2人の我が儘
円華side
きっっっっまずい。
今、俺は恵美と一緒にベンチに並んで座っており、沈黙すること約5分。
互いに何かを言うでもなく、ただ座ってるだけ。
やべぇ、俺、特に話すことなかった時、こいつとどうやって話してたっけ?
いや、その前に……『獣』の声が聞こえない?
ずっと、恵美が近くに居た時に聞こえていた、否定の声が一切聞こえない。
この前のことは偶然じゃなかったのか。
まさか、本当にしばらくは出てくるつもりはないのか?
あの言葉を信じることができなかったから、ずっと離れていた。
だけど、本当に『獣』が表に出る気が無いのだとしたら……。
でも、『獣』が言っていた「当分」がどれほどの期間なのかはわからない。
そんな気まぐれに、恵美たちを巻き込むわけにはいかねぇだろ。
沈黙の中で悩んでいると、恵美が満を持して口を開いた。
「少しは落ち着いた?」
「え?あ、まぁ…な」
「歯切れ悪いね」
「うるせぇよ。放っとけ」
素気なく言い返せば、チラッと横目を向けてきてジト目になる。
「放っといても何の進展も見られないんですけど?いつまで、私たちを待たせるつもり?」
「……」
返す言葉がない。
俺は自分のことがわかるまで、共に居ちゃいけないと言った。
だけど、恵美はそれまで待ってると言ってくれた。
それに対して、応えられていない。
「円華はさ……何で全然カッコ良くないのに、カッコつけようとしてるの?」
「・・・は?」
俯いて沈みそうな俺に、彼女は容赦なく畳みかけてきた。
「言ってる意味わからなかった?だったら、もう1回言うね。ダサいのに何を、無理して自分をカッコよく見せようとしてるの?って聞いてるんだけど」
「いや…別に、カッコつけてるわけじゃねぇし。俺は、おまえたちを傷つけないように――」
「じゃあ、見下してるんだ?ムカつく。円華のくせに、生意気」
「はぁ!?何が見下してるだよ、意味わかんねぇし‼」
頬を膨らませて非難してくる恵美に腹が立って言い返せば、あいつは怯えもせずにまっすぐに目を合わせてきた。
その目を恐れたのは、俺自身だ。
目を伏せてしまうと、恵美がボソッと「臆病者」と呟いたのを聞き逃さなかった。
「おまえっ―――んぶっ!?」
言い返そうとすれば、両頬をパァン!と挟まれてはそのまま半眼でジト目を向けられる。
「無駄にプライドが高いし」
右頬をつねられる。
「自分のことになると、すぐに塞ぎ込むし」
左頬をつねられる。
「天邪鬼だしぃ~~~‼」
両頬を勢いよく引っ張られ、両手を掴んで「いふぁいいふぁいいふぁいいふぁい(痛い痛い痛い痛い)‼」と離そうとするが、引きはがせない。
こいつ、こんなに力強かったか!?
引っ張られたまま前後にグリグリ回され、口が回らなくて喋りづらくなる。
「円華の嫌な所も怖い所も、いっぱい知ってる。だから、今更私を傷つけようとしたことぐらい、何とも思わなくていい。もう気にしてない」
「でも」と言いたいが、口が思うように動かないから黙って聴くしかない。
そして、恵美はジト目のまま頬をつねったり、強く引っ張ったり、回したりを繰り返し、人の顔を玩具にしてらっしゃる。
「それに今度やられたら、こうやってお仕置きとしてやり返す。それでチャラにする。私に嫌なことをしたら、私も円華が嫌がることをする。それでプラマイゼロ。……違う?」
ここで俺は、どう返答すれば良いのだろうか。
肯定するべきか、それとも、それでも恵美の気持ちを無視して否定するべきか。
迷っている間に、恵美は最後に勢いよく両頬を引っ張った後に両手を離しては「まっ」と言って笑顔を向ける。
「円華がそれが嫌だって言っても、それを無視して私は一緒に居るけどね。絶対に、円華を1人にさせないから」
その言葉を聞いた瞬間、俺の中でずっと張りつめていた鎖が心の振動で揺れ動いた。
だけど、長年腐った性根はそう簡単には変わってくれない。
差し伸べられた手を取ることが、憚られる。
「……言っただろ。おまえたちと居ると辛いんだ。一緒に居ると、自分がわからなくて苦しくなる。だから、俺は1人の方が――‼」
「なよなよした円華の気持ちなんて、どうでも良い‼」
恵美が声を荒げ、言葉を被せてきた。
そして、ベンチの上に俺を押し倒してきた。
見上げると彼女は、今まで見たことがない顔をしていた。
強い覚悟を固め、崇高な意志を宿した目だ。
感情の高ぶりからか、その瞳は透き通るような蒼に染まっている。
「円華が私たちから逃げるなら、私は円華がどんな思いをしたってしがみ付いてでも一緒に居る‼どれだけ苦しんだって関係ない‼私がそうしたいから、円華の側に居る‼」
鎖に更なる衝撃が加わり、振動が強くなる。
「今まで、円華の我が儘に散々に付き合って、我慢してきた‼でも、もう限界‼」
これが今までの恵美の抱えていた気持ちなのか、ダムが決壊したかのように言葉が溢れては吐き出されていく。
「円華の勝手な1人よがりな考えに合わせるのも、勝手な判断で逃げられるのも、全部嫌だった‼全部、全部、全部‼」
恵美は胸倉を両手で掴んできては、そのまま引っ張って前後に振る。
あまりの変化について行くことができず、俺はされるがままになる。
そして、勢いよくY-シャツを引いては顔を近づけて視線を強引に合わせる。
