二者択一
円華side
久しぶりの感覚だった。
誰かを斬りつけて、それが動かなくなる。
俺がやっていることは、許されない行為だ。
それでも、自分の怒りを抑えることができなかった。
朝の空虚な商店街を駆けながら、邪魔する奴を薙ぎ払う。
赤く染まっている刀を振るいながら、頬に付いた液を舐める。
「相変わらず、不味い。それに、ベタベタして……気持ち悪ぃ」
殺気を感じ、振り向き様に背後に居た女生徒を横に薙ぎ払えば、その顔を見て知り合いなのだと気づく。
文化祭実行委員で一緒になった、柄沢芽衣だ。
Eクラスの俺にも、1度気さくに話しかけてくれた女だった。
それでも、白華の刃を受け、地面に倒れる彼女を見ても何も感じない。
知人を傷つけても、何の感情にも襲われない。
邪魔をするなら、斬るだけだ。
前方に居る有象無象を左目で捉え、両手で柄を握っては下段構えから上に振り上げる。
「椿流剣術……舞風‼」
白華の動きで気流を操り、突風を起こしてはFクラスの奴らを巻き上げる。
「「ぐぁぎぇええええっ‼」」
そこから宙に浮いた群れの中心に向かって飛び、そこから横に回転して斬りつける。
「回天‼」
「「いやがぁあああああ‼……がっぶぇ‼」」
今の複数人を吹き飛ばして地面に叩きつけ、今度は回転しながら白華を、着地点に居る男に上段から振り下ろした。
「天落‼」
「ぎぁはぁ‼」
視界に入った襲撃者は、これで最後だ。
だけど、まだ坂橋の姿は見えない。
「さっさと出てこいよ。有言実行できねぇだろうが」
クラスのみんなを危険に晒した奴らは、1人残らず斬ってやる。
そこに例外も無ければ、躊躇いなんてあるはずもない。
カウントは残り35分。
このまま道なりに進んでいけば、余裕でFクラスの校舎に着くことができる。
斬撃を鈍らせないために、余分な血は振り落としてから足を進めようとする。
それにしても、今はもう8時を回っている。
どうして、休日だって言うのに、こいつら以外の人が見えないんだ?
違和感を覚えたその時、パンパンパンパンッと聞き覚えのある拍手が耳に届いた。
「これはこれは、何という有様だ。よもや、希望の血の加護を受けながら、ここまで容易く討たれてしまうとは。柘榴殿の手駒は、烏合の衆だったと言うことか。残念だ」
この不快な言葉遣いと声を、忘れたことは無い。
建物の暗い陰から姿を現したのは、ペストマスクを着けた長身の男。
「やぁ、カオス公。意外と早い再会だったが、これはこれで嬉しい誤算ではあるな」
「ジョーカー…‼」
何故だ。
何で、ポーカーズが、今、ここに…‼
悪い意味で、タイミングが良過ぎる。
怒りのベクトルが、別の方に向きそうになり、足が止まってしまう。
俺に向かって歩を進め、ジョーカーはフフフッと笑う。
「どうした?困惑した顔をしているな。貴公にとっても、嬉しい誤算であろう?必ず倒すと決めた因縁の相手の内の1人が、今、貴公の目の前に居るのだから。」
復讐心を刺激し、敵意のベクトルを自身に向けようとしているのがわかる。
そして、「それとも」と付けたし、Fクラスの校舎の方に顔を向ける。
「見るからに、急ぎの用事があるように見える。しからば、別の機会に改めてあげても良いのだぞ?まぁ、私は多忙故、それが何時の事になるのかはわからないがね。いやぁ~、残念だ。貴公の目的が果たす機会を与えたいのは山々なれど、現実とは本当に無常であるなぁ~?」
ジョーカーは右手の人差し指と中指を上げて見せる。
「道は2つに1つ。私の実力は、君も1度刃を交えたことでわかっているはずだ。とてもではないが、残り30分で私を仕留めるのは至難の業ではないかね?私もそう易々と討ち取られるつもりは無いのだよ」
「柘榴と組んでいたポーカーズの1人は、おまえだったってことか。ジョーカー」
想定していた相手とは違うことに心の中で舌打ちをする。
そのわざとらしい言い回しで察すれば、首を傾げて笑う。
「フフフッ、何のことだか、愚者な私には皆目見当もつかないよ、カオス公ぉ~。余計な詮索をしている時間が、君にあるのかね?」
腕に着けている時計をトントンっと指で叩き、カウントダウンを意識させてくる。
どうする?
迷っている間にも、時間は過ぎていく。
今、目の前に、追い求めていた敵が居る。
だけど、こいつを倒して柘榴の下に行くことなんて不可能だ。
こいつの奇怪な戦い方に対応している間に、カウントダウンが終わってしまう。
どうすれば、良い?
