魔装具
景虎side
恭史郎の拳を止めたのは、本当に無意識だった。
頭で止めようと思って動いたわけじゃねぇ。
身体が勝手に動いた。
本能が、この女の強さの根源を知りたいと思ったからだ。
さっきから、目を離すことができなかった。
目の前で起きていることが、認識はできても頭で理解はできなかった。
恭史郎が恐怖を植え付けようとしても、銀髪の女はそれに屈している様子は見えねぇ。
強がっているわけじゃない。
あいつの恐怖と言う力が、通用していないのが見て取れる。
何故だ?
どうして、そこまで。
椿を信じることができる?
力に屈しない?
この女は、恭史郎よりも力は弱いはずだ。
現に今、こいつは恭史郎に対抗する手段を持っていない。
抵抗することができない状態にも関わらず、銀髪女……最上恵美は、言葉と眼光だけで恐怖を覆した。
これは力なのか?
いや、もしかして、これが……。
気に入らないのは変わらねぇ。
あいつの言っていたことを、認めるつもりもねぇ。
それでも、確かめたいという気持ちはある。
この最上恵美の、『力以外の強さ』を。
恭史郎が俺の前に立ち、腰を低くして拳を握る。
「聞き分けのねぇ犬をもう1度、躾けてやるよ。景虎ぁ‼」
突き出された右手の拳を、左手で払いながら左脚を上げて脇腹に回し蹴りを喰らわせる。
「ぶぁあ‼」
「前の俺と一緒だと思ってんじゃねぇよ」
癪に障るが、前に椿と戦った経験が生きてきた。
あいつの繰り出す攻撃も、俺の攻撃に対する反応も、こんなに遅くはなかった。
前は追えなかった動きを、視界に捉え、次の動きを読むことができる。
蹴りだけでは終わらせず、脇腹を押さえる恭史郎の顔面に右拳を下から抉るように振り上げる。
「ぶぁがぁあ‼」
「柘榴さん‼」
後ろに倒れそうになる柘榴を支える坂橋。
そして、いつの間にか後ろに回っていた巨躯の影が俺に重なる。
「ふんぬっ‼」
重田がその筋肉質な太い腕を振るってくるが、それを屈んで水下に右肘をめり込ませた。
「ぐはぁあ‼」
腹を抱えて蹲る重田の左肩に右足を置いて強く押して横に倒す。
「遅ぇんだよ、全体的に。椿の攻撃は、今の10倍は速かったぜ」
あの薬の能力があったとは言え、それを発動していなかった時の椿よりも反応速度が遅すぎる。
支えていた坂橋を押しのけ、恭史郎はクフフっと余裕の笑みを消さずに笑う。
「成長したなぁ、景虎。この俺に断りもなく、椿とまたやり合ったんだったかぁ?負けから得た教訓はあったってことか」
「何度も言わせんなよ。俺は負けてねぇ。あんなのは勝負とは認めねぇからな。椿との決着はつける。そうだ、恭史郎……おまえじゃなく、この俺がなぁ‼」
親指を立てて自身を指さし、不敵に笑い返してやる。
「調子に乗ってんじゃねぇぞ、犬が。ここからは、調教なんてレベルじゃねぇ……2度と逆らわねぇように、身体と心に恐怖を染み込ませてやる…‼」
「来いよ。今までの仕返しに、つまんねぇおまえの計画をぶっ壊してやる。俺の力でなぁ‼」
俺たちは同時に駆け出し、恭史郎は右脚で蹴りを繰り出し、俺は左手で拳を振るった。
手と足の長さでリーチを取られ、腹部に蹴りが直撃する。
「ぐはぁ‼」
「これで終わりじゃねぇぞぉ‼」
足を下ろすと同時に手を伸ばして髪を掴み、下に向かって強く引っ張る恭史郎。
そして、下した脚を素早く上げて顔面に迫るが、それを両腕を交差させて顔の前で防御する。
その流れで、俺は後ろ脚を蹴り上げては前に転がるように宙で半回転して右足を踵から振り下ろす。
「ぐっ‼」
それを左肩に強い衝撃が走り、後ろに下がって右手で肩を押さえる。
激痛でしばらくは、左腕は使えないはずだ。
「まさか、あの状態から反撃しようとするなんてな……」
「左は潰した……。次は、右を使い物にならなくしてやるよぉ‼」
