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カオスメイト ~この混沌とした学園で復讐を~  作者: カナト
打ち砕く脱落戦
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送られる餞別

 理事長に促されるまま、俺とグラン大尉も椅子に座らされた。


 俺は理事長の隣に、グラン大尉はカルルの隣に互いに対面する形で座る。


 さっきの行動で、この場の空気が一変した。


 ここは才王学園。


 その長である理事長、ヴォルフ・スカルテットが現れたとあっては話は変わってくるはずだ。


 事は俺たち3人だけの話では無くなった。


 そして、今、この場を支配しているのはどう考えても理事長だ。


 しかし、それでもカルルは俺のことを諦めることは無かった。


 気持ちを落ち着けた後、平静を装って理事長に話を振る。


「先ほどは御見苦おみぐるしい所をお見せしました。しかし、我々の事情もご理解いただきたい。そこに居る椿円華は、元々私たちアメリカ軍の者です。死亡届を偽装したのは、重大な罪に当たります。連れ帰ることを了承していただきたいのですが?」


「それを彼が望むのであれば、私どももあなた方の意向に背くつもりはありません。しかし、彼の態度を見るにその様子は皆無に等しいようです。どうですか?椿くん」


「本音を言ったら、戻るつもりは毛頭ないですね」


 自分の意思を示せば、それに快く頷いて理事長は細目を開いてカルルと目を合わせる。


「あなた方のルールを否定する意思は、我々には在りません。しかし、この学園は生徒の意思を尊重する姿勢を取っています。彼が学園を去る意思を示さないことには、あなた方の下にお返しするわけにはいきません。この学園にも、あなた方と同じようにルールが存在するのはご理解いただきたいですね」


「孤島の1学園を治める者が、軍の意向に背けるとでも?」


「少なくとも、ここではアメリカのルールは通用しませんよ?先程も申し上げた通り、郷に入っては郷に従っていただきます」


 目を細めたまま、補足ほそくする言葉を続ける。


「念のために申し上げておきますが、政府に圧力をかけた所で資金と労力を浪費するということもご理解ください。この学園は、政府から独立した1機関を基に構成されています。畑が違えば、その畑のルールは適用されません。権力を行使するのであれば、その領域がどこまで広がるのかを正確に把握することをお勧めします」


 政府から独立した1機関ね、物は言いようだぜ。


 今の言葉だけで、1つの事実がわかった。


 緋色の幻影は、日本政府でも簡単には手を出せない相手なんだ。


 政府への交渉も最終手段として視野に入れていたのだろう、カルルは苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべる。


 最も影響力が強い手を封じられては、慎重に動かなければ身をほろぼす。


 しかし、ここで引き下がることはこの男の無駄なプライドが許さない。


「そこに居るのは、大量殺戮兵器たいりょうさつりくへいきです。我々が管理しなければ、この学園を血の海に変えないとも限らない。手放した方が安全だとは思いませんか?」


「彼は兵器ではなく、我々の大切な生徒です。そして、彼が間違った行動をするのであれば、それを正しく導くのが教育です。それをあなた方にできるとは、私には到底思えませんねぇ」


 理事長は手を組み、カルルに笑みを向けたまま威圧する。


「あなたの意向は聞かせていただきました。しかし、我々の意見は平行線。ここは、落としどころを模索しましょう。このままでは、互いに貴重な時間を浪費するだけです」


「落としどころ?そんなものが、そこに居る殺人しか取り柄がない物を回収する以外に在るとでも?」


「ふむ……困りましたねぇ。私はこれでも、最大限の譲歩しているのですが。この場で私たちが会談することも、本来はありえない形ですので」


 言葉を区切り、細目を開いて眼光を輝かせる。


「この才王学園は、関係者以外の立ち入りを一切禁止しています。本来ならば、この敷地に足を踏み入れるだけでも手続きが必要です。しかし、ここを取り仕切る立場にある私はあなた方が来訪することを聞かされていません。つまり、それは正式な手続きを踏んでいない。どのような手段を使ったのかは存じませんが、不法侵入も良い所です」


 理事長の淡々とした言葉に、カルルの表情から余裕が少し消えた。


「正式な手続き……ですか。しかし、それはそちらの連絡ミスではありませんか?私は手続きを踏んで足を運んだはずなのですが」


「最高責任者の耳には届いていなかった。この事実が問題なのです。可能性としては、2つに限られます。1つは単純な連絡ミスだったのか。それとも、あなたのおっしゃる正式な手続きが、私の把握している方法とは別のものだったのかと言うことです」


 十中八九、今の話の流れから後者だろうな。


 それを見抜いているからか、理事長はさらにカルルの手を潰す。


「前者にしろ、後者にしろ、あなた方と連絡を取った職員にはこの学園を退職していただくことになりますが、それでもあなた方には何の支障も無いのでご心配なく」


「……それはまた、穏やかな判断ではないですね」


「不法侵入者を、大事な生徒を預かる場に通した者には、責任を取っていただかなければなりません。それは、あなた方の職場でも同じではありませんか?信用がない人間を、自分たちのテリトリーに入れる愚か者ではないでしょう?」


