偽善
円華side
文化祭で行われる模擬戦の種目が発表された。
BCが言っていた通り、CQBだ。
人数は3対3。
舞台は会場外の地下商店街。
勝利条件:チーム3人の戦闘不能。
出場する選手は、それぞれ―――文化祭実行委員から。
その条件を見た時、思わず小さく「最悪だ」と呟いてしまった。
才王学園では実行委員が会議室に集まり、1と2年で誰が出るのかを話し合う。
「これは学園の誇りを賭けた戦いです。ここは進藤くん、2年が出場した方が良いのはないですか?」
2年の女の先輩が進言すれば、進藤先輩はメンバーを一瞥して聞く。
「CQB。それは軽く調べてみたが、軍隊で行われている実戦的な訓練だとあった。俺たち素人が下手な考えで動こうとすれば、追い込まれるのは目に見えている」
そこで言葉を区切り、先輩は1年のメンバーでも端の方に座っている俺に目を向けた。
「軍隊と言えば、ここには軍人上がりが居たな。そうだろ?椿」
はいはい、名指しされるのは何となくだけど察しがついてたよ。
「まぁ、そうですね。アメリカで何度かやったことはあります。あれは実力とかうんぬんもそうですけど、経験から生まれる思考力とか、腹の探り合いが鍵を握る」
2年の先輩方を見れば、失礼を承知で続きを述べた。
「阿佐美学園の方に元軍人が居るかはわからないですけど、両学園の合意でこの模擬戦が成立したなら、それは俺が居る上でも公平だって判断されたからってことですよね。だったら、未経験者の先輩方が出るよりも、俺が出た方が勝率は高いんじゃないですか?…多分」
俺の無意識の口の悪さが裏目に出たのか、男子の先輩が俺のことを睨みつけてきた。
「調子に乗るなよ、1年。さっき門崎が言っただろ、これは学園の名誉を賭けた戦いだ。万が一にも、負けるわけにはいかない。そんな大事な勝負を1年の、それも下級のEクラスに任せられるわけが無いだろ」
ここでもカースト制度を持ってくるのかよ。
久しぶりに蔑まれて、逆に懐かしさを覚えるぜ。
俺は別に否定するつもりは無かったけど、隣に座っていた雨水が進言した。
「お言葉ですが、先輩方。この男の実力はEクラスとか、そう言う括りで見ると足元をすくわれますよ?それとも、1年如きに任せるのは、先輩としての下らないプライドが許しませんか?」
お~いおい、何でそこで喧嘩売るの?おまえ。
「1年、口の利き方には気を付けろよ?実力の差を教えてやろうか?」
今にもキレそうな先輩に対して、進藤先輩が「止めろ、菅田」と言って止めた。
彼に命令されただけで、菅田先輩はピクッと肩を震わせて冷静になる。
「今は学年やクラスの問題は関係ない。戦える者が居るのであれば、その力は借りるべきだ。それに、椿の実力は信頼するに値する。おまえも、1学期のあいつの活躍は知っているはずだ」
「あ、あんなのは生徒会の協力があったからだろ!?そいつの能力とは関係な―――」
「菅田。俺が信頼できると言っているのだが……。俺の言葉を信じることはできないか?」
その言葉に菅田先輩は何も言えなくなり、納得はしていないようだが引き下がった。
それは進藤先輩への信頼ゆえか、それとも恐怖か。
少なくとも、この人は進藤先輩を認めているということだ。
「椿、おまえがCQBに出てくれるのであれば、その後のメンバー2人も、当日の戦略もおまえに任せる。俺たちが口だしすれば、却って邪魔になるかもしれないからな」
「……それは流石に、期待し過ぎじゃないですか?」
「いや、おまえの実力を信頼してのことだ。重圧を感じるのであれば、無理強いはしないが」
この人、性格が悪いだろ。
ここまでお膳立てしておいて引き下がったら、この場に居るほとんどの人間を敵に回すことになる。
特に今は1年の中だけでも手一杯なのに、2年まで相手にしている余裕はねぇよ。
だったら、俺に選択肢なんてあるわけがない。
「やりますよ。喧嘩を売られたのは、俺ですから」
俺に一任した進藤先輩の真意は気になるけど、今は真城を……そして、そのバックボーンの暴走を止めることが先決だ。
そのためだったら、BCの用意した舞台だろうと利用するだけだ。
まずは、メンバーを決めねぇとな。
「じゃあ、メンバーですけど……。他2人はAクラスの雨水とBクラスの金本が良いんですけど、大丈夫ですか?」
1人だけでなく、フルメンバー3人を1年にしたいと言ってみた。
名前を呼ばれた本人たちは一斉に俺を見ては目を見開いて驚いている。
「おい、椿円華。貴様、何を――」
「良いだろう。それがおまえの要望ならば、拒否するつもりはない」
雨水や遠くに座っている金本が何かを言いたげだったが、進藤先輩が許可した手前断れなくなってしまった。
絶対に後で小言か苦言を言われることは覚悟している。
だけど、それでもこの2人を選んだのには理由がある。
1つはこの中でまだ信用できる奴だったってことと、今後信頼できるかを判断したいという目的からだ。
俺にとっては目の前の戦いもそうだけど、これから先に備えている戦いも見据える必要があるからな。
その後、会議は淡々と進んでいき、俺たち3人が出られない分の係の穴を埋めるのは先輩たちが可能な限りカバーするということで話はまとまった。
さっきの剣悪な雰囲気が嘘みたいに。
話し合いが終わって会議室を後にする時、ふと菅田先輩と目が合うと睨みつけられるかと思ったがそうではなかった。
彼は俺に近づいてきては、通り過ぎる時にボソッと「期待してるぞ、ルーキー」と言って肩を叩いて清々しい顔で出て行った。
それを見て、すぐに進藤先輩を探してみれば、目が合ったけど視線を逸らして白々しい顔をしていた。
は、嵌められた~~~‼
さっきのは2人の演技だったってことかよ!?
