強ければ
基樹side
周囲に張り巡らせた、鋼鉄の糸の結界。
円華がFクラスの校舎に向かって駆けていく靴音が段々と遠ざかって行く。
その中で、俺はペストマスクを着けた男と相対する。
ここで影としてやるべきことは、1つ。
「こっから先には行かせないし、ここから逃がすつもりも無いから。主……いや、ダチに任されてるんで、そこん所は恨みっこなしだぜ」
「ダチ……友か?ほぉ~、貴公にそのような相手ができるとは驚きだよ、死神の子よ。自身の素性も本当の意味では明かしていない君に、カオス公の友を名乗る資格があるのかね?」
死神の子。
その言葉が、俺の心を怒りで震わせようとする。
冷静になれ、狩野基樹……いや、シャドー。
今の自分に、揺さぶられるような感情は必要ない。
「俺は自分の責務を全うする。それだけだ」
「では、残念ながら……私は、その邪魔をさせていただくことにしよう」
大鎌を両手で構えて3回転させ、駆けだして接近してきては下段構えから中段に振り上げると同時に横に薙ぎ払ってくる。
「邪魔をする……は、こっちの台詞なんだよ」
両腕を前で交差させ、黒衣の両手の袖から糸を飛ばし、そして下に向かって引く。
それで糸は一瞬で網を形成し、大鎌の刃を絡み取って止める。
「狩人の手品 障壁」
「これはまた、芸が細かい。しかし……」
言葉の途中でジョーカーが消え、背後から右肩に手を置かれる感触が伝わる。
「それは私の攻撃に見えたのかね?」
「んなっ!?」
ジョーカーのマスクが間近に迫り、大きく後ろに下がれば構え直す。
金網を引けば、引っ掛かっていたのは大鎌じゃない。
ナイトドローンの持っていた槍だ。
槍と大鎌を見間違えるなんてありえない。
それでも、事実をすり替えたかのように、ジョーカーは俺の背後に回り込んでいた。
「驚くのも無理はないよ。私のこの大鎌型の異能具『ミラージュサイズ』の刃を見たものは、誰でもそのような反応をする」
「ミラージュ……幻覚か」
あの刃には幻覚を見せる作用があるってことか。
いつ、どういう条件で幻覚が発動する?
考えろ、あいつの一挙一動を思い出せ。
不可解な行動を。
頭を働かせようとしても、俺が立っているのは落ち着ける空間なんかじゃない。
分析に集中する暇など与えず、ジョーカーが鎌を大きく振るってくる。
「おやおや?戦いの最中に考え事とは、そんな余裕があるのかね?」
この攻撃は現実か?幻覚か?
判断材料が少ないなら、一旦考えるのを止める。
「要するに、背後を取られなきゃいいんだろ!?」
両腕の袖から糸を飛ばして大きな球状にまとめ、俺は空中に跳躍して逆さになる。
幻覚だろうと何だろうと、それを出しているのは実物の人間であることに変わりはない。
「狩人の手品 針地獄‼」
糸の球から無数の鋭い針が飛びだし、全方向に広がって行く。
「ほぉ~、これはこれは…‼」
襲いかかってくる棘を大鎌で払い、その行動で実物を認識する。
そして、その瞬間を逃がさない。
近くに在った糸の監獄に触れ、一部を千切って解体する。
形状を戻し、糸をまとめて別の形に作り直す。
「造形。…くらえ‼」
糸を一瞬で槍に変え、ジョーカーが後ろに下がったタイミングで奴に向かって投げ飛ばす。
針への対応で槍に対する反応が遅れたが、身体を捻じって避けようとする。
「生憎と、こいつは一方通行じゃないんだよ」
槍の持ち手に繋げていた一本の糸を引き、方向を変えて右肩を刃でかすめた。
「っ!?……まさか、ここまでとは」
互いに地面に着地し、左手で肩を押さえるジョーカー。
「今度は実体を捉えたみたいだな」
肩の傷から滲み出る血を触り、フフっと笑う。
「これは久しぶりの戦闘により、身体の動きが悪くなっていた自分への戒めとして受け入れよう。見事だよ、死神の子よ。よく私の幻覚を恐れず、我が身を捉えた。貴公の成長を知ることができれば、かの貴公の父君も喜ばれることだろう」
