反撃の紅狼 前編
円華side
校舎まで全力で走ってきて、ギリギリでFクラスの教室に到着したわけなんだが、どうも俺の予想していた状況と大分違っている。
とりあえず、上着を脱いで服が開けている恵美の肩にかけ、金本に声をかける。
「金本、恵美の拘束を解いてくれ。今の状況じゃ、俺はあいつらに隙を見せられない」
「わ、わかったわ」
彼女は言われてすぐに行動に移り、手足が自由になった恵美は俺を見上げる。
「円華……ごめん」
「……は?何に謝ってんだよ?あぁ~、もしかして、昨日俺が買い物に付き合うって言ったのを断ったことか?あれのことだったら、別に気にしてねぇから安心しろよ」
「そう言うことじゃなくて‼…私が捕まったから、円華は……」
言いたいことはわかる。
俺に迷惑をかけたって思ってるんだろう。
後悔の言葉を続ける前に、頭の上に手を置く。
「おまえに悪い点があるとすれば、それは注意不足だったことだけだ。今回のことは、全体的に俺が悪い。みんなのことを巻き込んじまった。あとで、みんなに土下座しなきゃだな」
床に落ちている、柘榴が映像越しに見せてきた毒ガスの起動装置。
その形状は内部機器が剥きだしになるほどの圧で壊されているのがわかる。
「これ、誰がやったんだ…?」
「内海景虎だよ…。私もよくわからないけど、途中から柘榴と敵対して助けてくれて……金本も、それに協力してた」
恵美の視線の先に居る内海を見れば、さっき声をかけた時とは違って息が荒い。
「……何を……見て、やがるぅ…!?」
「いや……おまえが恵美を助けてくれたんだな。それについては、素直に礼を言うぜ、内海」
「はぁ…はぁ……勘違い…すんなぁ。俺は……その女の、強さを…確かめ、たかった…だけだ」
恵美の強さ?
あいつの何かが、内海の意識を変えるきっかけを与えたってことか。
「力」ではなく、「強さ」って言った所から、この前俺が言ったことも無駄じゃなかったのかもしれない。
「椿ぃ…さっさと、終わらせて来い。おまえなら……あいつに……勝てる、だろぉ?」
内海の視線は、俺たちを静観している蠍のような鎧に向く。
その左右には、坂橋と巨躯の男が立っている。
さっきは咄嗟のことで攻撃を白華で弾いたけど、観察してみるとすげぇ覇気だな。
「あれは、柘榴よ……。多分、あの鎧の力が、あいつを狂わせた元凶」
「……そういうことか」
金本の説明を受け、妙に納得がいった。
鎧を着けた柘榴と俺を交互に見て、不安な表情を浮かべる恵美。
「円華…」
「そんな心配そうな声を出すなよ。やられるつもりは毛頭ねぇ。信じろ」
「っ…う、うん…」
彼女は震える手で、俺の服の袖を掴む。
「負けたら……許さないから…」
「だろうな」
「信じてる…から…‼」
「……」
恵美の手の震えは治まっていない。
こりゃ、言葉だけで安心させるのは無理だな。
白華を持っている方とは別の手で、彼女の腰に手を回して抱き寄せる。
「うぇ!?ちょ、ちょっと……円華ぁ!?」
突然のことで狼狽える恵美の耳元に顔を近づけ、優しく呟いた。
「必ず戻ってくるから、またパンケーキ食べさせてくれよ」
「っ‼……ばかぁ」
肩に額を押し付けながら、恵美は顔を隠して言った。
冗談を言って安心させ、金本たちも含めて「教室前で待っててくれ」と頼み、内海を支えながら恵美たちは出て行ってくれた。
そして、柘榴たちの方に歩を進めた。
俺がゆっくり近づけば、坂橋は柘榴に進言する。
「ざ、柘榴さん……。ここは、もう、手打ちにした方が良いんじゃないですか?毒ガスはもう使い物になりませんし、最上恵美も解放されたんじゃ、こっちのアドバンテージが……」
「黙ってろ、坂橋。そんなことは、この際どうでも良いのさ。椿が……俺の敵が、目の前に居る。クッフフフ、舞台はもう整ってるってわけだ」
自分たちの方に意識を向けたことを認識し、柘榴は口を開く。
「別れの挨拶は済んだか?赤雪姫さんよぉ。この時を待っていたぜ。おまえを、この俺の手で潰―――」
スパァ―――――ンッ‼
「ぐぁあああああああ‼」
言葉の途中で、既に俺は行動に移していた。
その場に居た3人は、それを認識した時には既に事が終わった後だった。
無論、斬られた本人さえも。
俺は坂橋を白華で薙ぎ払い、壁まで吹き飛ばした。
制服には、右斜めに斬り上げた赤い痕が滲み出てきており、動く様子はない。
「これで、Fクラスは全滅。ノルマの1つはクリアした」
「おまえっ……何を…!?」
不可解な行動だったことだろう。
柘榴の驚きを含んだ声から、理解不能と言う想いが伝わってくる。
頭で考える奴は、ここでその行動の意味を考えようとする。
