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カオスメイト ~この混沌とした学園で復讐を~  作者: カナト
底辺からのプロローグ
27/509

椿円華のプロローグ 前編

 これは、俺の運命が変わった日。


 俺自身が普通じゃないと知り、知られてしまった日のこと。


 人生には3度ほど転機があるらしい。いや、モテ期だったか?まぁ、別にどっちでも良いか。とにかく、変わるターニングポイントが複数回はあるようだ。


 その中でも、あの日は最悪な1日だったな。


 人生で初めて、心の中で築き上げてきた積み木がすべて崩れていくような感覚を味わった日だ。


 真夏の8月のことである。世の中でお盆の期間の時、桜田家の屋敷に大勢の人が入ってきた。ざっと50人ほど居たが、それが全員親戚だ。


 俺…間違えた、過去の俺だから私の方が良いか、私は、朝早くから奏奈お姉ちゃんと手を繋いで大人たちをお母様の隣で出迎えていた。…と言えば聞こえはいいが、ただ笑顔でボーっと立っていただけだ。


 話しかけてくるロリコンそうなジジイにはニコッとした笑顔を向け、軽蔑した目を向けてくるババアにも笑顔を向け、あらゆる者に笑顔の大盤おおばんいをしていった。


 無邪気むじゃきけがれを知らない、無垢むくな子どもであると、ただただバカな大人たちに思い込ませていたんだ。


 奏奈お姉ちゃんの顔を見ると、お姉ちゃんは私とは対照的に終始しゅうし無表情だった。


 周りからは、私とお姉ちゃんは姉妹しまいに見えるかもしれない。


 お姉ちゃんは黒いワンピースに身を包んでいて、私は青のT-シャツに白いスカートを履いている。


 同じベージュの髪で、同じ髪の長さで肩でそろえており、違うところは、瞳の色がお姉ちゃんは青で、私は紫な所。それと性別、こんな女の子の格好をしているけど、私は男の子だ。


「お姉ちゃん、これって何時いつまで続くのかなぁ」


「そうだねぇ、私も経験したことがないから、何時までかはわからないな」


「そっか、ワタシはもう退屈だよ。早く終わらないかなぁ…」


 まだ眠たい目をこすって寝てしまいそうになるのに耐えていると、お姉ちゃんが急に握っている手の力を強くしてきた。


 どうしたの?と聞こうとお姉ちゃんの顔を見ると、屋敷に入ってくる集団の中でも異質いしつな気配を放っている者たちの存在に、子どもの私にもわかった。


 その人たちは黒のスーツに身を包んでおり、先頭を歩いている左目の目蓋まぶたに縦に切り傷がある中年の男は、後ろに居る人たちを待たせて、隣に制服を着た女性と一緒にお母様に歩み寄る。


「お久しぶりです、奥様。この度は我々のような汚れた連中を招待していただき、本当にありがとうございます」


「いいんですよ、清四郎せいしろうさん。それに、そんなに謙遜けんそんしないでくださいな。私も主人も、あなたたちのことも、平等に家族と思ってるのよ?」


恐縮きょうしゅくです」


 その清四郎と呼ばれた男が一礼したとき、少し鼻の中に奇妙な香りが入ってきた。いだことのない独特な匂いに違和感を覚えた。


 そして、清四郎のことを待っている者たちの中でも、特に、制服を着ている藍色あいいろの髪でポニーテールをしている女性と一瞬目が合った瞬間、特に何を言われるでもなく、彼女は私の頭に手を置いてきた。


