選手集合
恭史郎side
雑魚どもの無駄な余興を退屈凌ぎに観賞しに来たが、面白いことが始まるみたいだな。
しかし、11時まで時間はまだある。
暇潰しに会場を回っているが、才王と阿佐美でいい感じにギスギスした空気を醸し出してやがる。
これがクイーンの言っていた遊びか。
どこのどいつを利用したのかは興味ねぇが、この遊びの終着点には興味をそそられる。
クイーンの毒牙が椿に届くのか、それともあいつの力はクイーンの想定以上の展開を見せるのか。
どちらにしても、敵情視察には持ってこいであることには変わりない。
それにしてもだ。
周りの生徒や外部の客を見渡しては、和気あいあいとした空気に反吐が出る。
雑魚どもが群れて低レベルなごっこ遊びをし、自己満足に浸っている。
そんなことをしたところで、何の意味もねぇだろうに。
「柘榴さん、あそこってSクラスの店じゃないですか?」
「あ?……これはまた、楽しいお遊戯会だこった」
Sクラスも参加しているとは思わなかったが、こんなくだらない行事にあの女も出ているのかは気になるな。
手下を連れて模擬店に足を運べば、店の中を見ては口を押さえて笑いをこらえる。
白をベースにした華やかな装飾を施した空間の中に、黒いタキシードを着た男や白いメイド服のコスプレをした女どもが群がっている。
まさかのコスプレカフェかよ。
「クッフフフ!……おいおい、仮にも現段階でトップのSクラス様が、まさかこんなオタク趣味全開の店を開くとはなぁ~」
俺の存在を想定していなかったのか、足を踏み入れれば場の空気が変わったのを感じた。
警戒と恐怖の目が集中し、それが心地いいぜ。
誰も俺たちに近づこうとはしない。
「どうした?俺は客だぜ?まさか、この店は客を選別するのかぁ?」
客の目も俺に集中し、この場を支配しているのは誰なのかを認識し始める。
その中で、1人の女が近づいてきてはスカートの裾を軽く持ち上げてはお辞儀をしてきた。
「お帰りなさいませ、ご主人様。空いてる席にご案内させていただきます」
「へぇ~、一応は根性が座ったメイド擬きが居るようで安心したぜ。この俺にどんな奉仕をしてくれるのか、楽しみだ」
俺に作り笑みを向けながら席に案内しするのは、確か鈴城の側近、綾川だったか。
席に通されれば、メニューを手渡してきてお冷をテーブルに置いてきた。
「鈴城はどうした?」
「紫苑様は居ません。ここの管理は全面的に私に任されておりますので」
「随分と信頼されているようだな。女帝の腰巾着は随分楽だろ?」
「ええ、そうですね。暴力的な主に怯えるより、才色兼備な素晴らしい主に仕えるの方がとても喜ばしいことです」
「ふっ……言うじゃねぇか」
綾川が俺の相手をすることで空気が安定し始め、恐怖が薄れているのがわかる。
ここで一暴れしてやっても何の差支えもねぇが、問題を起こせば会場から追い出されないとも限らない。
今は抑えておいてやるか、俺なりのレベルで。
コップを手に取り、口に付けるように見せては前に傾けて冷や水をかける。
パシャっという音と共に、綾川の上半身が濡れる。
「おっと、わりぃ…手が滑った」
さぁ、どう出る?女帝の側近さんよぉ。
俺の態度が気に障ったのは、綾川よりも周りの連中だった。