そうじゃない奴は―――。
「ふんぬぅ‼」
筋肉質な巨躯の男……確か、重田平だったか。
奴は俺の居る方に方向転換して拳を振るう。
そして、それを俺は左手を突き出して受け止めた。
強い衝撃が手の平を通して走ったが、無論左目の能力を解放しているので痛みはない。
重田は俺が手を離しても、そのまま拳を突き出した体勢で固まってしまう。
「な…何…だ…!?身体…が……動か…な…‼」
身体を震わせ、自身に起きた現象に対して目を泳がせながら恐怖しているのがわかる。
「今、楽にしてやる」
「んぐぅ‼……うぅぅぅ」
右脚を大きく振り上げて重田の顎を蹴って脳震盪を起こさせれば、ドシンッと床に倒れた。
坂橋と重田が倒れ、その場で立っているのは俺と柘榴だけになる。
1分もしない間に起きたことに対して、柘榴は肩を震わせながら笑っている。
フルフェイスの兜の下で、不敵な笑みを浮かべているのが予想できる。
「クッフフフフフ‼本当に容赦ねぇなぁ、赤雪姫様はよぉ~?だが、先に雑魚どもを蹴散らして、最後に俺を残すのは英断だぜ。いや、最初からそれを望んでいたと言っても過言じゃねぇ」
「……」
「おまえがここに来た時点で、他の人間は邪魔でしかない。そいつらがどうなろうと、Fクラスの奴らが死のうと、どうでも良い。最上恵美も、Eクラスの雑魚どもも、おまえをこの舞台に引きずり出すための餌でしかなかったんだからなぁ‼」
俺は柘榴の前に対面する形で立ち、言葉を返さず、静かに奴を見据える。
「どうした?かかって来ないのか?それとも、おまえもこの邪蠍装の力を肌で感じ、恐怖したってかぁ!?怖気づいても、もう遅い‼俺の前に立った時点で、おまえに逃げ場なんて無いのさ‼」
「……逃げ場?そんなの要らねぇよ。つか、恐怖だの、怖気づいただの、勝手なことを言ってくれてるけどさぁ…」
言葉を区切り、頭の後ろの左手を回して呆れた目を向ける。
「虎の威を借る狐を、どう恐がればいいんだよ?」
「……あぁ?どういう意味だ?」
柘榴のドスの効いた声が耳に届くが、何も感じない。
こいつ個人に対しては、拍子抜けするほどに脅威を感じなくなってしまった。
いや、最初からそう言う敵の類には入っていなかったんだ。
この際だ、俺の柘榴に対する思考を明かすことにしよう。
「だって、そうだろ?自分で気づいているかどうかは知らねぇけど、おまえの力だけで俺を追いつめたことは、1度もねぇんだし。正直、ポーカーズと繋がりが無かったら、おまえの相手なんてするだけ無駄だって思ってた」
「はんっ、面白いことを言ってくれるじゃねぇか。おまえの中じゃ、俺は眼中に無かったってかぁ?」
「当たり前だろ。俺の倒さなきゃいけない相手は、おまえじゃねぇんだよ。……まぁ、今日ばかりは特別だ。やることやってくれた、そのけじめはつけねぇとな」
白華の刃を向け、怒りが込み上げるのと比例して身体から凍気が漏れ出てくる。
邪蠍装を装着している柘榴は、生身の俺を見てクフフッと笑う。
「おまえ、状況が理解できてねぇのか?この鎧を着けることで、俺の力は圧倒的なまでに増幅している。例え相手がおまえのような化け物だろうと、負けることなんてありえねぇんだよぉ‼」
己が手に入れた力への自信。
それを自分の力だと誇示しようとしているが、俺はそれが見せかけの態度にしか見えなかった。
「柘榴……おまえには同情するし、若干だけど罪の意識もある。だけど、おまえは俺への恨みを晴らすために、人としての一線を越えた。そればっかりは、清算しなきゃいけないよな」
「うるせぇ‼おまえは俺の手で潰される‼それが、おまえの運命だぁあ‼」
両手の鎖を飛ばし、先端の刃が迫ってくる。
それを前にして、俺は白華を構えることはなく、小さく自分に対して問いかけた。
「信じて良いんだよな?」
『ああ、約束は守る』
頭の中に声が響いた時、左手に噛みつき血を流し、それを白華の刃に塗った。
「出番だぜ……俺に力を貸せ‼」
刃の形状が変わって柄から飛び出していき、巨大な紅の狼となって2本の刃を弾いては、ワォオオオオオオオン‼と吠え、俺の方に迫ってくる。
それに対して、眼帯を外して柄を握っている右手を突き出し、狼は右腕に噛み付いては紅氷が身体を侵食していく。
そして、鞘に装着しているスマホから音声が響く。
『エラー発生、エラー発生。分析開始……外部からの新たなるデータを受信……完了』
紅の氷は俺の身体を全体的に包み込む。
『受信データを基に、新たな機能を構築……完了。氷刀白華に新機能『魔鎧装モード』が追加されました。椿円華様の身体データに適した造形の形成……完了』
