2つの抑圧
基樹side
瑠璃が正攻法として先に選んだのは、Aクラスとの協力関係を維持することだった。
1つのクラスが脱落するのであれば、普通は自身のクラスの守りに徹するはずだ。
しかし、俺たちEクラスの場合は事情が異なる。
Bクラスの柘榴が宣戦布告してきた以上、Fクラスを手駒として使ってくる可能性は高い。
それも普通のやり方じゃないだろう。
最悪の場合、数の利を生かして暴力に訴えてくることも考えられる。
その前に先手を打つ。
瑠璃はカフェに和泉を呼び出し、先に向かって椅子に着いていた。
俺もその隣に座り、事のなり行きを見守るつもりだ。
「どうして、あなたも一緒に来たのかしら?」
「だって、どこの誰が見てるかわからねぇじゃん?ほら、ボディーガードだよ、ボディーガード」
「頼りにならない護衛へ」
「いざと言う時に活躍する。ヒーローってそういうもんだろ」
「ヒーロー?あなたには、相応しくない言葉じゃないかしら」
冗談を言ってはぐらかすが、瑠璃の身を守らなきゃいけないのは事実だ。
柘榴の策略からと言うこともあるが、組織の手からも守る必要がある。
そんなことを言ったら、彼女の性格からして要らないって言うだろうから黙ってるけど。
俺たちが到着して5分後に、和泉要も到着して手を振ってきた。
当然、執事の雨水も同伴だ。
「こんにちは、成瀬さんに狩野くん。遅れちゃってごめんね」
「大丈夫よ、私たちも今来た所だから」
前の席に座るように促し、スタッフを呼んでメニューを頼む。
互いに長居するつもりはないからか、4人全員で頼んだのはホットコーヒーだ。
「早速だけど、単刀直入で話を切り出させてもらうわ。和泉さん、Aクラスは今回の試験をどのように乗り切るつもりなのかしら?」
「……やっぱり、その話になるよね」
苦笑いを浮かべて頬をかき、和泉さんは困ったような顔を浮かべる。
「成瀬さんたちEクラスもだと思うけど、私たちも今回の脱落試験には戸惑ってるんだ。いきなり、今回の成績で全員退学ってなったら、どこのクラスも全力で戦いに来ると思うし。私たちも、今度こそはSクラスに近づきたいって思ってたのに、それも延期することになりそうだよ。今は最下位にならないように、みんなが赤点を取らないようにすることと、誰にも被害が出ないように見守り合うのが今後の予定かな」
「被害……やっぱり、Bクラスを警戒してのことかしら?」
向上心よりも、身を固めることを優先か。
それが無難だろうな。
上のクラスを狙うとして、それは下のクラスが危険な奴らじゃなかったらの話だ。
Bクラスの柘榴は、EクラスとAクラスが友好関係にあることを認知している。
宣戦布告をしてきた以上、自分の策略を妨害されないようにAクラスに何を仕掛けてきてもおかしくない。
瑠璃の質問に対して、和泉さんは肯定も否定もしなかったがぎこちない笑みを浮かべる。
「柘榴くんがEクラスに宣戦布告をしてから、Aクラスの中でも彼を恐がってる人が多いんだ。それに、本当はこんなことは言いたくないんだけど……」
「Eクラスと関わってきたことで、自分たちもBクラスの標的になるかもしれないと思っている人も居るってことよね」
「……うん、ごめんね」
この状況だ、精神的に不安定な上に柘榴のEクラスに対する明確な敵意の表明はAクラスにもプレッシャーを与えたはずだ。
俺たちのせいで、Aクラスにも間接的、最悪の場合は直接的な被害が出るかもしれない。
それが自分たちを退学に追い込むことも、あり得るかもしれない。
タラレバを言ったら切りが無いが、1つでも……少なくとも、この脱落戦が終わるまでは、不安は消したいと思うはずだ。
この状態で和泉の進言でEクラスと協力する動きを見せたとしても、それで上手くいくとは思えない。
考えたくはないけど、Aクラスから柘榴にEクラスのことをリークする奴が現れるかもしれない。
こんな話を聞かされれば、互いのクラスに対して疑心暗鬼になるだろう。
和泉さんや雨水に対しては疑っていないが、俺たちはAクラスの全体のことは知らない。
腹に一物抱えている奴が身を隠していても、おかしくは無いからな。
そして、瑠璃の性格的に今の話から、導き出される結論は1つだろう。
「それなら、今回は互いのクラスのために、各々で頑張りましょう。退学するつもりは毛頭ないし、あなたたちAクラスにも負けるつもりはないわ」
