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カオスメイト ~この混沌とした学園で復讐を~  作者: カナト
隣り合わせの文化祭
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すれ違いの願い

 一翔side



 この事件は、僕らが考えている以上に大きな問題があることは重々承知している。


 だから、今の僕の行動は個人的なものであり身勝手だ。


 そんなことはわかっている。


 だけど、あいつが狙われるかもしれないとわかっている以上、その前にできることはしておかないといけない。


 僕は才王エリアである女子生徒を探し、共同の休憩エリアに居る彼女を見つけた。


 住良木麗音だ。


 彼女は1人でテーブルに着いてココアを飲んでいる。


 これはチャンスだと思い、すぐに声をかけた。


「住良木さん……ちょっと良いかな?」


「あんたは……柿谷一翔?」


 僕の顔を見るなり、周りに人が居ないことを確認してからわざとらしく溜息をついて頬杖をついた。


「人の顔を見て溜息をつくなんて失礼だな」


「あんたの前で猫を被っても仕方ないでしょ?見られたくない所を見られてるんだから」


「夏休みの時のことか。あの時は、君がまさか才王のEクラスで人当たりの良い優等生を演じているとは思わなかったよ」


「じゃあ、どんな女に見えてたわけ?」


「えーっと……口と態度が粗暴そぼうな――――痛ぁ‼」


 言葉の途中ですねを蹴られて痛みで叫んでしまい、足を抱えてうずくまる。


「何で蹴るんだよ!?」


「あんたにデリカシーが無いからよ。あたしのイメージは優しい良い子なんだから」


「自分でそう言うイメージをつけさせようとするなんて、本当に計算高い女だな」


「お褒めに与りどーも。……それで、阿佐美の生徒があたしに何の用事?」


 怪訝な顔をして聞いてくる住良木さんからは警戒心を感じる。


 こんな状況だし仕方ない。


 信じてもらえるかはわからないけど、僕が今頼れるのは彼女以外には思いつかなかったから。


「あの偏くっ……いや、椿円華を助けるために協力して欲しいことがある」


「何それ……。詳しい話、聞かせなさいよ」


 僕は彼女に自分が知りうる限りの全てを話した。


 彼女もあの真城結衣の脅威は知っているはずだ。


 真城が円華にその黒い手を伸ばそうとしているかもしれないと伝えれば、力を貸してくれるかもしれないと思った。


 何度か頷きながら静かに話を聞いた後、住良木さんは俯いて表情が曇る。


「悪いけど、あたしはその件については何もできない……」


「どうして!?円華は君にとって、大切な仲間じゃないのか!?」


「あたしが仲間のためだったら何でもできるって言う女に見えたわけ!?勝手な期待を押し付けないでよ‼」


 彼女は身体を震わせており、目からも動揺が見える。


「あの女から植え付けられた絶望は……高校に入ってからも、時々夢に見るくらいにあたしの中に住み着いている。それに抗うためには……あたしはまだ弱いんだよっ…‼」


 テーブルの上に置いてある両手は拳を握っており、目には涙を浮かべている。


 その状態から、住良木さんが感じている悔しさがにじみ出ている。


 あの時の僕と……同じだ。


 誰かのために何かをしたいのに、見えない鎖で心を縛り付けられて何もできなかった悔しさ。


 それは後悔となって、忘れない傷になった。


 でも、今は違う。


 僕はもう、悔しさを後悔に変えたくない。


 自分の中でもそうだし、目の前に居る彼女に対してもだ。


「君の気持ちは……少しだけわかるよ」


「わかるなんて、軽々しく言うな‼あんたみたいな男に、あたしの何が―――‼」


「君も僕のことは何も知らないだろ!?」


 否定されて、つい感情的になってしまった。


 ダメだ、違う。


 こんなことじゃ伝わらない。


 あの時もそうだったじゃないか。


 もう繰り返すわけにはいかないだろ。


「大きい声を出してごめん……。でも、本当に今の君の気持ちは、少しだけわかると思うんだ。錯覚かもしれないし、それは勝手な感情移入かもしれない。だけど、君のその目は……何もできないことに対して悔しいって思っている人の目だから」


