届かない言葉
一翔side
模擬戦の競技が発表された日、放課後に実行委員が選択教室に集まって話し合う。
学園対抗の戦いである以上、本来ならば負けることは許されない…はずだ。
だけど、僕はこの戦いは間違っていると思うんだ。
全実行委員が集まっているこの場で、改めて日下部先輩に言わなければならない。
「日下部先輩……やっぱり、こんな戦いは止めるべきです。みなさんも、目を覚ましてください‼」
席を立って部屋の中に反響するほどの声で訴えるが、その後に返ってくる声は無く、空気が凍てつくのを感じた。
そして、日下部先輩が僕を真っ直ぐ見ては怒りの目になる。
「柿谷、俺たちは間違っていない。間違っているのは、才王学園だ。この戦いは、俺たちに正義がある。これは才王学園を助けるための戦いでもあるんだ」
「助ける?一体、誰から…?」
疑いの目を向けながら聞けば、先輩の口から信じられない名前が出てくる。
「椿円華だ。あいつが才王学園の生徒を洗脳し、自分の想う通りに操っている。結衣も、椿の洗脳に合いそうになったところから逃げてきたと言っていた」
真城さんを見ながら言う先輩に対して、彼女は強い目で頷き返す。
「私、聞いたんです。才王学園の生徒が、噂で椿くんには人を洗脳する力があるって……」
円華が洗脳?バカげてる。
彼はそんなことはしない‼
「きっと、椿くんに才王学園のみなさんは洗脳されたんです」
違う……そんなはずはない。
「その洗脳の力で、今までいろんな人を傷つけてきたんだと思います」
やめろ……。
「でも、私たちはそれに負けちゃいけない。私たちが、才王のみなさんを解放しましょうよ‼」
何も知らないくせに。
怒りと共に、最後に3人で約束した後のことを思い出す。
僕はあの時、意地を張って強がった。
そして、あいつも強がっていたのもわかっていた。
彼がその後で流していた、もう1つの涙も。
苦しんできたんだ、円華は。
それを、知らないくせに…‼
「だから、私たちの敵は、椿円華なんで―――」
「そんなわけないだろ‼‼‼」
バガァアアアアンッ‼と目の前にあった長机が真っ二つに折れた。
真城の嘘の言葉の羅列に、僕は怒りを抑えることができなかった。
気づいた時には、懐から柄を取り出して模擬刀の刃を展開して叩き折っていた。
これはクロスチャージャーを使っていない、僕だけの純粋な力だ。
席から立ち上がり、真城さんに刃の先を向ける。
「真城さん……これ以上、僕の大切な幼馴染を侮辱するのは止めろ。君の嘘で、彼を苦しめるのを僕は許せない‼」
刃を向けられようと、真城さんは冷静に見上げて笑う。
「嘘?私はただ、噂から考えられることを言っただけだよ?」
「憶測だけで物を語るなよ。君は円華のことを何も知らないだろ」
「知る必要なんてあるのかな。だって、今は椿円華は私たちの敵でしょ?……それとも、彼を庇おうとするってことは、君も椿くんの洗脳を受けてたりするのかなぁ?」
真城さんは悪戯を思いついた子どものような笑みをした。
そして、横から「柿谷‼」と言う声が聞こえてくると共に拳が飛んできては右頬にめり込み、壁まで吹き飛ばされた。
「んがぁあ‼」
その隙に彼女は日下部先輩に寄り添って訴える。
「先輩‼柿谷くんは、椿くんの洗脳を受けています‼このままだと、彼が可哀想です‼助けてあげてください‼」
「そうだなぁ、結衣。おまえの言う通りだ」
先輩も懐から棒状の柄を取り出し、左右に広げて展開して槍になる。
「柿谷。今、おまえを救ってやるからな」
「日下部先輩…‼」
先輩に僕の言葉は届かない。
それなら、もうやるべきことは1つしかない。
立ち上がり、もう1つ柄を取り出して展開して双剣の構えをとる。
「先輩……いつまで、真城さんの操り人形になっているつもりですか?あなたも……みんなも、彼女に騙されてるんです‼目を覚ましてください‼」
「結衣は俺たちの仲間だ。仲間の言葉が信用できないのか?柿谷‼」
槍を振り回し、双刀を十字に重ねて防ぐ。
