだな」
クイーンとジョーカー。
ジョーカーの方は目的が見えねぇけど、クイーンの方は明確になってきた。
優先度は考えるまでもない。
そして、今の柘榴の話を通じてわかったことがある。
クイーンとジョーカーは同じポーカーズでも、協力関係にあるわけじゃないってことだ。
それなら、各個撃破することは難しいことじゃない。
重要な事実を確認できた所で、ちょうど面会時間が終了する。
面会室を出る瞬間、柘榴が不意に呟いた言葉を聞き逃さなかった。
「面白くなってきやがったぜ」
どうやら、監獄に収容されようと、こいつの歪んだ思考回路は正常にはならないみたいだ。
クラスを痛めつけた野郎に対する被害者の思考からすれば、反省して更生することを望むだろう。
だけど、復讐者としての思考では、このままでいてくれた方がありがたい。
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