庇っている左側から拳を振るえば、恭史郎は右に移動しては肩から手を離して制服の懐に入れる。
そして、奇妙な形をした銃を取り出し、俺に銃口を向けて引き金を引いた。
バジュ――――ンっ‼
「うがぁああああああ‼」
全身に電気が走り、攻撃を中断してしまう。
あまりの激痛に脚が崩れ、床に膝を突いてしまう。
俺を見下ろし、恭史郎は銃口を向けながら笑う。
「クフフフフフッ‼卑怯なんて言うなよ?誰が拳の喧嘩だって言ったぁ?」
「それは、私の電磁砲!?」
最上が目を見開き、銃を凝視する。
「面白そうな武器だったからなぁ、拝借させてもらったぜ。異能具の使い方は聞いている」
「……女から武器を奪って、恥ずかしくねぇのかよ?」
身体が痺れ、思うように動かねぇ。
下から睨みつけることしかできない俺を見て、恭史郎は不敵に歯を見せる。
「これは俺が力で奪ったものだ。それが女のものだろうと、所有権は俺にある。誰にも文句は言わせねぇ」
「……ふっ、俺に素手で勝てねぇから、武器に頼るのかぁ?段々、おまえが小物に見えてきたぜ、恭史―――ぐぁあああああ‼」
「獣臭ぇ息でしゃべんなよ。環境汚染だぜ」
もはや、身体を支えることができず、うつ伏せに倒れてしまう。
「あがっ‼があぅ‼ぐっ‼ぶぁがぁああ‼」
何度も引き金を引き、電撃を浴びせてくる。
「クフフフッ‼どうしたよ、景虎ぁ‼自慢の力で、俺の計画をぶっ壊すんだろう!?やってみろよ‼寝転がってるだけじゃ、ただの的だぜ‼」
もはや狂ったような笑みの恭史郎の挑発に憤りを覚えても、身体が度重なる痛みで動かす余裕がねぇ。
身体が回復するスピードよりも速く、次の電撃を浴びせられる。
しかし、俺が見ているのは、恭史郎の気にくわねぇ顔じゃねぇ。
目線の先に捉えているのは、あいつの制服のある一点。
ひたすらに電撃をぶつけられる俺を見て、最上が叫ぶ。
「もう……もう、止めてぇ‼」
その声に、恭史郎は1度手を止めた。
「あぁ?止めて……だとぉ?」
最上を瞳孔が開いた目で睨みつけ、青筋を立てる。
「おいおいおいおいおいおい。おまえ、囚われの身の分際で、何、俺に命令してんだよ?」
銃口は俺に向けたまま、恭史郎は言葉を続ける。
「楽しみにしておけ?景虎の心を折った後、すぐにおまえを痛めつけてやる。この俺に楯突いた奴は全員……誰であろうと……屈服させてやるからよぉ‼」
「っ…‼」
その狂気を含んだ威圧感に肩を震わせるが、最上は正気を保つ。
「あんた……狂ってる…‼そんなことをしたって、あんたの心に空いた穴は塞がらないのに」
「うるせぇんだよ‼」
怒声を上げながら近くに在った椅子を蹴り倒し、レールガンの銃口を俺から外す。
「おまえに……椿にしがみ付くことしかできない、無能な女のくせに、俺の何がわかるってんだ!?」
「あんたのことなんて、知らない。でも、あんたは…‼今のあんたは、見てて悲しい…。恐怖で誰かを支配するって、自分に言い聞かせてる……ように、見える。でも、本当は―――」
「しゃべるなぁあ‼」
恭史郎がレールガンの銃口を最上に向け、引き金を引こうとした瞬間。
あいつの足元に息を潜めて近づいていた女が、足首に噛みついた。
「あぐっ‼」
「ぎっ!?……金本ぉ、てめぇ…‼」
足を荒く振り、金本の頭を強引に払おうとした時に隙が生まれた。
最上の言葉に動揺している内に、もう身体は動くくらいに回復した。
「うぉおおおおおおおおおおおっ‼‼」
雄叫びをあげながら立ち上がると同時に、後ろ足で地面を蹴って駆けだす。
そして、右肩を突き出してタックルを叩きつける。
「ぐはぁ‼か、景虎ぁ…‼」
それと同時に、あいつの制服のポケットに手を入れて目的の物を引っ張りだした。
「戦いの最中に、余所見してるおまえが悪いんだ。そして……狙い通りだぜ。期待はしてねぇが、よくやったな……金本」