 言葉を返すことができず、カルルは理事長を睨みつけることしかできない。


 それを受け止めながら、笑みを向けたまま言葉を続けた。


「どうか、ご自分の立場を理解していただきたいですね。私は信用できない人間を前にしながらも、話し合いで解決を図ろうとしているのです。これは責任者として、最大限の譲歩だと考えられます。その上で、互いが納得する形で落としどころを見つけようと言っているのですよ?」


 理事長の言葉は、その優しそうな声音とは裏腹に、俺にはドス黒いものに感じた。


 信用できないという点では、こっちも変わらない。


「それでは、この学園のルールに則った上で、椿円華が退学するのはご了承いただけるのですね?」


「もちろん。それが、この学園のルールですから。その場合は、我々に止める権利はありません」


「では、それがわかっただけでも今日は良しとしましょう。我々も多忙の身ゆえ、これ以上この場に留まるわけにはいきませんので」


 そう言って席を立ち、応接室を出ようとするカルルに対し「最後に少し」と理事長は呼び止める。


「カルル・ヴァリア少佐、そして、グラン・アシモフ大尉。どうかお忘れなきよう」


 そう言って彼も立ち上がり、2人に交互に視線を送って満面の笑みを向ける。


「この場所の主導権を握っているのは、あくまでも私であると言うことを」


 言葉の最後にチラッと目を合わせてきたのを見逃さなかった。


 その台詞は、俺に向けても言われたってことだ。


 カルルは今の言葉に青筋を立てたが、すぐに冷静を装ってドアに手をかける。


「当然です。それではヴォルフ理事長、我々に代わり、精々それに寝首をかかれないように管理に気を付けることですね」


「ご忠告痛み入ります。お帰りになられるのであれば、正門まで送りましょうか?」


「結構です‼」


 カルルが早々に応接室を出て行き、グラン大尉も出て行くかと思ったがその場に残った。


「グラン大尉、あんたは帰らないのか?」


「俺は今日、別件で日本に立ち寄った。おまえの顔を見たかったことは本当だが、カルル少佐とは違って休暇のついでだ。ここからは、あいつの思惑が砕かれた今、俺個人で行動ができるってわけだ」


 大尉は理事長に視線を向け、握手を求める。


「改めて、グラン・アシモフ大尉だ。俺の元部下が世話になっているな……ヴォルフ・スカルテット」


「いえいえ、私は何も。今日、ここで初めて顔を合わせましたから。しかし、噂は聞いていますよ。1年生の中でも、優秀な生徒の1人です」


 理事長は握手に応じ、2人は強く互いの手を握った。


 その時、グラン大尉の手の甲に血管が浮き出ているのが見えたが、理事長は涼しい顔を歪めなかった。


 時計を見れば、昼休みが終わるまで残り25分を切っていた。


「円華、次の授業までは残りどれくらいだ?」


「23分くらい」


「それなら、顔を貸せ。今度こそ、2人で話をしよう」


 そう言って、グラン大尉は俺の次に理事長を見る。


「構わないか?」


「ええ、是非どうぞ」


 ドアを開けたまま出るように促され、俺たちはそのまま応接室を出た。


 その時、理事長は通り過ぎ様に小声で呟いた。


「期待していますよ、椿円華くん」


 それに対して反応する暇もなく、俺はグラン大尉に連れられる形で場所を変えることになった。



 -----



 2人で来たのは、使われていない選択教室。


 俺もグラン大尉も並んで座り、話を始める。


 先に俺がUSBメモリを取り出し、机に置く。


「さっきは助かったよ。最初の時に、潜ませてくれたんだな」


 最初にあった過剰なスキンシップ。


 あれはカルルに怪しまれないように、USBをポケットに入れるためのカモフラージュだったんだ。


「まぁな。カルルの手口はわかっていた。おまえのことを諦めさせるためにも、ブラフを用意しといて正解だった。おまえのアドリブ力も、中々だったぜ?」


 さっきカルルを脅した時に言ったのは、全てが嘘だ。


 いや、全てと言うのは語弊ごへいがあるな。


 事実を利用して嘘を使ったんだ。


 ラケートスはカルルの機密データを握っているが、それを持っているのは俺じゃない。


 このUSBも中身は空のはずだ。


「カルルは、おまえのことが恐いんだよ。だから、排除したくてたまらない。そんな奴が、自分の秘密を握っているデータを持っていると知ったなら、次にどういう行動に出るのかは……わかってるな?」