紅の氷塊を内側から突き破り、その姿を現す。
「な、何だ…‼椿……その…姿はぁ!?」
全身は紅蓮の狼を模した騎士の姿となっている。
精神世界で狩原と戦った時や、ジョーカーと戦った時と形状が異なる。
人狼のそれに近かった姿が、より人間らしいフォルムに変化し、右手が刃と一体になっておらず、紅の刃に染まった白華を握っている。
『魔鎧装【紅狼鎧ヴァナルガンド】、使用可能です』
ヴァナルガンド……。
確か、どっかの神話に出てくる狼の名前か。
狩原やジョーカーと戦った時と同じだ。
力が湧き上がってくる。
だけど、それに浸っているほど、俺は力に酔っていない。
「待たせたな、柘榴。これで条件だけは対等だ」
「クフフフフッ。対等?俺とおまえが?自惚れてんじゃねぇよ‼見てくれが変わっただけで、俺が怯むとでも思ったかぁ!?甘いんだよ、おまえが何をしようと、俺に勝てるわけが――」
「まず、その認識が間違ってる」
一歩踏み込んだだけで柘榴の前に迫り、最初は刃先を突き出して前方に飛ばした。
「っ―――ぶぁああああああああああ‼」
「椿流剣術……瞬突。やっぱり、手と刀は別々にした方がやり易いぜ」
過去2回の戦いから思っていたけど、一体化してると戦いづらいったらなかった。
やっと俺らしく戦えるってわけだ。
『文句を垂れるなら、力を貸さねぇぞ?』
「るっせぇな。約束は守るんだろ?おまえの望んだ狩りなんだ、最期まで付き合えよ」
『そう言うなら、俺様を楽しませてくれるんだろうな?』
「ああ、安心しろよ。おまえの鎧を纏ってからの、こっから先は―――――反撃開始だ」
獣……いや、ヴァナルガンドに不敵に笑いながら言ってやり、壁まで突き飛ばされた柘榴に歩み寄る。
「な、何だよ……これは、無茶苦茶だ‼この、化け物めぇ‼」
今の攻撃を受けながらも、まだ悪態をつく元気はあるのか。
「苦しみ悶えながら、死にやがれぇえ‼」
立ち上がり、両手と兜の後頭部に付いている鎖を飛ばしてくる。
その動きは変則的であり、常人ならどれだけ動体視力が良くても完璧に捉えることは不可能だ。
だけど、俺は違う。
ヴァナルガンドの仮面を通して把握できるのは、今の動きだけじゃない。
その延長線上に、その『先』の動きが視える。
3本の重なる先の点を視れば、一歩踏み込んでは鎖の間合いに入り、今度は下段構えから白華を斬り上げる。
「燕返し」
「ぶぐるぇえええええ‼」
宙に浮き、身動きが取れない柘榴に対して左手を伸ばせば、籠手が伸びて掴んでは引き寄せる。
そして、白華を逆手に持っては右手の拳を邪蠍装の兜にめり込ませる。
「ぐるふぁああああ‼」
受け身も取れずに床に倒れる柘榴を見下ろし、攻撃を1度中断する。
「な、何で…だ…!?話が違うぞ、ジョーカー…‼……この力があれば、魔装具があれば、勝てるんじゃなかったのかよ!?」
この場には居ないジョーカーに対して文句を口にしている。
「おまえに与えられた鎧の力が、俺の鎧に勝っているなんて誰が決めた?」
正直言って、哀れでしかない。
「柘榴……やった後で言うのもなんだけどさ、1つだけ頼みがある。いや、この状況じゃ命令って言ってもいいかもな」
「ふざけるなぁ‼調子に乗ってんじゃねぇぞ、人の皮を被った化け物がぁ‼誰が、おまえの命令なんて――ぐがっっっがっっっ‼」
言葉の途中で、俺は柘榴の首を強く踏んで黙らせる。
「人が喋ってる時は、遮らずに黙って聞けよ。小学校でも習う常識だろ?」
首を踏む足は、呼吸できるくらいには加減してある。
あくまで、「黙れ」って言うのも面倒だったから実力行使に移っただけだ。
良い子は絶対に、口より先に手も足も出さないように。
そして、仮面越しに柘榴を冷徹に見下ろしながら言う。
「頼むからさぁ……すぐに再起不能しないでくれよ?これは勝負なんかじゃねぇ。俺の鬱憤を晴らすための、ただの八つ当たりだ」
もはや、勝負と言う認識すら持てなかった。
これはただのストレス発散と変わらない。
俺の見通しの甘さが、柘榴とポーカーズの策略にみんなを巻き込んでしまった。
俺の欲望が、みんなを危険に巻き込んだ。
「俺の怒りは、こんなもんじゃねぇんだよ…‼」
狩りと言う名の八つ当たりは、始まったばかりだ。
やっっっっと‼円華くんの真の能力『紅狼鎧ヴァナルガンド』を開放することができたぁあああああ‼‼‼
この設定、実は3年前から考えてあったのは内緒☆
円華くんの怒りも最高点‼
ガチで容赦なく叩き潰します。
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