荒れる合同勉強会
丁度5時に、Fクラスの寮に戻ってきた。
玄関から入ると、すぐ前にあるロビーはもう混雑状態であり、麗音や成瀬、菊池がその場に居る奴らのわからない所を聞いて、それに対応しているのが見える。
3人対47人という異質な光景に思わず口が開いて塞がらなかったが、成瀬が俺を見つけて睨みながら近づいてきた。
「遅い!!住良木さんに電話してから1時間も、どこをほっつき歩いてたのよ!!」
「別にほっつき歩いてたわけじゃねぇよ。和泉以外に助っ人が増えたんだから、文句言わないでくれよ」
「話に聞いていたのは、Aクラスの和泉さんだけのはずだけど?」
「すまん、1つは和泉の事情で、もう1つは俺の事情で2人増えた。しかも、面倒な奴」
「面倒…って、どういう意味で?」
「はぁ…見ればわかる」
玄関で待たせている3人に「どーぞー」と生気の抜けた声で言うと、最初に和泉要が笑顔で入ってきて「こんにちわ!」と挨拶し、俺はそのまま玄関のドアを閉めようとした。
しかし、すぐに足をドアの間に挟まれ、強引にその男は入ってきた。
「おい、貴様…お嬢様が行く条件として、俺も同行すると言ったはずだぞ?」
「ゴミの集まりには来たくないんだろ?先に帰って良いんじゃないか?」
「円華~、お姉ちゃんも入りたいんですけど~?」
「おまえは勝手についてきただけだろうが!!」
そう、面倒な2人とは、この面倒な執事である雨水蓮と、俺にとっては最悪な女の桜田奏奈だ。
ーーーーー
1時間前。
話を聞かない頑固な執事、雨水に勝負を挑んだ。
「それで、勝負とは何だ?」
「which hand is coin in(どっちの手~に~、持ってるか)ってやつをしようぜ?勝つ確率は2分の1で、すぐに終わる。時間も取らせないから、良いだろ?」
ポケットから100円玉を取り出して言えば、雨水は鼻で笑ってくる。
「くだらんな。そんな遊びに時間を割いている余裕はない」
「おいおい、逆だろ?その遊びで、危険分子らしい俺が手をつけてやるって言ってるんだ。…お望みなら、傷つくことをしても良いんだぜ?精神的にも、身体的にも負担がかかるやつ」
少し悪い笑みをして雰囲気を変え、低いトーンで言ってみる。
すると、雨水は一瞬和泉のことを見れば、考えを変えたようで俺を見て溜め息をつく。
「わかった、それで良い。こんな所で暴れて、お嬢様にもしものことがあってはいけないからな」
「OK、それじゃ、すぐにはじめよう…かっと!」
言い終ると同時に100円玉を上に投げ、落ちてきたところを両手を交差して片方の手で掴み、両方ともグーにして前に出す。
「Right or left. Which hand do you choose?(右手か左手か、どっちの手を選ぶ?)」
「一々英語で言うのはやめろ。イライラする」
「sorry~」
わざと作り笑顔で英語で謝ると、目を細めて睨んでくる雨水。ピリピリしてるなー。
そして、雨水は俺の右手と左手を凝視し、20秒ほど熟考すると、右手を掴む。
「左だ」
「おいおい、右手を掴んで左って言うのはおかしくないか?」
「貴様が小細工できないようにしたのだ。さっさと左手を開け」
俺の目を見てきて、雨水の瞳に俺の顔が見える。
一瞬、俺が和泉の方を見ると、それにつられてかはわからないが、こいつも和泉の方を見る。
見られた本人は首をキョトンっと傾げるが、その一瞬ですべては決まった。
「はい、どうぞご覧あれ」
左手を返して開いて見せれば、雨水は目を見開く。
そこに100円は無かったんだ。
「これで勝ちだな、和泉の好きにさせてやれ」
「…お嬢様が行くのであれば、俺も同行する。要様の行くところ、常に俺も付き添わなければならない」
「ストーカー」
「黙れ、執事としての責務だ。俺だって、好きでゴミの集まりには行きたくはない」
「あっそ…好きにしろよ、羊が」
「執事だ!!貴様、俺を愚弄する気か!!」
「うっせぇっての。おまえ、一々真に受けてないでスルーするってことを覚えろ。ジョークが通じねぇ奴だなぁ…!!」
お互いに睨み合い、ハンッと言って背中を向け合う俺と雨水。
こいつ、マジで気にいらねぇ。
和泉を見れば、声を殺して両手で口を押さえて肩を震わせている。笑ってやがるよ、こいつ。
ちなみに、雨水がどっちの手を選ぼうと俺の勝利は変わらなかった。
マジックの技として、左手で掴んだ時には既に袖の中に100円を滑り込ませていたからな。
どっちにしても、両手は空だったんだ。
和泉を連れて(雨水は勝手についてきている)エレベーターまで行くと、そこには…しゃがんで、地面に渦を描いている我が親族が居た。
ヤバい、完全にBCのことを忘れてた。まさか、ずっと待ってるとは思わなかったわぁ…。
「おい…あーっと…何してんだ?」
「円華のことをずっと待ってたんです~。…何、その子?お姉ちゃんを放っておいて、可愛い女の子と仲良くやってたってこと~~!?ふざっけんな!!」
立ち上がって、鬼の形相で俺の胸ぐらを掴んでくる。
和泉と雨水は、俺と奏奈を見て一歩引いた目をしてくる。いや、助けてくれよ。
もう周りのことが見えてないよ、この女。生徒会長としてのキャラは何処に行ったんだよ、おい。