どちらかを選び、どちらかを捨てないといけない。
俺は、どうすれば良いんだ……姉さん!?
こういう時、答えを出してくれる人はもう居ない。
「迷っている時間はないぞぉ!?クラスメイトを失うか、それとも、大切な姉を殺した相手に復讐する機会を捨てるのか。早く決めたまえ、カオス公!?」
仲間か、復讐か。
脳裏に過ぎるのは、2つの光景。
恵美や麗音、基樹、成瀬、久実……そして、Eクラスのみんなと、教室で笑い合った。
こんな俺を受け入れてくれた仲間を、切り捨てたくない。
だけど、俺から姉さんを奪ったポーカーズを、切り刻みたいという復讐心も強い。
「何を迷う必要がある?貴公は、愛する姉を殺した者に復讐するために、この学園に来たのだろう!?初心を忘れるな。自分に正直になりたまえ。単純な人としての倫理観など捨て、復讐と言う衝動に身を任せたらどうだ?それとも、貴公の姉……椿涼華への想いは、会って半年ほどの繋がりに負けるものだったのかねぇ?」
「やめろ…‼違うぅ…‼俺の……姉さんへの誓いはぁ…‼弱いものなんかじゃ、ない‼」
脳裏に浮かぶのは、姉さんの笑顔。
俺にとって、生きる理由だった姉さんを奪ったのは、緋色の幻影……ポーカーズだ。
だったら、やるべきことは決まっている…‼
「ジョーカー……おまえをっ…‼」
復讐の誓いを侮辱され、黒い怒りが込み上げてくる。
右手で白華の柄を強く握って震わせ、ジョーカーに向かおうとしたその時―――。
姉さんからの、最後の言葉を思い出した。
そして、その声が二重に重なる。
『『誰にも譲れないほど大切なものを見つけたのなら、迷わず生きろ』』
頭に響いたのは、姉さんの声だけじゃなかった。
左手を額に押し当て、冷静さを取り戻す。
「今のは……姉さんと……高太…さん…?」
まさか、あの時、姉さんにその言葉を託した人は…。
いや、今はそんなことを気にしても仕方ねぇ。
俺は必死に怒りを逃がすために深呼吸をし、背筋を伸ばして白華の柄を見つめる。
「そうだよな。そう言うことじゃねぇんだよな……姉さん」
確かに、これは姉さんの仇を討つために始めた復讐だ。
だけど、今はそれだけじゃない。
俺自身が今、葛藤しているのがその証拠だ。
ジョーカーは両手を大きく広げて指を鳴らせば、どこからともなく大鎌が飛んできて、奴の手元に来て握る。
「さぁ‼君の目的を達成するための戦いだ‼互いに、心行くまで、刃を交えようじゃないか?」
鎌を片手で構えて刃を向け、対戦を所望する道化師。
だけど、それに対して俺は――――背を向けてFクラス校舎への道に足を進める。
「……な、何をしている…?私を斬りたいのではないのかね!?」
「ああ、今すぐにでもぶった斬りてぇよ、当たり前だろ」
「ならば‼何故、私に背を向ける!?おまえが復讐すべき標的が、今、目の前に居たというのに‼怖気づいたのか、臆病者め‼」
挑発して自分に敵意を向けさせようとするジョーカーだが、それを聞いて余計に心が冷めていく。
今すべきことを、再認識する。
「俺の復讐は、おまえたちを倒すことだけじゃない。おまえの挑発に乗って、下らないシナリオの上で踊るつもりは毛頭ねぇ」
ポーカーズは倒す。
そして、もう、俺の大切な者をこいつらには奪わせない。
「おまえたちの思惑通りの展開を、全て覆してやる‼それが俺の復讐だ!!」
横目を向けて言った後、Fクラスの校舎に走り出せば、飛来して降下した2体のナイトドローンが道を阻む。
「いやはや、これは計算外だったよ、カオス公。君の心の成長には、素直に称賛を送ろう。しかし……せっかく出迎えたというのに、無視をされるのは気分が良いものではないのだよ‼」
ジョーカーとナイトドローンに挟まれ、時間を確認すれば残り25分。
焦りで怒りが込み上げ、柄を握る手が震える。
「ったく……最初から、どっち道、邪魔するつもりだっただろ!?」
「当たり前さぁ‼敵である貴公の想い通りに、事を進ませるわけがあるまいよ‼」
ナイトドローンよりも先に、ジョーカーが大鎌を構えて接近して大きく振るう。
それを白華で受け止め、鍔迫り合う。
そして、互いに仮面越しに相手を睨みつける。
「貴公のその目……やはり、気に入らないなぁ‼取り出して踏みつぶしたい程にぃ‼」
「人の目に難癖つけてんじゃねぇよ‼」
左目に意識を集中させ、力押しで薙ぎ払えば、距離が開いた。
