消えた不安
文化祭前日。
その日の夜は特に落ち着かなかった。
自室の窓から地下街を見渡し、通気口から流れる夜風に当たる。
今日まで才王側と阿佐美側で目立った衝突は無かったけど、互いに避けているのは見て取れる。
明日しか、この2つの亀裂を修復するチャンスは残されていない。
失敗すれば、阿佐美学園は一翔を消そうとするかもしれない。
いや、もしかしたら既に……。
「一翔……」
名前を呟いても、あいつの減らず口が返ってくるわけじゃない。
あれから、1度も一翔の姿を見ていない。
阿佐美学園でも、あいつを見た者は居ないという。
もしかしたらと言う多くの最悪な予想が頭から拭えない。
結局……俺はまた、手遅れだったってことなのか。
蒔苗の時も、涼華姉さんの時も、俺の手が届かない所で大切な人が傷ついた。
俺がいくら力を望もうと、それで守ることができなかったら意味がない。
「っ……あのアホ真面目、俺以外の野郎に負けたら承知しねぇぞ…‼」
壁を殴って怒りを逃がそうとするも、不安は消えない。
荒々しく息を大きく吐けば、スマホが鳴って画面を見る。
「非通知…?まさか…」
怪しさを覚えるも、とりあえず電話に出れば耳障りな声が聞こえてきた。
『はぁ~い、円華~。起きてる~?お姉ちゃんよぉ~?』
やっぱり、BCだったか。
「うるせぇ。今はおまえに構ってる余裕はねぇから切るぞ、こら」
『あ~あ~、そう焦らないの。明日のことでカリカリしてるのはわかるけど、あなたに伝えないといけないことがあるのよ』
「……んだよ、改まって。用件があるなら、さっさと言え」
不機嫌さを隠さずに言えば、BCの声色が低くなった。
『明日は、あなたがやるべきことに集中しなさい。余計なことは考えないで。良いわね?』
「どういう意味だよ?余計なことって」
緋色の幻影のことを言っているのか、それとも俺自身の復讐のことか。
『例えば、あなたのことだから一翔のことを心配してるんじゃないかと思ってね』
「一翔だと!?おまえ、あいつが今、どこに居るのか知っているのか!?」
BCからあいつの名前が出れば、感情的になってしまった。
しまったぁ……面倒な展開になる。
『んふ~?あらら~?図星突いちゃった~?』
「おまえの悪趣味な弄りに付き合う気はねぇ。あのアホ真面目が今、どこに居るのかを知っている。だからこそ、あいつの名前を出したんだろ?」
BCの性格からして、確証がない情報で煽ってくることはない。
裏を返せば、確かな情報を持っているからこそ、性格の悪さが滲み出てくる。イラつくけど。
『あの子の居場所、知りた~い?』
「いや、別に知る必要はねぇよ。おまえがあいつの無事を把握しているなら、それでいい」
『あ~らら、それはどうしてかしら?』
ここで一翔のことを聞き出そうと四苦八苦する俺を想定していたのだろうが、BCのそれは外れだ。
今、俺の中で明日への不安は消えた。
「教えて欲しかったら、それ相応の頼み方があるんじゃねぇの?次期当主様~」
『ぐぬぬっ……まぁ、良いわ。ええ、あなたの言う通り、一翔は無事よ。これが知れて満足?』
「……まぁ。ありがとうな…BC」
「うぇ!?」
礼を言えば、電話越しに彼女の腑抜けた声が聞こえてきた。
『円華が、お姉ちゃんに礼を言うなんて……。やだもぉ~、素直になっちゃって~。可愛いぞ♪今からハグしに―――』
「来るな。切る」
知ることは知れたので電話を切り、これでやっと頭を切り替えることができるようになった。
あいつが無事なら、明日動かないわけがない。
あとは、敵がどう動くかが問題だ。
真城結衣と日下部康則が、ただ純粋に力比べだけで結果を受け入れるだろうか。
阿佐美側が勝っても負けても、その後に起きるのは衝突な気がする。
決して楽しい文化祭に戻ることはない。
何も俺は文化祭を守りたいわけでも、才王学園を勝たせたいわけでもないけど、模擬戦で負けるわけにはいかない。
真城を叩けば、組織が動きを見せるかもしれない。
そして、残りのポーカーズも……。
あの2人を叩く準備は、既にできている。
俺は学園のネット掲示板を開き、その内容を見る。
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学園対抗模擬戦の説明
文化祭当日の11時00分より、才王学園と阿佐美学園による3対3の模擬戦イベントを開催致します。
種目=CQB (クロース・クウォーター・バトル)
制限時間=11:00~12:00
観覧場
模擬戦の危険性を考慮し、観覧はイベントホールで行います。
開始20分前までには集合をお願いいたします。
