期待外れ
奏奈side
久しぶりに神経が敏感になる。
この感覚は、2年前にも味わっている。
場所は会場内のカフェエリアで、私は目の前に居る男に誘われる形でお茶を楽しんでいる…ように見せている。
内心は今飲んでいる紅茶の味なんて、わからないほどに余裕はない。
それを見透かしているのか、男は平然と問いかけてきた
「気が進みませんか、俺とティータイムを共にするのは。桜田生徒会長」
「ええ、とても。あなたと一緒に居ても、せっかくの紅茶が水に感じてしまうから。進藤くん」
そう、私を誘ったのは進藤大和。
表面上は1年の差があるけど、そんなことは露程も感じさせない。
私と同じ領域に居る実力の持ち主だと、周りからは思われている存在。
お互いに笑みを浮かべているけど、どちらも腹の底は見せない。
不快だけど、懐かしさを覚えてしまう。
黙っているだけでも、心を読まれているような気がしてくる。
だったら、話をして気を紛らわせる。
「あなた、さっきの話し合いはどこまで展開を見通していたのかしら?」
「見通す?俺はただ、同じ学園の後輩を助けたかっただけですよ。全ては偶然です」
平然と言う進藤くんの表情からは、その言葉が嘘か本当かはわからない。
相も変わらず、掴み処がない。
この私でも、彼の想定を覆すことができた実感はない。
全てがその筋書き通りに動いており、それがさも当然のように平然とした佇まいをしている。
私のさっきの行動ですらも、進藤くんの描く筋書きに全て組み込まれている可能性がある。
「参考までに教えてくれるかしら?住良木さんが動かなかった場合、そして私が来なかった場合、あなたはどうやってあの場を収めようとしたのかを」
「どうやって……ですか、難しいですね。先ほどはとりあえず、椿円華の無罪を証明することのみに焦点を当てていましたので。仮定の話をするのであれば、才王と阿佐美の双方の関係が今以上に壊れていたかもしれません」
口元に笑みを浮かべたまま、眼鏡越しに視線を合わせてくる。
「やはり、生徒会長となったあなたの影響は大きい。おかげで、必要最小限の犠牲で済みそうだ」
「……犠牲ね。その犠牲は才王のもの?それとも、阿佐美のもの?」
「さぁ…そこまでは。しかし、あなたの用意した舞台で敗北した側のものであることは、間違いないでしょう」
あ~、いい加減うんざりしてきた。
作り笑みをしているのも疲れてきた。
カフェの中の人は少なくなり、この場に居られる時間もそう長くはない。
私は笑みを作るのを止め、目を細めて不快な顔を向ける。
「もう良いでしょ?気持ち悪いのよ、あなた。私に敬語なんて使ってくるのは、皮肉のつもり?進藤くん」
敵意を察したのか、進藤くんは眼鏡の位置を正して笑顔を消した。
「不快にさせていたのなら謝ろう。しかし、俺は2年で君は3年。しかも、生徒会長だ。言葉遣いは慎重にした方が良いと思ったのだがな」
「笑わせないで、私は納得していないわ。私が今居る生徒会長の椅子は、本来ならば、あなたが座るはずだった」
進藤くんの視線から目を離さず、屈辱の意志を向ける。
「あなたが1年前に学園から姿をくらませなければ、私はこんな退屈な2年を送らずに済んだのよ」
「まだ、俺が留年したことを怒っているのか?桜田。確かに、今の3年で君と渡り合える実力者は居ないだろうが……」
「その通り。あなたは私にとって最高の暇潰し相手だったの。なのに、あの事件以降に学園から休学という形で姿を消した。……それほどまでに、あの人の存在はあなたにとって大きな存在だったのでしょうね?」
「当然だ」
即答で答えては、目つきが鋭くなる。
過去の話を詮索されたくは無いという、無言の意志表示。
それでも、私はこの機会に、進藤くんに釘を刺しておかなければならないことがある。
