剥きだす毒牙
蘭side
ー椿円華が最上恵美と別れる4時間前ー
HRが終わった後、担任の牧野が出て行ってから柘榴も教室を出て行った。
すると、クラスメイトたちは張りつめていた糸が切れたように肩を落として緊張が解けた。
みんな、柘榴のこれまでにない異常さに怯えていた。
これまでよりも一層、あいつの空間は恐怖で支配されている。
一言でも柘榴の思惑に逆らえば、制裁を受ける。
それはBクラスだけでなく、あいつ個人の支配下にあるFクラスも例外じゃない。
最近、あいつは私たちには何も指示は出さず、Fクラスの坂橋とばかり連絡を取っている。
同行しているのは、内海だけ。
期末試験が始まるまで今日で3日だって言うのに、私たちに何も言ってこないことが逆に不自然には思う。
そのせいか、期末試験に向けて勉強する奴も居れば、楽観的に考えて遊びに行く奴も居る。
と言うか、後者の方がほとんど。
柘榴から与えられる強い恐怖へのストレスを発散させるために、心の安定を優先しているのかもしれない。
いつものあいつなら、テスト前は気を抜かせないように全員に釘を打っているはずなのに、それすらも野放しにしている。
何を企んでるのよ、柘榴。
私たちには何も話さず、Fクラスの奴らと何かを仕掛けようとしている。
これじゃ、椿にあいつの企みを伝えようにも情報が掴めない。
このままだと、手遅れになるかもしれない。
そろそろ、動くしかないって所よね。
……違う、本当だったら遅すぎる。
もっと、早くから柘榴の周囲を探るべきだった。
だけど、あいつの与える恐怖が私を近づけなかった。
今日、動こうと思ったのは、時間と言う焦りが突き動かしただけ。
私もまた、あの柘榴に恐怖を抱いている。
それでも……行くしかない‼
鞄を持ち、私も教室を出て柘榴を追う。
あいつが出てから、2分しか経っていない。
走れば、すぐに追いつく。
玄関で靴を履き替えてエレベーターに向かえば、あいつの後ろ姿を捉えた。
下校する生徒の群れに紛れて一緒に乗り、気配を消しながら注意を向ける。
その間、柘榴の視線はスマホの画面に釘付けだった。
流石に何が映っているのかはわからなかったけど、親指を一定の感覚で上下左右にスライドさせて操作していることから、文字を打っているのはわかる。
誰かと連絡を取っている?
地下に到着すれば、柘榴はスマホを制服のポケットに仕舞い、エレベーターを出て歩き出す。
向かった先は、薄暗い路地裏。
入り組んだ迷路のようになっている狭い道を止まることなく進みながら、柘榴が周囲を警戒しているのが頭を左右に動かす姿から分かる。
私もあいつに存在が気づかれないように、遠くから一定の距離で背中を見失わないように追う。
そして、しばらくして柘榴が足を止めたのは、1つの大きな倉庫の前だった。
その前に、1人の長身の男が立っていた。
私もこの地下で半年ほど生活してきたけど、こんな大きな倉庫は見たことが無い。
長身の男は顔に不気味な鳥のようなマスクを着けており、柘榴が「よぉ」と声をかければ、軽く両手を広げる。
「やぁ、柘榴殿。君が来るのを、今か今かと心待ちにしていたよ?恋する異性を待ち伏せしているような気分だった」
演技じみた言動を取るマスクの男に「くだらねぇ」と返し、倉庫に横目を向けてはスマホを向ける。
「言われた通りの地点に来てみれば、こんな玩具箱を持っていたとはなぁ。俺に渡したこれよりも、良いものが入っていそうだぜ」
そう言って、右手に着けている腕輪を見せる柘榴。
それを見て、マスクの男はフッと笑って口ばしを触る。
「前にも言っただろう?貴公に渡したそれ以上に、適した武器は無いのだよ。それに加え、貴公の注文通り、希望の血は人数分渡しただろ?これ以上の投資は、私の身を滅ぼしかねないのでね」
「あんたも大胆に見えて、慎重だな。それでも、クイーンよりは羽振りが良くて助かったぜ。これで、椿の身も心も潰す準備は整った。一応、感謝はしているんだぜ?ジョーカー」
柘榴がその名前を呼んだ時、私の頭に衝撃が走った。
ジョーカーって……まさか!?
