明確な否定
瑠璃side
今日は基樹くんや住良木さん、そして石上くんとクラスの今後の方針について話し合うことになっている。
私は身支度を整え、招集者として先に集合場所であるショッピングモール内のカフェに向かった。
結果として、私たちは3学期からDクラスになる。
1学期の頃はFクラスだったけど、そこから2つもクラスの階級を上げたのは上出来と言える。
だけど、階級が上がったのは私たちだけじゃない。
柘榴くんのクラスがEクラスに落ちた今、彼が戻った時にまた標的にされる可能性は高い。
それまでに、私たちはもっと力を付けなければならない。
上にあがるためにも、自分が生き残るためにも。
もう、円華くん1人に負担をかけるわけにはいかないから。
カフェに着いて席に通されれば、コーヒーとサンドイッチを頼んで椅子に腰をかける。
テーブルの上にPCを置いて起動させ、自分なりに考えた3学期からの私たちのクラスの課題についてまとめたファイルを開く。
1学期と2学期を通じて、生徒1人1人に多くの課題があるのは把握できた。
学力の面や身体能力などの基礎的な部分はそうだけど、根本的に解決しなければならないことはわかりきっている。
クラスの中に残っている、円華くんに対する不信感。
仮面舞踏会以来、椿くんが自分から孤独になることを選んだことも原因だけれど、彼に対するクラスからの不審な目は払しょくされていない。
Sクラスから移動してきた石上くんへの信頼は、勉強会を通じて確立されているのは明らか。
だけど、円華くんは彼のように面と向かってクラスに貢献しようとする動きを意図的に見せていない。
それも今にして思えば、他クラスや組織からの目を私たちに向けないための配慮だったのは言うまでもないわ。
それでも、もう3学期からは彼に守られるクラスではなく、対等な関係になりたいと思っている。
どうにかして、彼とクラスの溝を埋める方法を早々に模索しなければならない。
今度のクリスマスパーティーが、その機会になれば良いとは思うけど、そう簡単にはいかないでしょうね。
ファイルを切り替えて、円華くんのことからもう1人の影の問題児について頭をシフトする。
「彼に関しては……私の方にも原因があるわね」
狩野基樹。
椿円華の影にして、今はクラスに協力的に接してくれている存在。
比較的、クラスメイトとも友好的な関係を築けているけれど、それは表面上でしかない。
誰も、私自身も、彼が本当はどういう考えを抱いて行動しているのかをわかっていない。
仮面舞踏会を通じて、基樹くんは自分の実力の一端を見せてくれた。
だけど、それ以降は目立った行動をしていない。
彼が隠している実力を発揮して、本気を出してくれればと思う自分が居るのは確か。
それでも、素直に彼に頼ろうとしないのは、プライドが邪魔をするから。
「……彼のやり方が許せない……。私も幼稚ね、改善点だわ」
基樹くんのやり方が、気に入らないという気持ちはある。
敵だけでなく、味方であるクラスメイトのことも騙すことで成立する戦略。
それは、クラスメイトのことを信用していないからこそ平然と行える方法なのかもしれない。
私にすら話していないと言うことは、信頼されていないと捉えるべきなのかもしれないわね。
上のクラスを目指すためには、自分の中の正しさを捨ててでも勝ちを取りにいかなければならない。
その姿勢を、体育祭を通じて思い知らされた。
柘榴くんや木島さんから受けた敗北と言う屈辱。
2度と同じ負け方はしない。
クラスを引っ張る立場に居る以上、私自身ももっと力を付けなければ、本当に実力を持っている彼らの足を引っ張ることになる。
それこそ、私のプライドが許さないわ。
PCの画面に意識を集中させていると、横から影がさしてきて頼んでいたセットメニューが届いたのだろうと思い、「ありがとうございます」と言って顔を上げれば、目を見開いて背筋が凍りついた。
「久しぶりね、瑠璃」
長い赤髪を左横に流している、白いコートに身を包んだ女。
その存在を認識した瞬間に、私の中で2つの感情が湧きたった。
怒りと悲しみだ。
「あなたは…‼」
「あらあら、どうしたの?そんな怖い顔をして。母親に向ける目じゃないわね」
私の母……成瀬沙織。
彼女を見て、自身の中の敵意と憤怒が刺激される。
だけど、それを必死に押し殺すために、怒りを外に逃がすように長く息を小さく吐いた。
母は私の許可も取らず、さも当然のように前に座った。
「あなたを心配してこの学園に足を運んだというのに、歓迎されないみたいね」
「心配…?あなたが?」
「当然でしょう?聞いたわよ。あなた、クラスの人たちと一緒に監禁されていたんですって?やっぱり、この学園は野蛮なクズたちの巣窟ね。私の大切な娘である、あなたには相応しくない」
事実を利用して、また私を自身の鳥籠である阿佐美学園に引き入れようとする。