「…げほっ……うっさい……。あんたのためじゃ……ない、わよ…‼」
金本は近くにあった机を支えに立ち上がり、床に尻を付いている恭史郎を見下ろす。
「あんたの計画も、これで終わりね……柘榴…」
「あ?何を言ってやがる……。おまえら如きが、俺を止められるわけが―――んなっ‼」
恭史郎の視線は、俺が右手に持っている装置に向く。
それを軽く持ち上げ、不敵に笑って見下ろす。
「言っただろ?おまえの計画をぶっ壊してやるってなぁ」
右手にあるのは、毒ガスの起動装置。
椿はこれを止めるために、ここに向かっている。
床に転がっているタブレットのカウントダウンは残り10分。
だが、もう……関係ねぇよな。
起動装置を床に落とし、右脚を上げては勢いよく床に降ろす。
「やめろぉおおおおおおおおおお‼‼‼‼‼」
この場に居る坂橋は俺の圧に押されて動くことはできず、重田も走り出した所で間に合わねぇ。
恭史郎は右手を伸ばし、静止を叫ぶことしかできない。
そんな中、その声に応えるはずもなく――――。
バキッ‼
制御スイッチと恭史郎のクソみたいな計画は、俺の足で文字通り踏み潰された。
その後、教室の中に沈静が広がって行く。
そして、誰も予想していなかったであろう状況の中で、最初に響いたのは……。
「クックック……クフフッ……クフフフフフッ‼……クハハアアハアハハハハハハハハハハッハハハハハハハハハハハハッハアッハハハハハハハハハハハハハッハハハハハハァア‼」
身体を仰け反らせながら、頭を抱えながら、恭史郎は狂ったように笑い出す。
「アハハハハハハハハハハッハハハハハハハハハッ、クフフハァアハハハハハ‼はあぁぁぁぁぁぁ~~~……」
思う存分に笑った後で、今度は背中を丸めて顔に影を落とす。
「もおぉ……どうでも、良いな」
天井から吊るされた操り人形のように、歪な動きで立ち上がり、俺、金本、最上と順番に視線を向ける。
「よくもまぁ~……やってくれたなぁ、おまえらぁ。これじゃあ、椿の心を壊すことなんてできねぇじゃねぇか」
潰れた起動装置を指さし、俯きながら言葉を続ける。
「あいつの目の前で毒ガスを起動させ、冷静さを失った怪物となった奴を、俺の力で完膚なきまでに叩き潰して身体を壊し、そこの女をなぶりながら、Eクラスの雑魚どもの死体を見せて、最後に心も壊して止めを刺すつもりだったのに……台無しじゃねぇええかぁああああ‼‼‼」
身体全体から怒りを放出させ、レールガンを捨てては右手を前に出して腕輪を見せる。
そして、それに埋め込まれている紫色の宝玉が輝く。
「俺のシナリオを台無しにしてくれた礼をしなくちゃなぁ~。……楽に死ねると思うなよ?おまえたちに、絶対に覆せない圧倒的な絶望って奴を味合わせてやる」
宝玉に、蠍の紋章が浮かび上がる。
「魔装具解放……邪蠍装」
その言葉に反応するように、宝玉から紫に輝く巨大な蠍が現れては恭史郎の身体をその身に飲み込む。
その輝きが収まった時、蠍の外皮が砕けていく。
中から現れたのは、紫の蠍を模した、人型のフルフェイスの鎧。
「あれは……そんな…‼何で、あれを……柘榴が…‼」
最上の身体が震えており、目が現実を直視することを拒絶するように泳いでいる。
その反応だけで、とてつもなくヤバい物だってことがよくわかる。
光沢のある紫の外装。
兜の後頭部と両手から伸びている、先端が刃になっている鎖。
そして、鎧全体から放たれる覇気。
「これが、おまえの自信の正体かよ……恭史郎ぉ‼」
「ああぁ、その通りだぁ…。この力があれば……俺はぁ、負けねぇ…‼」
勝ちを確信した言葉を発した次の瞬間、恭史郎の姿が視界から消えた。
そして、背後から声が聞こえる。
「まずは、おまえからだ……景虎」