「私の弟に、近づかないでもらえるかしら?あの子にあなたのことを気づかれたくないし、あなたがあの子に余計なことを言うのも私には面白くないの」
「っふ…そうか。不安にさせたのなら、すまない。同じ委員だから、何かと接点が多くてな。それは仕方がないことだが……それ以外にも、彼個人に興味があったんだ。自分の中の好奇心が抑えきれなかった」
その好奇心が、私の不安を駆り立てる。
私にとっては、危険因子でしかない。
「興味…好奇心……あって当然よね。だって、あなたは―――」
去年のことを、そして思い出したくもない女の顔が脳裏に浮かぶ。
「椿涼華の教え子の、たった1人の生き残りなんだから」
私が最も嫌っていた女の名前を出せば、進藤くんは目を閉じて黄昏た表情を浮かべる。
「椿先生か……懐かしい。そして、先生の弟、椿円華。彼に対する俺の評価は、正直に言って期待外れだ」
「……は?今、私の円華を…バカにした?」
円華を貶す者は誰であろうと許さない。
殺意を向けて圧をかけるも、進藤くんは怯まない。
「気を悪くしたなら謝るが、決して悪意はない。しかし、これは本心だ。俺は椿円華に対して、今の段階では決していい印象は持ってはいない。嫌悪していると言っても過言ではないだろう」
「それなら、どうしてさっきは円華を擁護するような行動をしたの?」
「理性と感情を混合させないのが俺の流儀だ。あの場では、実行委員として俺が動くべきだと判断したに過ぎない」
「そう……。何にしても、面白くない展開ね」
テーブルに頬杖をつき、苛立ちを露わにする。
「全てがあなたの書いた筋書き通りに動いている。そう思えてならないのよ」
「それは違うよ、桜田。俺も万能じゃない。君には本当に感謝しているんだ、住良木麗音にもな」
進藤くんは視線を逸らして口元を右手で覆う。
「日下部の後ろ盾があったとは言え、真城結衣の精神力は本物だった。本当なら、俺はあの場で彼女に自白させるつもりだった」
表情が曇る彼を見て、思わず口を隠してフフっと笑ってしまう。
「じゃあ、あなたの予想外のことが起きたってこと?」
「君の言葉を借りるなら、そう言う事になる。しかし、それは俺にとって良い意味でと言うことは補足させてもらう」
「なぁ~んだ、面白くないの」
「君にとって面白い展開だった場合、椿円華がさらに窮地に追い込まれていた可能性があるが、それについてはどうする?」
「っ‼……相変わらず、冷静に痛い所を突いてくるわね」
「君の性格の悪さは重々承知している。無論、君が可愛い弟と言っている椿円華を大切に思っていることもな」
私の思考は進藤くんに把握されている。
だけど、進藤くんの考えは私には読めない。
その思考は常人のそれを超えており、他人は知らず知らずのうちに彼に利用されている。
どこからが彼の計画なのか、偶然と思えることも、全てが必然なのではないかと思えてくる。
そんな恐ろしい存在に煮え湯を飲まされたのは、1度や2度ではない。
悔しいけど、久しぶりに話してみると、私ではなく進藤くんが生徒会長だったのならと思ってしまう。
「あなたのこと、本当に嫌いだわ」
「そうだろうな。しかし、俺は君のことを尊敬しているよ」
それが本心か嘘なのかも見透かすことができない。
見透かそうとすれば、逆に心を掴まれる。
「皮肉ね。そう言うところも気持ち悪い」
「ネガティブ思考が過ぎるな」
フッと笑った後、紅茶を飲み干して一息つく進藤くん。
「安心してくれ。俺は椿円華に何かを仕掛けようなどとは思っていない。仮にも恩師の家族だった男だしな。ただ……」
「ただ…何?」
途中で詰まった言葉を促せば、彼の目付きが変わる。
無感情なものから、強い意志を感じるものに。
「彼を見守りたいと思っている……椿先生の分まで」
「円華のことが嫌いなのに?」