「おまえが、俺の父親のことを語るなよ…‼」
顔も知らない父親だ。
それでも、俺の父親には変わりない。
こいつは、その人が死ぬ原因を作った男だ。
ジョーカーは俺の怒りを察したのか、肩を震わせて笑う。
「それにしても、貴公も人が良いものだ。貴公の友が救おうとしているのは、自身を死に追いやった男の娘だ。それを助力しようとするとは、貴公は本当に友人想いな優しい性格の持ち主のようだ」
「……本当に、それだけが理由だと思ってるのか?」
確かに、Eクラスのみんなを助けたいという気持ちはあった。
だから、円華を先に行かせた。
だけど、それは理由の1つに過ぎない。
レスタから連絡をもらい、現地に到着してジョーカーを見た時にそれ以外の理由ができた。
「円華を先に行かせたのは、おまえを囲んだ状態で、1対1の態勢になりたかったからだ。俺が知りたいことを、おまえの口から吐かせるためにな」
「それはそれは。カオス公にこの場に居られては、聞けないことだったのかね?」
臨戦態勢を解き、大鎌を右手に持ったまま両手を軽く広げるジョーカー。
「この件に円華は関係ない。これは完全に私情だ。私情で動くなんて、影としてあっちゃいけないことなのはわかっている。それでも、おまえは俺の父親……狩原浩紀が死ぬ原因を作った張本人だ。だったら、聞くべきことは……1つだ」
ジョーカーの周囲に展開している糸の結界の面積を、徐々に奴を中心に狭めていく。
「どうして、狩原浩紀を利用した……。どうして、父さんを選んだ!?おまえがっ……おまえのせいで……父さんはぁ…‼」
「怒りの矛先を向ける相手を間違えては居ないかね?死神の子よ。貴公の父を殺したのは、最上高太だ。もちろん、貴公の父君の復讐相手の中に、直接手を下した彼も含まれているのだろう?ん?」
「話をすり替えるな‼おまえのせいで、父さんは死んだんだ‼」
「では、貴公の父君がそれに従わなければならなかった理由を、もう1度思い返してみてほしい。狩原浩紀は、何故、最上高太と戦うことを選んだのか。貴公には、その理由を既に話しているはずだがねぇ?」
赤ん坊だった俺と母さんを守るためだ。
俺たちを人質に取ったこいつは、父さんが戦わざるを得ない状況に追い込んだんだ。
「これは仕方のないことだったのだよ。かの者には守るべき者があった。そして、最上高太を討つためには、我々はかの者の協力が不可欠だった。需要と供給が重なったのであれば、それを利用しない者は居まいよ」
「だから、俺の質問に答えろ。どうして、おまえは父さんを利用したんだ!?おまえのせいで……俺は…家族を、奪われたんだ‼」
家族なんて知らない。
俺は物心がついた時から孤児として、桜田家を支える影を養成する機関に預けられていた。
誰が俺を預けたのかは、教えられていない。
母親が生きているのかも、死んでいるのかも聞かされていない。
だけど、影の機関を卒業とした報酬として、1つだけ明かされた事実があった。
それが、俺の父親が『最上高太』と言う男に殺されたということだった。
その情報は影の中でも、信頼性の高い情報源から得られたものだった。
俺の怒りを受け止め、ジョーカーは落ち着いた状態で話した。
「貴公の父君は、かの者を殺す上で一番の可能性を持った存在だったのだよ。最上高太の宿す原初の絶望に対抗できる希望の根源の欠片、それに唯一適合できる個体だったのでねぇ」
「……何だよ、それ…‼」
「根本的な話をしよう。抗いようのない事実として、貴公の父君は、我々よりも弱かったと言うことだ。だから、利用されるしかなかったのだよ」
俺の父さんが……弱い?
「強ければ、我々に利用されることも無かった」
俺や、母さんを守ろうとして、戦った人なんだぞ?
