支える者たち
???side
ありえない。
想定外だ。
私の計画が崩れた?
これはただの通過点。
あの男を引きずり出すための、確定したシナリオのはずだった。
「何故だ……何故…‼あの鎧が……魔鎧装?カオスの力が、私の研究を超えただと…?ありえない。そんなはずは…‼そうだ、適合者の問題だ……柘榴恭史郎、あの男が弱かったからだ。私の研究が劣っていたわけではない……そんなはずは…‼」
薄暗い研究室で、Fクラスの教室に付けた監視カメラ映像を何度再生してもわからない。
カオス……椿円華の装着していた人狼の鎧。
あのような魔鎧装のデータは、過去には無かった。
新たに生み出されただと?
いや、そんなことはあり得ない。
魔鎧装を生み出すために必要な物を、奴らは持っていない。
今回の戦闘データを基に分析を進めるが、それでもその秘密を解き明かすことができない。
「カオス……混沌を生み出す者…‼流石は、あの女と同じ目をした少年だ……私を……僕を、腹の底からイラつかせてくれる…‼」
腸が煮えくり返るほどの屈辱。
カオスはただの餌だと思っていたが、その認識は改めなければならない。
生半可な温い手ではなく、もっと確実に追い詰め、今回の分を含めた絶望を味合わせてやる。
この怒りは、必ず晴らす。
私はこれで2度、計画を狂わされた。
それも同じ失敗だ。
利用していた駒が、私の想定通りの働きをしなかった。
「どいつもこいつも、使えないゴミどもが…‼」
映像の中で、何度も再生されるカオスの戦いぶりを見れば、腹立たしさが増幅していく。
「カオス……椿円華……次こそは必ず、あなたの全てを壊してやる…。私の目的のために…‼」
水槽に沈めている頭蓋骨を見れば、首筋を触って過去に犯した大きな失態が思い返される。
「早く、あなたに会ってお礼がしたいですよ……高太さん」
想い人に思いをはせていると、部屋の大きく重たい扉が開いて誰かが立ち行ってくる。
「ジョーカー…‼話が……ある…‼」
「おやおや、これはこれは。狂犬が舞い戻ってきたか」
現れたのは、今にも倒れそうな程ボロボロの内海景虎。
邪蠍装の毒にやられた所は見ていた。
私の所に来ることはわかっていたことだ。
「治療に来たのだろう?さぁ、そこに横になるといい。すぐに毒を抜いて―――」
「そんなのはどうでも良い‼俺の、質問に答えろ……。おまえは、あの…女…を……」
何を言いたかったのかは知らないが、彼は言葉の途中でバタンッと床にうつ伏せに倒れた。
ここに来ることだけに専念し、力を使いきったのだろう。
気を失っている。
「やれやれ、貴公には少しお仕置きが必要だと思っていたが、それは起きてからの方が良さそうだ」
今回の計画を崩した一因は、この狂犬にもある。
その罰は与えなければならないと、映像を再生させながら考えていた。
『いいや、お仕置きが必要なのはおまえの方だ。ジョーカー』
くぐもった声が部屋に響き、内海から目を離して入口の方に振り返れば、その存在を認識して言葉が出なかった。
「あっ…!?り……え、ない……。何故……おまえが…‼」
『おいおい、キャラを作るのを忘れているぞ?いつもの余裕な態度はどうしたんだ?』
私の目の前に居る存在は、絶対に存在しないはずの者だった。
まず焦点を当てたのは、王冠を模した5本の角が生えた特徴的な兜。
蒼いマントに身を包んだ、エメラルドグリーンのラインが入った純白の鎧。
それを使える存在は、もう既にこの世から居なくなった。
その死に様は、この目で確認し、頭に焼き付いている。
あれは間違いなく、我が友だったはずだ…‼
「何故…何故、その鎧を……それを使えるのは、我が友だけの―――」
戦士は私の頭を掴み、片手で持ち上げる。
「ぐぅぅういぃいいいっ‼」
『俺が寝ていた間に好き勝手してくれたようだな、ジョーカー。この痛みは、それに対する罰だと思え』
この感覚……間違えるはずが無い。
まさか、ありえない。
恐怖による防衛反応が、現実を直視することを拒否している。
『今日は懐かしい姿で挨拶に来たのと、少し警告をしに来た』
手を離して床に降ろし、私を見下ろす。
『カオス……椿円華への、今後一切の攻撃行為を禁ずる。魔鎧装の力に目覚めた以上、彼は貴重な存在だ』
「まさかっ…‼貴公が、私に命令するな―――んぐっ‼」