「現段階ではと言っただろ。俺は見定めたいんだ、椿円華の器をな」
「あなた如きに、円華を推し量れるとでも?」
「やってみなきゃわからないさ」
進藤くんの目に光が宿り、悪意を感じない自然な笑顔になる。
その目が気に入らない。
何よりも、あの女のためと言うのが……。
椿涼華という女は、この世から居なくなっても私のことを苛立たせる。
「お手並み拝見ね。とりあえず、私が作った舞台を無駄にしたら許さないから」
「その点は問題ないはずだ。あとは、椿たち次第だ」
進藤くんの中では、もうこの事件の終幕が予測できているらしい。
それがどういうものなのかは、わからない。
私にできるのは、ここまで。
あとは、円華たちを信じることのみ。
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???side
展開は大方予想通りに進んでくれた。
しかし、その過程が問題だった。
結衣の過去が、予想外の所から漏れてしまった。
これでは、大衆の目が眩んでしまう。
椿円華は悪なんだ。
それなのに、その事実が薄れてしまった。
結衣が嘘をついているはずがない。
悪いのは椿円華だ、才王学園だ。
そして、証明しなければならない。
俺の正義と、阿佐美の実力が上だと言う事を。
そうでなければ、俺がこの学園の頂点に立てない。
「もうすぐですね。文化祭での模擬戦で私たちが勝利すれば、あなたは阿佐美学園で事実上の頂点に立てます。そうなれば、次の生徒会長の座も確実ですよ」
「わかっている、結衣……。だけど、今はそれよりも、おまえに手を出した椿円華が憎い…‼おまえを苦しませた男を守ろうとする奴らも例外無くな‼」
才王学園は、結衣を傷つけた。
それが何よりも許せない。
その想いは結衣も同じだと思っていた。
しかし、彼女から返ってくる言葉は違った。
「才王の人たちは悪くない……悪いのは、椿円華ただ1人。みんな、あの男に騙されているだけなんです」
「……どう言う事だ?」
椿円華が才王の生徒を騙している?
結衣の言葉は続く。
「才王側の生徒の噂話を聞きました。椿円華には、人を洗脳する技術があるらしいんです。だから、彼の洗脳を受けた人は、彼に操られているだけなんです」
「才王の生徒は……椿円華の被害者だってことか?」
「そうです。だから、あなたが討たなければならないのは椿円華だけなんです。あなたの正義は、彼を潰すことで達成される」
椿円華を討つ。
そうすれば、俺の正義が成されるのか?
いや、結衣が言うならそうなんだ。
俺は結衣を信じている。
大切な仲間を疑うのは、最低だ。
「椿円華と言う悪を討って、才王の生徒もあなたの正義で救ってあげましょう?阿佐美だけでなく、才王にも、あなたの正義を理解してもらうんです」
「……そうだな、結衣。解放しよう……椿円華から、才王学園を」
なんて男だ、椿円華。
結衣を傷つけるだけではなく、同じ学園の仲間すらも利用するなんて。
そんな悪行は許されない。
俺の仲間は、もう傷つけさせない。
才王の生徒も、悪の手から救い出す。
どんな手を使おうとも。
「助けてください、先輩。いつも、私を助けてくれるみたい。今度は、多くの人々があなたの正義の手を待ってますよ」
「ああ……そうだな、結衣。俺の正義で……救い出すんだ」
結衣の言葉で決意が固まった。
迷いなんてない。
結衣が間違えるはずが無いのだから。
例え、周りが結衣を否定しても、俺が彼女を守る。
大切なものを守るだけの力を、俺は持っている。
結衣がそれを正しいというのであれば、それが最善。
俺は結衣を信じている。
結衣の信じる正義を信じる。
それが、この俺……日下部康則の正義なんだ。
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