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カオスメイト ~この混沌とした学園で復讐を~  作者: カナト
打ち砕く脱落戦
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心の強さ

 恵美side



 意識が覚めた時、最初に感じたのは肌寒さだった。


 目を開けてぼやけた視界に映ったのは、赤い髪をした男の姿。


「クッフフフ、目が覚めたか?流石に冬の始まりだとは言え、暖房の着いてねぇ部屋は寒いだろ」


 その不愉快な笑い声には覚えがあり、焦点が合えば目を鋭くさせる。


「柘榴……恭史郎…‼」


「良いねぇ、その目。そうでなくちゃ、暇潰しにもならねぇからなぁ」


 柘榴が横に居る坂本に指で合図を送れば、大きな鏡を持ってきて私に見せる。


 そこに映っているのは、制服を脱いだ白のY-シャツ姿で、椅子に両手と両足を縛りつけられている自分の姿だった。


 確かあの後、円華と別れてアクセサリーショップに行こうとした時、人通りの少ない場所で後ろから誰かに襲われて……その後のことは、覚えてない。


「簡潔に状況を説明してやる。おまえは、椿を誘き出すための人質だ。そして、人質はおまえだけじゃない。こことは別の場所に、Eクラスのカスどもを監禁してある。そして、1時間以内に椿が俺を止めることができるかどうかの、ゲームの最中だ」


「……この、クズ野郎…‼」


 敵意を露わにして睨みつければ、柘榴は1つのスイッチをこれ見よがしに見せつけてくる。


「あんまり、俺の機嫌を損ねるようなことをしねぇ方が良いぜ?本来は、あいつがこの教室に辿りついた時に起動させるつもりだが、おまえの言動によってはすぐに起動させるのもやぶさかじゃねぇ」


「何……それ…!?」


「Eクラスの奴らを監禁している場所に仕掛けた、即死性の毒ガスさ。新しい伝手つてからもらったもんだ」


 状況を理解し、衝撃で血の気が引いていく。


「クッフフフ。良いねぇ、その顔‼自分の無力さを痛感した時の顔が、溜まらねぇな。まぁ、安心しな。今のはほんのジョークだ。おまえを壊すのに、これを起動させる必要は感じねぇからよぉ」


 そう言ってスイッチをポケットに仕舞い、私の両頬を片手で掴んで目を合わせる。


「すぐには壊れないでくれよ?おまえに身体と心に止めを刺すのは、あいつの目の前だって決めてるんだからなぁ」


 手を離して離れれば、Y-シャツに手をかけて乱暴に両手で引っ張る。


「きゃぁあああああ‼」


 ブチブチっとボタンが弾け飛び、前がはだけて下着が露わになる。


「良い声で鳴くじゃねぇか。だが、心配はしなくていい。おまえをうとすれば、それはあいつを散々に痛めつけた後だからよぉ。初めは、視覚的に恐怖を植え付けてやる」


 指を鳴らせば教室のドアが開き、185mくらいの長身の男…重田平しげた たいらが金本蘭を連れてきては、背中を強く押して前に倒す。


「っ‼ぐぁあああああっ‼」


 見れば、彼女は全身が傷だらけでボロボロになっている。


 柘榴は倒れた金本の背中を踏んで圧をかける。


 悲鳴を聞き、クッフフっと不愉快に笑う。


「こいつは、支配者である俺を裏切り、椿に手を貸そうとしていた。裏切り者に対しては、それ相応の制裁を加えなきゃいけない。そうは思わねぇか?なぁ?」


「……知らない」


 見るにえなくなり、目をせようとしては「逸らすなよ」と後ろから坂橋が私の頭を掴んで固定する。


 鏡越しに反抗的な目を向ければ、それに対して坂橋は目の端をつり上げる。


「何だ?その目は。女が俺を睨んでんじゃねぇよ…‼」


「うっ‼」


 髪を掴んで上に引っ張られ、痛みで表情が歪んでしまう。


「痛い思いをしたくなかったら、流れに身を任せた方が気が楽だぜ?」


「…最低…」


 痛みに耐えながらも言えば、それがさらに坂橋をイラつかせる。


「嘗めんなよ、クソ女」


 手を挙げようとした時、柘榴が一睨みすれば止まる。


「そいつを痛めつけるのは、状況次第だ。まだ早い」


「す、すいません……柘榴さん」


 この場を支配しているのは、柘榴の狂気と恐怖。


 金本の腹部を強く蹴れば、彼女は「ぶはっ‼」と血を吐く。


 そして、視線を私に移して目を合わせてくる。


「おまえが俺の言う通りにするなら、このカスの二の舞にはならねぇ。だが、そうじゃねぇなら、こいつと同じ……いや、こいつ以上に痛い目を見て、心身ともにおまえをぶっ壊す」


