横取りの道化師
円華side
金本の話が嘘じゃないことは、話している間の彼女の震えた態度からわかった。
今のが演技だとしたら、その道で食っていけるレベルだ。
話を終え、壁に背中を預けて目を逸らしながら言った。
「これが、私のわかる限りの柘榴の変化よ。さっきも言ったけど、これは文化祭が終わった翌日の話。それまでは、あそこまで狂った奴だなんて思いもしなかった。本性を現したって言ったら、それまでかもしれないけど……」
「突然?文化祭が終わってすぐに、スイッチを切り替えたみたいに?前触れもなく、そんなにぶっ壊れるかよ。おかしいだろ」
俺への復讐心が爆発したにしても、そんな身内でストレスを発散するようなことはしないだろう。
日下部の暗躍の裏で、文化祭中に何かあったのか?
一番可能性があるとすれば、柘榴が希望の血を手に入れて摂取したことだろう。
しかし、あの男が簡単に他人から渡された得体の知れない力を信じるとは思えない。
仮面舞踏会の時に、基樹の流した偽情報にも引っ掛からなかった奴だ。
まぁ、あいつがどう狂ったとしても、Eクラスを狙うってことは、その目的の根底は変わっていないってことだ。
「あいつの目的は、俺を潰すことだろ。だったら、遅かれ早かれやることは決まってる」
「大丈夫なの?今の柘榴は異常過ぎる。頼っておいて何だけど、あんたでも勝てるかどうかわかんないわよ?」
「CQBで一緒に戦った仲だろ?元・軍人嘗めんな。異常な相手を叩くのは、普通の学生よりも専門だ」
冗談で言って笑みを向ければ、それにつられて金本も苦笑いを浮かべる。
「……そうだった。あんたも大概、異常だったわね」
文化祭の時のCQBを思い出したのか、やれやれと言ったように顔を軽く横に振る。
そして、重たい空気を変えたいと思ったのか違う話を振ってきた。
「そう言えば、CQBで思い出したけど、向こうがあんな反則行為してくるなんてね。真城結衣のことでそれどころじゃなかったから、誰にも言う暇は無かったけど……」
「反則?あの時、阿佐美側が何かしたって言うのか?」
金本は不満そうに頷いて言った。
「あっちの選手、1人ロボットが混じってたのよ。私が戦った、天童って言う女。あれの正体は機械だったわ」
「はぁ?ロボット?」
そんなこと、誰からも何も聞いていなかった。
いや、不正行為だった場合はわかるわけねぇか。
あの時、地下は中に倒れていた日下部たちを救出した後、一時的に封鎖されてそのままだった。
天童先輩がロボットだったなら、救出部隊はわかっていたはずだ。
それが外部に漏れなかったってことは、隠蔽されたってことか。
勝利への執着から、人間じゃない奴まで使うって言うのかよ。
いかれてやがる。
「それがわかったのは、天童が私の前で自分を撃った後なんだけどね。最期に言ってた、ジョーカー様って言葉も気になるけど……」
俺は金本の口から出た、その名前を聞き逃さなかった。
そして、感情が先走って彼女の両肩を掴んでいた。
「待て、金本‼天童は……そのロボットは、ジョーカーって言ったのか!?」
「え!?そ、そうだけど……何?あんた、知ってるの?そいつのこと…」
しまった、驚きで先走った。
肩から手を離し、軽く深呼吸して冷静になる。
「悪い。今は、過ぎたことで驚いてる場合じゃねぇよな」
「……言いづらいって感じ?」
静かに頷けば、金本は腰に手を当てて半目を向ける。
「まぁ、私はあんたに頼ってる立場だし、あんたが嫌ならこれ以上は深入りしないわ」
「助かるぜ。こっちのことに集中したら、おまえの依頼を蔑ろにしそうだからな」
そこからは、話を続けられる雰囲気ではなくなり、時間を開けて路地裏を出ることにした。
「じゃあ、柘榴の先の動向がわかったら、あんたにまた連絡するわ」
「頼む。俺もあいつに狙われる生活にうんざりしていたしな。こっちも、本気で終わらせるつもりでいくぜ」
結局、金本は柘榴の恐怖に飲まれようとも、あいつに抗う姿勢は崩さないみたいだ。
しかし、それがいつまで続くのかはわからねぇけどな。
その後、彼女と別れてファミレスに戻った俺を待っていたのは、基樹のおかげで英文の和訳が終わって暇している恵美の、膨れっ面で言われた「遅い‼」という文句だった。
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???side
あの下らないイベントの後から、私の予想外のことが起きて歯車が狂い始めている。
阿佐美学園に潜ませていた、2つの駒は無くなってしまった。
真城結衣は退学になり、今は組織の手で拘束して処刑の日を決めている。
それは私から力を与えられながら、失敗したのだから当然の報い。
しかし、問題は彼女ではない。
日下部康則の行方が、組織とは別の何者かに殺されたことが想定外だった。
彼は阿佐美学園の外れにある森の中で、焼死体となって発見された。
真城よりも、日下部を失ったことの方がダメージは大きい。
どこのクズが私の犬を殺したのか。
犯人は必ず突き止め、私の計画を狂わせた報いを受けてもらう。
阿佐美側での狂いはそれだけに留まっている。
しかし、才王側でも私の意に反することが起きている。
柘榴恭史郎と連絡が取れない。
私の1年での持ち駒の中でも、強力な部類に入る彼を動かすことができないのは手痛い。
