それぞれの勧誘
恵美side
どうして、こうなったんだろう。
冬休みの初日はゆっくりしたいと考えていたのに、自室の中に3人の女子が上がり込んでテーブルを囲んでいる。
成瀬瑠璃に新森久実、そして住良木麗音。
これから何が始まるのかを想像すると、少し胃が痛い。
久実は軽く咳払いをしては、真剣な顔で言った。
「それじゃあ、始めようじゃないか……1年Eクラスの女子極秘任務‼男子攻略大作戦の会議じゃー‼」
最後は立ち上がって腕を振り上がり、高らかに宣言する久実に、麗音は軽く手を叩き、成瀬は興味ないというようにスマホに目を落としていた。
私は深い溜め息をつき、久実にジト目を向ける。
「男子攻略作戦って……何?いきなり」
「よくぞ聞いてくれたぜ、恵美っち!君たちに来ていただいたのは他でもない。クラスの男子に、クリスマスパーティーで女子の魅力を思い知らせてやろうぜ‼って話だよ」
突拍子もない説明に、私たちは呆れた目になってしまう。
それを察して、久実が狼狽える。
「え、えー!?何、その反応!?クリスマスだよ!?つか、もう2学期も終わるよ!?うち、クラスの中で浮いた話を1つも聞いてないんだよ‼」
「はぁ、何でそんなことのために労力を注がないといけないのかしら…」
「はい、そこ、瑠璃っち‼うちら、花の女子高生だよ!?1学期の最後ともなれば、クラス内で誰と誰が付き合ってるとか、カップルの1つや2つできてもおかしくないとは思わないかね‼」
久実は鼻息を荒くしながら、熱の入った演説を続ける。
「青春しようよ、恋していこうよ‼考えてみれば、うちらのクラス、イベントごとぐらいしか男女間の交流が無いんだよ。もっと、異性交遊していこうぜ‼」
「そう言うのは、個人差があると思うし、それぞれのペースに合わせた方が良いんじゃないかな?久実ちゃん」
「そんなことを言ってるから、何も進展しないんだよ、麗音っち‼誰かが積極的に動かないと、このまま高校3年間を彼氏無しで終わっちゃうんだぞ!?そんなの、うちは嫌じゃー‼」
要するに、自分が彼氏欲しいから周りを巻き込むってわけだね。
カレンダーを見れば、クリスマスまで残り一週間を切っている。
この4人だけでクラスのみんなに呼びかけても、時間が足りない気がする。
久実はおもむろにカラーファイルから紙を取り出し、私たちに見せてくる。
「既に試験が終わった後くらいから、うちは極秘でみんなにアンケートを行っていたのだよ。彼氏が欲しい、彼女が欲しいという声が、クラスの中でこれだけ上がっているんだよ!?これを知って、放っておけるわけがあるだろうか。いや、無い‼」
そのアンケートの結果が書かれた用紙を見れば、クラスのほぼ全員の名前が書いてある。
狩野なんて大々的に強調されてる所から、彼女欲しいアピールが凄い。
だけど、上から下まで見ても円華の名前は無かった。
「円華には聞かなかったの?」
彼の名前を出せば、久実は顔が引きつっては肩を落とす。
「円華っちはぁ……まぁ~、いつも通りだよね。『彼女?興味ねぇよ』の一言で一蹴されちったよ。相も変わらず、ノリが悪いニャー‼あの堅物ひねくれ野郎‼」
あー、その時の様子が容易に想像できるなー。
きっと、呆れたように半眼でそう言ったに違いない。
「男子も女子もほとんどが、恋人を求めていると改めて分かった今‼クリスマスと言うカップルのラブラブ期間を利用しない手はないと思わんかね!?恋人が居れば、いろいろとモチベーションも上がると思うんだよ‼」
いろいろと久実なりに理屈を付けて説得してくると、成瀬がアンケート用紙の名前のある一点を見ては、小さく溜め息をついて折れた。
「わかったわ。私も気になることが出てきたし、クリスマスパーティーに協力する。これだけ人数が居れば、5日でどうにかなるでしょう」
「お、流石はクラス委員‼話ができるにゃー‼」
その後、麗音も渋々ながら協力を同意し、最後に私が残る。
「ねぇねぇ~、恵美っち~~」
猫撫で声ですり寄ってきては、後ろから抱き着いてくる。
