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カオスメイト ~この混沌とした学園で復讐を~  作者: カナト
打ち砕く脱落戦
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真っ赤な嘘

 恭史郎side



 どうして、こうなった?


 俺のどこに落ち度があった?


 椿に顔を掴まれ、頭を床に押し付けられた。


 その瞬間から、時が極端にゆっくりと感じている。


 俺はこれまでの人生、どれほど多くの敗北をしようと、獲物の弱点を探り、それを利用して勝ってきた。


 人だろうと、物だろうと、情報だろうと、勝つためならば全てを利用した。


 弱い部分の無い人間なんて居ない。


 そして、そこを突けば崩れない相手は居なかった。


 自身の弱みを突くことができる人間は、存在するだけで恐怖を与える。


 そして、自分を守るために保身に走り、最終的には俺という恐怖の対象にひれした。


 相手の弱みを探り、それを攻撃すれば心も身体も簡単に壊れる。


 それが、今までの俺のやり方だった。


 これが失敗したことは、1度たりとも無かった。


 しかし、今日、例外が現れた。


 歯車が狂ったのは、最上恵美からだ。


 あの女は、いくら俺が精神的に追い込もうとしても、それに屈することは無かった。


 ずっと、強い意志で俺を見ていた。


 弱まるように攻めれば攻めるほど、奴の瞳から発する輝きは強くなっていった。


 その目が、俺のこれまでの経験を否定しているように感じた。


 そして、最上の意志の強さは景虎を突き動かした。


 奴のことは1度、逆らうことが無いように痛めつけたことがある。


 その結果が恐怖に繋がり、俺の支配に屈していたはずだった。


 しかし、結果として奴は逆らい、計画を台無しにした。


 金本にしても、あれだけ痛めつけて罰を与えたにも関わらず、ボロボロの状態でも景虎が反撃するチャンスを作った。


 恐怖で支配していた……はずだった。


 それが標的を追いつめる前に、反逆にあって俺の計画が潰れた。


 そして、椿が教室に到着したということは、ジョーカーの思惑も破綻したということだ。


 奴は言った、『私が姿を現せば、かの者は迷わずに私を討とうとする。全てを投げ捨ててでもな』と。


 計画では、景虎の反乱が無ければ、ジョーカーが椿の前に姿を現した後の反応を最上に見せ、復讐を選んだ奴を失望させ、精神的に大きく追い詰めるつもりだった。


 しかし、結果として椿は最上の前に姿を現し、助けてみせた。


 最上の信じると言った気持ちが、現実になったんだ。


 何故だ……この時のために、力を手に入れ、利用できるものを利用し、策を巡らせてきた。


 それが、取るに足らないクズだと思っていた奴らに破綻させられた。


 挙句の果てには、信じていた魔装具の力も椿には通じなかった。


 奴はこの戦いを八つ当たりと言った。


 俺を敵ではなく、ストレス発散のサンドバッグとしか認識していなかった。


 言葉で精神的に追い詰めようとしても、奴には通じなかった。


 化け物とののしられようと、人殺しの過去を突かれようとも、奴は意に介していなかった。


 椿円華は力の意味でも、精神の意味でも、俺の想定をはるか超えていた。


 俺の今までの戦い方が通じなかった。


 こんな相手に、どうすれば勝てる?


 どうすれば、一矢報いることができる?