「柘榴、おまえ…‼」
数人の雑魚が俺に詰め寄ろうとした時、綾川が動いた。
奴はスカートのポケットからハンカチを取り、俺の濡れた手を取って拭いた。
「大丈夫ですか?ご主人様。お召し物は濡れていませんか?」
笑顔で平然と聞いてくる綾川の姿勢が、雑魚どもの動きを静止させた。
これはこれは恐れ入るぜ。
女帝の側近は精神力もつえぇってか。
しかし、手に取ったハンカチの中から金属の光が反射しているのがわかり、考えを改めると同時に耳元で囁かれた。
「今度やったら、手首を切り落としますからね?」
「だから悪かったって。ちょっとした遊びだ、あ・そ・び」
仕込みナイフを隠し、俺に脅しをかけてきたか。
やはり、精神はまだ未熟だな。
ギャラリーは俺の行動に動揺が隠せなかったようだ。
流石に外部から有象無象どもが集まってくる。
その中には、見慣れた女の姿もあった。
和泉要だ。
「何々、これ~?どうしちゃったの~?ちょっと、ごめんなさい…っと!」
あいつはギャラリーをかき分け、俺たちを見つけて近づいてくる。
「よぉ、和泉。おまえも、こいつらの笑えるコスプレ姿を見に来たのか?」
気軽に話しかけてやれば、濡れている綾川を見て怪訝な顔を浮かべる。
「柘榴くん、君はどこかで何か問題を起こさないと気が済まないタイプの人なのかな?」
「問題?何のことだよ?これは事故だ。手が滑っちまってな。そうだよなぁ?綾川」
ここで俺のしたことを認めてしまえば、模擬店を続けられるかどうかは危うくなる。
周りの目がある以上、こいつは俺に合わせるしかない。
「そうですね、今のは事故。和泉さんが気にするようなことではありません」
そう言いながらも、目は向けずとも俺への敵意は伝わってくる。
「とりあえず、綾川さんは着替えてきた方が良いんじゃないかな?そのままだと、風邪ひいちゃうし」
「……承知しました。では、この機会ですので和泉様も、時間の許す限りごゆっくりなされてください」
優雅にお辞儀をして下がる綾川だったが、代わりに「じゃあ、お言葉に甘えて」と言って和泉が俺の前に座った。
「おい、相席を許した覚えはねぇんだがなぁ?」
「そんな固いこと言わないでよ。今は休憩時間だし、11時まで時間余ってるから話し相手になって?」
和泉要。
Aクラスは俺の1つ上であり、椿を潰した後の暇潰しにいずれはぶつかる存在だ。
こいつの弱みを見つけるのも、暇潰しには調度良いかもしれねぇ。
「良いぜ?俺も退屈凌ぎの相手を探してたところだ」
俺の返答に満足したのか、笑みを浮かべて頷く和泉。
その陽気な顔を絶望に塗り替える日が楽しみだ。
「ところで、おまえの店はどうなんだ?リーダーのおまえが抜けて成り立つのかよ?」
「そこは大丈夫。みんなには料理のレシピは覚えてもらってるし、ローテーションで頑張ってるから。今は軽めのメニューを提供してるけど、ランチタイムにはメニューも変わるから、君も良かったら食べに来てよ」
「気が向いたらな」
和泉と言えば、こいつにも腰巾着が居たな。
確か、あいつも11時からの模擬戦に出るんだったか。
夏休みに、平に投げ飛ばされたのは滑稽だったが、あの程度の雑魚をこの女がいつも側に置いている理由は何だ?