予想では、文化祭終わりに次に椿円華を追いつめるための手段について接触を求めてくると思っていた。
私の中でも、次にカオスの坊やを追いつめるための策は考えていた。
しかし、それは柘榴恭史郎と言う駒が全体を動かしてこその手段。
「どうにも調子が狂うわね。一体、誰が私の邪魔をしているのかしら」
苦言を口に出した時、薄暗い部屋の中で電話が鳴る。
スマホの画面を見れば、普段は不干渉を貫く不信感の塊からだった。
「何の用かしら?道化師さん。あなたが私に電話をかけてくるなんて、嫌な予感しかしないわね」
『おやおや、かのクイーン公は不機嫌なようだ。これは失敬なタイミングで連絡をしてしまった。これも、愚者としての私の不徳の至りというもの。誠に申し訳ない』
大袈裟な言い方が鼻につき、私の怒りと言う火に油を注ぐ。
「用が無いのなら、すぐに切るわ」
『いやいや、それは早計だよ、クイーン公。私が貴公の麗しい美声を聴きたかったということもあるが、用件はそれだけではない。事後報告にはなるが、貴公にはちゃんと伝えておきたいことがあってね』
ジョーカーは1度言葉を区切り、その気色悪い声で言った。
『君の駒である柘榴恭史郎は、私の元に着いたのだ。貴公の傀儡を横度りするようで申し訳ないが、ご了承いただきたい』
「何よ、それ……。この道化師風情が、女王である私の許可もなく‼何をしたのか、わかっているの!?」
電話越しに怒声を浴びせれば、それを愉快そうにジョーカーは笑いながら言う。
『いやぁ~、本当に申し訳ないと思っているのだ。しかし、我が研究の結果、柘榴恭史郎氏の適合率が高いことがわかってしまった。これは利用しない手は無いと思い、好奇心が先走ってしまったよ』
「あなたのくだらない研究と、私の犬に何の関係があるのかしら?」
『くだらないとは、これまた厳しい言葉だ。しかし、私と君、そしてエース公には重大なこと。我らが同胞の遺品は、有効に活用するべきだとは思わないかね?』
「遺品…?まさか、あなた、私の犬にあの呪われた力を渡したんじゃないでしょうね!?」
『その、まさかだよ。彼の信頼を得るためには、目に見える力を与えた方が説得力があるだろう?』
やられた…‼
キングの力は、彼以外には使うことはできないように作られている。
しかし、キング以外のポーカーズは別。
「ジャックの所有していた魔装具を与えて、あの子のカオスに対する復讐心を利用したのね?」
「利用したとは人聞きが悪い。私はただ、彼の肉親を想う気持ちに感銘を受け、助力したいと思っただけさ」
抜け抜けと心にもないことを。
キングが居ない今、カオスの坊やを先に仕留めた方がポーカーズでの地位は絶対のものになる。
エースの頭が無能な今、ジョーカーにとって邪魔者は私だけ。
だからこそ、私の持ち駒で有力な柘榴に目を付けて引き抜いたに違いない。
「でも、大丈夫~?柘榴ちゃんに、あの力を使いこなせるとは思えないわ」
『適合率は高いと言ったはずだよ、クイーン公。……フッ、公平に行こう。私は以前の貴公の余興には手を出していない。したがって、今回は私に譲ってくれても良いとは思わないかね?』
「思わないわね。私は私のやりたいようにやる。キングが居ない今、私は自由よ」
『自由…か。フフフッ、そう思っていられるだけ、貴公は幸せなのかもしれない。実に羨ましいことだ』
人を不快にさせる言い方をし、不信感を煽る。
「何が言いたいのかしら?」
『貴公のことだ、目先の自身の快楽にしか興味が無かったのだろう。私の耳に届いたのは、自由と言う言葉を口に出した貴公に、絶望を突きつけることになるやもしれん』
答えを引き延ばしにする道化師に嫌気がさし、苛立たしさを隠さない。
「さっさと言いなさい。これは女王としての命令よ‼」
『では、光栄なる女王に進言させていただこう。あの方の側近が、既に才王学園にお戻りになられたらしい。我らにとっては、今は亡き我が友よりも恐怖を感じる存在だ』
「……そんな……そんな話、聞いてないわ‼」
『だから、今、私が貴公に申し上げたのだ。少しは大人しくしておいた方が良い。今感じている自由を、少しでも長く噛みしめたいのならね?』
最後に『では、これにて失礼するよ』と言い、ジョーカーは一方的に電話を切った。
私は何も聞かされていない。
だけど、ジョーカーがこの場面で嘘を言うとも思えない。
「あの方の側近が……お戻りに…‼それならもう、失敗なんて許されない…‼」
未だに目に見えない存在に恐怖を感じ、焦りを覚えてしまう。
より確実で、より成功率の高い計画を練らなければ、私の存在が消されてしまう。
もはや、柘榴恭史郎をジョーカーに取られたことを気にしている余裕も無かった。
そして、事の重大さを改めて認識し、壁に貼り付けている椿円華の写真を睨みつける。
「あの方をその気にさせるなんて……。あなたに、何があるというのかしら?カオスの坊や」
もはや、興味の対象として見ている余裕はなくなった。
私の計画を破綻させた張本人にして、ポーカーズ以外で最も邪魔な存在の1人。
椿円華はこの女王の中で、最優先で排除しなければならない標的となった。
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