無意味な時間
円華side
日下部の本気は想定以上であり、やはりその力は希望の血とは違うものだった。
だけど、その特徴は似ている。
「どうした、椿円華!?悪の力はその程度か!?」
「言っとくけど、多分、あんたの使ってる力も似たようなもんだぜ‼」
白華と何度もぶつかり、相手の使う槍の刃に綻びが見える。
日下部の力に、武器が追いついていないのか。
「あんたの立場が善なのか悪なのかは知らねぇけどさ、日下部先輩。あんたのやり方、正直言って正義なんて言葉は、とてもじゃねぇけど似合わねぇよ」
「うるさい‼黙れ‼俺は正義だ‼俺の力は、正義のためにある‼」
数度の攻防の末に距離を取って態勢を立て直せば、スマホから音声が流れてきた。
『天童江成 戦闘不能。阿佐美学園、残り1名』
その声を聞き、日下部の眉間にしわが寄る。
「クソっ…‼使えない奴らが‼」
「おいおい、正義の味方がそんなことを口に出して良いのかよ?怒りで本性が駄々洩れだぜ?」
制限時間は残り30分だ。
その間、こいつの相手をしてても時間切れで俺たちが勝つ。
まぁ、俺としてはどうでも良いんだけどさ。
「ここで俺を倒しても、残り2人を倒さなきゃいけない。あんたにそんな力が残ってるのかよ?」
「正義に負けはない。俺はおまえを倒しさえすればいい。そうすれば、俺の正義は証明される‼」
その目からは未だに戦意は失われておらず、俺に対する歪んだ闘志を燃やしている。
辺りを見渡せば、もはやバトルフィールドはもう商店街の形を成していない。
本当の、倒壊した廃墟と化している。
「興味本位で聞くけどさ、あんたにとっての正義って何だよ?それで誰かを救えたのか?」
「救う?違う。正義とは、悪を討つことで真価を発揮する。俺は正義の勇者として、あるおまえと言う邪悪を討つ‼」
槍を向けて突撃を仕掛け、縦横無尽に振り回してくる日下部。
それを白華で切り払いながら、左目に意識を集中させる。
「勇者ね……嫌な響きだ。だったら、あんたは将来、その敵を倒すためだけの正義に絶望する」
そう言う扱いをされてきたからこそわかる。
敵を倒すことのみを求められる者が、どういう結末を辿るのか。
「椿流剣術……漣‼」
両手で柄を握った状態で、上から勢いよく振り下ろして衝撃波を放つ。
「っ!?小癪な‼」
それを受けて吹き飛ばされそうになるのを耐え、槍を回転させて構え直す。
距離を取らせ、互いの全身が見えるほどの位置に下がらせた。
少しの間、言葉を交わすために。
「あんたの掲げる正義に共感してくれる奴は居たのかよ?」
「居るさ‼阿佐美学園で、俺の正義を信じない者は居ない‼その信頼が、期待が、俺に力を与えてくれている‼」
期待……信頼……。
俺が最も軽々しく口にしたくない言葉だ。
「周りの期待に応える正義のヒーロー……。カッコいいねぇ。だけどさ、それって本当に信頼とか期待なのかよ?」
「……何をほざくつもりだ?」
「信頼と恐怖は紙一重だって話だ」
実力ある者に信頼や憧れの眼差しを向ける者が居るのは確かな事実だ。
しかし、それだけじゃない。
いや、大半はその憧れには裏がある。
こいつに任せておけば、勝手にやってくれる。
こいつには逆らわない方が良い。
逆らえば、次は自分が粛清される。
「期待や信頼……そう言う気持ちが力を与える。良いよな、そう言う展開。好きだぜ?俺も。だけど、俺はそんな大勢からの気持ちは要らねぇ。それこそ、重圧で潰されそうだからさ」
そう言う力をくれる存在に、人数なんて関係ない。
たった1人でも、誰かのために戦えるという気持ちがあれば、俺はそれで良い。
幸運なのか不運なのか、俺にはそう言う存在が居る。
今、共に戦ってくれている仲間がな。
俺は日下部を指さし、問いかける。
「あんた、その力でどれだけの人を支配した?真城を利用して、どれだけの人を追いつめてきた!?あんたのやり方で、どれだけの人を苦しめてきた!?」
日下部は自分が頂点に立つために、何度も手を汚してきたはずだ。
真城結衣と結託し、正義の面と悪人の面を入れ替えていた。
いや、悪人として自覚しているならまだマシかもしれねぇ。