この隙にナイトドローンに向かって走り出し、飛行して突撃してくる2体の騎士の突き出す槍を白華の刃で弾いて逸らす。
そして、その内の1体の背中を踏み台して跳躍し、進行先の建物の壁を蹴っては方向転換して着地する。
その時には、目の前にジョーカーが立っている。
「つれないなぁ、カオス公。我々は互いの存在を求めている。そう邪見にしないでくれたまえよ‼」
「今は邪魔でしかねぇんだよ‼」
上段から大きく振るわれる大鎌の刃を白華の刃で受け流し、右手の拳をジョーカーの仮面に叩きこんだ。
「ぐぁふっ‼……今のは、良い一撃だ。それで良い。もっと、私を楽しませてくれたまえ‼」
「他を当たれ。鬱陶しい」
殴った右手を見ると、痙攣して少し震えている。
正直、ぶっ壊すつもりで殴ってたんだけどな。
ジョーカーの仮面は、少し凍っているだけでひび割れもしていない。
何つー硬い仮面だよ。
ナイトドローンと並び、追い詰めようと接近してくるジョーカー。
こいつらから逃げながら校舎に行ったら、柘榴とジョーカーの2人を相手にすることになる。
そんな面倒極まりない展開は願い下げだ。
「……こうなったら……」
紅氷の籠手を使うしかない。
ナイトドローンが飛行して接近してくるのを見て、右手に噛みついて血を出そうとした瞬間―――。
2体の騎士の動きが、飛行したまま止まった。
まるで、見えない壁に邪魔されているように。
「……何ぃ?」
ジョーカーの呟きから、これは奴の操作した結果じゃない。
背面のブースターは炎圧を上げ、前に進もうとする。
そして、加速して前に進んだ瞬間、四肢や胴体、首などがバラバラに崩れて爆発した。
「どう言うことだ……ナイトドローンが!?」
奴にとっても、予想外のことが起きている。
目を凝らして見れば、遠目では視認できないほどの極細の糸が、目の前で張り巡らされているのが確認できた。
「狩人の手品……監獄。糸で出来た監獄を、力押しで出ようとしたら、騎士はサイコロステーキになったとさ」
頭上から声が聞こえて見れば、3階建ての店の屋上から1人の男が飛び降りて前に着地する。
「やれやれ、や~っと間に合った。全くよぉ~、言ったそばからこれだもんな」
黒衣に身をまとい、蜘蛛柄の仮面を着けた金髪の男。
「困ったらダチを頼れって言っただろ、円華?」
「……基樹!?」
まさか、これが前に言っていた、シャドーの姿の時の基樹なのか。
「だけど、おまえ……何で!?みんなと一緒に捕まってたんじゃ…‼」
「バ~カ、俺がそう簡単に捕まってたまるかよ。……レスタに感謝しとけよな。先生たちに連絡を取った後、あの子が俺に助けを呼んでくれたんだ」
ピロンっとスマホが鳴り、画面を確認すればレスタが誇らし気に2本指でピースサインをしている。
「ありがとな、レスタ。それに、基樹も……」
「感謝の気持ちなら、後で原稿用紙100枚分でも聞いてやるからさ。ここは……」
ジョーカーを見据えて構える基樹。
道化師は怒りに肩を震わせており、いつ仕掛けてきてもおかしくはない。
「全く以て……本当に、計算外のことばかり…!!カオス公、もし私を振り切れたとして、貴公に今の柘榴恭史郎を止めることができると、本気で思っているのかね?」
「やってみなきゃわかんねぇよ。何があろうと、俺のクラスメイトは誰も死なせねぇ」
「その決意……実に素晴らしい。素直に敬意を評するよ。これから先、私の実験体に敗北するという未来を前にして、果敢に挑もうとする意志に対してな。しかし、それ故に……その心を!今!ここでズタズタに引き裂きたいのが、私の欲望‼」
大鎌を回転させながら接近し、俺に向かって振るう刃を基樹の展開した糸がそれに絡みついて妨害する。
「時間が無いんだろ?足止めするから、さっさと行けよ」
「……わかった。任せたぜ、基樹」
「任されたぁ‼」
ジョーカーを基樹に任せ、俺はFクラスの校舎に向かって走り出す。
「待てぇえ‼‼カオスぅう‼‼」
長い間追い求めた標的からの殺意を感じながらも、足は止めない。
この行動も、奴らへの復讐に繋がると信じているから。
毒ガス放出まで、残り20分。
レスタ、ナイス連絡‼
からの、基樹とジョーカーの接触はこれで2度目ぇ…。
いやー、やっと、「墓参り」での台詞をもう1度出すことができたー。
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