 その答えを探している間に、椿は背を向けて歩き出した。


 散々痛めつけた挙句、最後は気が晴れたから放置する。


 そんなみじめな想いをし、許せるはずが無かった。


 椿は最初から最後まで、この俺を物としてしか見ていなかった…‼


 怒りが込み上げ、全身の痺れや痛みなど無視し、無理矢理身体を起こし、奴の使っていた刀を手に取った。


 奴自身の力の象徴で一撃でもダメージを与えれば、少しは俺に対する認識を改めると思った。


 しかし、その一縷の希望でさえも、紅の刃と共に一瞬でくだけ散った。


 今、俺は椿の反撃にあって無様に床に倒れ、頭を押し付けられている。


 奴の指の隙間すきまから、その澄ました顔とどこまでも冷たい目をのぞく。


 蒼と紅の瞳を見れば、それを悟るのにそう時間はかからなかった。


 椿にとっては、この状態までの一連の出来事が全て「八つ当たり」だったんだ。


 俺に希望を抱かせた上で、それを打ち砕いて絶望に叩き落とす。


 奴の深淵を覗こうと、蒼紅の瞳の奥に意識を集中させれば、暗闇から一匹の何かが駆けてくる。


『ワァアアオオオオオオオオオオオンッ‼』


 それは漆黒の巨大な狼。


 高く吠えては牙をき、真っすぐに俺に向かって走ってくる。


 来るな……来るな、来るな、来るなぁ‼


 身体が震える。


 今まで恐怖で人を支配してきた俺が、恐怖を抱いている。


 こんな所で終わるわけにはいかない。


 俺の復讐は、こんな所で終わるわけには…‼


 迫る狼は口を開けて喰らおうとする。


 恐怖と共に、抗うことができない絶望に襲われた。


 そして、無意識に諦めの境地に達したのか、飲み込まれる直前に風景が変わった。


 一本の木の前に立っている、小さな男の子。


 その子は、俺に笑顔で手を振った。


『…お兄ちゃん…』


 手を伸ばそうにも、もうそんな力は残っていなかった。


 俺はその力を全て、誰かに苦痛を与えるためだけに使ってしまったのだから。


 もう会えない、10年前に失った大切な者が俺を呼ぶ幻覚にひたりながら、俺の意識は闇に堕ちた。



 ーーーーー



 意識を失った柘榴をそのままにし、Fクラスの教室を出れば恵美たちが言った通り待っててくれた。


「凄い声してたけど……終わったの?柘榴は?」


「柘榴は中で伸びてるぜ。この件は、もう終わりだ」


 恵美は安堵の息をつき、金本も力が抜けたのか壁にもたれ掛かって深く息を吐いた。


「はあぁ……これで、あの分からず屋も目を覚ますかしらね」


「そんなのは知んねぇよ。だけど……」


 最後の柘榴の流した一粒の涙が、頭に焼き付いて離れない。


 あの時の奴の目からは、憎悪とは程遠い何かを感じた。


 あれは一体……。


「だけど……何よ?」


「何でもね。きっと気のせいだ」


 金本が気になって突っかかってくるが、深く考えるのもアホらしく思い、軽く流せばふとある事に気づく。


「そう言えば……内海はどうした?」


 この場に居るのは恵美と金本だけであり、内海の姿が見えない。


「内海は、私たちと別れて1人でどこかに行っちゃった。止めたんだけど、放っとけって言って……」


「勝手な奴よ、全く。あんたに助けられたことに、礼も言わずに行っちゃうなんて」


「あいつが俺に礼なんて言うわけねぇだろ。助けたつもりもねぇし、助けられたなんて死んでも認めねぇはずだ」


 大方、離れたのは誰にも弱ってる所を見せたくなかったって所だろうな。


「何か……円華に似てるかもね、内海って」


「・・・は?」


 恵美がボソッと呟いたのを、半眼で返す。


 今、聞き捨てならない言葉が聞こえてきたんですけど。


「素直じゃないし、意地っ張りだし、負けず嫌い……。似てない?」


「いや、負けず嫌いはおまえの方だろ」


「……言ってる意味がわからない」


 両耳をヘッドフォンで塞いではプイっと顔を逸らしてしまった。


 こいつはぁ……。


 呆れた目を向けていると、廊下の向こう側から複数の足音が近づいてくるのが聞こえた。


「その様子だと、もう事は終わっているようだな」


「……ご足労どうも、先生」


 担任の岸野と白衣の医療チームが駆けつけ、軽く挨拶すれば、彼は静かに歩み寄ってくる。


「椿……歯、いしばれ」


 言われてすぐに実行に移し、先生は俺の胸倉を掴んではスナップを利かせた右フックで顔面を殴り飛ばしてきた。


「ぶふっ‼」


 防御はせず、受け身も取らずに床に倒れる。


「円華!?」


 恵美が駆け寄ろうとするが、それを右手を横に突き出して止める。


 そして、尻もちをついたまま岸野を見上げる。


「おまえは皆殺し宣言をして、レスタを通じて俺に伝えてきた。それは、このためだったんだろ?」


「それも……ある」


 流石は、気に入らねぇけど姉さんの恋人だった男だ。


 俺の意図なんて、お見通しか。


 先生は手を差しだし、それを取って立ち上がる。


「ここに来るまでに、後ろの奴らと一緒に地下中に倒れているFクラスの生徒を診たが、全員心肺停止状態だった。ついでに道端で倒れていた狩野を回収したが、そっちは気を失っているだけだったから安心しろ。クラスの奴らは、みんな別の救護班が救助に向かっている」