「何を言われても、私はそこまで乗り気じゃ―――」
「協力してくれたらさぁ~、円華っちと相席にしてあげるのににゃ~」
耳元でボソッと呟いてくる久実の言葉に、肩をビクッと震わせる。
「恵美っちだって、そろそろ円華っちと進展したいって思わない~?」
「そ、それはぁ……」
今更、私が円華のことを何とも思ってないと言っても、もう久実には通じない。
「クリスマスって、恋の奇跡が起こりやすいんだよ?うちがキューピッドになってあげるからぁ……お願い、親友‼」
追い打ちをかけるように言ってくる久実に横目を向ければ、その目は圧をかけるようにキラキラしていた。
「円華が、その……クリスマスパーティーに参加すると思う?」
「安心しなせぇ、姉さんよぉ。今、基樹っちを使って誘導中でっせ?」
既に行動に移していたみたい。
こういうところは抜かりがない。
円華とクリスマスを一緒に過ごす……。
想像するだけで、顔が赤くなってきた。
「……しょうがない、ね。仕方ない」
「よっしゃー‼これでクラスのほとんどが開催に同意だー‼」
これで良いのかという疑問は残りながらも、久実主催でクリスマスパーティーが行われることが決定した。
本当に進展するなんてこと……あるのかな?
正直、受け入れはしたけど、当日のことが不安で仕方がない。
ーーーーー
円華side
カレンダーに予定を書き終えた後、ショッピングモールに買い物に出かければ1人のクラスメイトからスマホで呼び出しをくらい、ファーストフード店に足を運んだ。
そこに居たのは、入江と川並だ。
俺を呼び出した川並は軽く手を振っては、こっちに来いとアピールしてくる。
メニューを頼むよりも先に、荷物を置くために2人の居る席に向かう。
「今日は急にどうしたんだよ?入江が居るなんて聞いてないぜ」
「それなんだけどな、話があるのは実はこいつの方なんだよ」
そう言って、横で緊張した面持ちで座っている入江を指さす川並。
「俺も呼び出すなら自分で言えって言ったんだけどな。電話越しに事情を話すとなると恥ずかしいって言うもんだから……」
「おい、川並‼そこまで言わなくても良いだろ!?」
顔を真っ赤にして怒る入江と川並を、机に頬杖をつきながら見る。
「入江が俺に用事なんて、遊びの誘い以外には考えられねぇんだけど。この感じじゃ、そう言うわけでもないみたいだな」
川並か入江から連絡があった時は、大抵はゲーセンやスポーツセンターで放課後に時間を潰す誘いだった。
遊びに誘ってもらえるくらいには、俺も2人から心を許してもらえている。
しかし、入江の様子を見るに今回の用件はそれではないようだ。
視線で話すように促せば、川並がタイミングを見て「何か頼んでくるぜ」と言って席を立ったので、俺は軽食としてLサイズのポテトとドリンクを注文した。
そして、彼が離れていくと、入江が両手を着いてはドンっと強い音をたてながら額をテーブルに押し付けた。
「お願いだ、椿ぃ‼俺の恋愛成就を手伝ってくれぇ~‼」
「・・・は?」
ただ事ではないと思っていたが、あまりの突拍子もない依頼に対して目が点になってしまった。
俺が呆気に取られていると、入江は顔を上げて潤んだ目を向けてくる。
「俺、入学してからずっと坂木さんが好きなんだけどさぁ……。この1年間、デートに誘うこともできなかったし、チャンスだと思った文化祭の時も声をかけることができなかったしぃ……。でも、冬休み中には一歩……いや、半歩くらいは前進したいんだ‼せめて、友達認定くらいはされたいぃ~」
へぇ~、入江って坂木のことが好きだったのか。
坂木楓は、俺が転入当初にクラス対抗人狼ゲームの時に接触した女子の1人だ。
麗音と仲が良い女子で、自己主張が弱い大人しいクラスメイトと言う印象がある。
確かに、クラス内ではほとんど女子の友達と一緒に居るし、彼女が男子と絡んでいる所はあまり見たことが無いかもしれない。
まぁ、俺と話せたくらいだから、男子が怖いってわけじゃねぇと思うけど。