夏休みの時は、お爺様を挟んでいたけど、平行線の主張は決して交わらなかった。
次は私個人に対して、親子の情に訴えようとしているのかしら。
「あれは私たちの力不足が招いた結果よ。あの出来事があったから、新しい決意を固めることができた。私はこの才王学園で、クラスのみんなと共に強くなる。もう惨めな想いをするつもりは無いわ」
「母親が危険な所から助けてあげるって言っているのよ?昔みたいに、私に甘えるという答えは出ないのかしら?」
「甘える…?私が?あなたに?笑わせないで。力尽くで服従させようとしたの間違いだわ」
私はこの学園に来るまで、この女に全てを決められて生きてきた。
正しさを押し付けられ、髪の色を染められ、彼女が絶対だと幼少の頃からマインドコントロールを受けていた。
この女が、今までの私の人生の全てだったのは否定できない。
だけど、これからの人生はそういうわけにはいかない。
「例え親でも、私の生き方は私が決める。間違った道を辿っている、あなたに服従するつもりは2度と無いわ」
面と向かって母親を否定すれば、彼女の目から光が消える。
「……可笑しいわね。これまでのあなたの人生経験に多大な関与をしてきた私に対する強い反抗…。それは《《正しい選択》》じゃないわ」
正しい選択。
その言葉が、私の胸を締め付ける。
「瑠璃。昔から言っていたはずよ?正しい選択をしなさいと。そして、私の選択こそが最も適切な解答。あなた、これまで私の言う通りにしなかったことでどれだけ多くの間違いをしてきたと思っているの?あなたが私とは別の選択した結果が、成功したことがあったかしら?」
その問いに対して、明確に否定することはできない。
親の言うことが、絶対だなんて思っていない。
だけど、私の選択と母の選択を天秤にかけた時、正しいという審判が下るのは彼女の方。
ずっと、私自身の選択が行きついた先にあったのは―――失敗。
これまでの15年間の人生で、小さいことから大きなことまで私がこの女に反発してきた結果。
まるでそうであることが当然のように、私の自由意志を否定し、彼女の決断を事実が肯定する。
これから先のことだって、私の選択が彼女の出した解答に勝る可能性は低いかもしれない。
それでも―――。
「……そんなことは無かった。それは……認めるわ」
「そう……だったら―――」
「でも、あなたの管理する阿佐美学園だって、完璧じゃない。それを私は知っている」
目を合わせ、私の持っている事実と言うナイフを突き出す。
「あなたの掲げる管理教育でも、生徒の悪意までは管理できなかった。阿佐美学園1年Aクラスの真城結衣が、その証拠よ」
真城結衣の名前を出せば、母は目尻を吊り上げる。
「絶対に自分の考えが正しいと思っているあなたにも、私の目に見える形で表れた落ち度があった。合同文化祭で、あなたの作り上げた管理教育の賜物が見えたのは、嬉しい誤算だったわ。そして―――」
PCのファイルを切り替え、画面を彼女に見せる。
それは私が合同文化祭で使った、証言データ。
「私は仲間たちと共に、あなたの管理できなかった悪意に打ち勝つことができた。これは覆すことのできない、《《私たち》》の下した決断の結果よ……お母様」
顔に影がさし、しばしの間沈黙する母。
この事実を突き立てられて、彼女は怒りを感じ、次の策を講じているだろうことは察しがつく。
怒りに身を任せて頬を叩くのか、怒鳴り散らすのか、あるいはこのPCを奪って床に叩きつけるのか。
全てを想定した結果、彼女が導き出した結論は――――儚げ笑みだった。
「そう……成長したわね、瑠璃」
私を称賛する言葉。
親からの愛情を感じるはずの言葉に、心に注射針で毒を流し込まれるような感覚があった。
「流石は私の娘だわ。あなたもここでの1年近くの経験で、私の予想を超える成長をしたのね。良い友人を持ったようで、母としてとても嬉しく思うわ」
優し気な顔を浮かべる母。
その表情が、投げかけてくる言葉が、全て、私の嫌悪感を増大させた。
「何を……言っているの…?」
「何って、私は母として嬉しいと言っているのよ?娘の成長を喜ばない親は居ないわ」
「そう言うことを言っているんじゃないわ‼あなたはっ……またっ……今度は、私から何を奪おうとしているの!?」
母の笑顔を睨みつけ、席を立って声を荒げてしまう。
この女が笑みを浮かべるのは、条件がある。
人を自身にとって完璧な傀儡とするために、その策略を巡らせ、その結論に辿りついたことを示す時だ。
その方法は、私には予想がつかない。
だけど、1つだけわかっていることがある。
この女には、その人間が最も失いたくないものを見抜き、奪う能力に長けている。
「落ち着きなさい、瑠璃。私は別に、あなたに何かをしようだなんて思っていないわ。あなたの成長に貢献してくれた、その友人たちに感謝したいくらいよ」
私には何もしない…?