もう1度言う。
性格悪いぜ、進藤先輩‼
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会議室を後にし、Eクラスに戻ろうとすれば、案の定さっき指名した2人に呼び止められた。
「待て、椿円華‼何故、俺たちを選んだ!?説明しろ‼」
「そうよ!あんた、あそこで私たちを出すなんて、おかしいんじゃないの!?」
「あぁ~……まぁ、それは単純な話なんだけどさ」
不満そうな2人を見て、満面の作り笑みで言ってやった。
「おまえたち2人が、俺と話が通じる奴らだから」
「はぁ!?」
「いや、意味わかんないんだけど……どういうこと?それだけ?」
「ああ、それだけ」
金本は傷も治りかけているようだし、戦闘民族と言うところから、喧嘩を売られたら買いたいスタイルだと思ったから。
雨水はなんだかんだで、呆れながらも俺の話を理解して動いてくれるはずだからな。
あと、2人の実力をそろそろ見定めたいと思っていたのもある。
「2年の先輩たちの力を借りるのも手だったけど、それだと変に気を遣って連携が取れないかもしれないしな。1年の中でも、おまえたち2人なら顔も知ってるし大丈夫だと思った」
「貴様と言う奴は……そんな気楽に選んで良いのか?俺は……少なくとも、Bクラスのこの女を信用するつもりはないぞ?」
雨水が横目を向ければ、金本も睨み返す。
「まさか、私も柘榴と同類に扱われてる?」
「同じクラスなんだ。警戒するなという方がどうかしている」
「あんな奴と一緒にしないで。蹴られたい?」
敵意を剥き出しにして互いを睨みつけている2人を見て、肩から力が抜ける。
とりあえず、フォローだけはしておくか。
「金本は柘榴とは関係ねぇよ。Bクラスの枠組みでだけで見るなら、こいつはまだ頼りになる方だと思う」
「貴様が、そんなことを言うとはな。わかった、今は手を組んでやろう。しかし、変なことをすれば――」
「しないし、する気ないし。……でも、私たちで勝ちに行ける?こんな即席のチームで」
金本の不安は尤もだ。
雨水もそこは引っ掛かってるようで、腕を組んで唸る。
「勝ちを狙うにしても、俺は正攻法で勝つ気は更々ねぇよ。戦う相手も、阿佐美学園じゃない」
「……何?どういうことだ?」
雨水が怪訝な顔をして聞いてくる。
金本も首を傾げて説明を促してくる。
「俺たちの敵は阿佐美学園じゃない。あくまでも、この事件を起こした犯人だってことだ」
俺は今考えている、犯人…真城を追いつめるための策を話した。
すると、2人とも呆れたという顔を浮かべる。
「そう言うことか。そう言う意味でも、連携が大事になるという話になるわけだな」
「あんたさぁ……本当に、頭おかしいんじゃないの?理解できない」
雨水は俺との付き合いで慣れてるからか冷静だけど、金本は頭の後ろに手を回して溜め息をついた。
「協力するのは構わない。しかし、これは大がかりな動きになるぞ?あの場で先輩方の協力を仰がなくても良かったのか?」
「今は大丈夫だろ。それに……何か、進藤先輩には俺の考えなんて見透かされてる気がする」
制服のネクタイを少し緩めながら言い、脳裏に進藤先輩の涼しい笑みが浮かび上がる。
「和泉や柘榴に言っても別に構わない。それでも、やることは変わらないからさ」
「だろうな、貴様はそういう男だ」
「椿、あんたって……考え方、相当歪んでるわ」
呆れたように言われれば、俺はニコッと笑みを作る。
「そうか?俺はやられたことを倍返しで返すだけだって。普通だろ?」
その倍の中には、あのアホ真面目のことも含んでるけどな。
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雨水たちと分かれた後、Eクラスに戻れば、いつものメンバーが待っていた。
恵美に基樹、成瀬、麗音。
俺にとって信頼できる仲間たち。
この中に戻るのは、この前の体育祭前以来か。
「おかえり、円華」
「あ、ああ。……今、戻った」
ぎこちない返事をしてしまえば、基樹が後ろに回って「な~に緊張してんだよ‼」と言って背中を強く叩いてきた。