「おまえ、オレとは違って綺麗な髪をしてるんだな。でも、男でその格好はねぇだろ。服に着られてるぜ?」


「えっ!?」


 ずっと、自分は女のように育てられてきたから、桜田家の者は、お父様とお母様以外は何も知らずに私のことを『円華お嬢様』と呼んでいた。


 だから、私自身は誰がどう見ても少女になっていると思っていた。


 けど、女装をし始めてから初めて、自分が男だと見破られたのだ。


 この女に、少し恐怖を覚えた。


 すると、お姉ちゃんがすぐに前に出てかばうようにして立つ。


 お姉ちゃんと私を見て、声を殺して笑う。


「心配すんな、誰にも言わねぇよ。だけど、するならもうちょっと女をみがけよ?円華ちゃん♪」


 清四郎がお母様への挨拶あいさつが終わったようで、制服の女の頭を叩いた。


「おら、何してんだ。さっさと行くぞ、涼華すずか


「あ?んだよ、こっちにもこっちの挨拶があったんだよ。つか、娘の頭を軽々しく叩くんじゃねぇよ、アホ親父」


「この場でアホ親父はやめろや。奏奈様と円華様への挨拶は済んだだろぉが、俺たちは邪魔になってんだよ。離れるぞ」


「わかったって…。じゃあな」


 私とお姉ちゃんに向かって笑顔を向ければ、清四郎と一緒に涼華は行ってしまった。


 これが、俺と涼華姉さんの出会いだった。



 -----



 桜田家に関わる者がすべて、長いたたみの部屋に集い、夜の食事を始める。


 この家は純和風な家で、ハンバーグやステーキなどと言った物は出ず、一番豪華な物でマグロの刺身さしみ寿司すしぐらいだ。


 そんな料理の中で、私はひたすらに寿司のネタでたまごを取り、ひたすらに酢飯の上の卵焼きだけを食べていた。甘くてっぱい匂いがするご飯は好きではないのだが、その上に乗ってる卵は美味しい。


 隣に座っているお姉ちゃんを見ると、ただ黙々と茶碗蒸ちゃわんむしを食べている。


 多分、お姉ちゃんも私と同じことを思ってるんだと思う。


 息苦しい。


 周りの大人たちは、料理を食べながらも順番にお父様やお母様に贈り物をしたり、お仕事の話を持ちかけていて、子どもの私たちは場違いだと言うことはすぐにわかった。


 そんな中でも文句の1つも言わずに居られるのは、そう言う教育をされてきたからに他ならない。


 テレビも見させてもらえないし、玩具おもちゃなんて買われたことも、買って買ってとおねだりしたこともない。


 そんなことをしたら、お母様やお父様に厳しく怒られてしまい、強くほほを打たれるから。


 格式高い家だからか、両親と話す時は敬語だし、話す内容と言ったらお姉ちゃんと私に悪い所を注意するくらいで、笑った顔を見たことなんて1度もない。


 お母様のたわむれで公園に行ったときに、自然な笑顔で仲良く砂遊びをしている親子を見て、『私は生まれてくる家を間違えたんだな』と思い、親への気持ちなど冷めていた。


 それでも、お姉ちゃんは優しかったし、日本人形でいろんな芸を教えてくれたり、お手玉やあやとり、折り紙、羽根つきをして遊んでくれた。


 お姉ちゃんが居てくれなかったら、私はどうなっていたんだろう。


 麦茶を飲みすぎたようで、トイレに行きたくなった私は、お姉ちゃんの服の袖を引っ張る。


「お姉ちゃん、おしっこ…」


「わかったわ、付いて行ってあげる」


 お母様を見ると、私の言い方が悪かったのか冷たい目でギロッと睨まれたが、すぐに作り笑みをして「行って来なさい、奏奈、円華」と送り出した。


 この女は、人前では笑顔と言うガラスでできた仮面を被っている。


 お姉ちゃんと手を繋いでお手洗いに行くと、そこで髪のないおじさんと、全体的に細い身体をしたおばさんが何か話をしているのが聞こえてきた。


「当主は何故、けがれた椿家などを招待しょうたいしたのだ。表舞台には顔を出さないはずではなかったのか。奴らが居るだけで、上から蛇で首を絞められてるような気分だ」


「服とか身体にこびりついているのかしら、血生臭いったらないわよ。あんな一族の中でもクズの集まり、どうしてまだ続いているかしら。もう今の当主の代で消してほしいわ」


「そうも言ってられんだろ。認めたくはないが、椿家が存在するから、我らは生きていられるのだぞ?ワシとしては、ただモグラのように土の中にり、地上に顔を出さなければそれで十分だ」