手を前に伸ばして掴みかかろうとする前に、マントを翻しては鎧から緑の炎と熱気を放った。
炎を通じた威圧感だけで、床に押し付けられる。
身体が無意識に、首を垂れる。
『これは命令だ。受け入れろ』
その言葉に逆らうことはできない。
私は無言で睨みつけることしかできず、戦士は背中を向けて歩き出す。
「貴公は一体……何者だ…!?」
今だに信じがたい目の前の存在に問いかければ、足を詰めて顔を横に向ける。
『真の罪を背負いし王さ』
その一言が、私に確信を抱かせた。
それだけでなく、身体に刻まれた恐怖を呼び覚ます。
戦士はその言葉を残し、部屋を去って行った。
この鎧……魔鎧装を装着する者の言葉は、何に措いても優先される。
我ら悪魔を統べるための、絶対なる王の力を宿す鎧。
『栄帝鎧ソロモン』
それを身に纏うことを許される存在は、ただ1人だった。
「キング……なのか…?本当に…‼」
その問いに対して、戦士は肯定も否定もしなかった。
彼は床に倒れている内海景虎を担ぎ、私を見る。
『この子はしばらく、俺が預かる。良いな?』
「っ!?……承知しました」
本心では、狂犬を手放すのは痛手を被ることはわかっている。
それでも、拒否権などあるはずが無かった。
承諾を聞き入れた我らが王は、延々と再生されている映像を見ては、狼の鎧を装着した戦士を凝視してはフッと笑う。
『やっと、俺の領域に近づいたようだな……復讐者』
兜の仮面で見えないが、マスクの下で、彼は笑みを浮かべているのは理解できた。
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円華side
柘榴の起こした、Fクラスを利用したEクラス監禁事件はすぐに学園中に広まることになった。
Bクラスは柘榴が監禁施設に送られたことで支配体制が崩れ、混乱が起きたのは言うまでもない。
Fクラスの生徒が全員死亡したということで、今回の試験結果について日曜日の内に審議が行われ、試験日は3日間延期になった。
休日明けの月曜日は、通常の授業と言うことになった。
「……みんなに、どんな顔して会えば良いんだろうな」
アパートを出てスマホをかざして鍵を閉めれば、少し俯いてしまう。
BCが生徒会の権限を発動させたのか、Fクラスを全滅させた生徒は不明と言うことで片づけられた。
話の筋書きでは、「Eクラスの生徒は全員監禁されていた」と言うことになっているので、俺は容疑者から外される。
一体、誰がFクラスの生徒を皆殺しにしたのかは重要じゃないようだ。
忘れかけていたが、この学園は殺人が起きても犯人を捜そうとはしない。
柘榴が罰せられたのは、あくまでも主犯格としての証拠を生徒会と教師が提出したからだ。
その情報源は問題じゃない。
言い逃れできない証拠を掴まれたことが問題だったってことだ。
よって、俺はFクラスの生徒36人を殺した少年Aとしてではなく、椿円華として今日も登校することが許された。
それでも、心の整理はついていない。
自分で決めたことでも、俺は自分の自己満足のためにFクラスの生徒を全員犠牲にしたんだ。
「まーた、1人で塞ぎ込もうとしてる」
横から声が聞こえれば、いつから居たのか恵美が隣に立って顔を横から覗き込んでいた。
「うわぁ!?……ったく、いきなり驚かせんなよ」
「考えごとをすると周りが見えなくなるの、直した方が良いよ?」
「……るっせぇな」
歯切れの悪い反応をしてしまった。
「ほら、さっさと行こう?みんな、待ってるよ」
「みんな…?―――って、おい‼」
手を掴まれて前に引かれて一階まで降りると、出口の前で待っていた奴らが居た。
成瀬、麗音、基樹、久実、真央だ。
「よっ!おはようさん」
基樹が軽く手を挙げて挨拶をしては、ニッシシと笑う。
「あ、ああ……」
「うわぁ、反応薄っ‼基樹くん、悲しい‼」
「今のは空気を読まない陽気な挨拶をしたあなたが悪いわ。反省として、30分ほど黙ってなさい」
「え!?瑠璃ちゃん、厳しっ‼」
「はい、基樹っち。バッテンマスク」
「用意良いね、久実ちゃん!?もしかして、最初から準備してた!?」
オーバーな反応をする基樹を無視し、成瀬が俺に歩み寄る。
「柘榴くんとFクラスのことは聞いたわ。……あなたが、私たちを助けてくれたのよね。恵美から全て聞いたわ」
すかさず恵美に横目を向ければ、彼女は静かに頷いた。