つか……俺は入江に1つ言いたい。
「いや、おまえさぁ……。相談する相手間違えてるぞ、絶対。俺、恋愛事は専門外だぜ?」
「そんなこと言わないで、協力してくれよぉ~。おまえにしか頼めないんだよぉ~」
そう言って、入江はスマホの画面を見せてきた。
それはクラスのグループチャットであり、そこに久実の添付した画像がどでかく映し出されていた。
「クラス交流クリスマスパーティー?何だよ、これ」
「新森が、クリスマスにクラスみんなで集まってパーティーを企画したんだ。椿は何も聞いてないの?」
「初耳。……つか、それを見ていろいろと腑に落ちた」
通りで久実がテスト終わりぐらいから、クラスの中でうろちょろしてると思ったぜ。
俺に『円華っち、彼女欲しくないかにゃー?』とかアホらしいことを聞いてきたところを見ると、今回の目的は色恋沙汰を想定したものだろうな。
てっきり、クリスマスパーティーって言うから、いつものグループでやるのかと思ったら、今回はクラス規模でやるのかよ。
「この大きなイベントを逃がす手は無いと思うんだ‼だから、俺と坂木の橋渡し役を、麗音ちゃんと一緒にお願いします‼」
「おいおい、麗音まで巻き込むのかよ?あいつにも話はしたのか?」
「そこはぁ…そのぉ……その説得も、椿にお願いできたらなぁ~ってぇ……。遠回しにぃ、さりげなくぅ」
歯切れ悪く言うところから、麗音を説得できるかもしれない役割としても、俺が選ばれたってことだろうな。
猫被りモードのあいつなら、表面上は快く受け入れてくれると思うんだけどな。
まぁ、好きな女子の周辺に居る女には好きバレしたくないって所か。
「つか、考えてみたら、俺よりも麗音と話せる男子が居るだろ?基樹とか」
「狩野に頼んだら、坂木さんが警戒するに決まってるだろ!?」
身を乗り出して、基樹は無しだという意思を訴えてくる。
あー、基樹ってやっぱり女子から警戒されてるんだなー。
薄々予想はしてた。
「椿だったら、女子と普通に話せるみたいだし、下心とか無さそうだしぃ……。麗音ちゃんと一緒に、会話を盛り上げてくれるだけで良いからさ!頼むよぉ、こんなことを頼めるの、おまえぐらいしか思いつかないんだってぇ~」
クラスメイトから頼られることが、別に嫌なわけじゃない。
だけど、いまいち乗る気がしないのも確かだ。
答えを出しあぐねていると、川並がトレーを持ってカウンターから戻ってきた。
「お待たせっと。話は進んだか?」
「大体はわかった。クリスマスパーティー、川並も参加するのか?」
「いや、俺はその日部活の方でクリスマス会があるからな。そっちに参加する」
「じゃあ、入江と話せる奴って言うと……他は、戸木くらいか。最近、あいつとはどうなんだ?」
川並と入江は俺と遊んでも何とも思ってないみたいだけど、戸木は別だった。
3人は教室ではいつもグループで一緒に居るが、俺が絡むとあいつは離れていく。
まだ、戸木の中で椿円華という存在はブラックリストに入っているようだ。
「どうって、別に普通だよ。でも、あいつは俺の恋の悩みには乗り気じゃないんだぁ」
協力的な川並は部活の集会に参加して、戸木は乗り気じゃないとなると、ますます俺への期待が大きくなるってわけか。
フライドポテトを3本くらい口に含み、噛んで飲み込む。
「…ったく、しょうがねぇな。麗音には一応、さりげなく話してみるけど、何がどうなるかわかんねぇし、あんまり期待すんじゃねぇぞ?」
「椿ぃ~~~~‼」
入江の目からはダァーっと涙が滝のように流れており、俺の手を両手で握ってはブンブンと上下に振ってくる。
恋愛事についての戦略となると、俺の頭じゃ白旗を上げるしかない。
わかっていないなりに試行錯誤しても、効率を重視して余計なことをしてしまいそうで怖い。
仕方がない、こういうのは女子に任せた方が良いんだろうな。
俺はあくまでも、橋渡し役に徹することにした。
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