「っ!?――――ぐぶぇ、あがぁああああああ‼‼ぎゃっは‼」
鎖を横に振るい、俺の首に巻き付いては壁に投げ飛ばされる。
一瞬の出来事で、反応することすらできなかった。
立ち上がろうと床に手を着いた時には、もう目の前に鎧の足元が視界に入っていた。
「電撃を耐えたおまえだぁ……少し興味が湧いてきたぜ。電気が耐えられるなら、次は……毒を試してみようぜ?」
「毒…だと?……ぐっ‼がぁ…はぁぐっ‼あがぁああああ‼」
鎖の先端にある刃で数回斬り付けられ、最後に腹部を刺されながら突き飛ばされる。
「内海ぃ‼」
「クフフフッ。心配すんなよ、金本ぉ。この程度じゃ、こいつは死なねぇ。いや……この鎧の能力のことを考えれば、死んだ方が楽かもしれねぇけどなぁ~」
傷はすぐに塞がり、壁を支えに立ち上がる。
身体は重い……が、戦えない程じゃない。
「その余裕……ぶっ壊してやる…‼」
「やってみろよ。やれるもんならなぁ」
拳を握り、後ろ足を蹴ろうとした時―――視界が歪んだ。
「ぶへぁあ‼」
急な吐き気に襲われ、口から吐き出したのは嘔吐物ではなく血だった。
斬り付けられた部分が、心臓の鼓動に合わせてドクンドクンっと脈打っている。
「うっ‼ぐぁあああああああああああ‼」
身体の内側から、何かが血管を食い破っているような激痛を感じ、身体が支えられず倒れてしまう。
痛みで身悶えている俺を見下ろし、恭史郎は笑う。
「クッフフフフ‼これが、この邪蠍装の能力…‼鎖に着けた毒刃に触れた物は、斬り付けられた部分から毒を流し込まれ、血管を通じて身体中に流れ込む。そして、その毒に悶え苦しむのさぁ‼」
意識を保っているだけでも、奇跡のような苦しみだ。
いや、意識が飛んだ方が楽になれる。
しかし、何かがそれを許さない。
立ち上がって恭史郎に向かおうとしても、身体が痛みで言うことを効かねぇ…‼
「良い眺めだなぁ~、景虎ぁ。だが、玩具はおまえだけじゃねぇんだよ」
そう言って、鎧の頭部が最上の方に向いては歩み寄って行く。
金本や坂橋、重田も、恭史郎の異常な程の力に圧されて身体が震えている。
「景虎は痛みに対して異常な程の耐性があるから、あんなになっても耐えられる。だが、おまえはどうだろうなぁ?最上恵美」
ゆっくりと歩み寄る蠍の鎧に、最上は動揺を隠せないでいる。
「ここに来た時に、おまえが毒に悶え苦しんだ末に死んでいたら……椿は、どんな顔をするだろうなぁ!?」
両手の鎖を飛ばし、毒刃が迫る。
縛り付けられている最上には、回避する術がない。
俺たちに止める手段も、ない。
涙目になり、目をギュッと瞑りながら最上は叫んだ。
「円華ぁ―――――‼」
毒の刃が刺さろうとした瞬間—————。
カキ―――――ンっ‼
教室のドアが開き、赤い一閃が走っては2本の毒刃を弾いた。
「ふぅぅぅ……そんなに叫ばなくたって、聞こえてるっての」
最上の前に、右目に眼帯を着けた紅い瞳の男が立っている。
「タイムアップギリギリだけど……間に合ったぜ。待たせたな、恵美」
毒刃の鎖を弾いた刀は、赤く染まっている。
奴は俺と金本を見て、怪訝な顔を浮かべる。
「…って、金本と…内海!?どうなってんだ、これ」
あの野郎……状況が読み込めないでいやがる。
それでも、気に入らねぇが……こいつが来ただけで、不思議と追い詰められていた心が軽くなった気がした。
「椿……円華ぁ…‼」
「……よぉ、内海。少し見ねぇ間に、良い面構えになったんじゃねぇの?」
毒の痛みに耐えながらも、こいつの前で苦しんでる様を見せるのは癪だ。
「黙れぇ……バカが」
そう言って、俺は痛みに耐えながら笑ってやった。
逆転に次ぐ逆転。
その先で、やっと、主役が到着‼
景虎くんの頑張りに、敬礼‼
感想、評価、ブックマーク登録、いつもありがとうございます‼