「あなたは甘いのよ!このままだと、あの汚れた者たちも本格的に一族と同等の権力を持つことになるわよ!?」


 どうやら、椿と言う家は他の分家の人たちから嫌われているらしい。


 お姉ちゃんが私の手を引き、「行こう」と言うと、そのまま何も聞いていないふりをしながら、気づかれないように廊下を渡る。


 トイレを終えて、縁側えんがわの廊下を歩きながら夜空に浮かんでいる月を見れば、初めて見るが、月が赤くなっている。


「お姉ちゃん、お月様が赤いよ?」


 月を指さすと、お姉ちゃんも月を見て目を見開く。


「あれは…本で読んだことがあるけど、あかつきって言うわ。確か、古くから暁は嫌なことが起こる前に見るものだって言われてるけど…恐いわね」


「うん…」


 大人たちが居る居間いまに戻ろうとすると、私の背後から変な男の声が聞こえてきた。


「君たちが、桜田の子か…大きくなったな」


 お姉ちゃんがすぐに振り向くと同時にに私の前に立ち、男を睨みつける。


 男の姿は黒衣に包まれており、白髪で左目を白い包帯で隠している。


「私たちに、何か?」


「いや、ただ君たちの顔を見に来ただけだ。興味本位でね」


 睨んでいるお姉ちゃんは鋭い目つきだが、できる限り優しく微笑む男の顔を見て、直感で私はこの人が悪い人ではないと思った。


「おじさん…目はどうしたの?転んで怪我したの?」


 私がお姉ちゃんの隣に立ち、無邪気な少女を装って聞いてみると、男はしゃがんで私の目線に合わせる。


「この目は、俺にとって大事な物を守った勲章くんしょうのようなものだ。…と言っても、わからないか。おじさんのこと、恐いか?」


「ううん、恐くないよ?おじさんは良い人な気がするの」


「そっか…それは良かった」


 男は薄く微笑んで私の頭の上に手を置き、今思えば何処どこなつかしむように「本当に…大きくなったなぁ」と言ってきた。


 そして、お互いの目を見ていると、後ろからお父様の声が聞こえてきた。


谷本たにもと殿、お待ちしておりました。して、ご用件は?」


「年に1度の社長からの伝言を言いに来ただけだ。2人を引き続き頼むってな」


「それだけを言いに、わざわざ?」


「何…うちのリーダーに様子を見て来いと言われたからだ。…俺も見ておきたかったしな」


「そうですか。では、今は家は騒がしいですが、もてなしは必要でしょうか?」


「いや、警察に怪しまれない様にすぐに帰るさ。俺も忙しい身でな、近場のゴミ掃除が済んでいないんだ」


「そうですか、では、お気をつけて。あの方には、去年と同じく今の所は問題ないとお伝えください」


「…ああ」


 軽く返事をして、谷本さんは行ってしまった。


 お父様の顔を見ると、珍しく額から汗が流れている。


 お姉ちゃんは無言だったけど、私は興味本位で聞いてみる。


「お父様、あの谷本というお方は何者…」


「おまえが知るべきことではない!!」


 いきなり怒鳴られてビクッと肩を震わせてしまい、お父様はそのまま不機嫌な表情のまま居間に戻って行った。


 深夜になり、桜田家の者は全員屋敷に泊まることになり、私はお姉ちゃんの部屋で一緒の御布団おふとんに入る。


「今日はいつも以上にみんなピリピリしてたね」


「そうだねぇ、お父様も恐かったし…いろいろと、複雑だねぇ…」


「ワタシたちも、大人になったらあんな風になるのかなぁ…嫌だなぁ」


「円華は大丈夫だよ、お姉ちゃんが守ってあげるから。円華、だ~いすき」


「ワタシも、お姉ちゃん大好き!」


 布団の中で姉弟ギュ~っと抱きしめあっていると、夜の静寂せいじゃくの中、急に部屋の外からパリンっと何かが割れる音が聞こえてきた。


 この時、胸の中で何かがザワっとくすぐってくる感覚があった。


 そして、その時は神経が過敏かびんになっていたのだろう、この部屋に近づいてくる足音が聞こえてくる。本能が、早く逃げろと言っている。


 ドアノブがゆっくりと開く音が聞こえた瞬間、お姉ちゃんが身体を起こすと同時に私の手を引いて窓を開ける。