少し吹っ掛けてみるか
「この後の模擬戦で出るのは、うちの金本と椿、そして、雨水だ。正直、すぐに無様な敗北をする姿しか思い浮かばねぇが、おまえはどうだ?」
「う~ん、どうなのかな。相手がどういう人たちなのかもわからないから、何とも言えないのが本音かな」
アハハァ~と苦笑いを浮かべる和泉だが、そこから身内に対する謙遜は見えない。
しかし、次の瞬間に目に力が宿った。
「だけど、雨水が負ける所は想像できないかな。特に今回の種目のことを調べたら、彼が活躍できる競技だと思ったから」
「CQB……か。それと雨水に関係があるのか?」
「う~うん、直接的な関係は無いよ。だけどぉ……う~ん、これに関しては、実際に見た方が早いんじゃないかな?あと少しで集まる時間だし」
時計を見て言う和泉からは、本当に奴を心配している感じはない。
「もったいぶるなぁ。おまえも案外、意地が悪い」
「そうじゃないよ。言葉で説明するのが難しいだけ。でも、1つだけ言えることはあるよ」
フフっと笑い、俺と目を合わせる。
「雨水は強いよ。君が思ってるよりも、ずっとね」
そう言う和泉からは、奴に対する揺らがぬ信頼が伝わってきた。
10時40分のことだった。
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円華side
会場ドームから出た先、地上の商店街から地下に降りるためのルートがある。
そこはもう既に使われておらず、近いうちに取り壊されてリニューアルすることが決まっているらしい。
つまり、どんな使い方をしても怒られないから好都合ってことだ。
階段を下りた先は奥行きがあって広く、天井と床の差が10メートルほどある。
暴れても大丈夫な面積ってことか。
「遅いぞ、椿。決戦前だというのに、気が緩んでいるんじゃないのか?」
「いやいや、おまえらが早すぎるだけだろ!?」
30分前集合のはずが、もう既に雨水も金本も居て、遅れてきた俺に冷たい目を向けてきた。
「今、10時20分だぜ?おまえら、意識高過ぎだろ」
思わず溜め息が出てしまい、だだっ広い勝負の舞台を見る。
俺たちとは別の場所に、もう阿佐美の選手も集まってるんだろうな。
選手3人の中には、日下部も居る。
あの男の実力がどれほどのものかは、戦ってみないとわからない。
他の2人は、確か女2人だったか。
未知の相手ってことは変わりねぇか。
「この1戦に2つの学園の今後が掛かってると思うと、ちょっと肩の荷が重いわよね」
「あれ?金本ってそう言う事、気にするんだな。意外」
「悪かったわね、プレッシャーに押しつぶされそうよ。これでも」
自身の両方の二の腕を摩る金本は、寒そうに身体を震わせている。
そして、俺が持っている竹刀袋をチラ見してきた。
「あんたも、自分の武器を持ってきてるんだ?」
「一応な。まともに使えるの、これしかねぇし」
ん?今、こいつ、あんたもって言った?
金本は何か武器を持っている素振りはないし、そもそも、こいつは素手で戦うスタイルだったはずだ。
じゃあ……。
雨水を見ると、あいつの足元には大きめの黒いバッグが置かれていた。
「雨水、それは?」
「俺の武器だ。お嬢様からは勝つように言われているからな、今日は本気で来た」
「へ、へぇ~……気合入ってんのな」
「そう言うおまえも、今日は真面目にやるんだろ?」
「……まぁな。俺が売られた喧嘩だし」
この模擬戦は確かに重要だ。
だけど、俺が気になっているのは別のことだ。
会場に居る全員、上手く案内に従ってくれていれば良いんだけどな。
勝負の場は、ここだけじゃない。
上手く歯車が合い、回転してくれることを祈るばかりだぜ。
話している間に10時30分になり、それぞれのスマホに通知が届いた。
3人同時にだ。
そして、画面を見ればデータを自動でダウンロードしていた。
それが終わった時、勝手に別のページに移動しては奇妙なシルエットと共に音声データが流れた。
『やぁ、才王学園の選手諸君。僕はイイヤツ。今日の模擬戦で審判をする者だ、よろしくね』
そのシルエットはシルクハットを被って青いタキシードを着ており、笑顔の黒い仮面を着けている。
「何、これ?AIが変わったのは知ってたけど、次はこんな不気味な奴になったのね」
「ああ、学園の趣味を疑うレベルだな」
2人は軽く不満を言っていたが、イイヤツを見て俺の身体には電気が走ったかのような衝撃があった。
「イイヤツって……おい、マジかよ…‼」
その姿はヤナヤツを反転させたようなものだった。
そして、それを見ただけで一瞬だけ頭痛が起きてふらつきそうになるのを耐える。
何だよ、どう言うことだ……。
イイヤツが視界に入った瞬間、俺の中で何かが暴れそうになる衝動を感じた。
もしかして……獣が、こいつに反応したのか?
高太さんの過去に関係する、この名前と不気味な存在感に。
俺も奇妙な感覚だけど、この仮面の紳士に既視感を覚えていた。
ヤナヤツと姿が似ているからってだけじゃない。
もっと……俺の中の根本的な部分で、何かがざわついている。
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次回、遂に模擬戦開始‼
多くの思惑が交錯し始める。