この男の場合、自分の行いが白い部分も黒い部分も全てを正義だと思っていても不思議じゃない。
特に、力に溺れている今の奴ならあり得る話だ。
「黙れ‼黙れ‼黙れ‼全ては、俺の正義を貫くためだ‼俺の正しさが証明できれば、それで良い‼俺に救われ、俺を称えていれば良いんだよぉ‼」
槍を両手で構えては一歩踏み出して迫り、大きく横に薙ぎ払おうとする。
その前に、俺は素早く白華を瞬時に下段から勢いをつけて振り上げた。
「椿流剣術、燕返し‼」
カキンっ!と言う音と共に、槍の先端が折れて遠くに飛んで行った。
「んなっ!?」
「あんたの力に、槍が耐えられていなかったぜ?それと1つ忠告だ。特別な力を持っているのは、あんただけじゃない」
髪をかき上げて左目を見えるようにすれば、日下部の両目は紅の瞳を捉えた。
「教えてもらうぞ、日下部康則。あんたのその目の力と、誰からそれをもらったのかをな」
白華の刃を向けて睨みつけながら問いただせば、一瞬驚いた顔をしながらも彼は薄ら笑みを浮かべる。
「これで勝ったつもりか?」
「あんたの武器は折れた。これ以上続けても、時間の無駄なんじゃねぇの?」
「クックック……言っただろ?正義に負けはないと‼」
日下部が天井を見上げて「来ぉおい‼」と叫べば、どこに隠れていたのか、瓦礫の中からヘルメットを被った黒いレザースーツを着た者たちが姿を現す。
それも数人なんてものじゃない、数十人。
フィールドを埋め尽くさんとするほどに集まってくる。
そして、その中の1人が日下部に近づいては彼に異形の槍を手渡した。
青黒く、刺々しい刃が両端についている槍だ。
その中央部には、長方形の窪みが見える。
「これは……どういうことだ?」
「俺たちが負けることはあり得ないってことだ。勝った方が正義……模擬戦など、もうどうでも良い‼おまえを倒せば、俺の正義を示すことができる‼」
勝利を確信しているのか、日下部は高らかに笑う。
「こんな状況を放送しても良いのかよ?あんたの信頼はズタボロだぜ」
「信頼とは、力を示すことで勝ち取るものだ‼有無を言わさず、俺を邪魔する者をぶっ潰す‼それが俺の正義だ‼」
ヘルメット軍団は俺たちを囲み、逃げられないようにしている。
そして、その群れの中から2人の男女が両腕を拘束されて出てくる。
「すまない……椿」
「数で押されて……油断した」
悔しそうに俯く雨水と金本。
まさか、負けそうになった時の手段がこれかよ。
失望も良い所だぜ。
白華を鞘に納め、両手を上げる。
「言わんとしていることは流石にわかるさ。変なことはしないから、2人には手を出すな。降参だ、降参。こんな状況じゃ、勝負も何もあったもんじゃねぇよ」
無抵抗の意志を示せば、日下部がスマホを槍に装着しては頭を横に殴ってきた。
「ぶぐふぅ‼」
「降参だと?却下だ‼おまえを完膚なきまでに痛めつけ、才王に実力の差を見せつけてやるんだからなぁ‼」
倒れずに踏ん張り、口から流れる血を手の甲で拭う。
「見せつける?誰に?」
「この模擬戦の映像を見ている者、全員にだ‼誰にも邪魔はさせない‼俺たちとおまえたち、才王と阿佐美、どっちが上なのかをはっきりさせてやる‼」
日下部はその後も槍を振り回し、無抵抗の俺を痛めつけてきた。
顔、胸部、腹部、脚と殴り続ける。
その時の彼の顔は、とても正義を語っていい者のそれじゃなかった。
「椿‼」
「大丈夫だ‼……おまえたちは、何もしなくていい。この時間に、意味はねぇからな」
赤眼を解放している俺には、何の痛みもない。
今はただ、こいつのつまらないサンドバッグになっているだけだ。
この状況を打破するためにはどうすれば良い?
それを考えるための時間稼ぎだ。
人数が多いし、日下部が使っている異能具にも注意しなくちゃいけない。
それも雨水や金本をフォローしながらとなると……。
考えつく可能性の中には、紅氷を解放することも視野に入れてある。
しかし、そうした場合、この2人に俺の正体を明かさなければならない。
ダメだ、リスクが高過ぎる。
こいつらはまだ、信用できない。
赤眼だけの力で、この状況を打破できるのか?
