食い違う事実
円華side
12月21日の昼頃。
「……本当に刑務所みたいな所だな」
地下の最奥にある施設の前に立ち、苦笑いしながら呟いた。
黒い門は固く閉ざされており、中から外に、外から中に人が流れることを拒絶している風に受け取れる。
これが、前に岸野が言っていた監獄施設か。
ここら辺一帯、空気が悪く感じる。
門の前で待っていると、中から岸野先生が出てきて俺を見つけて近づいてくる。
「全く、また面倒なことをさせやがって……。自分がボコった男と面会できるように調整しろとは、次はどんな悪巧みだ?」
「今回はただの興味本位です。姉さんのことも、無関係じゃない」
「あいつが、真面におまえと言葉を交わすとは思えないが」
「そこで口を割らせるのが、腕の見せ所でしょ」
扉を指さして中に通すように促せば、岸野は頭を掻いて「ついてこい」と言って俺も監獄施設に足を踏み入れた。
灰色の壁に小物が1つもない長い廊下。
無機質で息苦しさを感じる中で、岸野は1つの部屋の前で足を止める。
部屋の上にある札には、面会室と書いてある。
「奴はもう居るはずだ。くれぐれも、問題になるような言動は慎めよ?」
「えー、保障できないんでー、何かあったら隠蔽してくれません?」
「甘えるな。隠し事にも限度があるに決まってるだろ」
白衣の膨らんでいるポケットを2回叩く岸野。
その動作を見て安心し、俺は面会室のドアを3回ノックして開けた。
中に入れば、刑務所のそれと同じように部屋の中央を強化ガラスで区切られており、対面する形で1つずつパイプ椅子が配置されている質素な部屋だった。
その片方は空席で、もう片方には黒みがかった赤い髪の男が座っていた。
俺は椅子に座らず、最初にそいつを見下ろしながら呟いた。
「無様だな……柘榴恭史郎」
挑発とも受け取れる言葉を発すれば、奴は下から敵意を向けた目で睨みつけてくる。
「クッフフフ、俺が檻の中で良い子にしているのか心配になって監視に来たか?化け物が」
こっちの挑発に対して、人の神経を逆撫でする言い方で返してくる柘榴だが、そこにはいつものような覇気を感じない。
布の囚人服に身を包み、両手に手錠をかけられている姿からは、本当に虜囚にしか見えなかった。
無論、この前俺に痛めつけられた傷も治っていないので、腫れている顔が目立つ。
強がっているのは、すぐにわかる。
パイプ椅子に座って対面すれば、腰を丸めて俺を観察するような目を向けてくる。
「それで、どうだったよ?この俺を打ちのめして、解放感はあったのか?」
「別にいつも通りだ。逆におまえは、自分が俺の心を蝕むことができたと思ってるのかよ?」
腕を組んで目を合わせ、俺は顎を突き出して見下ろす態度を取る。
「言っただろ?おまえのことは敵だなんて思ってねぇって」
「……そうだったな。クッフフフ、確かにおまえみたいな化け物に挑むには、俺は力不足だったらしい」
顔を俯かせ、肩を震わせる柘榴。
その反省は化け物に勝負を挑んだ後悔か、それとも自分の無力さを痛感しての悲しみからか。
どちらにしろ、夏休みから2学期全体を通じて、俺を追いつめようとしていた男としての貫禄は全くない。
「学期末試験の結果発表の後、金本と重田が面会に来たみたいだな。……聞いたぜ?3か月後に釈放されるらしいけど、そこで退学するって。死ぬ気か?」
「……だったら、どうした?おまえには関係ねぇだろ」
やはり、柘榴は退学=死と言うことを理解した上でその道を進もうとしている。
奴は鼻で笑い、顔を上げて目を合わせてくる。
「ここに来てから、俺がずっと考えていたことが何かわかるか?……絶望だ。おまえの言った通りだったのさ。この俺の憎しみを利用し、奴らはおまえにけしかけた。この俺がぁ……利用する側じゃなく、利用される側だったってわけだぁ‼」
目の前の机に両手をダンっ‼と叩きつけ、怒りをぶつける柘榴。
そして、椅子から立ち上がってガラスに顔を近づけ、乱れた髪も直さずに俺に焦点を当ててくる。
「滑稽だろ!?笑いが堪えきれないだろ!?おまえが敵と認識していないって言うのも当然だぜ‼俺はっ…‼……そんなことにも気づかずに、掌の上で踊らされていた、自分が許せねぇ…‼」