「強ければ、最上高太に殺されることも無かった」
顔すら見たことが無い。
「強ければ、貴公が今、胸中に抱える苦しみも無かった」
親の背中なんて感じたことも無い。
「全ては、貴公の父君が弱かったから始まった悲劇。自業自得ではないのかね?」
それでも……親を侮辱されて、どうしようもない怒りが込み上げる…‼
「ふざっ……けるなぁああああああああああああ‼‼」
黒衣が怒りに反応し、波打つように翻す。
糸が束なっていき、9本の尾のようになっていく。
「これはっ…‼死神の子の感情に、糸が反応している…?異能具に感情に作用する効果はない……。フフッ、そうか‼貴公のこの糸の武器……これは…‼」
荒ぶる尾を回避、あるいは大鎌で防御しながら、笑い続けるジョーカー。
「貴公も人が悪い‼それならそうと、前もって明かしてくれれば良いものを……。流石に、今の貴公に勝つには、私も準備が足りないようだ。予想外だよ、死神の子よ」
ジョーカーは言葉を区切り、俺の黒衣を指さす。
「貴公のそれは、異能具ではない。……呪われた力――――魔鎧装‼」
見抜かれた。
そうだ、俺の糸は……この黒衣は、異能具じゃない。
だが、どうでも良い。
「ここで……おまえを……殺すぅ‼」
純黒の尾を操り、ジョーカーを襲う。
大鎌で迫る尾を払っているが、全方位から襲いかかる状態に対応できていない。
「狩人の手品 黒鞭‼‼‼」
尾はジョーカーの四肢を捕らえ、宙に固定する。
「っ‼ぐぅううう‼」
そして、一本の尾が首に巻き付く。
『殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ‼』
頭の中で、声が響く。
殺意の衝動が理性を侵食してくる。
「おまえを、殺すぅううう‼ジョーカーぁああああああ‼‼」
「ぐるぅううううう‼‼‼」
四肢を引っ張りながら、首を締めあげられている。
その状態で奴は、ペストマスク越しに――――俺と目を合わせてきた。
「……落ち着きたまえよ、死神の子よ」
「っ!?」
声が耳に届いた時、ドクンっと心臓が跳ね上がり、身体から力が抜けていった。
膝から崩れていき、地面に両手を着いてしまう。
「な、何だ……これ…!?」
尾から抜け出し、地面に着地するジョーカー。
「はぁ…はぁ……流石に、肝を冷やしたよ。私も、ここで死ぬつもりは無いのでね。君の原動力である怒りを、『抑制』させてもらったよ」
俺の前に立って見下ろし、大鎌の刃を向けてくる。
「立てないだろう?魔鎧装の力は強力だが、安定した力ではない故に反動が大きい。その戦い方を見るに、適合率は低いと見える。相当、無理したのではないのかね?」
「っぐ‼……おまえ…は……殺っ…すぅ‼ぜっ…たい、に…‼」
俯いてしまえば仮面が地面に落ちる。
それを気にせずに奴を見上げて睨みつければ、ジョーカーは目を合わせてビクッと身体を震わせる。
「ほぉ?その目……。貴公は確かに、死神の血を受け継いだ者のようだ。カオス公以上に、貴公には興味が出てきたよ」
膝をつき、俺の深淵を覗き込むように目を合わせてくる。
「死神の子……狩野基樹殿。貴公に、1つ人生のアドバイスをしてあげよう。……君は、こちら側の人間だ。狩原さんと同じくね?」
「なっ…!?」
否定しようにも、声が出なかった。
ジョーカーの狂気と言う見えない手が、俺の喉を掴んだような気がした。
「私と貴公の願いは一致している。私の獲物も最上高太なのでね……。それで提案だ」
鎌を持っている方と反対の手を差しだしてくる。
「私の下に来ないかね?同じ相手への復讐を誓う、協力者として」
「……ふざけてんのか?父さんの次は、俺を利用する気か!?」
「どう思ってくれても構わないさ。しかし、私は貴公が気に入った。貴公が欲しいと思うほどにね」
そう言って立ち上がり、ジョーカーはフフっと笑いながら見下ろしてくる。
「次に会う時までに決心を固めておくと良い。その時は、貴公にある真実を伝えよう。今の貴公の紡いでいる友情と言う名の糸が、簡単に切れるほどのね?」
立ち上がれない俺に背を向け、道化師は歩き出す。
糸の監獄は解けてしまい、もう止めることもできない。
「悪い……円華……。足止め……できな…かった……‼」
ダチへの誓いを果たせなかった後悔を抱きながら、俺の意識は遠くなっていく。
その中でジョーカーの離れていく背中から、目を離すことはできなかった。
注:魔装具と魔鎧装は、タイプミスではなく別物です。
あぁ~、ジョーカーが胸糞悪い‼
そして、基樹に奇妙なフラグがぁ……。
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