想定外の接触
円華side
窓から外を見れば、木々の葉は全て落ちており、空は灰色の雲に覆われている。
教室は暖房がついていて、4限でも温かさのせいで眠気を誘われてしまう。
現に、後ろの席の恵美は俺を壁にして突っ伏して昼寝に決め込んでいる。
今は大嫌いな英語ではなく、古典の授業だというのに。
あ、現代語を扱っていないという点では一緒か。
これは5限も爆睡だな。
俺も欠伸を噛み殺しながら、外を見てボーっとしているが、この景色を見ていると変に胸がざわつく感じを覚える。
胸騒ぎって言うんだろうか。
腹がモゾモゾして気持ち悪いし、肩に何故か余計な力が入っている気がする。
何でだ?別に今はただの授業中で、敵からの襲撃なんてあるとは思えない。
何の変哲もない学生の一日の中に身を置いているにも関わらず、妙に身体が強張ってしまう。
まるで、アメリカに居た時と同じ感覚だ。
軍人時代は、常に臨戦態勢を取れるように、周囲に目を光らせる必要があった。
思い出すのは、1日1回はあった、24時間以内のランダムなタイミングで起こる襲撃時間。
訓練や座学、休憩時間に関係なく、小隊の隊長が部下に攻撃を仕掛けて戦闘行為に移る。
いつでも戦えるように、緊急事態に対する心構えを付けさせるための、俺が居た部隊にだけ施された特別なしごきだった。
当時の隊長のことを思い出すと、今でもあの人に痛めつけられた時の記憶が思い出すくらいに軽くトラウマだ。
師匠との修行時代と同等に、あの時はきつかったなぁ。
まぁ、おかげで鍛えられて、生き残ることができたのは事実だけどさ。
「って、何を感傷的になってんだよ。懐かしむようなことでもねぇし」
久しぶりに軍人時代のことを思い出している間に、4限が終わるチャイムが鳴る。
教師が早々に教室を出て行けば、それと変わるように岸野先生が戻ってきた。
昼休みに喫煙室に行かずに教室に来るなんて、珍しいな。
しかも、サングラス越しでもわかるくらいに目付きがいつも以上に悪い。
つか、不機嫌?
岸野に怪訝な目を向けていると、視線が合って俺を荒く手招きしてきた。
すっっっげぇ、嫌な予感。
わざと目を逸らして気づかないふりをすると、席まで近づいてきて首根っこを掴んで無理矢理教室の外まで引きずりやがった。
「って、おいおいおい‼実力行使かよ!?」
「素直に担任の言うことを聞かない、おまえが悪いんだよ‼」
荒い口調で言いながら、手を離して立たせてくれる。
ズボンに着いた埃を払い、半目を向けてやる。
「何なんすか?いきなり。俺、今はまだ何もやらかしてないですよね?」
「ああ、今回は何の注意も俺からはない。しかし、今回の事は俺1人の注意で終わるほど単純なものじゃない。……ついてこい、おまえに客だ」
「客?」
俺の疑問を無視し、岸野は歩き出してしまう。
人前で話せないほどの相手と言うことか。
そう言う人物で俺に来客というと、たった1人だけ心辺りがある。
桜田玄獎。
桜田家の現当主が、椿家の俺が好き勝手に動いていることが気に入らずに接触してきたのか。
そうだとしたら、あの男の場合は接触したことすらも外部には漏らしたくないはずだ。
応接室の前で止まり、岸野に入るように促される。
「ここから先、おまえ1人で入ってほしいだそうだ。その方が、被害は最小限で済むらしい」
「被害?……あの男が、そんな暴力的なことをするとは思えねぇけど」
苛立ちを抑えながらドアノブに手をかけて普通に開けば、目の前に飛んできたのは―――大きな拳だった。
「って、おぃいいい!?」
条件反射ですぐに身体を屈ませ、相手の懐に入って拳を腹部に押し込む。
そして、拳を通じて懐かしい感覚が蘇った。
この鉄みたいに硬い腹筋に、殴り覚えがあったから。
「ほぉ~?半年の内に腕が訛っていたかと思えば、俺の攻撃パターン44を覚えていたか」
待て、この声は…‼
相手は俺の腰に腕を回して引き寄せ、ドアを勢いよく閉めた。
そして――――強く抱きしめてきては、その無精ひげを押し付けながら頬擦りをしてきた。
「おぉ~、会いたかったぜぇ~。マイ・スイート・ファミリー‼」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い‼」
抱きしめてくる力は強いし、トゲトゲしい髭も擦れて痛い‼
忘れもしねぇ、この地獄のような罰ゲーム‼
全身に力を入れて筋肉の拘束から解放され、息を切らしながら目の前の相手を見れば、思った通りの相手だった。