「急いでるんだ、おまえに構っている時間はない」
「んぁ?何?お姉ちゃんを置いて、女の子とランデブーですかぁ!?」
「違うっての、寮に帰ってクラスメイト全員で勉強会だ。それに、そこに居る和泉は勉強会に付き合ってくれるってだけだ」
「勉強会?…ふ~ん…」
奏奈は勉強会と言うワードを聞いて、ニヤッと笑った。
もう生徒会長と言うキャラを忘れて、完全にブラックチェリーモードの悪知恵が働く女になっている。
「円華、お姉ちゃんも勉強会に参加してあげるよ~。良いわよね?」
「おい、おまえは3年で俺たちは1年だぞ?」
「関係ありませ~ん。お姉ちゃん、弟の友達のためなら一肌脱ぎます!!」
そう言って、BCは自身の制服の裾を下から掴んで脱ごうとする。
「物理的に服を脱ごうとするな。つか、自分の勉強は?」
「ノー勉でも満点取れま~す!!」
「うちの猿どもからエロい目で見られても知らないからな?」
「も~、円華ってば心配し過ぎ~。お姉ちゃんのことがそんなに好き~?」
「大嫌い」
真顔で返すが、ニコニコと笑っている奏奈を見て、もうどうにでもしてくれと言う意味の溜め息をついて和泉の元に戻る。
「すまん、和泉。生徒会長の見せたくもない一面を見せてしまって」
「ううん、気にしてないから。それにしても、生徒会長って椿くんのお姉さんだったんだね?」
「…もう否定するのも面倒だから、それで良い。それじゃ、行こうか」
和泉と他2名の勝手についてきた奴らと一緒にエレベーターに乗り、地下に降りる。
もう、俺はこの時点で疲れてます。
ーーーーー
そして、今、3人の助っ人を連れてきたと言う流れになりました。
成瀬は3人のうちの厄介な2人を見て、一瞬だけ頭がフリーズしたような表情をしたが、すぐに死んだ目をしながら俺を見て「イイワ、サッサトアガッテモラッテ」と言うロボット口調で言った。
もう怒りとか呆れを超越して、思考停止し始めたよ、こいつ。
成瀬の言われた通り和泉たちを上がらせると、麗音が俺たちに気づいて近づいてきた。
「お帰り、椿くん。要ちゃんも久しぶりだね!」
「うん、会えて嬉しいよ、麗音ちゃん!私も勉強会参加するから、よろしくね!」
麗音と和泉、仲が良いのは本当のようだな。
雨水を見ると、腕を組んで見下したような目でFクラスのみんなを見ている。
「同行してきただけなら、不快な目をみんなに向けるな。空気になってろ」
「うるさい、俺に命令できるのはお嬢様だけだ」
「そのお嬢様の命令も聞かないくせに、よく言うな?」
「お嬢様の身をあんじてのことだ。元軍人など、危険極まりない。…それに、貴様の居たラケートスと言う部隊には、あの隻…」
ある名前を出される前に、俺は雨水の口を右手で塞いだ。
「やめろ…。どこで知ったのかは知らないが、あいつと俺は何の関係もない」
声を押し殺し、俺は怒りを抑えながら言う。すると、奏奈が笑顔で俺の手を掴んで雨水の口から離した。
「ごめんね~、弟が手荒な真似をして。円華、お友達の所に行ってあげなさい?私も勉強教えてあげるの手伝うから」
「……わかった。悪かったな、雨水」
「あ、いや…俺こそ、無神経だった、すまない」
お互いに顔も見ずに謝り、俺は基樹の元に行く。
「お疲れー。いやー、生徒会長を呼んできてくれるとは、流石弟だねー?俺、お姉様に勉強教わりに行っても良い!?あの胸を拝みながら2次関数を教えてもらいたいです!!ああ、今の俺なら2次関数のグラスを見ただけでも興奮しそう…!!」
「勝手にしろ、あと発情すんな猿」
「イエッサー!!義弟!!」
「誰が義弟だ、誰が」
俺は手を上下に振って基樹に行くようにジェスチャーした。
少し壁に背中を預け、ロビーの中を見回してみる。
麗音は和泉と並んで熱心にクラスの猿どもに勉強を教えており、成瀬は疲れたのかコーヒーを飲みながら川並と入江に毒舌混じりにわからない所を解消させようと頑張ってる。
基樹と久実は奏奈に数学を教わっていて、雨水も何故か女子たちに囲まれ、渋々《しぶしぶ》ながらも古典を教えてる。
周りを見ると、今初めて抱いた感情に気づいた。
俺……このFクラスのみんなのこと、仲間だって思ってるのかな。
死なせたくない、全員。麗音も、成瀬も、基樹も新森も、みんな。
必ずFクラスから抜け出して、来年、生きて2年生に上がるんだ。
決意を新たにし、目を閉じて深呼吸をする。
突然、頭の中に声が響く。
『おまえ、自分の目的はどうするつもりだ?不要なものは切り捨てろ』
その声によって、再び現実と理想の狭間に引き戻される。
俺がこの学園に来た目的は復讐だ。
なのに、どうして不要な感情を抱いているんだ?
まるで、誰かにそう思わせるように誘導されているみたいに。
自分の感情に違和感を覚えていると、麗音の声が聞こえてきた。
「椿くん、ヘルプ!英語の文法でわからない所あるから、教えてほしいのー!」
「ふっ…はぁ?俺が教えられるのは、保健体育だけだっての」
「そんなジョークは今は良いから、お願いー!!」
麗音の元に行き英語を教えれば、周りの奴らも俺に英語のわからない所を聞いてくる。
戦い以外で人に頼られるのなんて、初めてで少し心がくすぐったかったけど…これもこれで、悪くないのかもしれないな。
 