まだ、記憶に新しかった名前。
頭の中で引っ掛かっていた部分が、再度呼び覚まされる。
「何で、あの人形が呼んでいた奴と会ってるのよ……柘榴!?」
模擬戦で倒した、天童と関わりがあった男。
柘榴を付けてきて正解だった。
私が知りたかったことと、柘榴が繋がっているもしれない。
「喜んでいただけて何よりだ。して、私のアドバイスした案は取り入れてくれるのかね?」
「そうだな、それがあんたとの取引の条件だった。当然、組み入れさせてもらったぜ。それにしても、あんたもとんだ性悪な野郎だな。この俺以上の外道が居るとは、流石に頭が下がるってもんだ」
「私も提案した身ではあるが、貴公が素直に聞き入れるとは驚いているよ。貴公も言うに劣らず、かの者を追いつめるためには、手段を選ばない狂人のようだ」
「お褒めに預かりどうも。察しの通り、俺は椿を潰すためだったら何だって利用するぜ。だが、あいつは俺の復讐の通過点に過ぎねぇ。奴を潰した後は、残り3か月でメインを取りに行く。俺が奴を叩けば、あの女が動くのはわかっているからなぁ」
椿は通過点…?
柘榴の本当の目的は他にあるってこと?
「貴公の復讐が実を結ぶことを、私も心から願っているよ。ところで君の駒には、既に希望の血は渡してあるのかな?」
「ああ。3日前に全員に配布済みだ。そして、さっき連絡係に摂取するように指示しておいた。あいつらも最下位のFクラスってことで、今回は必死だからなぁ」
口に手を押し当て、クフフッと思い出し笑いをする。
「クフフフッ、追い詰められた人間ってのは面白れぇよなぁ。俺が確実にEクラスを落としてやると言えば、快く人間を辞める覚悟を決めてくれたぜ…‼」
「何を言う?そうするように恐怖で誘導したのは、貴公なのであろう?」
「恐怖を抱かない人間は居ない。それも自分を圧倒する強者からの言葉には、自然と従うようになっている。生き残るための思考のメカニズムさ。それが働かない奴が居るとすれば、そいつは俺とは別のベクトルで異常者だ」
「確かに、それは一理ある。恐怖を支配する者は、人間を支配する上で優位に立つことができる。しかし……」
ジョーカーは少し思うところがあるのか、言葉を区切る。
「稀にだが、弱みや恐怖を刺激したつもりが、別の物を刺激して痛い目を見ることがある。いや、痛い目と言うよりは……最悪の場合、死ぬこともある」
「……何が言いたい?」
「いや、君と私は似た者同士みたいだからね。1つ、先人からの助言を送らせてもらおうと思ったのだよ。相手の弱い部分を攻撃するのであれば、その後の反応を考慮した方が良い。逆に手に負えない化け物の尾を踏むことになる」
「はんっ、こちとら元から化け物に挑むつもりしかねぇんだよ。この機を逃がすつもりはねぇし、計画は既に現在進行形だ。あんたからもらった力があれば、あいつに負けることはねぇんだろ?」
「それは当然さ。何故なら、かの者は君と同じ力を持っていないのだからね」
「それだけ聞ければ十分だ」
柘榴がそう返せば、スマホが鳴って画面を確認し、それを見せる。
「これで9人目だ。流石にクズの集まりでも、あの薬と数で攻めれば役に立つ」
「それならば、順調のようだ。しかし、肝心のキーマンを取り逃したらいけない。かの娘が、あの男を追いつめるための重要なファクターだ。そして、この私も含めてね」
自身の胸に手を当てて言うジョーカーに、柘榴は不審な目を向ける。
「心配は要らねぇ。今も監視の目は付けてあるし、最上が捕まるのは時間の問題だ。だが、腑に落ちねぇな。何故、あんたも椿を狙う?過去に奴と何があった?」
「それを答える理由が、私にあるかね?」
「あんたは俺の過去を知っている。どこで調べたのかは知らねぇがな。だったら、公平じゃないと思わねぇか?」
公平を求める柘榴に対して、ジョーカーは肩を震わせて笑う。
「何を笑ってやがる?」
「フフフっ……いや、失礼。公平……か。良いだろう。確かにフェアではないね。別に隠していることでもないので、話しておいても差し支えは無いだろう」
腰に両手を回し、天井を見上げて言った。
「私にとっても、かの者を追いつめるのは通過点に過ぎないのだよ。そして、確信を得たいという目的がある。私が長年追い求めている存在が、ひた隠しにしようとしている真実を暴きたい。そして、その上で……その者の大切な者を壊したいのさ。私に憎悪が向くように、完膚なきまでにね。これもまた、一種の復讐なのだ。20年前からの……ね」
謎めいた言い回しに対して無償に苛立ったけど、引っ掛かるワードがいくつかある。
ジョーカーにとっても、椿を追いつめるのは目的の一部に過ぎないこと。
そして、こいつが復讐したい相手とは、20年前から因縁があると言うこと。
そんな長い時間も恨み続けるなんて、執念深いにも程がある。
……って、こんなどうでも良い話を立ち聞きしてる余裕なんてないじゃない!?