「今度は円華が私の我が儘に付き合う番‼私がずっと、円華の心が罪悪感で、ズタズタのボロボロになっても一緒に居るんだから‼円華に、拒否権なんて無い‼だから…‼」
恵美の目を見れば、途中から涙を浮かべていた。
彼女の言葉1つ1つが強い衝撃となり、張りつめていた言い訳の鎖が千切れそうになる。
そして、右頬に優しく手が触れられ、恵美は真剣な目で言ってくれた。
「私は好きで円華と一緒に居たいんだから、円華も好きにして良いんだよ」
その許可を意味する言葉が、何よりも大きく強い刃となり、俺の心を縛っていた鎖を切り裂いた。
それによって一気に力が抜けてしまい、俯いては腹の底から「はぁ~あ」と大きな溜め息をついてしまった。
「……円華?」
様子が変だと思ったのか、恵美が俺の名前を呼ぶ。
それを気にする余裕もなく、自然と言葉が出てしまった。
「自分が……恐いんだ」
「……うん、この前言ってたね」
恵美は俺の呟くような小さな声に耳を傾け、聴く体制に入ってくれた。
「キングが目の前で自殺した時から、俺の心は2つに分かれてしまった。それから、ずっと……もう1人の俺は、『獣』は、俺を孤独にさせようとした。何度も……何度も、何度も何度も‼……俺に訴えかけてきた」
これまで獣が俺に言ってきた言葉を思い出す。
「仲間など不要だ、孤独になれ、目の前に居る女は邪魔な存在だ……挙句の果てには、殺せってさ。……今までの俺を否定する言葉に、ずっと……耐えてきた」
「何で、そこで耐えちゃうかな……。本当に、頭は良いのにバカなんだから」
恵美に対して言い返す気力もなく、言葉が口から流れ出てくる。
「傷つけたくないからって言ったけど……本当は、少し違う。こんな、情けない俺を見られたくなかったんだ。これは、俺自身の問題だから、おまえたちに頼るような弱い部分をさらけ出すのが……恐かった。さらけ出して……離れてしまうかもしれないって考えたら、恐くて仕方がなかった…‼」
それが俺が抱えていた本当の恐怖。
助けを請う事なんて、できるはずが無かった。
全てを話して、改めて危険な存在として拒絶されるのが怖かったんだ。
自分自身でも気づかなかった恐怖の正体。
今、恵美に抱えているものを吐き出したからこそ見えた、何よりも恐いことだった。
自分の両手を見れば、また紅の獣の手に変わったような錯覚に襲われる。
また誰かを傷つけるんじゃないかって、不安が生まれる
俺の抱えていた恐怖を知り、恵美は小さく息を吐いて「バカだなぁ~」と言って軽くチョップしてきた。
「そんなこと、あるわけないじゃん。どれだけ円華と一緒に居たと思ってるの?……涼華さんよりは短いかもしれないけど、ちゃんと見てたし、知ってるよ?」
恵美は獣の手を取り、その温かい手で包んでくれた。
「口が悪くて、面倒くさがり屋で、でも誰かのために行動できて、優しくて、寂しがり屋なのに、1人で何でも抱え込んで……苦しんでいる、バカな人。それが、私の知ってる椿円華だよ。そんな円華が助けてって言うなら……どんな理由でも、見捨てるわけないじゃん」
そう言って、こんな俺に笑みを向けてくれた。
「ドーンっと頼って良いんだよ、ちゃんと支えるからさ。じゃないと、私たちが仲間でいる意味ないでしょ?」
「ドーンっとって……表現……古いんだよ」
やっと出てきた減らず口を呟けば、身体を支えているのが億劫になってきて、無意識に身体が恵美の方に向いて前に倒れてしまう。
すると、ムニュっという感触が顔全体に広がっては、頭を軸に身体が支えられる。
あれ?…何だ、これ?……すっっっっげぇ、柔らかくて気持ちいい…。
「っ~~~~~!?」
耳元で恵美が叫びそうな声を押し殺しているのが聞こえたが、気にしてる余裕がなかった。
そして、ぎこちないながらも、冷静な感じで聞いてくる。
「あ、あの……円華は、いつから、女の子の胸に顔を突っ込むような、甘えん坊さんになったんですか?」
あぁ~、察した。
でも、身体が言うことを聞いてくれない。
仕方がない、苦し紛れの言い訳をしよう。
そして、殴られよう。
「……るっせぇよ。何か……条件反射で、こうなっちまったんだから……しょうがねぇだろ」
「ふ~ん……しょうがなくなんだ?ふ~ん。変態」
特に離されるでも、「離れて」と言われるでもなく、その体勢のまま沈黙が流れる。
幸い、俺たちの近くは誰も通っていない。
だからと言うのもあるかもしれねぇけど、今の気持ちがそのまま口から出た。
「疲れた。……マジで、しんどい」
聞こえないように呟いたつもりだったけど、恵美の耳に届いてしまったらしい。
微笑みを浮かべては、俺の頭に手を乗せて撫でてくる。
「1人で頑張り過ぎなんだよ。バーカ」
「……るっせぇよ」
バカと言われて反応するも、そのままの体勢から離れたいとは思わなかった。
今はただ、このまま、今までの心の疲れを癒されたい。
俺は恵美に一緒に居ることを許されたのだと、その事実に浸りたい。
ずっと自分を縛り続けていた心の柵から解放されたことを、ただただ実感したかったんだ。
それぐらいの小さな甘えと我が儘は、恵美の俺に対するこれからの大きな我儘に比べたら、許されても良いだろ?
なぁ……姉さん。
感想、評価、ブックマーク登録、いつもありがとうございます!!




