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カオスメイト ~この混沌とした学園で復讐を~  作者: カナト
振動する冬休み
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冬休みの始まり

 ある冬の1日、クリスマスの1週間前。


 6時間のフライトを終え、1人の男が飛行機から降りてくる。


 セットされていない無造作な頭が特徴的な、腕と脚が長い高身長な男の頭は、遠くから見てもわかるくらいに印象に残る。


 その身を包んでいるのは灰色のレザージャケットであり、少し肌寒さを覚える。


 男が持っているのは、大きなボストンバッグ1つであり、黒い手袋をしている左手で持っている。


 空港を出て、手袋をしていない右手でサングラスを摘まんでずらせば、その目は鮮やかな紅に染まっている。


「日本の土を踏むのも、10年ぶりか……。あの野郎、人を便利遣べんりづかいしやがって」


 ジャケットから黒いスマホを取り出し、ネットの地図を確認して目的地を目指す。


 そこは、彼にとっては本来は足を踏み入れるのもはばかられる場所だった。


 足を進めようとすれば、彼の前に止まっている車からプープーっと大きくクラクションが鳴る。


 その車の運転席に目を向ければ、そこには見覚えのある暑苦しい初老の外国人が座っており、人差し指を前後に振っては『乗れ』とジェスチャーでうったえてくる。


 仕方なくそれに従って車に乗れば、横にバッグを置いては足を広げて座る。


「地球の裏側からの旅行ご苦労さん。あいつからの連絡は届いていたようだな?何度連絡しても出ないって言っていたから、俺に捜索依頼が来たんだぜ?」


「そいつは悪かったな。奴らの目を散らすために、しばらく地下に潜っていたもんでな。地上に出てきたのは、2日前だ」


 男がぶっきらぼうに答えてやれば、外国人は歯を見せて笑う。


「まぁ、気分を変えるのに日本の観光をするのも悪くなかったぜ。久しぶりに、元・部下の顔を見ることもできたからな」


「……おまえも、あの学園に行ったのか?グラン・アシモフ」


 男が名前を呼べば、グランは横目を向けてきた。


「ああ、簡単な調査をねてな。形式上は上官の付き添いだったが、それを利用したあいつからの依頼があったのさ」


「相変わらず、他人を都合の良いように使いやがる。昔と何も変わっていない」


「そう言ってやるなって。おまえも、あいつの頼みで帰国したんだろ?」


「関係ない。気分が乗ったから来ただけだ。用件を済ませれば、すぐに戻るつもりだ」


 レザージャケットの懐からリボルバー型の注射器を取り出す。


 弾を込めるチャンバーには、3つの穴しかなく、通常の穴よりも大きい。


「こいつの使いどころを、丁度模索していた所だ。試すチャンスがあるなら申し分ない」


物騒ぶっそうな物を取り出すな。……とりあえず、才王学園に向かうが、それで良いな?」


「ここからだと、何時間かかる?」


「何時間どころの話じゃねぇよ。人目に付かないように移動するとなれば、数日はかかると覚悟しておけ。どこに監視の目があるかわからないからな」


 自身の身の上から、男は日本中に設置されている監視カメラにできるだけ映らないように移動しなければならない。


 何とも面倒なことだと思いながらも、彼はそれに黙って従った。


 グランの運転で目的地に向かう中、特に世間話をする仲でもない2人の間には沈黙が流れる。


 それを破ったのは、彼のある問いかけだった。


「なぁ、おまえが今回の件を引き受けたのは、やっぱり……あいつの顔を見れるかもしれないからか?15年ぶりだろ?」


「……関係ねぇよ。おまえと同じ、ただの気分転換だ」