 そう、10年前の情けない自分と同じ目だ。


 あいつは彼女のために動けたというのに、僕は何もできなかった。


 本当は、僕もあいつと一緒に戦いたかった。


 いや、戦う事はできなくても、あいつの戦いを見届けたかった。


 それができなかったのは、僕があいつの決意を間違っていると認識してしまったからだ。


 この世界には、『正しいこと』と『間違っていること』の2択だけだという思考に縛られていたからだ。


 何かに縛られ、身動きが取れなくなった後の悔しさはぬぐい去ることはできない。


 だから、望まれてなくても手を伸ばすと決めたんだ。


 誰かが決めた正誤の常識ではなく、僕自身の意志で。


「僕はもう、何もできなかったと言う理由で後悔はしたくない。だから、円華を助けたいんだ。今度は後悔したくない」


「あんたの後悔なんて知らない。……あたしには、何もできないから」


 立ち上がって目を伏せながら去ろうとする住良木さんを止めることは僕にはできない。


「君1人だけだったら何もできないかもしれない。だけど、君があいつのために何かを協力してくれる意思を示してくれたら、僕は何でも協力するよ」


 それは僕の素直な気持ちであり約束だ。


 住良木さんは足を止め、軽蔑するような目を向けてきた。


「あんた……ズルいよね。そうやって聞こえの良い言葉で人を巻き込もうとするなんて」


「それでも、僕はあいつを助けたい。最低な男だって思ってくれても構わない」


「……あっそ、強いのね。そこまで円華くんの……友達のために考えられるなんて」


 彼女の言葉を首を振って否定する。


「確かに僕は友達のために動いているよ。だけど、それは円華のことじゃない。あいつを助けるのは、別の理由だ」


「はぁ?意味わかんないんだけど。円華くんのことじゃないの?」


「それは違う。……もう2度と会えない、大切な友達を悲しませたくないってだけ」


 きっと、円華が苦しんでいる所を見たら、彼女も悲しむだろうから。


 いや、今も悲しんでいるのかもしれない。


 あいつと僕のくだらないイザコザだって、彼女が居てくれたらって思う時がある。


 それが叶わない願いだとわかっていても。


「とにかく、僕が言いたいことはそれだけだから。僕は僕にできることをするよ。君も他に信頼できる人に声をかけてくれたら嬉しいな」


 それじゃあねと言って僕はその場を後にした。


 真城さんが円華に何かを仕掛けようとしても、彼を守ろうとする存在が居れば迂闊うかつには手を出そうとしないはずだ。


 僕が直接的に円華のために動くこともできるけど、あいつがそれを素直に受け入れるとは思えない。


 それほどまでに、僕ら2人の関係は10年という年月で捻じれてしまった。


 円華のことを思い出すと、同時に初恋の人の勝気な笑顔が思い出されてしまう。


 あの人が今の僕らを見たら、2人同時に頭に拳骨げんこつを振り下ろして仲直りさせてくれるのかな。


「蒔苗、涼華姉さん……僕は、どうすれば良いのかな」



 -----

 円華side



 俺の推測通りなら、今回の犯人は異能具を使っている。


 しかし、目的が見えてこない。


 わざわざ学園の行事を利用して混乱させるような動きは、これまで緋色の幻影はしてこなかったはずだ。


 動くのならば秘密裏に、一般生徒にはその違和感を気づかせないように振舞っていた。


 これは組織の意向とは関係ない独自の動きだと仮定すれば、何のために……。


 監視カメラの映像は確認した。


 阿佐美のAクラスには入れない。


 あと確認すべき場所は……。


 才王エリアの中を歩きながら考え事に集中していると、不意に何かにぶつかって「むきゃ!」と変な悲鳴が聞こえて前を見れば、足を開いて倒れた久実が頭を押さえながら膨れっ面で俺を見上げてきた。