だけど、すぐに押し切られて薙ぎ払われてしまう。
「くぅぁああ‼」
教室のドアを突き破り、床に倒れようとすぐに立ち上がる。
日下部先輩は中肉中背の体形をしてるけど、その身体は鍛えられていて単純な力比べならクロスチャージャーを使わないと互角にすらならない。
こうなったら、不本意だけど使うしかない。
「なぁ、柿谷、目は覚めたか?」
槍を左右に振り回しながら近づいてくる先輩。
教室の中では、急な暴力沙汰に混乱が起きている。
首から下げているスマホを起動させ、クロスチャージャーを発動する。
「目を覚ます?それは……あなたの方だ、日下部先輩‼」
異能具を使えるのは生徒会の人間のみ。
そして、この力は学園に蔓延る悪意を止めるために生み出された物。
これを今使わなくて、いつ使う。
両脚に意識を集中させれば、僕の思考を察知したクロスチャージャーが力を増幅させる。
そして、床を蹴ると同時に模擬刀を交差させて攻撃の構えを取る。
「僕が、あなたを正気に戻す…‼」
「俺は元から正気だ‼」
先輩の目前で双刀を頭上に構え、クロスチャージャーで両腕に力を集中させて振り下ろす。
「柿谷流双剣術、隼落とし‼」
2本の模擬刀を槍の柄で下から受け止める。
異能具で強化しているにも関わらず、先輩は僕の技に持ちこたえている。
先輩の目を見た時、その瞳が一瞬だけ色が変わったような気がした。
「柿谷……その程度か!?」
薙ぎ払われる形で押し切られ、後ろに飛ばされる前に両脚で踏ん張る。
異能具があるからと言って、優位に立てるわけじゃない。
迷いは捨てろ。
今、この場で先輩を止められるのは僕だけだ‼
模擬刀の刃先を相手に向け、連続で高速の突きを繰り出す。
「烈火‼」
「無駄だぁ‼」
動きを全て見切られ、突きを弾かれては槍の柄で頭を殴られる。
「ぐぁがぁあ‼」
横に薙ぎ払われて倒れてしまい、身体を起こそうにも視界が回って思うように動けない。
日下部先輩は僕に歩み寄り、槍の先を向けてくる。
「椿円華は俺たちの敵だ。良いな?柿谷」
その目からは服従の言葉以外は受け入れない意志を感じる。
それでも、僕は認めない。
「……僕は、円華を信じる。もう2度と、自分の心に嘘はつきたくない‼」
向けられる刃を掴み、反抗の目を向ける。
それが気に入らないのか、怒りの形相で睨みつけてくる先輩。
「柿谷……おまえ‼」
槍を握る力が強くなり、突き刺そうとしてくるのがわかった。
その時、「日下部く~ん、伏せてくださ~い」と言う声が聞こえてくると共に小型の黒いボールが飛んできた。
そして、僕らの付近に着地すると同時に爆発した。
「っ‼」
「ぐふぅぁああ!!」
間一髪の所で引き下がった日下部先輩は無傷で済んだが、僕は壁まで吹き飛ばされて強打してしまう。
立ち上がった時に、教室から出てきた2人の先輩が視界に入り、恐怖と共に額から大量の汗が噴き出した。
最悪だ……あの2人も動くなんて。
今の日下部先輩との攻防で、真城さんに隙を与えてしまった。
「日下部、下がって」
先輩と入れ替わる形で1人の小柄な女子が前に出れば、その手に持っていた小太刀を抜刀して下段から振り上げる。
その斬る動作を『認識』しただけで、胴体を斬られたような感覚に襲われた。
「うぐぁああああ‼‼」
あまりの痛みに模擬刀で身体を支えて耐えるが、連続の負傷で動くことができない。
最悪だ…‼
日下部先輩だけでも厄介なのに、あの2人も敵に回るなんて。
先輩の横に並ぶ2人の女子。
学園の秩序を守るために、実力行使の権限を許された、風紀委員。
1人は制服を着崩しており、身体中に傷がある女。爆弾使いの伊郷海良。
もう1人は幼い容姿をしている女子。幻術居合の使い手、天童江成。
風紀委員は比較的好戦的な性格をしている者たちの集まりだ。
学園の秩序を正すという目的においては、生徒会と同等の権利を持つ彼女たちは危険すぎる。
迂闊だった、日下部先輩に注意を向け過ぎていた。
それとも、この状況も真城結衣の計画通りなのか!?