和泉さんに手を差しだし、握手を求める。
その手を取り、彼女は少し強く握り返した。
「私たちも負けないよ。ライバルとして、正々堂々勝負しようね」
協力関係の締結は失敗か。
これが瑠璃なりの、正しい選択ってことだろうな。
Aクラスの協力が得られないなら、次の手を打たなければならなくなる。
数の利を覆す戦略ともなれば、骨が折れそうだな。
俺と雨水は2人の会話に対して終始静観していたが、話の区切りがついた所で目が合い、頭をクイっと軽く動かして、この場を離れるようにジェスチャーをしてきた。
「……ちょっと、トイレ行ってくるわ。心おきなく、ガールズトークを楽しんで」
「安心して。最初から、あなたの存在なんて気にしてなかったわ」
「うえーん、泣きそー」
わざと泣き顔を浮かべながら冗談で返し、雨水も「お嬢様、俺も少し失礼します」と言って共に男子トイレに向かった。
誰も居ないトイレに入り、手洗い場の前で並んで立ち、鏡越しに相手を見る。
雨水は険しい顔をして話を始める。
「先ほどの話、お嬢様はおまえたちを心配させないように配慮して言わなかったのだろうが、俺からもう1つだけ事実を伝えておく」
「良い話、じゃないよな」
彼は目を閉じて頷いた。
「EクラスがBクラスに狙われている。その噂が流れた時、俺たちも危機感に駆られたのは紛れもない事実だ。おまえたちとの協力関係を断とうという声も出てきた。しかし……」
雨水は言葉を区切り、言い出しにくそうに言葉が詰まりながらも、俺に言った。
「Bクラスに便乗し……Eクラスを潰そうという声も、上がってきていた」
「……可能性として、無い話じゃないよな」
さっきの話から、精神的に追い込まれれば、そう言う声も上がることは考えていた。
退学するかどうかと言う状況なら、1つのクラスを標的にする動きが出て来れば、それに乗っかって一緒に潰そうとするクラスも現れることは考えられる。
それが前から、友好的な関係を築いていたとしてもだ。
結局、俺たちは協力関係にあると言いながらも、クラスが違うことには変わりない。
協力者ではあるが、仲間ではない。
切ろうと思えば、難しくはないさ。
「要お嬢様は当然、その案は真っ先に拒否した。しかし、その姿勢に対して納得していない者たちが居たのもわかっていた。だから、Eクラスにとっても今回の試験で手を組むことを選ばなかったのは、英断だったと言うことだ」
「本当に怖いよな、追い込まれた人間の考えることって」
「ああ。お嬢様も表面上は毅然とした態度をとっておられるが、不安や不満を抱え込んでいるはずだ。……今回の脱落戦、学園側は生徒の本性を暴こうとしているように、俺は思う」
「それ、あながち間違ってないと思う。じゃあ、和泉さんが試験のこと、クラスのことで追い詰められているなら、それを支えてやれるのは、おまえだけなんじゃない?」
思ったことをそのまま言えば、雨水は怪訝な顔を浮かべて俺を見る。
「意外だな、貴様が他クラスのことを心配するとは思わなかった」
「一応?半年間の付き合いだし。知り合いが居なくなるのは、少し悲しいと思っただけさ」
「……貴様の場合、その言葉が嘘なのか本心なのかも怪しく思えるがな」
ジト目で疑うように言ってくる雨水に対して、俺はフッと円華たちにも見せたことがない悪い笑みを浮かべてしまう。
「俺のことは、常に疑っといて損はないぜ?いつ、誰を裏切るか、俺自身もわからないからさ」
目が合えば、彼の額から一筋の玉の汗が流れた。
今ので不信感を抱かれて警戒されると思ったが、すぐに平静を装って小さく溜め息をつく。
「他クラスのことで口出しするつもりはないが、貴様が言ったのなら、俺からも1つ言わせてもらおう」
雨水の目の輝き強くなり、圧をかけるように俺に顔に向けて視線を合わせる。
「自分のことを信じてくれている者のことは、心から裏切ろうとはするなよ」
「心から……か」
「貴様のことだ。椿にも、成瀬瑠璃にも、隠していることはあるんだろう。俺もそうだ、お嬢様には隠していることがある。騙しているという感覚もある。しかし……結果として、裏切ることになろうとも、心は決して……彼女を裏切らないと決めている」
「何だよ、それ……。こっちこそ、意外だぜ。おまえ、そんなに自分のことを語れる男だったんだ」
指摘されれば、何がおかしかったのかフッと笑う。