 そう言って、男はサングラスをかけたまま、腕を組んでは俯く体勢で目を閉じた。


 この男の存在が、円華たちに何を与えるのか。


 それはまだ、誰にもわからない。



 ーーーーー

 円華side



 結論から言えば、季節の中で一番嫌いなのは冬だ。


 当たり前のように毎日降る雪を見て、綺麗とか、美しいとか思う時期はもう終わっている。


 蒸し暑いのは嫌だし、凍えるような寒さも好きじゃない。


 春や秋くらいが調度良い。


 それでも、ある1日だけは好き嫌いに関係なく、特別に気持ちがたかまる日がある。


 椿家の屋敷の中で、自分の部屋の窓から外の雪景色を見ている涼華姉さんに両手を後ろに回して歩み寄る。


「姉さん」


 俺が呼べば、彼女は振り向いて視線を合わせる。


 緊張する面持ちで隣に立ち、「ん」とリボンで結ばれた小包を目を逸らしながら渡す。


 それを受け取り、姉さんはクスっと笑った。


「何だ?クリスマスのプレゼントか?」


「ちげぇよ。今日、誕生日だろ?……おめでとう」


「じゃあ、バースデープレゼントってことか……」


 そうとわかれば、姉さんは俺に小包を押し返してくる。


「だったら、悪いけど受け取れねぇな」


「な、何でだよ!?」


 椿家に来て、誕生日には家族にプレゼントを渡すという習慣があることを知った。


 俺も誕生日が来れば家族や椿組のみんなに祝われてきた。


 これまでは恥ずかしかったのもあるし、姉と認めていなかったのもあって何かを渡そうと思ったことはなかった。


 だけど、今日は涼華を姉さんと認めてから初めて迎えた彼女の誕生日。


 弟として、家族として、純粋に彼女が生誕した日を祝いたいと思った。


 この日のために用意したプレゼントを彼女は受け取ってくれなかった。


 それが、とても悲しかった。


 理由を聞いても答えない姉さんに、怒りと悲しみを込めた目で見上げながら詰め寄る。


「家族が誕生日を祝うのは、普通のことなんだろ?受け取ってくれても良いじゃん。折角せっかく……あんたのために…」


 途中で俯きながら言えば、姉さんは薄い笑みを浮かべて頭に手を置いてきた。


「おまえのセンスで女にプレゼントを贈ろうなんて、10年早いんだよ。まっ、気持ちだけは受け取っとくぜ。ありがとな」


 そう言って荒く撫でてくる手を掴みながら「やーめーろー!」と抵抗するが、ゴリラ女の握力に敵うはずもなくされるがままになった。


 俺の頭で遊んだ後、姉さんは「ちょっと、じかに雪を楽しんでくるわ」と言って家を出て行った。


 1人残された部屋の中で、リボンを解き、小包を破って出したのは小さな箱型のオルゴール。


 箱を開けば、雪だるまとサンタの人形が一定の距離で周り、メロディーが流れる。


「クリスマスプレゼントだったら……もらってくれたのかよ。一日遅れじゃねぇか、ゴリラ女」


 世間では、聖なる夜がどうとかにぎやかになっているようだけど、それはどうでも良かった。


 俺にとっては、姉さんの誕生日が何よりも大切だったんだ。



 ーーーーー



 また、姉さんの夢を見た。


 それも当然か、そろそろ彼女の誕生日だし。


 今日は12月20日。


 冬休みの初日だ。


 スマホを確認すれば、昨日メールを送った相手からの返信は来ていない。


「……避けられてる、なんてことはねぇだろうな。あの人に限って」


 不意に欠伸が出てしまい、身体を起こして頭を押さえる。


 正直、久しぶりに夢を見たけど熟睡できた気がしない。


 終業式が終わった後、瀬戸先生の言っていた言葉が頭の中でずっと反響している。


 進藤大和は、椿涼華の最後の教え子だった。


 転入当初に学園長と話した時、姉さんの生徒は全員死んだと聞いていた。


 辻褄つじつまが合わない。


 学園長が嘘をついたってことか?