殴られながら頭を働かせている内に、周りが静かに何かの違和感に気づき始める。
「……何か、変じゃないか?」
ヘルメット軍団の1人が口を開いたのを聞き逃さなかった。
「どうした?変って……」
「あの方が集めた人数って、こんなに少なかったか?」
少ない?当初の想定していた人数よりも?
それに疑問を抱いた時、その声はフィールドに響き渡った。
「うぁあああ‼」
後ろの方で誰かが倒れ、その悲鳴は1つではなく次々とあげられる。
その中で、あいつの声が聞こえてきた。
「柿谷流双剣術……螺旋‼」
突然、強い風が吹いては大きな衝撃波がヘルメット軍団を宙に浮かせた。
「ぐがはぁ‼」
「がぅ‼」
ヘルメットたちが倒れていく中で、高速で通り過ぎていく者が1人。
「柿谷流双剣術、刹那‼」
その方向に目を向ければ、あいつは既に雨水と金本をヘルメットの拘束から解放していた。
「2人とも、大丈夫?」
「え、あ、うん……」
「き、貴様……どうして、ここに?」
2人の問いに答えている余裕はなく、次々とヘルメットが襲いかかってきてはそれを両手の模擬刀を縦横無尽に振り回して一層する。
そして、着実に敵の数を減らしながら俺たちに近づいてきた。
日下部も状況を飲み込めていないようで、ただただあいつを凝視している。
「……来るのがおせぇんだよ、アホ真面目」
「はぁ!?『助けに来てくれてありがとう』も言えないのか、この偏屈者‼」
確証は無かった。
だけど、来てくれるかもしれないという予感はあった。
だから、自然と顔がにやけてしまう。
「どうするよ、これ?多勢に無勢で笑えてくるぜ」
「僕1人でも余裕なんだけどね、この状況。それにしても、そんなにボロボロになって……」
あいつは俺の隣に立ち、周りの四面楚歌と日下部を見てフッと笑う。
「この程度の敵に君が追い詰められるなんて、想定していなかったよ。さては修行を怠ってたな?」
「……そうじゃねぇよ。勝手に決めつけんな、一翔」
アホ真面目……柿谷一翔。
とんだサプライズだぜ、本当に。
まさか、この場で一番頼もしい奴が来るなんてな。
一翔は床に置いてある白華を拾い、俺に渡してくる。
「向こうの騒ぎは君の仕業だろ?安心しなよ。上手く言っているみたいだ」
「向こう……イベントホールか。見てきたのかよ?」
「うん。僕としては気に入らないやり方だったけど、不本意ながらスカッとした。だから、その恩返しに来たよ。これを頼りにね?」
そう言って、一翔はスマホで流れているLIVE映像を見せてきた。
「実行委員と先生方は、スマホでこっちの状況を把握できたからね。他の人たちは別だけど」
「そう言う風に仕込んだんだ。おまえが来るとは思ってなかったけどな」
白華を抜刀し、再度臨戦態勢に入って日下部と周囲の敵を見る。
俺たちの会話の内容が理解できないのだろう、彼は怪訝な顔をしている。
「一体、何の話をしている?おまえたち、向こうで一体何をした!?」
「え?あぁ~……そっか、あんたには言ってなかったな。この模擬戦、あんたの言っていた通り、本当にどうでも良いものだったんだぜ?」
勝負の内容は本当にどうでも良かった。
勝とうが負けようが、どっちでも良いほどに。
俺はこの状況を利用していたに過ぎない。
本当に叩いておきたい相手を、無防備にするために。
俺の言っていることがまだ理解できていない日下部に、親切心から伝えよう。
「日下部先輩、ボロを出しまくったあんたにとっては幸か不幸かは知らねぇけどさ。1つ、良いことを教えてやるよ」
「な、何をしようと、おまえたち悪党の目論見など、全て俺が叩き潰す‼それを見れば、皆が俺の正義を―――」
「だーかーらー、日下部先輩」
人差し指を立て、満面の笑みで言ってやった。
「この模擬戦の映像なんて、誰も見ちゃいねぇんだよ。実行委員と教師以外はな」
そう、ここまでの戦い、全てが茶番だ。
俺たちは脇役で、主役は向こう。
今回は俺の復讐劇じゃない。
この復讐劇の主役は、住良木麗音だ。
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次回、円華たちの模擬戦の裏で起きていた、真の戦いが明かされる。