「円華、逃げるよ!」


「う、うん!」


 あらゆることを想定した訓練は受けていた。


 家に強盗が入ってきたとき、暗殺者が入ってきたときなど、そういう時はすぐに窓から飛び降りて逃げるように言われている。


 そのための受け身も、凄く痛い思いをして身に付けた。


 窓から外に出て受け身を取ると、そのまま身を隠すために屋敷の中にある林の中に隠れようとする私とお姉ちゃん。


 だけど、その誰かは私たちのことを見ると、部屋から拳銃を乱射らんしゃしてきた。


「止まれ、貴様ら…‼」


 それは低い男の声だったが耳には届かず、ただひたすらに林に向かって走る。


 あの中なら、大人が気づいて助けにくるまでの時間稼ぎにはなると教えられていた。


 あと少しで林の中だと言うのに、そこまで走ったというのに、私は足にいきなり痛みを感じ、転んでしまった。


 そして、お姉ちゃんの手を離してしまう。


「円華!!」


「お姉ちゃん!!」


 後ろを見ると、ヘルメットをしてスーツを着ている男が拳銃を向けて近づいてくる。


「俺は鬼ごっこが嫌いなんだ。さっさと死んでくれないかなぁ…」


「いや…いや…!!来ないで!!」


 後ろに向かって片足と両手を使って下がるが、距離はどんどん縮まっていく。


 そして、目の前まで来ると、ヘルメット男は私の顔の前に拳銃を向けてきた。


「おまえには何の恨みもねぇが、これは仕事なんでな。うらむなら、おまえに遺伝いでんした希望と絶望…そして、みの親にしてくれや」


「何……何なの…?お、お姉ちゃん!!」


 すがる思いで名前を呼ぶと、彼女は目の前に両手を広げて立っていた。


「や、めて…‼円華を…傷つけないでぇ‼」


 今、赤い月に照らされているのは、私とお姉ちゃん、そしてヘルメット男。


「美しい姉弟きょうだい愛だねぇ……。じゃあ、先にお嬢ちゃんから始末してやろうか?」


 男は拳銃を向けたまま、こっちにゆっくりと近づきながら引き金に人差し指をかけている。


 このままだと、2人とも殺される…‼


 命の危険を感じ、五感が鋭敏になっていく。


 鼻の中に、先程の清四郎からかおってきたものと同じ匂いが入ってくる。


 痛む足を、銃口じゅうこうを向けられたままゆっくりと見れば、膝から紅い液体が流れている。


 それを見た瞬間、頭が急に激しく痛み出し、両手で頭を抱える。


「うぅぅぅ…!!うぅぁあああ!!!」


 ヘルメット男は、頭痛で苦しんでいる私を見て、何か恐ろしい物にでも見えたのか、銃を震える手で向けてくる。


「何だ…何だよ、おまえ…何なんだよ、その目は!!」


 目…?わからない、ただ、頭が凄く痛い!!


 頭痛がずっと続くなか、頭の中に聞いたこともない男の声が流れ込んでくる。


『この世は弱肉強食!強い奴が生きて、弱い奴が死んでいく!!』『こんな所で……終われるかよ……終われねぇよ!!!!』『最上ぃいいい!!!』


 いろいろな言葉が流れてくるたびに、頭の痛みが増して行く。


 そして、痛みと共に声が聴こえくる。


『おまえは何を望む?』


 望み…?何それ、誰…?誰なの!?


『時間がねぇ。おまえは何を望む?どうしたい?俺様の問いに答えろ』


 自分が何者なのかも名乗らずに、私に問いかけてくる声。


 頭を押さえながら、目の前に居る2人を見る。


「円華、ねぇ、円華ぁ‼どうしたの!?ねぇ‼」


 私を心配するお姉ちゃんは、もう敵に注意を向けることを忘れてしまっている。


 ヘルメット男は叫んでいる私を見て、銃口を向かって乱射らんしゃしてきた。


 その時、感覚がとてもスローになって良き、銃弾の軌道がゆっくりと見通せた。


 お姉ちゃんは、私に覆いかぶさるようにしてかばおうとしている。


 咄嗟の行動だったんだと思う。


 それほどまでに、私のことが大切だと思ってくれている。


 その銃弾は、そんなお姉ちゃんに当たろうとしていた。


 私の……望み…?