「こら、円華っち!ちゃんと前を見て歩かないとダメじゃないか!可愛い久実ちゃんが尻もちをついちゃったぞ!」


「あ~、悪い悪い」


 久実の周りを見ると、段ボールが散らかっていたから代わりに回収する。


 自然と俺が荷物を運んで彼女と一緒にEクラスのお化け屋敷に向かうはめになった。


「お化け屋敷の準備は進んでるか?」


「おー!瑠璃っちが張り切ってて順調そのものだぞ!でもぉ……」


 口をとがらせて不満そうな顔になる。


「あんなことが起きちゃって、本当に楽しい文化祭になるのかにゃ~?うちは心配だぞ」


「そりゃあ、全員が楽しいってことにはならねぇだろうな。才王と阿左美、両方がお互いを犯人扱いしていたら、協力するのは難しい。犯人が見つかったとしても、全て元通りってわけにもいかねぇさ」


「む~~。そりゃあ、犯人は憎いよ。うちだって、ここまで頑張って作ったお化け屋敷を滅茶苦茶にされたらムギャー!ってなるってもんさ!」


 いや、ムギャーって何だよ。ムギャーって。


 とりあえず話を合わせておくか。


「俺もみんなが頑張った物を壊されたら良い気はしねぇよ。出し物をするかどうかは自由って言われても、気持ちは抜きにして行動が無駄になるのは納得できない」


「そうだよ!円華っちの言う通りだよ‼きっと……壊された阿佐美の方の人たちだって悔しいはずだよ‼頑張ったんだから当然だよ‼」


 その後も久実の感情論を聞きながらお化け屋敷に到着すれば、扉の前を黒いカーテンで閉められていて部屋の中が見えなくなっていた。


「完全にシークレットにするつもりかよ」


「瑠璃っち、相当凝ってたからね。当日までオバケの仕掛けを遠目でもネタバレしたくないんだって」


「中に入るのこえぇんですけど」


「そんなこと言ってないで~。ほらほらっ、円華っち入った入った!」


 後ろから押される形でカーテンを開けて部屋に入れば、中は真っ暗だった。


 そこから急に一点だけライトで明るくなっては白装束を着た黒髪の女が「いらっしゃ~い」と重く低い声でこっちに血塗れの顔を向けてきた。しかも、その手には赤黒い色で染みた日本人形を手に持っていた。


 久実は後ろで1人「むきゃー‼‼」と悲鳴を発していたが、俺は怠くなって半眼を向けてしまった。


「俺を驚かせようとしてどうすんだよ、成瀬」


「……あら、残念だわ。サプライズで驚かせて、その写真で笑いものにしようと思ったのに」


 黒髪のウィッグを外して視線を横に後ろに向ければ、川並がカメラをスタンバっていた。


「はぁ……悪かったな。そう言うのには耐性が付いてるんだよ」


 成瀬のドッキリ(笑)が失敗したことで、電気がついてクラスメイトたちが姿が露わになった。


 しかし、その中には麗音の姿はない。


「麗音は大丈夫なのか?」


「彼女には休んでもらっているわ。あのことで気を使わせるわけにもいかないから」


「最良の判断だな。でも、その分人手は足りてるのか?」


「幸い、みんなのやる気が削がれたわけじゃないから問題はないわ。もしもの時は、基樹くんにフォローに回ってもらっているから安心して」


 そう言って基樹に視線が行けば、てきぱきと働いている基樹の姿が視界に入った。


 話している余裕も無いって感じだ。


 いや~、うちの影をこき使ってくれて何よりです。


 クラスメイトの準備を遠目で観察しながら、俺の中で先程の久実の言葉が引っ掛かった。


 頑張った物を壊されたら納得がいかない。


 悲しみを覚えるのは当然のことなのかもしれない。


 怒りも当然覚えるだろう。


 しかし、監視カメラ映像で状況を見た時から覚えた違和感を思い出せば、矛盾が生まれてくる。


 時間は全てのクラスに対して平等に与えられている。


 全てが同時進行に進んでいる中で、ほとんどのクラスを回ったことで覚えた不穏感。


 Aクラスだけが、出店の進行度合いがとどこおっていた。


 それを確かめることも、阿佐美のAクラスに赴いた理由の1つだった。


 もしかしたら、犯人の思考は至極単純なモノだったのかもしれない。


 俺の予想通りの人物なのであれば、尚更その可能性が高い。


 1つ、別の角度から調べてみる必要があるかもしれない。


 糸が複雑に絡まり、この状況を利用する者が動き出す前に。

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