 下手なことを言えば、柘榴はいつスイッチを押すかわからない。


 だけど、この男に屈するつもりは毛頭ない。


 この学園に来た以上、こんな状況になることは想定していた。


 だから、絶対に、柘榴の想い通りにはさせない…‼


「安心しろよ。返答次第じゃ、俺はおまえをどうこうするつもりはねぇ。何なら、報酬としてEから這い上がれるだけのポイントを渡しても解放してやってもいい。俺のたった1つのシンプルな質問に答えるだけだ。簡単なことだろ?」


 不気味さをただよわせる前置きをし、目を合わせて聴いた。


「椿の能力の秘密を教えろ」


 円華の能力の、秘密…?


 この男、どこまでのことを知っているって言うの?


「話をはぐらかされるのも面白くねぇ。俺が掴んでる情報を、全て話してやる」


 そう言って、柘榴は懐から1つのタブレットを取り出して画面を見せてくる。


 映っているのは、円華は紅い狼の鎧を装着した姿で戦っている動画だ。


「これは合成じゃねぇ。信頼できる伝手からもらった録画映像だ。あいつが、この学園で秘密裏にばらかれている薬『希望の血』を摂取しているのはわかる。だが、あいつの中にあるのはそれだけじゃねぇ。……そうだよなぁ?景虎」


 名前を呼ばれたのは、壁の隅でずっと事の成り行きを静観していた内海景虎。


 気づかなかった。


 死角に居たからと言うのもあるけど、完全に気配を消していた。


 内海は柘榴の問いに1度無反応だったが、もう1度「景虎!」と大声で呼ばれれば小さく頷いた。


「そいつも、希望の血とは違う薬の能力を持っている。それは『絶望の涙』。希望の血とは違い、簡単には手に入らない代物だ。そして、問題はここからだ…」


 動画の中で、狼の仮面がクローズアップされている部分が拡大される。


 そこに映っている瞳は、紅と蒼に染まっていた。


「その情報を与えてくれた、からすの仮面を着けた男は教えてくれたぜ。『希望』と『絶望』、2つの力を同時に持つことができた人間は、その2つが生まれて以来、歴代でも1人の男しか居なかったそうだ。しかし、それを破った2人目が、今、俺の策略にはまっている」