筋肉の鎧を纏っているような巨漢。
さっきから、何で身体に無駄な力が入っていたのかが納得できた。
目の前に居る爺が、学園に入ってきたからだ。
「はぁ…はぁ……ど、どうなってんだ、これ…?夢か?いや、むしろ、夢であってほしいんだけど。こんな悪夢があるなら、覚めてほしいぜ」
「ん?それが、ジャパニーズ風の久しぶりの挨拶なのか?センスがねぇ~なぁ~」
「んなわけねぇだろ、このアーマーマッスル爺‼」
思わずツッコんで深い溜め息をついてしまい、苦笑いを浮かべてしまう。
正直、今の懐かしい地獄を体験しても、未だに信じられずにいる。
俺を死んだことにしてくれた後は、もう2度と会うことはないと思っていた。
「……ったく、何であんたがここに居るんだよ?」
会えて嬉しくないわけじゃない。
だけど、本当ならばもう会っちゃいけない俺の恩人の1人。
その鋼のような拳はコンクリートまで粉砕する。
そのあまりの身体能力と破滅級に威力の高い拳から付いた異名は『破壊者』。
軍人時代に、俺の所属する特殊テロ制圧部隊『ラケートス』の隊長を務めた男。
「グラン・アシモフ大尉」
俺に名前を呼ばれ、グラン大尉はニヒっと笑う。
「そんな他人行儀で呼ぶなよ、悲しいなぁ。昔みたいに、隊長って呼んでくれねぇのか?」
「あんたのことをそう呼んでいたのは、隻眼の赤雪姫。俺じゃねぇよ」
反抗するように言えば、彼の巨漢に隠れていて見えなかったが、その後ろからまたしても信じられない相手の声が聞こえた。
「いいえ、その理論は通りませんね。あなたは実在し、そして私たちの目の前に居る。子どもの時間は終わったのです。少しは楽しめましたか?赤雪姫」
その気に入らない声も覚えている。
グラン大尉が視界から外れ、その細身で眼鏡をかけた中年の男が映った。
そして、男は机の上に1枚の用紙を置く。
それは俺の死亡報告書だ。
「軍人として恥ずべき行為です、椿円華曹長。私情を優先し、このような学園で人間ごっこに身を投じるとは」
「カルル・ヴァリア…‼」
吐き捨てるようにその男の名前を呼べば、足を組んで目を鋭くさせる。
まずい、この男も来ているとなると、単なる懐かしい部下に会いに来たって話では終わらないらしいな。
グラン大尉も、カルルが話を始めれば気まずそうに黙り込む。
カルル・ヴァリア中佐。
俺の元上官にして、軍人時代に最も嫌っていた男だ。
グラン大尉とは対照的な存在であり、人を人とも思わないクズ野郎。
自分の邪魔になる者は一切を例外なく、あらゆる手段を使って排除する。
俺も実際、その標的になったことがある。
それから助けてくれたのは、当時のラケートスのメンバーとグラン大尉だった。
「私はあなたの雇用主です。雇用主に歯向かうのですか?」
「昔も今も、あんたの下に着いていたつもりはない。俺の上司は、そこに居るグラン大尉ただ1人だったぜ」
殺意を含めた冷徹な目を向けて言ってやれば、カルルは目を細める。
「人の真似事をしている間に、随分と饒舌になりましたね。あなたの戸籍上のお姉さんも、大層お喜びになっていることでしょう」
「……そうだろうな。姉さんが喜んでいてくれるなら、それはこの学園で出会った仲間たちのおかげだ」
「仲間?あなたに?それは可哀想に、あなたの人を真似た遊びに付き合わされているとは。彼らの時間を奪っていることに対して、罪悪感はないのですか?」
姉さんのことで挑発しても不発だったので、次は俺の言葉を使って不快感を抱かせようとしているのか。
くだらねぇ、やり口が成長してねぇんだよ。
「あいつらを哀れむ権利は、あんたにはない。そして、俺たちを使って大量殺人を繰り返したあんたに、俺を人として否定する権利もな」
「……ほぉ?言うようになったじゃないですか。これは、喜ばしくない成長ですね」
カルルはテーブルに置いた死亡報告書を取り、縦に破り捨てた。
「アメリカに連れ帰り、もう1度軍人としての教育を1からやり直す必要がありそうですね」
「絶対に戻らねぇから心配すんなよ」
やはり、そう言う目的で来日してきたってことか。
死亡報告書が偽装だったとわかった今、そう言う動きに移ることはわかっていた。
そして、今度こそ俺のことを殺すつもりだ。
自分の罪を、全て擦り付ける生贄として。
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