今まで暴君として振舞っていたが故のプライドか、はたまたその背後に別の理由があるのかはわからない。
だけど、柘榴の後悔の言葉を聞いても、同情もしなければ胸が熱くなることも無かった。
ただ目の前で、今更になって自分の立場を理解した愚か者に対して、哀れみしか抱かない。
「……金本たちには、それは話したのか?」
「そんなはずねぇだろ!?奴らに話した所で、この俺の気持ちが理解できてたまるかぁ‼」
今にも血の涙を流しそうなほどの怒りの形相を浮かべている柘榴に対して、再度事実確認をする。
「でも、退学するって言ったんだよな?あいつらは止めなかったのかよ?」
「……ああ、止めてきたさ。バカなことは考えるなってな。散々、この俺に利用され、痛めつけられてきたって言うのに……どういう風の吹き回しなんだかなぁ?折角俺から解放されるチャンスだって言うのに、バカな奴らだぜ」
ここまでの話の流れで勘が働いたのか、柘榴は落ち着きを取り戻しては椅子に戻って口角を吊り上げる。
「まさか……おまえも、退学は止めろって言うつもりか?」
それは奴なりの精一杯の挑発だろう。
この状況で、これまでの攻撃や妨害を受けて、それでも自分を生かそうとする奴なのかどうかを試している。
それに対して、俺は冷たい目を向けて答えた。
「そんなわけねぇだろ。生きるも死ぬも勝手にすれば良い。死にたいなら、死ねばいいんじゃねぇの?」
吐き捨てるように言ってやれば、柘榴は目を見開いて言葉を受け止める。
そして、左右の肩を先程よりも大きく振るわせる。
「クッ…フフフフフッ…‼クハハハハハハハハハァ‼やっぱり、おまえはそうじゃねぇとなぁ、椿円華ぁ‼」
水を得た魚のように、目に光を取り戻す柘榴。
「良いぜぇ。やっぱり、おまえがここに来るように《《誘導した》》のは正解だったぁ」
さっきの後悔の念で押しつぶされそうだった廃人のような態度はどこに行ったのか、背筋を伸ばして姿勢を正す柘榴。
「……金本たちの行動を誘導して、俺をここに来るように誘い出したってことか」
一杯食わされた。
これは俺が用意した状況ではあるが、それは柘榴にとっても望んでいたものだったってことか。
「金本がおまえと協力関係にあることは知っている。そして、あいつは俺に言った…『助けられなかった』と。あいつの人の良いバカさ加減には呆れたが、おまえを誘き出すのには打ってつけだったってわけだ」
自分が退学すると言えば、必ず事件を終結させた俺に連絡が来るとわかっていた。
そして、俺の標的であるポーカーズと関わりがあった自分から、最後に何かしらの情報を得ようとするはずだと睨んでいた。
だから、金本を通じて俺に自身の退学をチラつかせ、ここに足を運ばせたってわけか。
「うわぁ~、初めておまえが頭良いって思ったぜ」
「くだらねぇ世辞を言ってる余裕が、おまえにあるのか?まんまと俺と言う《《餌》》に誘き出された、犬の分際でよぉ」
これはこの前、餌って言ったことに対する当てつけか。
俺も知りたいことがあったから、金本の連絡があろうと無かろうと面会の場を設けようとしたことは、敢えて言わないでおくか。
今の上機嫌な柘榴の調子を崩したくない。
「それで?バカみたいに餌に食らいついた俺をコケにできて満足かよ」
「まぁな、最初におまえの顔を見た時から、笑いをこらえるのに必死だったぜ。……だが、目的はそれだけじゃない」
奴の目が、人をバカにしたものから真剣なものに変わる。
「気に入らねぇが、おまえに負けたあの日から、確かに俺は《《反省》》をした。何故、おまえに勝てなかったのか、何故奴らに利用されてしまったのか。そればかりを……考えていた」
さっきの言葉を訂正するなら、絶望はしなかったってことだろうな。
自身の2つの敗北を分析し、次に活かそうとしていたと見える。
「それで結論を言えば、やはり、おまえへの……いや、おまえを通じた椿家への復讐心が、全ての根源だった」
復讐を口にしながらも、以前のような憎しみの感情は感じ取れない。
今の柘榴となら、力ではなく言葉による対話が可能かもしれない。
俺は自分の中で引っ掛かっている、10年前のことを話題にするためにこう言った。
「その復讐心についても、向き合うためにここに来た。椿家の暗殺者、《《2代目》》アイスクイーンとして……栗原恭史郎に」
