二学期終了
脱落戦を終え、その3日後。
12月20日。
今日は2学期の終業式。
講堂では面倒な式はすぐに終わり、すぐに学年集会が開かれた。
2学期期末試験…いや、脱落戦の結果発表のためだ。
今回の試験の順位は、クラスごとではなく全体で公開されるらしい。
天井からスクリーンが降ろされる。
「最上位クラスは退学免除権をクラスの全生徒に配布する。そして、最下位クラスは退学……は、無くなったけれど、それでも問答無用で現在の最下位クラスであるEクラスに降格。どっちにしろ、是が非でも最下位は避けたい所だったわ」
垂れている横髪を右耳にかけ、スクリーンをじっと見る成瀬。
ここに居る全員、緊張の面持ちで結果を見守っている。
恵美や入江、久実にいたっては手を合わせて神頼みをしている始末だ。
テストまでの残り日数。
柘榴の妨害があって2日は無駄にしたとはいえ、毎日勉強会を開いて学力向上に力を注いできた。
試験の難易度は全教科、俺でも少し手こずるレベルだった。
明らかに難易度は上がっている。
何の対策もしていなかったら、本当に最下位にまっしぐらだっただろう。
頑張れば、それが報われるなんてそんな綺麗事を言うつもりは無い。
だけど、少しも結果に反映されないとも思えない。
勝利の女神ってのが本当に居るなら頼む……。
俺の犯した罪のことは無視して、クラスのみんなの頑張りだけは認めてくれよ。
「では、これより期末試験の結果を発表する」
学年主任の間島先生の号令に合わせ、スクリーンに結果が映し出された。
結果は、クラスの総合平均点で算出される。
ーーー
2学期末試験結果
1位 Aクラス 83.4点
2位 Sクラス 79.7点
3位 Cクラス 64.8点
4位 Dクラス 57.1点
5位 Eクラス 56.9点
6位 Bクラス 42.3点
ーーー
その順位を見て、2つのクラスに注目が集まった。
言うまでもないAクラスとBクラスだ。
しかし、Bクラスは落胆……と、言うよりはわかっていたことのように、落ち込みは表情にそれほど表れていない。
リーダーである柘榴の不在が混乱を招き、それがテストの日まで後を引いたのもあるはずだ。
それよりも気になるのは、Aクラスの静かさだ。
他のクラスの手前、手を挙げて歓喜に溢れるなんてことはできないにしても、どこかおかしい。
クラス順に並んでいるため、Eクラスの位置からAクラスの方に目を向けることはできないが、それでも異様な空気が流れているのは事実だ。
何だ……この違和感。
空気が、変だ……。
「良かったね、和泉さん。ずっと、打倒Sクラスを狙ってたから。凄く嬉しいはずだよ」
「ああ……その、はずだよな」
麗音の言葉を肯定しながらも、俺の中で何かが引っ掛かりを覚えた。
そう、AクラスがSクラスに勝利した。
その結果に対して、場が段々と騒ぎ始める。
「あの女帝が、和泉さんに負けたってことか?」
「そう言うことになるだろ。1位はAクラスなんだし……」
「ちょっと……信じられないかも」
Sクラスの絶対なる女帝が、Aクラスに敗北した。
その事実が信じられない者たちの声が広がっていく。
雑言が響く中、甲高い拍手が響いては紫髪の女の声が聞こえた。
「見事だ、Aクラス。そして……和泉要」
遠目にしか見えないが、それは言うまでもなく鈴城紫苑であり、彼女は人の波を女帝の覇気だけでかき分けて和泉に近づいていく。
その2人の空間だけ、ドーナツの穴が開いたように人が囲む。
もはや、列など関係なく、いろんなクラスが混ざってしまっている状態だ。
「鈴城さん…」
女帝の到来に対して、和泉は動揺しているように見える。
そして、鈴城は手を出した。
「おめでとう。素直に称賛の言葉を送ろう。完敗だ。敗者の手は取りたくないか?」
「そ、そんなことは無いよ‼ありがとう……。一緒に競えて……良かったよ」
和泉はその手を取るが、遠目でわかりにくかったが少し震えているように見えた。
「和泉、心がぐちゃぐちゃだ……」
近くから恵美の声が聞こえれば、彼女はいつの間にか俺の隣に立っていた。
そして、ヘッドフォンをしている所から能力を使っているのがわかる。
人の目があるため、小声で聞く。
「ぐちゃぐちゃって……どういうことだ?」
「わからない。だけど、少なくとも今の和泉は、勝利の嬉しさなんて欠片も感じてないよ。感じているのは……ねっとりとした、後ろめたさ」
その言葉を聞いて、改めて和泉と鈴城に視線を向ける。
鈴城は負けたことなど気にせずに、清らかな笑みを浮かべている。
それとは対照的に、勝ったというのに和泉は俯いてしまって彼女と目を合わせようとしなかった。
女帝の祝福の言葉に続き、Sクラスからは時間差で拍手喝采が起き、それに続いて他のクラスも手を叩く。
最下位のBクラスと、他複数人を除いて。
俺も気になる部分が複数あり、申し分けねぇけど拍手する気分にはなれなかった。