「いった‼加減しろよ、基樹‼」
「今まで辛気臭い顔してた罰だ。シャキッとしろよ、シャキッと‼」
「るっせぇなぁ…。言われなくてもわかってるっての」
深呼吸をして冷静になれば、教室に入って5人で席を囲む。
「とりあえず、CQBの選手に選ばれた。十中八九、模擬戦は綺麗には終わらないだろうな」
「そうでしょうね。あの日下部って人、並々ならぬ執念を感じたわ。円華くんに対する恨みだけじゃない、才王学園に対する敵対心。一筋縄ではいかないでしょうね」
「おまけに、真城結衣が居るなら、裏で何を仕掛けてきてもおかしくないしね……」
麗音が苦い顔で真城の名前を出したタイミングで、俺は軽く頭を下げた。
「麗音……あの時はありがとな。俺のこと、助けてくれて」
「は、はぁ!?えっ…ちょっと、何言ってんの!?円華くんが、あたしに…ありがとうって…頭でも打った!?」
目を見開いて動揺している麗音。
まぁ、そう思われるのも仕方ねぇか。
俺も罰が悪い顔をしながら、頭の後ろをかく。
「あのアホ真面目と約束しちまったからさ……ちゃんと、おまえに礼を言うって」
「逆に言えば、柿谷が何も言わなかったらお礼を言うことも無かったってことだね」
「いや、そう言う意味じゃねぇだろ!?」
恵美にツッコみを入れながらも、肩の力を抜いて話す。
「あの時は、本当に助かった。進藤先輩もそうだし、麗音にも……そして、癪だけど、一翔にも救われた。だけど、俺はあいつのことを救えてない……」
一翔の今の状況を思い返せば、文化祭が終わった後に真城の手でまた追いつめられるかもしれない。
その前に、この事件を利用して真城の力を奪っておきたい。
「俺は自分のことは、正直どうでも良いって思ってる。でも、どうしても……真城を許せない。一翔を苦しめて、周りの人間を操るあの女は許さない」
だけど、それは俺1人じゃできない。
真城の能力の手がどこまで届いてるかわからない以上、敵は阿佐美学園そのものかもしれない。
それでも、俺は―――。
「これは俺の偽善だ。だけど、俺は一翔を助けたい‼その気持ちは変わらない。だから…」
自分の正直な気持ちを言い、4人を見渡して必ず成し遂げる覚悟を決める。
「みんなの力を、俺に貸してくれ」
真剣な顔で頼めば、最初に麗音が深く頷いて「わかったわ」と言ってくれた。
「麗音……おまえ、でも…」
「結衣のトラウマはもう、あの時に振り切った。でも、あたしも決着はつけたい。それが人助けに繋がるなら、それって素敵なことじゃない?」
両手を軽く広げて笑顔で言えば、それに恵美も同意した。
「うん、とっても良いことだと思う。それを円華が偽善って言っても、私たちは正しいことだと思うよ。私も協力する」
成瀬は扇子を広げ、口元を隠しながら笑みを浮かべる。
「私も彼女の度が過ぎた行動には呆れを通り越して、ちょっとお灸を据えた方が良い気はしてたの。あなたもそう思うでしょ?基樹くん」
「え!?あ、まっ…瑠璃ちゃんの言う通りだよな。ダチの大切な幼馴染を助けるのも、ダチの仕事だろ」
基樹は親指を立てて前に突きだし、軽くウインクをする。
「私たちは全員、円華に協力する。でも、模擬戦には出られない。私たちは、何をすれば良いの?」
恵美から聞かれれば、今まで考えていたことを頭の中で改めて整理しながら話す。
「俺は模擬戦に参加して、阿佐美側と直接戦うことになる。だけど、麗音には、さっき言っていた決着の場を用意したいと考えている。そのための協力をしてほしい」
「決着って……もしかして!?」
4人とも、俺の思考を把握している。
だからこそ、言わずとも気づいてくれた。
「俺たちの敵は阿佐美学園じゃない。だから、模擬戦を利用して、本当の敵である真城と……日下部康則を追いつめる」
そう、俺はあの時に既に2つのことに気づいてた。
あの状況だと、事情を知っている者なら気づかない方がおかしい。
真城結衣のバックボーンに居たのは、日下部康則であること。
そして、真城結衣の能力も。
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