 その1人目は、お父さん……最上高太。


 だけど、柘榴は多分、そのことまでは知らされていない。


 そして、この男が言った鴉の仮面の男に心当たりがあった。


「まさか……その男の名前は、ジョーカー!?」


「へぇ、おまえも知っていたのか。まぁ、それはどうでも良いことさ。今は、おまえをから情報を聞き出すことが優先だ」


 柘榴は顔を近づけ、視線を合わせて瞳の奥を覗き込む。


「答えろ、椿の秘密を。あんな大量殺人鬼をかばった所で、得することは何もねぇぜ?」


 私が円華のことで知っていることは、それほど多くない。


 お父さんから聞いた、組織によって生み出されたサンプルベビーと言う出生。


 記憶の中で見えたのは、悲しみと想い出、そして決意の記憶だけ。


 忌み子として恐れられ、人に拒絶され続けた記憶。


 その中で、自分を受け入れてくれた家族との思い出。


 大切な人を失ってからの空虚な記憶。


 そのとむらいを決めた、覚悟の記憶。


 記憶の中でも、人を殺した時のものは無かった。


 円華の中でも、厳重に心の奥底に仕舞い込んでいる過去。


 私は、知っている。


 彼が、人を殺してきたことに後悔を抱いていることを。


 そして、過去に人を殺めた分だけ、誰かを助けたいと思っていることを。


 それを知ろうともしない奴に……。


「……話すことなんて、ないから…‼」


 話すことを拒絶すれば、柘榴は不敵な笑みを浮かべて私を見下ろす。


「良いぜ、それで良い。簡単に吐いた情報ほど、信用できねぇものは無いからなぁ。おまえの心の強さに敬意を表し、面白いものを見せてやるよ」


 タブレットの映像が、別のものに変えられる。


 それは地下の街並みを、上からの撮影で映している。


 焦点を当てているのは、1人の男。


 服や顔に血が付いている、刀を持った眼帯の少年。


「円華!?」


「地下に配置したドローンが、今のあいつをリアルタイムで撮影して俺の所に届けている。椿は目的地までの道中で、Fクラスの俺の駒を蹴散らしながら進まなきゃならないってことだ」


 そう言って、柘榴はタブレットの映像を食い入るように見れば、肩を震わせて腹を抱えながら笑いだす。


「それにしても……クッフフフフ‼とんでもねぇ野郎だよなぁ、伝説の暗殺者様はよぉ‼目的のためには、誰であろうと殺していく‼それが、椿円華……あの化け物の本性さぁ‼」


 信じられなかった。


 円華が、また人を殺すなんて。


 私のせい?


 私が、柘榴に捕まったから…!?


 躊躇ためらいもなく刀を振るう円華の姿は、まるで剣で舞っているかのように美しく思えた。


 あまりの速さに、返り血がスローモーションに見える。


 これが、円華が『隻眼の赤雪姫アイスクイーン』と呼ばれた理由。


 舞い上がった血しぶきの落ちる速度が、雪のように感じるまでに鍛え上げられた剣技。


 谷本さんとの修行で身に着けた、円華の強さの証。


 その光景を見て、しばらく笑っていた柘榴も落ち着いて冷静さを取り戻す。


「それにしても、希望の血を与えたにも関わらず、足止めにすらならねぇとはなぁ。付け焼き刃の力じゃ、本物の化け物には通用しねぇってことかぁ」


「希望の血を与えた!?あんた、Fクラスの人たちを、自分の目的のために…‼」


 怒りの目を向ければ、それすらも愉快に感じるのか笑みを絶やさない。


「おいおい、そんな目をするなよ?選んだのは、あいつらだ。このままFクラスとして退学するくらいなら、人間を辞めてでもおまえたちを蹴落としたいって言う執念が、あいつらをあの薬の力に駆り立てたのさ」


「そうするように、追い込んだんじゃないの?あんた、本当に……人間として終わってる…‼」


「クフフッ、褒め言葉として受け取っておくぜ。人としての倫理観なんて、とうの昔に捨てている。いや、人としての俺を殺したのは、椿だと言っても過言じゃねぇ」


 画面の中の円華に怒りを向け、ギュッと拳を握る柘榴。


「俺の家族は、椿家に奪われた。俺の人生を狂わせたのは、あいつ自身だ‼だったら……俺が、椿の人生をボロボロになるまでぶっ壊そうと、文句は言えねぇよなぁ。被害者の特権って奴だ」


「……ふざけないで……。ふざけないでよぉ‼」


 怒りが収まらなかった。


 柘榴の考え方が、気に入らない。


 円華の苦しみを知っているからこそ、認めるわけにはいかない。


「自分の不幸の全てを、円華のせいにするつもり?誰かのせいにすれば、他の誰かを傷つける権利があるとでも思ってるの!?誰かを傷つけることに、特権なんてない‼そんな物を振りかざさないと前に進めないんだったら、復讐なんて止めれば良い‼」


「黙れ‼」


 パーンっ!と甲高い音が教室に響く。


 柘榴は、勢いに任せて私の頬をった。


 痛みを感じても、怒りは恐怖には変わらない。


「円華は……自分が誰かを傷つける理由を、権利なんて言葉で正当化しようとなんてしない。誰かを傷つけることが、間違ってることだってわかってる。それでも、円華が戦うのは……誰かを助けるため‼過去も、今も、あんたみたいに、自分のために誰かを傷つけたことなんてない‼」