「不本意だが……そうだな、貴様のことが、同族に見えたからかもしれないな。自分の心を偽り、大切な者の側に居るのは、辛いものだ」
「俺もそうだって言いたいのか?」
「違ったのなら謝る」
雨水はそう言って、手を差しだしてきた。
「お嬢様と成瀬瑠璃の真似ではないが、俺もおまえたちのことは良き協力者でもあり、ライバルだとも思っている。今回のバカげた試験で、落ちるなよ」
「それはお互い様じゃね?」
握手を求める手を握ろうとはせず、着ているパーカーのポケットに手を突っ込んでトイレを出ようとする。
「おい!……全く、無礼な奴だな、貴様は」
「別に他意はないって。トイレで握手なんてしたくなかっただけ」
俺たちが戻れば、自然と切り上げることになり、4人でカフェを出て別れ、帰路に就くことになった。
瑠璃と一緒に帰りながら、雨水の言葉を思い出し、彼女の横顔をチラッと見た。
「……何?」
「別に?相変わらず、瑠璃ちゃんは可愛いなぁ~って思っただけ」
「お褒めに預かりどうも。その遠回しの侮辱に対して、どういう精神的苦痛を受けたいかしら?」
「うわぁ~、本心で言ったのに酷ーい」
心を偽って、大切な者の側に居るのは辛い……か。
その通りだよ、雨水蓮。
その気持ちは、痛いほど共感する。
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恭史郎side
放課後に他クラスへ接触を図っていたのは、Eクラスだけではなかった。
俺も人気の無いFクラスの教室に、ある女を呼び出していた。
近くには景虎を控えさせ、表面的な脅威を圧力としてセットしておく。
しかし、それもあの女に対しては気休め程度にしかならないだろうがな。
呼び出して15分後に、待ち人は到着した。
Sクラスの鈴城紫苑。
前は突然の接触で2人で言葉を交わしたものだが、今回は側近2人もついて来やがった。
「遅くなってすまなかったな、恭史郎」
「なぁに、気にしてねぇよ。急に呼び出したのはこの俺だ。それに大方、そこの腰巾着を説得するのに時間がかかったって所だろ?」
「察しが良いな」
「そいつらが俺を目の敵にしているのは知っているからなぁ。特にそこのメイド擬きは、文化祭の時に俺からの借りを感じているはずだ」
綾川に視線を向ければ、殺意に近い敵意を放っていることがわかる。
鈴城はメイド擬きの前に立ち、胸の下で軽く腕を組む。
「私の部下を辱めた件については、いずれケリはつけようと思っていた。しかし、今回の話は、それではないのだろう?」
「ああ、その通りだ。今日は女帝様に対して、折り入って頼みたいことがあってなぁ」
近くの机に腰を掛け、下から睨みつける。
「今回の脱落戦で、俺が直々にEクラスを潰す。それに協力しろとは言わないが、最低でも邪魔だけはするな」
「頼みと言うから期待してみれば、そんなことか。相も変わらず、つまらない男だ」
鈴城の目が、冷ややかなものに変わって行く。
「前に忠告はしたはずだが、本当に聞く耳を持たなかったみたいだな。哀れだよ、恭史郎。今のおまえからは、何の強さも感じない」
「クフフっ。それは、この俺がおまえの計れる力量を超えたからかもしれねぇなぁ?」
口角を上げて笑って見せ、左手を伸ばして握り潰す動作をして女帝を見据える。
「今の俺なら、鈴城……おまえだって、敵じゃないかもしれないぜ?」
「大した自信だ。自惚れ……いや、それよりも愚かな傲慢さを感じるな」
「傲慢かどうか、確かめてみるか?今、ここで」
目の前で人差し指を数回、下から曲げて挑発する。
鈴城はそれに対して、無反応だったが、両隣に居た側近は違った。
奴が静止する前に、怒りの表情を向けて駆けだす。
「貴様ぁああ‼紫苑様への侮辱は許さん‼」
「心置きなく、切り刻んであげましょう…‼」
それに対して、待っていたと言わんばかりに景虎が前に出ようとするが、その前に待ったをかける。
「動くな、景虎。おまえは、そこに居るだけで良い」
「あぁ!?何でだよ、恭史郎‼暴れさせてくれるんじゃねぇのかよ!?」
不満を漏らす景虎に横目を向ければ、眼光を鋭くさせて圧をかける。
「黙って見てろ。待ては、身体に染みついてるだろ?」
「っ!?」
睨まれれば景虎は委縮し、衝動が鳴りを潜める。
接近してくる綾川の手には、袖の中に隠していた仕込みナイフが飛び出しては刃先で突き刺そうとする。