 ジャックに脅されて、あの時は俺に偽の情報を与えたとしてもおかしくない。


 姉さんの死についての手がかりを、掴ませないために。


 真実を知りたければ、進藤先輩に直接話を聴くしかない。


 しかし、連絡を取りたくても反応が無かったら待ち合わせることもできない。


 メールに対する返信も無ければ、3回電話をかけても折り返しがない。


 今すぐにかけても、また無反応の確率は高い。


 そして、先輩の寮がどこにあるのかは知らねぇから、直接行くわけにもいかない。


 空の新着メールボックスを睨みつけていると、不意に1つのメールが届いた。


 しかし、それは進藤先輩からのものじゃない。


「あ?…ったく、こんな時に……」


 受信ボックスを確認しようとすれば、また立て続けに3つのメールが同時に届く。


「マジかよ……」


 4つのメールを先に来たものから確認すれば、溜まらず深く息を吐いた。


 差出人は久実、金本、鈴城、岸野だ。


 久実から、クリスマスイヴの予定を空けておけと言う連絡。


 金本からは明日、話があるという呼び出し。


 鈴城からは、クリスマスイブの2日前に例の本を読み終えたから約束を果たしたいというむねのもの。


 岸野からは、俺が頼んでおいた申請の許可が取れたという報告。


「まぁ~、綺麗に全員別日を指定しやがってぇ……。示し合わせてねぇだろうな?おい」


 まっさらだった予定が一瞬で埋まりそうになるが、進藤先輩のことが頭に引っ掛かる。


 誰かと予定を入れていたとしても、道端みちばたで彼を見つければ、そっちを優先してしまうかもしれない。


 カレンダーを見れば、今年が終わるまで残り12日。


 年明けまでに、俺の目的は達成されるのかは微妙だ。


 だけど、時間を無駄にしているわけにもいかない。


 それに、俺自身がずっと部屋に閉じこもりたい気分でもない。


 また塞ぎ込んで、引きこもるのは目に見えている。


 誰かが言っていたが、ずっと1つのことを考え込んでいるよりも、他のことに頭を使っている方が予想外の所からヒントを得ることがあるらしい。


 それを実行してみるか。


 メールを見ながらカレンダーに予定を書き出していけば、タイミングを見計らったかのように電話が鳴った。


 それに出れば、ダチの気の抜けた『うぃーっす』と言う挨拶が聞こえてきた。


「何だ?基樹。まさか、おまえもクリスマス前に、俺の予定を潰す気じゃねぇだろうな?」


『へ?どう言うこと?何かあった?』


 基樹に立て続けに来たメールのことを話せば、電話越しに爆笑が聞こえてくる。


『バッハハハハッ‼あぁ~、おっかしい。いやぁ~、円華もモテモテだな?』


「全く嬉しくねぇんですけど。どれか1つ代わってくれよ」


『言っとくけど、久実ちゃんの件に関しては俺も誘い受けてるから代われないから』


「だろうと思った」


『ついでに言うと、前もって俺とおまえで買い出しに付き合わなきゃいけないんだってさ』


「そんなの聞いてねぇぞ!?」


『久実ちゃんのことだから、連絡ミスだろ。まっ、言い出したら聞かないから諦めなって』


 露骨に溜め息をつけば、基樹から『ドンマイ』と返ってきた。


 考えるだけで気分が萎えるため、話を切り変える。


「そう言えば、おまえは何の話で電話かけてきたんだよ?」


『え?ああ、それな。特に話すようなことでも無いかなって思ってたんだけどさ、一応、円華の耳にも入れておこうと思って』


 基樹は1度言葉を区切り、もったいぶって言った。


「俺、瑠璃ちゃんからデートに誘われちった。てへっ!」


『良かったな、じゃあな』


 どうでも良いと思って早々に切ろうとすれば、『待ーて、待て待て待てーい‼』と止められる。


『すいません、嘘つきました、デートに誘われてません‼』


「くだらねぇ嘘つくんじゃねぇよ。それで?おまえの妄想話にいつまで付き合えば良いんだ?」


 第一、あの成瀬が誰かをデートに誘うこと自体がありえねぇだろ、多分。


『悪かったって。ただ、瑠璃ちゃんに外出に誘われたのは本当。多分、今後のクラスのことについて話相手が欲しいんだろうな』


「じゃあ、麗音と真央も居るんじゃねぇのか?」


『麗音ちゃんはどうかわからないけど、石上は無いんじゃないかな。……多分、話の流れ的に組織のことが話題になるからさ。もしかしたら、恵美ちゃんのことも呼ぶかもしれない』


 組織……緋色の幻影のことを口に出されれば、俺も声音が低くなる。


「俺も参加した方が良いか?」


『いいや、それは止めておいた方が良いだろ。フェードアウトしてる奴が、周りに変に怪しまれたくないじゃん?』


「組織のことが話に出ても、主題はクラスを守るための話になるってことか」


『そう言うことだろうな。クラスの方向性に変化があったら、連絡するよ。おまえが言ったことなんだし、瑠璃ちゃんのことは俺に任せろ』


「……わかってる。頼んだぞ、基樹」


『耳にタコだっつーの。じゃあ、それだけだから。クリスマスパーティーの買い出し、逃げんなよー?』


 その言葉を最後に、基樹は電話を切った。


「成瀬も、あいつなりにクラスのために変革が必要だって思ってるってことか」


 俺だけでなく、クラスメイトも狙われたとなれば、これからより一層気を引き締めないといけない。


 柘榴が監獄に送られたとしても、それで危険が去ったわけじゃない。


 また、誰がクラスの奴らに手を出そうとするかわからないからな。


 カレンダーを睨みつけながら、埋まっている予定を確認してからそれぞれに了承の返信を送った。


 夏休みもそうだけど、冬休みも忙しくなりそうだ。


 年明けぐらいは、ゆっくりさせてほしい。

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