奴の本来の名前を口にすれば、さして驚いた様子も見せずに目を閉じてはフッと鼻で笑う。
「……仮面舞踏会の時に、おまえに聞いたことを覚えているか?」
「殺した人間のことを覚えているか……だろ?よく覚えているさ。その言葉があったから、おまえの事実に辿りつくことができたんだからな。俺と姉さんはおまえの父親を殺した、その事実は変わらねぇ」
栗原家は俺から大切な幼馴染を奪った。
それでも、俺たちが奴の家族の命を奪っても良いということにはならない。
そんなことは、何度自問自答しても変わらない。
「だけど……俺はおまえの父親の命を奪ったことを、後悔していない」
「……それは、自分のやったことを肯定したいからか?」
「違う。後悔した所で、奪った命は返ってこないからだ。後悔していても、何も変わらない。だから、その血塗れの事実を背負っていくと決めたんだ」
これは柘榴からしてみれば、綺麗事であり言い訳に過ぎない。
だが、それに対して激昂することなく、目が据わる。
「覚えているのは、あのクソ親父のこと《《だけ》》か?」
「……だけ?」
俺が眉をひそめて復唱すれば、柘榴の目が鋭くなる。
「俺の弟……栗原宗司のことは、覚えていないのかって聞いてんだ」
そうじ。
確か、それは柘榴との戦闘の最後に、奴が気を失う直前に呟いた言葉だ。
あれは弟の名前だったのか。
「俺は、おまえの姉……椿涼華がクソ親父の額を撃ち抜く瞬間を見た。その後、恐怖で1人逃げだしたのさ……。宗司のことを、置き去りにしてな」
姉さんが栗原家の当主を殺した時のことを知っている……そして、逃げた?
だ、だったら……あの時、俺が暴走した時、部屋に入ってきたあの子どもは…‼
『お父さん、お兄ちゃん……どこぉ……?』
あの時の少年の声が、フラッシュバックする。
「まさか……あの子どもが、おまえの弟…?」
「見覚えがある……らしいな?」
怒りを孕んだ低い声で問いかけてくる柘榴に、俺は小さく頷いた。
「おまえは……その弟を、俺や姉さんが殺したって思ってるんだよな?」
「思ってるも何も、それが事実じゃねぇのか?誤魔化そうったって、そうはいかねぇ」
柘榴の中でおそらく10年間、ずっと凝り固まっていた事実。
だけど、それは事実じゃない。
「誤魔化すつもりはねぇよ。俺が口にする言葉は真実だ……。俺も姉さんも、おまえの弟を殺していない」
「嘘つくな‼だったら、何で宗司は屋敷から消えたんだ!?」
怒りを露わにしながら、柘榴から憎しみの感情が再度燃え上がろうとしている。
「俺はあの後、柘榴の人間になりながらも、ずっと宗司を探していた‼だのに、あいつはこの10年間、1度も姿を現さなかった‼おまえたちに殺されなかったってんなら、弟はどこに居るってんだ!?あぁ‼」
「俺たちは、罪もない人間は殺さない‼絶対にだ‼」
俺も強い意志で言い返し、互いの事実を捕らえようとする牙が食い違っていることを認識する。
「誓って言える。俺たちは、栗原宗司を……おまえの弟を殺しちゃいない」
目を合わせて訴えれば、柘榴は身体から力が抜ける。
「だ、だったら……あの情報は……何だったってんだ…?」
「情報?そう言えば、どうやっておまえは、椿家と桜田家のことを知ったんだ…?」
俺たちは10年越しに、互いに知りえなかった情報を通じて、歯車が歪に噛み合おうとしている。
互いにこの10年のことを、脳裏に鮮明に再生していることがわかる。
「……柘榴家に預けられてすぐのことだった。匿名のメールで、栗原家襲撃の真実を語られた。椿家が栗原家の俺以外の一族を皆殺しにしたってな」
ゆっくりと、事実を口にする柘榴。
栗原家の人間を皆殺しにしたなんて、そんなことあるはずがない。
少なくとも、親父たちはそんなことをしない。
俺の面食らった顔を見て、柘榴は自嘲するように笑う。
「クッフフフ……確かに、そのメールを基に柘榴家の情報網を使い、椿組と言う暗殺者の集団が居る裏付けは取れ、栗原家を襲った事実も確認できた。しかし、俺もおまえも、誰かの99の真実の中に含まれた、1つの嘘に踊らされていたみたいだなぁ~」
柘榴はこれまでの愚行を思い出しては、呆れるように肩を震わせて笑い出した。