 少なくとも、私の知っている椿円華はそういう男だった。


 家族のために、仲間のために、誰よりも多く傷つくことを、誰よりも多くの人を傷つけることを躊躇ためらわない。


 それが、円華の強さの根源。


 多くの人に拒絶されてきたからこそ、自分を受け入れてくれた人たちのために強くなれた。


 大切な人を守れる強さへの、欲望。


 誰かのために戦う強さが、彼を今まで突き動かしてきた。


「そんなことはどうでも良いんだよ‼あいつは、人殺しだ‼あいつを恨んでいる人間は、俺だけじゃない‼あいつが多くの人間を殺してきたのは、紛れもない事実だぁ‼現に、今だってあいつは俺の駒を殺している‼人殺しは、死ぬまで人殺しなんだよぉ‼」


「ぐっ‼」


 柘榴は私の首を掴み、強く締めてくる。


「あいつは目的のためなら、躊躇ためらいも無く人を殺せる化け物だ‼いずれ、おまえのことも、自分の復讐のために殺すかもしれない‼いや、必ず殺すぅ‼その時、あいつを信じたことを後悔することになるぞ!?」


 怒りと憎悪の目を向け、恐怖を与えようとしてくる。


「俺のがわに着け。今なら、まだ間に合う‼あいつは今だって、おまえを見捨てることを視野に入れているはずだぁ‼手遅れになる前に、椿の秘密を吐けぇ‼それとも、このまま黙っているつもりなら、おまえも化け物の仲間だって情報を、学園中にばらいてやろうかぁ!?あぁ!!」


 事実を突きつけるように、タブレットの映像を目の前に突きつける。


 間近で、円華が人を斬り捨てている痛々しい光景を見せつけられれば、ある違和感に気づく。


 円華が手に持っているのは、白華…?


 彼の愛刀と、血で濡れたままの刃を見て、私は全てを理解した。


「……円華は、誰も見捨てない。私も円華も、あんたの想い通りにはならない。あんたの小さな恐怖になんて屈しない!!私は、椿円華を信じてる…‼」


 強い意志で睨み返せば、柘榴は目を見開いては首から手を離して一歩後ろに下がっていく。


 そして、頭を押さえて身体が大きく震え出す。


「クッ……クフフフフフフッ!!……何故だぁ?ありえない…‼これだけ、突いているだろ……恐怖を、感じている、はずだろ…‼何故だぁ‼……おまえは、何なんだよぉおおおお‼‼」


 タブレットを捨て、拳を握って殴ろうとした瞬間、目をギュッと瞑って痛みに耐えようとする。


 だけど、その時、パンっという音が聞こえた。


 ゆっくりと、目を開ければ、寸前の所で柘榴の拳が止まっていた。


 その手首を、誰かが掴んでいる。


 柘榴はその手の主を睨みつけ、ドスの効いた声を出す。


「……何のつもりだぁ…景虎ぁ…‼」


「何のつもり…なんだろうなぁ。俺にも、さっぱりわからねぇよ」


 2人の手は震えており、柘榴の拳を力づくで抑えている。


「手を離せ。この女の身体に、恐怖を叩きつけてやる…‼この俺の前に屈服した女の姿を見れば、椿の心もズタズタに折れるってもんだろ‼」


「そんなこと……させねぇよ‼」


 手首を強引に引いて私から離れさせ、前に立つ内海景虎。


 どう…して……?


 何が、起きているって言うの…?


 柘榴のかたわらに、坂橋と重田が立って臨戦態勢に入ろうとすれば「下がってろ‼」と声を荒げて命令する。


 そして、自身の前髪をかき上げては不敵に笑う。


「クフフフっ。まさか、おまえが突然、人助けに目覚めるなんてなぁ。どういう風の吹き回しだ?あ?」


「そんなんじゃねぇよ。俺はただ、この女が何故、おまえの力に屈しなかったのかを知りたいだけだ…‼」


 そう言って、内海は私に横目を向ける。


「…あいつの言っていた、力以外の強さ……。おまえには、それがあるのかもな」


「……あいつ?」


 疑問に対する返答はなく、内海はまっすぐに柘榴を見据えて闘志を露わにする。


「景虎、おまえは俺に1度負けている。次は勝てるとでも思ったのか?」


「そんなことは関係ねぇ。弱いおまえに従うことに、飽きただけだぁ‼」


 私の目の前で、予想外の戦いが起きようとしている。


 そして、柘榴にとっての歯車が狂ったのは、ここだけの話ではなかった。

期せずして始まる、内海VS柘榴。

恵美の心の強さが、毒の歯車を狂わせた。



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