「……そうっすか。教室の中に、坂橋の遺体もあります。そして、Bクラスの柘榴と重田も伸びてるんで、回収頼めます?」


 俺が頼めば、岸野の指示で医療チームは担架たんかを運んで中に入って行った。


「今回の一件、俺へのおとがめは何かあります?監禁されるの覚悟でやったんすけど」


 内海の前例があるし、何の罰も無いってことはないことはわかっている。


「どうだろうな。少なくとも、レスタが録画していたLIVE映像と送信された人質の写真、そしておまえとの通話記録はすぐに学園側に提出した。そして、証拠隠滅しょうこいんめつできないように、俺だけでなく桜田の携帯にデータとして保存されている。主犯があいつなのは、火を見るよりも明らかだ。正当防衛として処理され、重い罰則ばっそくにはならないだろう」


「証拠が足りなかったら、これも使ってくれ。余計な部分ははぶいてな。あんたなら、できるだろ?」


 俺はポケットから私生活用のスマホを取り出し、画面に見せた録音データを見せる。


 さっきまでの柘榴との会話は、教室に入る前に録音を開始させていた。


 Fクラスを駒として利用していたことは、声帯データとして残っている。


「用意周到なことだな。それに桜田のことだ、可愛い弟のおまえのことを、生徒会長の権力で必死に擁護するだろう」


 そう言われれば、カーストの頂点で不敵な笑みを浮かべている巨大なBCが頭に浮かんではすぐに横に振ってイメージを消した。


「やめてくれ、マジで」


 そして、岸野は俺が左手に持っている白華を見て、全てを理解したのかフッと笑う。


「おかしいと思ってみれば……考えたな、椿。おまえ、柘榴の策を利用しただろ?」


「何のことだか、さっぱり。俺はストレス発散にFクラスの生徒を全員斬り殺した、超危険で異常な生徒ですよ。幻滅しました?」


「……どんな生徒だろうと、俺にとっては可愛い教え子だ。罪悪感で泣きたいなら、今日は特別に胸を貸してやっても良いぞ?」


「誰がおっさんの胸で泣きたいと思うんすか。冗談でも止めてくれ」


「やっぱり、おかしいなー。先生、良いこと言ったと思ったんだけどなー」


「似合ってないから本当に止めろよ、おっさん」


「……もう1発殴って良いんだぞー?さっきより強く」


 聞こえてないふりをして目を逸らせば、金本が担架で運ばれていく柘榴と重田をじっと見ているのが視界に入った。


「利用されていただけの重田はともかく、柘榴は今回の主犯だ。また、監禁になるだろうな」


「……そうなって、当然のことをしたのよ。今までのことを考えれば、あんたのことでいい薬になったんじゃない?」


「残念だが、あいつの今回の処遇は監禁なんて生易しいものでは収まらない。直接手を下したのは椿だとしても、その原因を作ったのは柘榴と言うことは言うまでもないからな」


 岸野は哀れみを込めた目を、担架で運ばれていく柘榴に向ける。


「あいつは、地下に新設された監獄施設かんごくしせつに収容されることになるはずだ」


「監獄施設!?そんなの、あったのかよ……」


「1学期に内海が監禁中でも抜け出した一件があっただろ?あの再来が起きないように、24時間監視体制の下、光すら届かない牢屋で自身の罪と1人で向き合うことになる。毎日毎日、その身に罰を受けながらな」


「そんな…‼」


 自業自得とは言いながらも、金本は想像しただけで表情が青ざめていた。


「柘榴のこと、心配か?助けたかったんだろ、あいつのこと」


「だ、誰が、あんな奴のことなんて…‼」


 取り乱しながら、金本は否定しようとする。


 しかし、俺と視線が合うと、目をせながら言った。


「……あいつのことは嫌いだし、その卑怯なやり方も認めてない。だけど、あいつの実力は認めてたんだ、これでも。でも……あいつは、急におかしくなっていった。自分のやってることに歯止めが利かなくなって……周りの人間を、所かまわず傷つけて……。何でかな、最初はあいつを打ち負かしてやりたいって思ってたのに……。いつからか、私にはそんなあいつが、苦しんでいるように見えてさ…」