「さっきの口ぶりからして、俺を退学にするために何かを仕掛けてくるだろうな」


「警戒はしておけ。おまえの目的を遂行するためにもな」


 そう言い、気分を変えたいのか煙草を口にくわえてライターで火を点けようとする。


「ここ、禁煙」


「おー、そうだったか。どうも、最近はストレス過多でな。1日1箱は吸ってないとやってらんねぇよ」


「敷地を出てから吸ってくれ」


 注意されれば、素直に懐に煙草とライターをしまった。


「カルルに足を引っ張られてるのか?」


「まぁ、そんなところだ。おまえがこの国に戻ってから、完全にラケートスは目の敵にされているからな。身内にも外部にも敵がいるって言うのは、気が休まるもんじゃない」


「……今、ラケートスはどうなってるんだ?」


「新生ラケートスは、もう俺のテリトリーじゃない。カルルの犬に成り下がっている。俺も飾りの隊長さ」


 ラケートスがカルルの犬か。


 俺たちの時じゃ考えられねぇな。


「あいつらのことも、俺のことも、自分のせいだなんて思うなよ?あいつらは、カルルが気に入らねぇって思ってやったんだ。おまえのためじゃない」


「わかってる。そんなことを考えたら、みんなに半殺しにされる」


 過ぎたことを気にしても仕方がない。


 あいつらの想いを背負い、俺は今できることをやるしかないんだ。


「そんな雑談をするために、2人になろうとしたのかよ?そろそろ戻らねぇと、ダチが心配するかもしれねぇんだけど」


「ダチか。おまえがそう呼べる存在を見つけられたなら、とても嬉しいことだ。これでも、おまえが孤立していないか心配だったんだ。まぁ、話は確認したかったことがあったからなんだがな」


「確認…?何を今さら」


「なぁ~に、簡単な質問だ。YESかNOかで答えられる、シンプルなものさ」


 そう言って、グラン大尉の雰囲気が変わる。


「おまえ、去年のあの日から誰かを殺したのか?」


「……殺せるわけがねぇだろ。姉さんは、もう居ないんだからな」


 グラン大尉は小さく溜め息をつき、今の答えを聞いた上でもう1つ質問してきた。


「だったら、おまえの目的の相手は見つかったのか?」


「手がかりはある。だけど、まだ捜している最中だ」


「それなら、見つけられた時はどうするつもりだ?」


「叩き潰すに決まってんだろ。俺はそのために……復讐するために、この学園に来たんだ」


「目的はそうかもしれん。しかし、憎しみだけじゃないだろ?おまえの目からは、最後に別れた時とは違う意志を感じる。そして、さっきおまえはダチと言う言葉を出した。それは大切な存在なんだろ?」


「……当然だ」


「だったら、さっきのカルルの問いには答えられるようにしておけ。仲間か目的か、選ばなければならない時は必ず来る」


 仲間か、目的か。


 恵美たちの命か、姉さんの復讐か。


 選ぶとしたら、俺は……。


「己の中で譲れないものは常に意識しておけ。今のおまえなら、それができるはずだ」


「……わかった」


 素直に返事をすれば、グラン大尉はそれに満足したようで懐から1つの小包を取り出して俺に投げ渡してくた。


「うぉっと!?な、何だよ、これ?」


「去年、隻眼の赤雪姫アイスクイーンを殺した物だ。隊長からの餞別せんべつとして持っておけ」


「餞別って……物騒な物を渡してくんなよな」


「使うかもしれんだろう。御守り替わりに持っておけ」


 この人の予感、大抵は当たるんだよな。


 一応は受け取っておき、後で鞄の中に隠しておくことを決める。


 そして、最後にグラン大尉が素っ気なく聞いてきた。


赤雪姫アイスクイーンから解放された椿円華に聞く。今のおまえに、月銀つきしろは必要か?」


 月銀つきしろ


 それは、隻眼の赤雪姫が使っていた専用の刀。


 俺はその刀で、多くの命を奪ってきた。


 でも、もう俺は誰も殺せない。


「必要ねぇよ。今の俺には、復讐者としての武器がある。今はそれだけで十分だ」


「わかった。それなら、あの刀は変わらず俺が預かっておこう。あれは危険すぎる代物だ」


「頼むぜ、グラン大尉」


 最後に確認したかったのがそれだったのか、グラン大尉は「それじゃ、行くわ」と言って席を立った。


「送ってくよ」


「いや、良い。学生の本分は勉強だろ?今のダチの所に戻ってやれ。俺たちのことは気にするな。……みんな、元気にやってる」


「みんな?……それって―――」


「これ以上は、もう軍人ではないおまえに言うことはできない。守秘義務というものがあるからな」


 今の言葉で、大きな安心感を得た。


 そうか、俺……もう、軍人じゃないんだよな。


 無邪気な笑みを向けて言ってくるグラン大尉…いや、隊長に、俺は敬礼で応えた。


「ありがとうございました、グラン隊長」


 久しぶりに使った敬語と呼称に対して、あの人は満足げな顔を浮かべては敬礼で返してくれた。


「死ぬなよ、円華。おまえの肩には、多くの者の想いが乗ってるんだからな」


「わかってます。みんなの想いは、無駄にはしません」


 敬礼したまま答えれば、隊長は背中を向けて教室を出て行った。


 その背中が見えなくなるまで、俺はそのまま手を下ろさなかった。

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