※模擬戦の際、模擬店は一時中断となりますのでご了承ください。
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掲示板を見た後に実行委員用のメールを開けば、安堵の息を吐く。
「良かった。これで、2つの舞台は整った」
あとは、決着をつけるだけだ。
必ず断罪する。
珍しく、やる気になってきたぜ。
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康則side
明日で全ての決着をつける。
阿佐美の力は、才王を超えている。
俺たちは、あいつらに劣っていない。
それを証明する時が来たんだ。
身体の中で、内なる声が囁く。
『自らの正義を貫け』と。
そうだ、これは正義だ。
俺たちは正しい。
阿佐美学園は強い。
俺は強い。
誰にも負けない力を、手に入れたんだ。
正義を貫くための力。
悪を挫くための力。
力を示し、勝利する。
それこそが、正義を証明するための唯一の方法だ。
諸悪の根源、椿円華。
あの男を潰せば、俺の正義を示すことができる。
俺の正しさを証明できる。
『そうだ、おまえの力を認めさせるための戦いだ』
俺の力を認めさせる。
誰にも負けない、絶対の力。
悪に対する怒りが込み上げる事に、力が溢れてくる。
自身の力が増す高揚感に浸っていた時に、電話が鳴り響いた。
その画面の名前を見れば、すぐに出る。
「……久しぶりだな、クイーン」
『ええ、お久しぶり。元気にしていたかしら?日下部くん♪』
クイーン。
彼女は自身のことを他人にそう呼ばせる。
本当の名前は知らない、妖艶な笑みを浮かべる紅の瞳を持つ女だ。
『どうかしら?私があなたに与えた力、上手く使えてる?』
「ああ、問題ない。君には感謝している。こんな素晴らしい力を与えてくれたんだ。これで明日、俺の正義を証明することができる」
両目を押さえながら笑いが止まらない。
明日、俺と言う正義の名の下に裁かれる、椿円華の負け犬っぷりがな。
『それは良かったわ。あなたの手にした力は、とても特別なものよ。その力を使いこなすことができれば、模擬戦で負けるようなことは万に一つの可能性も無いわ』
「そうだろうな。俺も自分が負ける所が想像できないくらいだ。それくらい、君のくれた薬の力は素晴らしい」
赤黒い雫が残っている小瓶を手にし、不敵な笑みを浮かべる。
1年前、クイーンが俺に渡した薬。
これを飲めば、誰にも負けない力が手に入ると言われた時は驚いたが、それはとてつもないものだった。
この力を手に入れてから、俺は2年の頂点に立つことができるまでになった。
今や俺に対抗できる者など、生徒会以外にはない。
奴らも明日、今回の事件の元凶である椿円華を潰した後に黙らせることができる。
2つの学園の混乱を収束させた功績があれば、俺は次の生徒会長になれる。
そうすれば、もう誰もが俺の力を認め、逆らう者は居なくなる。
『あなたの崇高な理想の実現に協力できて嬉しいわ♪でも、日下部くん、念には念を入れておくべきだと思わない?』
電話越しに、フフっとあの妖艶な笑みを浮かべているクイーンの顔が目に浮かぶ。
「……才王側の君が、何をするつもりだ?」
『才王とか阿佐美とか関係ないわよ。私はただ、あなたの正義が危ぶまれる事態を阻止したいだけ。あなたが敵に回した椿円華って子が、どれほど恐い子なのかはわかっているでしょ?』
「ああ、結衣から聞いている。とんでもない悪党だということをな」
『悪党…ね、フフッ♪』
可笑しそうに呟くクイーン。
それが少し引っ掛かった。
「何がおかしい?椿円華は掛け値なしの悪党だろ」
『ええ、その認識でOKよ♪だって、それはそうよ。あの子には、魔王と呼ばれた男の血が流れているんですもの』
「魔王?」
『深く知る必要はないわ。あの子はあなたの敵で粛清対象。それ以上の情報が居る?』
「……それもそうだな。関係ないことを聞いて悪かった」
6秒くらい経ち、話を区切るようにクイーンは言った。
『それじゃ、話が脱線してしまったわね。大事な大事な、あなたの将来の栄光のための下準備について、話を進めましょうか?』
俺は最終的にクイーンの提案を聞き、それを承諾した。
勝った方に正義がある。
それがどのような形であったとしても、勝利と言う事実に変わりはない。
何を使おうとも、何をしようとも、勝ちさえすれば良いんだ。
俺は壁に立てかけてある異形の槍を手に取り、決意を新たにした。
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次回、文化祭開催‼