「ここに居るメンバーにしか話してないよ。円華がみんなを助けるためにしたことだってことは、わかってほしかったから」
「……勝手なことすんなよ。つか、真央にも喋ったのか?」
「僕は生徒会から情報を得て来ました。あなたが居なかったら、僕らは死んでいたと会長もおっしゃっていましたよ」
真央が軽く頭を下げて「ありがとうございます、椿くん」と礼を言う。
だけど、その気持ちを素直に受け取ることはできなかった。
「感謝されるようなことじゃない。いや、本当は感謝されちゃいけないんだ。俺は、Fクラスの奴らをこの手で……」
死んではいないとしても、彼らの時間を奪ったのは俺だ。
助けるため、死なせないためと言う理由は通用しない。
俺がやったことは、許されざる行為なんだ。
「私は……少なくとも、私たちはあなたの間違いを許すつもりよ。あなたは、仲間を助けるために罪を犯したかもしれない。そして、そのことで自分を許すことはできないと思うかもしれない。私も、それが正しいとは思わない。だけど……だからこそ、あなたの罪を、私たちは許すことに決めたの」
「円華くんだけが悪いわけじゃない。あたしたちが柘榴くんの策に嵌って捕まったのが、そもそもの原因だしね。だから、これは円華くんだけの罪じゃない。私たちEクラス全員の罪だよ」
成瀬と麗音の言葉を肯定するように、その場に居た全員が頷く。
「ごめんね、円華っち。1人だけ、辛い思いをさせて」
久実が悲しい顔をして言い、俺の手を取る。
「……人を殺したんだぞ?俺のこと、恐くねぇのかよ?」
恵美や基樹たち、俺の復讐を知っている者たちならともかく、彼女は何も知らない。
それでも、久実は人を斬ってきた手を握ってくれた。
「恐くないよ。円華っちは円華っちだもん!これからも、ず~っと、友達だからね‼」
無邪気に笑う久実の笑顔が眩しく見えた。
その言葉も含めて、みんなの言葉が俺の心を照らしてくれた。
「僕も、あなた自身を否定するつもりはありませんよ。椿くんには、これで2度助けられました。その恩は必ず返しますからね」
「真央……」
久実の手に重ねるように、真央が手を置く。
「俺も、今度はちゃんとおまえをフォローするからさ。次は忘れずに、ダチに声をかけろよ?マジで」
「あなたに助けてもらってばかりじゃカッコ悪いものね。だから、あなた1人に苦しみは背負わせないわ」
「苦しみも笑顔もみんなで分かち合う、それが友達…でしょ?」
その上に、基樹の手、成瀬の手、麗音の手も重なっていく。
そして、最後に恵美の手が上に置かれた。
「私たちも、円華みたいに強くなる。だから、1人で抱え込まなくて良いんだよ。円華が支えてくれたように、私たちも支えるからさ」
「……」
みんなのこの手を、振りほどくことはできなかった。
いや、振りほどきたくないって思ったんだ。
この繋がりの手が、闇に沈みそうになっていた俺の心を引き上げてくれる。
苦しい想いを1人で何とかしようとか、同じ失敗は繰り返さない。
俺は感極まって天井を見上げ、「あぁ~~~」っと声を出して気持ちを紛らわそうとする。
「ったく、本当に……鬱陶しいくらいに仲間想いだよな、俺のクラスはさ‼」
視界が潤みそうになるのを必死に堪えて言えば、みんなは笑顔で返してくれた。
「ほら、朝礼まで時間もねぇし、さっさと行くぞ。テスト直前なんだし、遅刻したら岸野にどやされるぜ」
先頭を歩けば、その両隣に恵美と久実が立って顔を覗き込んでくる。
「あぁ~。円華っち、今泣きそうなの我慢してるでしょ~?」
「やっぱり、意地っ張り。うん、私、間違ってない」
「るっせぇっての‼泣きそうになんてなってねぇし‼」
2人にからかわれる光景を、成瀬と真央は微笑まし気に後ろで見て、基樹と麗音は写真を撮りやがった。
「おっしぃ~、涙目の所を記録に収めよう思ったのに」
「基樹、おまえぇ……後で覚えてろ…‼」
俺の犯した罪は消えない。
それでも、前に進む足は止めない。
復讐を果たすために。
そして、こんな俺を支えになってくれる、大切な仲間を守るために。
通学路を歩き、他愛ないことで笑い合いながら、そう心の中で誓ったんだ。
いやぁ~、仲間って……良いものですねぇ。
打ち砕く脱落戦、残り1~2話で終了です。
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