友人たちに感謝…?
もしかして…‼
「今度は……私から仲間を奪うつもり?お父様を……殺したみたいに…‼」
「何を恐ろしいことを言っているのかしら、この子は。あの人が死んだのは事故。私だって、毎日心を痛めているのよ?優秀な夫だったのだから」
大切ではなく、優秀という言葉からわかる。
この女にとって、お父様ですら道具としか思っていなかった。
笑みを浮かべたまま、言葉を続ける。
「私も会ってみたいわね?あなたの大切なお友達に。母親として、是非とも挨拶しておかないと」
「ふざけないで‼彼らに手は出させない‼何があったって絶対に―――」
憤りによる興奮状態を抑えようと思考を巡らせようとしていると、真後ろから声が聞こえてきた。
「すいませーん、その友人の1人、俺なんですけどー?お母様♪」
その声が聞こえて振り返れば、そこに立っていたのは基樹くんだった。
彼は屈託のない笑みを浮かべている。
「おはよっ、瑠璃ちゃん」
「おはようって……あなた、今、どういう状況かわかってて―――」
「まぁ~まぁ~まぁ~、落ち着きなって。親子水入らずの所、邪魔してごめんだけどさ、娘の友達に会いたいっていうお母さんのお願いは叶えなきゃっしょ?」
そう言って、彼は隣の席から椅子を持ってきては母の隣に座る。
流石の母もマイペースに振舞う基樹くんに面食らってしまっている。
「どうもぉ~、狩野基樹でぇ~す。瑠璃ちゃんとは、いつも仲良くさせてもらってまぁ~っす!」
「そ、そう……あなたが」
ぎこちなく返す母だけど、彼に対する切り口を探ろうと観察しているように見える。
それを気づいているのかは不明だけど、基樹くんも彼女の顔を見ては満面の笑みを浮かべる。
「いやぁ~、瑠璃ちゃんのお母さんなだけあって、お綺麗ですねぇ~。こんだけ美人だと、世の男どもが放っておかないでしょ~?」
「フフフっ、面白い子ねぇ。お世辞が上手だわ」
「いやいや、お世辞だなんてとんでもないっすよぉ~。ハハハァ~」
互いに笑みを向けて話しているけど、母の様子がおかしい。
基樹くんが現れた途端、空気が変わった。
彼が特別何かをしている風には見えないし、ただ普通に会話をしているだけ。
それなのに……目を合わせようとしていない。
さっきまで、私の心を鷲掴みにしようとしていた眼差しを、彼に向けようとしていない。
テーブルの上に置いている手の指先が、微かに震えているように見える。
そして、恐怖心を隠すように席から立ち上がり、私に鋭い目を向けて一瞥する。
「また会いに来るわ。その時までに、正しい選択ができるようになっていることを、母として強く願うわね」
「あなたが何をしようと、私の意志は変わらない。この学園で、彼らと共に強くなるわ」
強い意志でそう伝えれば、母は基樹くんを見ては彼に気づかれないように一瞬表情を歪めて去っていった。
その背を見送りながら、基樹くんはやれやれと言った顔をする。
「いやぁ~、焦った焦ったぁ~。途中から話聴いていたけど、あの笑顔怖すぎっしょ、瑠璃ちゃんのお母さん」
ヘラヘラした顔をしていて、焦りなんて微塵も感じ取れない。
「基樹くん……あなた、あの女の恐ろしさを感じながら、懐に入ろうとしていたの?」
「あぁ~、それはぁ~……ほら!友達のお母さんには、挨拶しなきゃじゃん?ダチとしてさ!礼儀だよ、礼儀!」
頭の後ろで手を組んで笑う基樹くんに対して、私は不快に感じて脇腹を抓った。
「いったい‼何で抓るの!?」
「不快だからよ、二重の意味で。私はあなたを仲間だとは思っているけど、友達になった覚えは無いわ」
「えー、なにそれー、いけずー」
そう言って陽気に振舞う彼を横目で捉えながら、扇子を広げて口を隠す。
また、彼に助けられてしまったわね。
それにしても、何故あの女は基樹くんを見て震えていたのかしら……。
もしかして、彼のことを事前に知っていて、それを基樹くんも把握していたの?
やっぱり、この陽気でヘラヘラした態度に隠された、彼の奥底にある思考に触れることは、今はまだできない。
私はいつになったら、この影を名乗る男の隣に立つことができるのかしら。
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