多くの称賛を受けながらも、Aクラスの中でそれを素直に受け止めた者たちは、見た限り多くは無かった。
ーーーーー
学年集会を終えて各クラスに戻れば、教室に着いて席に着き、皆一斉に「はああぁ~~~~」と深い溜め息をついた。
「あんだけ頑張って5位かよぉ~…」
「1位取れたと思ったんだけどなぁ~~~」
「やっぱり、1学期と同じようにはいかないってことだね」
「まぁまぁ、最下位じゃないだけ良かったって見かたもあるじゃない?」
「そーそー、頑張りは無駄じゃなかったってことじゃん」
川並や入江、坂木を始めとした、クラスメイトの試験結果に対する声が右往左往する。
1位じゃなかった声に落胆する者、最下位じゃなかったことを喜ぶ者。
プラスに考えようとするが、残念だという気持ちを顔に出している者もだ。
皆がいろいろな感情を口に出している中、成瀬が椅子を引いて立ち上がり、後ろに身体を向ける。
「みんな、聞いて。今回の結果はもう変わらないわ。これが、今の私たちの実力よ。最下位は免れた。でも、最上位には程遠い。それがこのクラスの現実なの」
現実という言葉が、みんなの胸に突き刺さる。
彼女は言葉を続ける。
「この私も、みんなに偉そうなことを言えるほどの点数を取っていない。自分の学力を過信して、自分の勉強を疎かにしていた自覚はある。3学期からは、何においても油断するつもりは無いわ」
しかし、成瀬の言葉は、現実と言う絶望に突き落とすだけのものじゃなかった。
「私から見れば、みんなにも欠点はあった。みんなも、私に思う部分はあったはずよ。そこから逃げる気はないわ。柘榴くんの件も合わせて、私たちは未熟過ぎた。まずは、そのことを受け入れる。目を逸らさずに」
そこで1度言葉を区切り、全員を見渡す。
「今回は学力と言う面で試されたけど、これから先、試験で試される項目が決まっていても、それ以外の部分に隙が生まれるかもしれないことを、今回私たちは身をもって知った。みんな、同じ失敗は2度繰り返したくないはずよ?」
クラスメイトのほとんどが、それに対して同意するように強く頷く。
そして、その目は先ほどよりも力を宿して成瀬を見る。
「今の実力がわかったのなら、後はそこから這い上がるだけ‼私は、私1人だけじゃなく、このクラスでSクラスを目指したい‼だから、みんな、私の足りない部分を補うために力を貸して。私も、みんなの力になると約束するわ。みんなで一緒に、強くなるために‼」
恐怖とは違い、先導者としての信頼とも少し違う。
自分にも不足している分があると認め、他者に助力を求めることができる。
成瀬は皆を引きつけるのではなく、同じ立場で戦おうと言っている。
そんなクラスのリーダーの言葉に心を動かされない人間は、この教室には居なかった。
「よっしゃぁー‼いっちょ、張り切りますか。3学期‼」
「うおおぉー‼うちも、今以上に頑張るぞー‼」
基樹と久実が声を上げ、それに続いてみんなも気持ちを奮い立たせる声をあげる。
一応、みんなは5位と言うことで落胆が大きいようだけど、俺はそこまで気にしていない。
何故なら、結果は5位でも3学期からはEクラスを脱出することができたからだ。
Bクラスが最下位になるということで、俺たちはDクラスに昇格。
まぁ、この意識の向上が新学期から、クラスの成長に繋がることを願って止まないけどな。
ーーーーー
2学期最後のホームルームが終わった後、俺は職員室に顔を出した。
今回の件で、ある先生と向き合わなければならないと思ったからだ。
「失礼します。1年Eクラスの椿です。瀬戸先生は、居られますか?」
指名すれば、それに反応した女教師の顔は少し憔悴しているように見えた。
「瀬戸は……私だが」
彼女の下に足を運び、軽く一礼してから目を合わせる。
すると、瀬戸先生は目を伏せた。
「先生に折り入ってお話があります。先日死亡した、Fクラスの生徒のことで」
Fクラスの名前を出せば、先生は生唾を飲んでは椅子から立ち上がって歩き出す。
「場所を変えよう。他の先生の前では、涙を見せたくない」
「わかりました」
凛とした佇まいの女性だが、流石に今回の件は堪えているようだ。
当然だ。いきなり、自分の生徒が全員皆殺しにさせられたのだから。
瀬戸先生と共に来たのは、誰も居ない屋上だった。
彼女は俺に背を向けたまま、話を切り出す。
「……今でも、思い出すよ。彼らの苦しそうな顔を。君がこの学園に来てから、私のクラスは地獄ばかりを見てきた」
転入当初から…か。
そう言われても仕方がない。
俺が来てからクラスは快進撃を続け、FクラスからEクラスに昇格している。
それは、言うまでもないけどEクラスだった奴らがFクラスに降格したってことだ。
そして、その心の隙を利用し、柘榴は奴隷として支配下に置いた。
その結果は、散々利用された挙句に……俺の手で、その時間を奪われた。