 金本は自身の想いを話ながら、目に涙を浮かべる。


「大っ嫌いな奴なのに……助けたいって、思っちゃったんだよね。変だなぁ……本っ当…‼」


「……わかるよ、その気持ち」


 彼女の気持ちを受け止め、俺も柘榴に抱いていた想いを口に出す。


「柘榴は、苦しんでたはずだ。自分が手にした力を、無意識の内に怖がっていたんだと思う。その恐怖を認めたくなくて、全てを速く終わらせたいと思って、焦って……こんなことをしてしまったんだと思う」


 柘榴には、邪蠍装の力が大きすぎたんだ。


 身の丈に合わない力を手にした人間の末路は決まっている。


 その力におぼれて、自分で自分を破滅させるんだ。


 俺が柘榴に脅威を感じなかったのは、あいつが自分の力を恐れていることがわかったかもしれない。


 あいつの強さの根源は、自身が勝利するためには何だろうと利用する所にあると思う。


 だけど、今回はそれが裏目に出たってことだ。


「力を求めるのは間違いじゃない。だけど、それが本当に自分の求めていた力なのかは見極めなきゃいけないんだ。じゃないと……望んでいない力は、自分の大切なものを傷つけるかもしれないんだからな」


 力に飲まれて取り返しのつかないことをした経験は、俺にもある。


 その場を去ろうと岸野の横を通り過ぎる時に、さりげなく小さな声で呟かれた。


「あとのことは、俺たち大人に任せておけ」


「……わかった」


 言われた通りにその場は岸野に任せ、Fクラスの校舎を後にする。


 遠くない内に、今回の件で有罪、無罪に関係なく連絡が来るはずだ。


 その時のことは、その時考える。


 今はとにかく、Eクラスのみんなが無事なだけと思おう。


「ま、待ってよ…円華‼」


 呼ばれて振り返れば、恵美が俺を追いかけて来た。


 そして、両脚に手を突き、息を切らしながらも聞いてきた。


「本当に……Fクラスの生徒は、全員殺したわけじゃないよね?だって、円華の使ってる白華は―――‼」


「殺した。……俺が斬り殺したんだ。その事実があれば、救われるのは俺たちだけじゃねぇだろ?」


 恵美の言葉を遮るように被せ、最後は小さく笑みを見せた。


 ポケットに入れていた小瓶こびんを取り出し、それを開ければ中にはドロドロした赤い液体が入っていた。


「ありがとな、グラン隊長。早速、使わせてもらったぜ。あんたからの餞別せんべつ


 これは血に似せた偽物、血糊ちのりだ。


 俺が死んだように見せかけた時にも、これを使った。


 Fクラスの奴らは、本当のことを言えば死んではいない。


 第一、白華の刃は人を殺せる作りにはなってない。白華の仮死モードと血糊を組み合わせて、殺したように偽装しただけだ。


 だけど、死んだと判断された以上はそれが事実になる。


 全てに気づいた岸野の口ぶりから、この後は埋葬まいそうされないように処理してくれるってことだろう。


 Fクラスの生徒は誰一人として居なくなった。


 今回の試験で減らさなければならない1つのクラスが、消えたと言うことだ。


 まさか、ここからルールだからと言って、試験でもう1クラス減らすなんてことは起こるはずが無い。


 それだと、3学期からの新体制が崩壊することになるからな。


 これで退学者は生まれない。


 誰も死ぬことはなく、試験は終わる。


 学園側の思惑を潰すことができたと言うことだ。


「……人殺しの化け物……か」


 自分の今までの過去を思い返せば、そう思われても仕方がない。


 だけど、もう人を殺すことはできない。


 俺は卑怯者で、臆病者だ。


 命令があれば、誰でも殺せたという認識は本当は少し違う。


 命令が無ければ、誰も殺すことができなかったんだ。


 俺は姉さんの命令以外で、人を殺したことは1度もない。


 必要以上に殺すことを許さず、鬼とならないように抑えつけてくれていた。


 姉さんと言うさやが、俺と言う刃を人としてとどまらせてくれたんだ。


 岸野に殴られた頬を押さえ、顔を俯かせてしまう。


「本当は、あんたに殴ってほしかったよ……姉さん」


 懐かしさに黄昏たそがれていると、今更になって、右目から一筋の涙がこぼれた。

柘榴の後悔、そして円華くんの嘘……。

そして、最後の涙。

この戦いで、最後に心から笑った人は誰もいない。


『打ち砕く脱落戦』編、あと少しで終了です。


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