騒ぎを聞きつけ、先生方や生徒が集まってくる。
「これはどういう状況だ……説明しろ、日下部!!」
1人の先生が事情を聞こうとすれば、先輩は僕を見ながら平然と答えた。
「この学園に害を与える人間を粛清しようとしているだけですよ、先生」
その言葉を受けて、先生は僕に不審の目を向ける。
「柿谷、おまえ、一体何をしようとしたんだ?」
先輩の言葉を鵜呑みにし、僕を疑う視線が四方八方から飛んでくる。
それほどまでに、日下部先輩の影響力は大きいんだ。
だから……真城さんは、日下部先輩を駒に選んだんだ。
そのことに、もっと前に気づいていれば…‼
今、この場に生徒会の者は居ない。
いや、今居た所で、真城さんの手に落ちている可能性だってある。
学園の中で対策を練ろうとすれば、周りを巻き込むことはできない。
僕が…1人で……。
ここで何を言おうとも、日下部先輩と僕では信用されるのはどちらかなんて決まっている。
近くの窓を見ては大きく息を吐き、一目散に走って開き、そのまま外を走る。
クロスチャージャーの身体強化で辛うじて走れるけど、戦う力は残されていない。
「逃げても無駄無駄~だよ~?」
後ろから数個のクラッカー式の爆弾が飛んできては、小規模の爆発が起きる。
それを気にしている余裕はない。
聞こえてくる声からして、追手の数は十単位。
校舎裏の倉庫に身を隠し、マットに倒れて息を整える。
「はぁ…はぁ…これも、君の思惑通りなのか……真城結衣…‼」
僕の怒りの矛先になることも計算に入れて、今の騒動を起こさせたのなら、また手の平の上で踊らされたと言う事か。
完全にこの学園にとっての不穏分子として、周りに認識させるために。
これから先、真城さんの力がさらに広がるようなことになれば……阿佐美学園は、彼女の手に支配されることになるかもしれない。
それに、日下部先輩のあの目の変化……あれは一体……。
円華とは別の何かのようだった。
少なくとも、あいつの目からはあんな禍々しさは感じなかった。
先輩は手を出してはいけない何かに触れてしまったのではないか。
もはや、僕1人でどうにかできる領域じゃない。
「……僕は一体、どうしたら…‼」
この学園に僕の味方は居ないかもしれない。
全てを疑ってしまう、弱い自分が嫌になる。
絶望だ、僕には何もできないのか…‼
心が目に見えない黒い沼に飲み込まれそうになったその時―――。
ピリリリリリリっとスマホの電話が鳴った。
知らない番号だったけど、出ることにした。
「……もしもし?」
『もしもし、才王の進藤だ』
電話の相手は予想外の存在であり、驚きが隠せない。
「進藤……先輩!?どうして、あなたが…!?」
『電話番号なら、桜田生徒会長から勝手に聞き出させてもらった。彼女も君のことは心配しているようでな、快く引き受けてくれた」
「引き受けた…?すいません、進藤先輩。何をおっしゃっているのかがわからないのですが?」
「では、今危機的状況にある君に対して、簡潔に答えよう」
進藤先輩の答えを聞く前に、倉庫の扉がゆっくりと開き始める。
もう気づかれてしまったか‼
「先輩、申し訳ありません。今は――」
「そう慌てるな。俺は味方だ、椿と君のな」
その声は電話越しではなく、開かれた扉の向こう側から聞こえた。
そして、見覚えのある眼鏡をかけた才王の上級生が姿を現した。
「な、何で……あなたが…ここに!?」
ここは阿佐美学園で、才王学園ではない。
それに、今日は2つの学園の行き来は必要ないはずだ。
しかし、視界に進藤先輩は映っている。
進藤先輩は困惑している僕に、薄く笑みを浮かべながら言った。
「よく今まで耐えてきたな、柿谷一翔くん。君の手助けに来た」
この時から、円華たちとは別に、僕も反撃のために動き出すことになったんだ。
そして、2つの道が交わるのは文化祭当日のことだった。
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