「先生は、俺のことを恨んでいるでしょうね」
「いや、全ては彼らの力不足が招いたこと。実力の意味でも、心の意味でも。君と、君のクラスメイトの実力が上だっただけ。それだけのことだ」
白い雲が所々にある青空を見上げる、先生の髪がそよ風になびく。
「これも、弱肉強食の世界の摂理……なのかもね」
「生徒の命を奪った犯人が誰なのかは、知っているんですか?」
「いいや。……しかし、疑わしい相手は今、私の後ろに居るな」
そう言って、瀬戸先生は振り返って俺と対面する。
「私に話すべきことがある。だから、顔を出した。そうだろ?椿円華」
彼女の目から、今、俺の口から出る言葉に対しての覚悟を感じた。
だから、それに応えるために真実を話した。
「俺が、Fクラスの生徒を全員殺しました」
「……やはり、そうか」
込み上げてくる怒りを抑えるように、拳を握って震わせる瀬戸先生。
「何故……殺した?」
「柘榴にEクラスのみんなを人質に取られ、助けに行こうとしたときに、Fクラスの生徒に身を呈して妨害されました。そうしなければ、大切なものを守れないと判断したからです」
事実と共に、俺自身の想いも付け加える。
「誰かの命を奪ったことを、肯定するつもりは毛頭ありません。俺はどんな理由があろうと、やり方を間違えました。先生に恨まれて当然だとも思っています。でも、クラスのみんなは関係ありません。だから、憎しみを向けるなら、俺だけにしてくれませんか?」
「……ふんっ‼」
バァ~~~ンッ‼
瀬戸先生は握った拳をフェンスに押し付けて揺らし、両目に涙を溜めながら俺に鋭い目を向けた。
「自惚れるな、ガキが…‼」
先生は詰め寄り、今まで溜め込んでいた怒りを向ける。
「恨まれて当然?ああ、そうだ‼私は君が憎い‼大切な生徒を奪われたんだ、当たり前だ‼しかし…‼」
溜め込んでいた涙が両頬に流れ、床に落ちていく。
「一番、許せないのは……私だ…‼私は、あの子たちの担任でありながら……自分の生徒を、苦しみから救い出すことはできなかった…‼何も、できなかったんだ…‼」
涙と共に気丈に振舞っていた心の糸が切れたのだろう、瀬戸先生は足から崩れて項垂れてしまう。
大人のくせに情けないとは思えない。
彼女を哀れむ資格も、俺にはない。
「悪いのは……君じゃない…。君は、君の大切なものたちを助けるためにやったんだ。理由はどうであれ、君は恨まれても当然だと言うことだろう。しかし、私に君を責める資格は無い…‼」
自身を責める先生は、俺を見上げては自嘲気味に笑って言った。
「やはり……椿先生のようには、早々なれるものじゃないな」
「椿…って、それは……!?」
「そう、君の姉、椿涼華さんのことだ」
まさか、ここで姉さんの名前が出てくるとは思わなかった。
「私の憧れだったんだよ。彼女も、最初はFクラスの担任教師だった。それでも、生徒の可能性を信じ、時に試練を与えて壁を作り、時に励まして勇気を与えた。そのような教師に、私もなりたいと……思っていたんだがな。あの人のようになるのは、簡単なことじゃない」
姉さんのことを話す瀬戸先生の表情は、少し黄昏ているように感じた。
「立派な先生だったよ。今でも、信じられない……椿先生が、もうこの世に居ないことがな」
瀬戸先生は過去に想いをはせながらも立ち上がり、俺の肩に手を置いた。
「あの子たちの命を奪ったことを悔やんでくれるなら、こんな所で足を止めないでくれ。それが、私から君に求める償いだ」
「……はい」
俺が頷いて返事をすれば、先生は肩から手を離しては横を通り過ぎて行く。
そして、急に足を止めては振り返って聞いた。
「そう言えば、君は文化祭の実行委員で2年の進藤と面識があったな」
「あ、はい……。それが、どうしたんですか?」
進藤先輩の名前が出れば、あの人から出された課題のことを思い出した。
確か、俺自身の弱点に対する答えがどうとか言ってたな…。
「進藤とまた話す機会があれば、椿先生の話を聞いてみると良い。彼は先生の受け持った、最後の生徒だからな」
…………ぇ。
今……何……て…?
心の中で聞き返せど、先生に届くはずもなかった。
あまりの驚きに、声を出すことすらもできずに立ち尽くしてしまった。
瀬戸先生は屋上を出て行ってしまい、俺は1人残される。
「進藤先輩……が、姉さんの…生徒……?」
身体が、衝撃で震えてしまう。
脳裏に浮かぶのは当然、姉さんと進藤先輩の顔。
期せずして掴んだ、姉さんを知るための手がかりだって言うのに、何も感じない。
ただただ、気持ちが追いついていない。
しばらくして、今の俺の心を形容する感情が追いついた時に感じたのは。
言い知れぬ『怒り』だった。
はーい、これで『打ち砕く脱落戦』と、2学期編が遂に遂に遂に終了でーっす‼‼
次からは冬休みになります‼
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