その手首を反射で掴み、身体を半回転させながら引くと同時に腹部に膝蹴りをねじ込ませる。
「ぐぁぶぁがっ‼」
「おいおい、この程度で壊れんなよ?まだ、力の加減ができねぇんだ」
掴んでいる右手に着けている銀の腕輪が鈴城の視界に入れば、奴は目を見開いた。
「恭史郎、おまえ――――‼」
「木葉を離せぇええええええ‼‼」
森園がスカートが翻るのも気にせず、素早い回し蹴りを繰り出してくる。
「良いぜ?返してやるよ。しっかりと受け止めな‼」
「ぐっ!?あがぁあああああ‼」
避けるのも馬鹿馬鹿しいと感じ、脳筋女に綾川を力任せに投げつければ、それを受け止めた状態で机や椅子を散らしながら床に倒れる。
2人に近づき、森園の上に重なる綾川の背中に足を置いて圧をかける。
「どうした?この程度で粋がってたのか?女帝の側近が笑えてくるぜ」
「うぐぅ…‼」
森園が憎しみの目を向けながら、下から右手を伸ばそうとするのを綾川のナイフを奪い、手の平に突き刺す形で床に固定する。
「ぎぁがぁあああああああああああっ‼」
「大人しく戦闘不能アピールをしてろよ。おまえら如きが、俺に勝てないのはわかっただろ?」
綾川は腹部の痛みで動きが取れず、森園は右手を動かせないから起き上がることもできない。
女帝に目を向ければ、側近が痛めつけられたというのに心配の顔すらも浮かべていない。
「どうした?大切な部下が、おまえの言うつまらない男に痛めつけられても何も感じないのか?」
「その2人は今、私の命令ではなく勝手に行動し、おまえに敗北した。それだけのことだ。相手の力量も計れずに傷を負ったのは、自己責任と言うものだろう」
「冷てぇなぁ~、流石は女帝様だ。だが、近くに置く奴は選び直した方が良いぜ?この程度で側近だと思っていたなら、お笑いだぜ。おまえの品格にも関わってくるだろ」
「ほおぉ……他人の心配をする余裕が、おまえにあるのか?」
鈴城は俺の右手を凝視する。
その手首に巻かれている、紫の宝玉が埋め込まれた腕輪を。
「妙なオーラを放つアクセサリーを着けているな、おまえにそういう趣味があるとは思いもしなかったぞ」
「心境の変化だ、気にすんな」
女帝は腕輪を見たまま目を鋭くさせていたが、フッと笑って視線を外した。
「傲慢かと思えば、私の見立て違いだったらしい。……怠惰に堕ちたな、恭史郎」
「クフフフッ、思わせぶりなことを言えば、俺が引き下がるとでも思っているのか?女帝ともあろうものが、案外幼稚だな」
綾川から足を離し、両手をズボンのポケットに突っ込んで目を鋭くさせて奴を見据える。
「そんなことよりも、さっさと答えを聞かせてもらうぜ。最低でも、邪魔はしないと言わなければ、ここから生きて返すつもりはねぇ」
「……わかった。私もその2人を守りながら、おまえと一戦を交えるつもりも無かったのでな。椿円華にも、おまえにも不干渉を貫くことを約束しよう」
鈴城の言質は取れた。
口約束でも、この女が言った言葉を曲げないことはわかっている。
「自分の口で言ったんだ。その言葉、違えるんじゃねぇぞ?」
「ああ、安心しろ。それに……何も心配はしていない。私が何もしなくても、椿円華がおまえに負けることは無いだろうからな」
「……あぁ?」
鈴城は眉を顰める俺のことは気にも留めず、森園に軽く介抱をしては側近の2人を起こしてFクラスを出ようとする。
その前に、さらに楔は打っておくか。
「調子に乗るなよ、鈴城。俺の怒りを買うつもりなら、椿共々おまえも潰す」
「言っていろ。椿円華が私の見立て通りなら、おまえは私に構っている余裕はないはずだ。精々、傍観者として楽しませてもらうことにしよう」
教室を出て行った鈴城たちから視線を外し、景虎を見る。
「おまえも、俺の命令以外で暴れようとするんじゃねぇぞ。椿とは戦わせてやるが、止めを刺すのはこの俺だ」
「……わかってるって」
俯きながら返事をする飼い猫は、大人しく言うことを聞くように調教してある。
時が来るまでは、こいつの闘争本能を押さえつけておく必要がある。
全ては計画通りだ。
椿への復讐の手筈は、着々と進んでいる。
例え計画が狂おうとも、それは俺自身で修正すれば良い。
それだけの力が、俺にはある。
柘榴くん、容赦ねぇ……。
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