今の話、どう考えてもEクラスを追いつめるための策略が、もう始まってるに決まってる。
メールを開き、すぐにわかっている限りのことを入力する。
「……ところで、柘榴殿」
話を切り変えようとするジョーカーの視線は、私の隠れている壁の陰に向いた。
「初めからそこに隠れている娘は、貴公のクラスメイトではないのかね?」
最初から気づかれてた!?
それなのに、ジョーカーはそれを伝えずに話をしていたって言うの!?
いつもの私なら、ここで姿を現して臨戦態勢に入る。
だけど、あの鳥の仮面から放たれる威圧感と恐怖が、それを許さない。
存在が気づかれた以上、すぐに逃げろと本能が警告している。
「金本!?」
柘榴に名前を呼ばれ、すぐにその場から走り出した。
大丈夫、私の足はあいつより速い。
このまま、人の多い通りに出れば…‼
「おかしいと思わないかね?何故、私が君の存在に気づいていながら、それを気にせずに話をしていたと思う?」
倉庫から、突風を起こしながら槍と盾を持った騎士の鎧が飛行しながら追いかけてきた。
「ちょっと‼何よ、それ!?」
『君が知る必要のない物さ。無駄な抵抗は止め、大人しく捕まってもらいたいのだがね』
走りながら聞こえてくる声は、追いかけてくる騎士からの物だった。
私の全速力に対して、徐々に距離を縮めてくる。
伝えるべきことは既に書いてある。
そして、このままだと追いつかれて捕まるのはわかってる。
悔しいけど、私にできることはここまで。
あとは、あいつに託すしかない…‼
後ろを振り返れば、追いかけてきたのは騎士だけじゃない。
柘榴も今まで見たこともない速度で迫ってきていた。
そして、先回りしていた別の騎士が上空から降りて退路を塞ぎ、挟み撃ちにされる。
「余計な手間をかけさせるんじゃねぇよ、金本。勝手に後を付けてきやがって、椿に連絡を取るつもりだったのか?」
「っ‼何で―――!?」
「何で椿と繋がっていたことがわかったのかってか?おまえの足りねぇ頭が考える事なんざ、わからねぇわけがねぇだろ」
私に歩みより、首を掴んでは横にある壁に強く押し付けてくる。
「ぐっ…がぁ‼」
右手に持っていたスマホを奪い、画面を確認すれば『送信済み』と表示されている。
「はんっ。まぁ、良いぜ。今更知ったところで、もう遅い。さっきも言ったが、計画はもう始まっている。前のように止められるわけがねぇ……。明日、あいつの全てが終わるのさ」
柘榴は私と目を合わせ、首を絞める手の力を強くしながら目を合わせる。
「おまえにも、俺に逆らった罰を与えねぇとなぁ?精々、利用させてもらうぜ。今から与える、おまえへの恐怖をなぁ…‼」
目を合わせた時、あいつの瞳の奥から狂気が痛いほどに伝わった。
本当に、こいつは狂ってしまっている。
そして、柘榴の想い通りになったら、こいつはもう戻れなくなる。
自分の無力さに悔しさを感じながら、目の端から涙が零れる。
「ごめんっ…柘榴……‼」
「クフフッ、今更謝ったって遅いんだよ。もう2度と、俺に逆らう気が起きないように痛めつけてやるから覚悟しろ‼」
柘榴の心には、私の言葉は届かない。
だけど、それでも言わずにはいられなかった。
「…私の力じゃ……あんたを、助けられないっ…‼」
「……ふざぁ、けんなっ‼」
首を絞めた状態で、あいつは怒りの形相で私の顔を強く殴った。
その強い一撃は、私の残っていたあと少しの意識を刈り取った。
蘭ちゃんの言葉も、悔しさの本当の意味も、今の柘榴には届かない。
柘榴が突くのは、円華の弱さなのか、それとも……。
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