「お姉ちゃんを……助けたい…‼私がっ…俺が、守る‼」


 その答えを口に出した瞬間、心臓の鼓動がドクンっと大きく跳ね上がった。


『それが、おまえの根源か…。良いだろう、その欲望、叶えてやる‼』


 身体が急に冷たくなっていき、足から流れる血が増幅していく。


 そして、それは身体全体に行きわたっては漆黒にこおっていく。


 力があふれ出てくるようだ……。


 四肢ししを地面に着け、地面に這うようにして敵を下から睨みつける。


「な、何だ、その姿は…!?この!このっこのっこの!!…聞いてねぇぞ……あの方からは、こんなことが起こるなんて聞いてねぇぞ!!」


 すべての言葉が、耳に入らなかった。


 銃弾が当たる瞬間、お姉ちゃんを左手で突き倒し、その弾全てを氷の外皮が弾いた。


「きゃあ‼」


 お姉ちゃんは受け身を取り、俺の姿を見て目を見開いた。


「……まど…かぁ…?」


 その声は耳に届いていた。


 だけど、言葉を返すことができなかった。


『「ぐぅぅるうるうううぅ‼ぐるわぁあああああ‼」』


 人ではない、獣のような雄叫びをあげる。


 その咆哮は刺客を一瞬で怯ませる。


「な、何なんだよ、これはぁ…‼クソックソォ‼死にやがれ‼」


 拳銃の引き金を引こうとするが、ヘルメットの人さし指は震えて動かない。


 そして、ヘルメットは全身が震え始める。


 逃げようとしても、足も震えて動かない。


 獣はゆっくりと敵に歩みより、跳躍しては牙を剥き、相手を押し倒して上になる。


 そして、相手の首筋に噛みついては血が口の中に流れ込む。


「痛いっ‼痛い痛い痛いぃ‼離せぇ‼離せよぉ‼」


 ジタバタと暴れて獣を剥がそうとするが、その非力な腕では振りほどくことなどできない。


 刺客の抵抗は最初は激しいものだったが、それが段々と弱くなっていく。


「やめ…て…くれ…‼俺、は……こんな…とこ…ろ…で……あぁぁあああああ‼‼」


 気づいた時には、刺客の身体は動かなくなっており、獣はその牙を首筋から離して見下ろす。


 肌色だった皮膚が白くなって、冷たい。


 この時、初めて分かった。


 これが、人が死を迎えた状態なんだと。


 そして、男の最後の悲鳴によって、大人たちが集まってくる。


 獣のことを見ると、大人たちは全員、この世の者ではないと言うような目を向けてくる。


 そして、獣……俺はそんな目も気にせずにお姉ちゃんの方に振り向いた。


 きっと、また笑顔を向けてくれると思っていた。


 そう……信じたかった。


 だけど、彼女が俺に向けていた目は―――恐怖で怯えたものだった。


「まど、かっ…‼嘘、だよね……やだ、やだぁあああ‼‼」


 現実を否定するように、涙を流して頭を抱えている。


 待って…よ。俺はお姉ちゃんを助けたくて……守りたくて…なのに…‼


 何でだよぉおおおおおお‼‼‼


『「ワォオオオオオオオオオオオオオオオ‼‼‼」』


 人間の言葉が発せられず、獣の咆哮ほうこうだけが反響される。


 そして、お姉ちゃんに近づこうとした瞬間、1人の男が立ちふさがった。


 桜田玄獎……お父様だ。


 お父様は俺を見ると、初めて悲しそうな顔を向けてくる。


「この日が……ついに来てしまったのだな」


 その哀れむような目が、内側に居る何かの怒りを刺激した。


『おまえ如きが、俺様たちを哀れむな…‼』


 感情に身体が支配され、俺の意志とは関係なく牙を剥き、2人に向かって駆け出していく。


 身体からきだす衝動を、おさえられなかった。


 壊したい。その欲望にそむけなかった。


 心の中で何度も叫ぶ。


 誰か……俺を、止めてくれ…‼


『「ぐるぁああああああ‼‼」』


 牙を剥き、爪を立て、2人に襲いかかろうとした瞬間―――。


「それはやめとけ、アホが」


 誰かの声が聞こえてきた。


 そして、横から強い力で脇腹わきばらに蹴りを受けては、俺は地面に伏していた。


 誰かと思って見上げると、そこには椿家の女が立っていた…確か、涼華だったか。


 そして、獣の姿をした氷の外皮は砕け散り、俺は人間の状態で地面にうつ伏せで倒れる。


「……たまげたぜ。まさか、氷の狼の正体がおまえだったなんてな」


 周りから止められる声に耳を貸さず、涼華は俺に歩み寄っては抱きかかえてくれた。


 そして、後ろで死体になっている刺客を見た後で、耳元でこう呟いてくれた。


「よく頑張ったな。今は休め」


 その言葉を受け、両目に熱い感覚が込み上げてきては、温かい雫が流れていく。


 そして、急に視界が黒くなっていき、その後のことは覚えていない。


 あとから知ったことだが、あのヘルメット男は真夏の夜だと言うのに凍死とうししたようだ。


 その原因が俺の謎の力だと言うことは、もちろん桜田家の者だけの秘密だし、外にらしたとしても誰も信じない。


 ただ、この日から俺は、一族の中で人間として見られなくなった。

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