空白の1分間
クラスへの報告を終えた後、俺は進藤先輩にメールで呼び出されて警備室に向かう。
そこには訝し気な浮かべている3人と肩身が狭そうに俯いている警備員が居た。
進藤先輩は口に手を当てて考え込んでいるようだったが、俺に気づいて顔を上げてくれた。
「先輩、監視カメラの映像はどうだったんですか?」
「残念ながら、犯人に繋がる決定的な証拠は映っていなかった。しかし、犯人がした幼稚な細工は確認できた」
「犯人の細工?しかも幼稚って……」
1つの画面を指さされ、その録画映像を確認してみる。
それは阿佐美のAクラスの映像であり、時間は7時を回っている所からスタートしている。
真っ暗な部屋の中に人が居る様子はなく、警備員が巡回で部屋に近づくと自動で電気が点いて中を確認しているが、怪しさはなく軽く見回してはすぐにその場を後にしている。
そして、その3分後に奇妙な現象が起こった。
画面が真っ暗になり、何も映らなくなってしまった。
それはAクラスだけでなく全ての映像に共通する現象だった。
「はぁ…!?」
わかるのは何かが壊されている大きな音だけ。
50秒ほどして破壊音は止み、1分が経過して画面が正常に戻ると同時に明かりのついた部屋はすぐに電気が消えてしまった。
その時、画面に映っていた見るも無残な惨状を見逃すことは無かった。
「1分間の破壊工作……ってことかよ」
「それも用意周到に計画されたものだろう。犯人は警備員が巡回している時間を見計らい、監視カメラに細工をして行動に及んだと見て間違いないだろうな」
「そうですね。……この自動照明は、人が離れてから何秒後に切れるんですか?」
「約10秒後だそうだ。警備員に確認済みだから信憑性はあるだろう」
「10秒……」
その時間を引いて50秒で部屋全体を破壊するとしたら、早業にも程がある。
だけど、あの被害状況からのやり口を考えれば……。
「まさか、そんな短時間で模擬店をぶっ壊すなんてね……。離れ業にも程があるでしょ、ありえないっつーの」
金本が溜め息をついてやれやれと言った感じで言うが、それが当たり前の反応であることはわかりきっている。
「犯人はどうやって短時間で破壊工作に映ったのか。……椿、君ならば何かわかるか?」
「先輩がわからないのに、俺がわかるはずないじゃないですか。だけど……違和感がないわけじゃないですけどね」
左手を口に当てて思考する。
Aクラスの模擬店の破壊工作の時間は約50秒。
そう仮定すると、1人では不可能。複数人の犯行でなければ説明がつかない。
だけど、それよりも俺が不思議に感じたのは壊される前の模擬店の状態だった。
才王側の模擬店を見ていたからか、阿佐美側の方は簡易的な物に思えた。
お世辞にも力が入っているとは言えないものだった。
形だけ作りましたって感じだ。
阿佐美のAクラスは文化祭に乗り気ではなく、形だけ参加するつもりだったのか。
それなら、さっきのあいつらの悲し気な顔は何だったのか。
もしかしたら、前に抱いた嫌な予感が実現してしまったってことかもな。
破壊工作の方法もそうだけど、その背景に何故Aクラスだけが狙われたのかも重要なのかもしれない。
それにしても……。
背後から強い視線を感じて後ろを見れば、Dクラスの海藤に呆れた目を向ける。
「なぁ、後ろから睨まれると気が気じゃねぇんだけど?」
「……」
海藤は俺の声が聞こえていないのか、じっと見てくるだけで何も喋らない。
金本が腕を組み、不機嫌な顔を浮かべる。
「そいつ、ずっとそんな感じよ?話しかけても無視するし、ずっと一点に同じ方向に顔を固定して……。見てるだけで気味が悪い」
「おい、それは言い過ぎなんじゃねぇの?……ずっと……一点?」
それって、つまり、俺のことを見ていたわけじゃないってことか。
試しに海藤の横に立って彼と同じ方向を見てみると、全ての監視カメラの映像を俯瞰的に見ることができた。
そう、全て……人の気配がない映像。
俺はすぐに監視映像を6時まで遡り、全ての監視カメラの映像を見直す。
1階、2階、3階の括り無く、全てに目を通す。
その後、海藤を見て聞いてみる。
「おまえ……もしかして、ずっとこの映像がおかしいことに気づいていたのか?」
彼は俺の問いには答えないが、その視線は会場入り口の映像に向かう。
その日の準備を終了させ、会場を出て行く生徒の群れを。
そして、やっと重たい口を開いた。
「才王学園の全校生徒は568名。阿佐美学園の全校生徒は635名。合計1203名は正面入り口から出ていることは、午後6時の映像から確認できた。しかし、今の合計から差し引きしなければならない者が存在する」
それが誰なのかは、すぐにわかった。
何故なら、俺がその1人だからだ。
「俺たち実行委員は生徒が帰った後に、その日の内に最終確認の見回りをしなければならない。そして、全てを終えて退場したのは6時50分。7時過ぎぐらいに犯人が犯行に及んだとすれば……何か細工するにしても、容疑者は俺たちしか考えられないってことかよ」
容疑者は文化祭実行委員会の中に居る。
細工の方法は未だ不明だが、停電じゃないことは確かだ。
警備員の証言から、停電があったなんて事実は聞いていない。
犯人は何をどうして監視カメラを一時的にジャミングし、数十秒間で破壊工作を行ったのか。
この事件、裏で何かが動いている気がする。
その何かは、俺が探し求めている奴らかもしれない。
-----
管理室を離れ、会場内を歩いていると阿佐美側の生徒から白い目を向けられた。
成瀬の予想が当たったな。
今は片方からしか敵意は向けられていないが、疑われた方も敵意を向けるのは時間の問題だ。
容疑者が実行委員の中に居ると考えられる以上、俺も疑われることは間違いない。
しかし、わからないことばかりだ。
7時以降は警備員以外の人影はなく、かといって警備員が疑わしいわけでもない。
監視カメラの映像を見直した時、Aクラスの破壊工作が行われた居た時には警備員は3階を巡回していた。
破壊音が聞こえるはずもない。
そうなると、犯人は誰でどうやって犯行に及んだのか。
そして、才王側なのか、阿佐美側なのか。
「ダァ~メだ。考えることが多すぎて、どっから処理すれば良いのかわっかんねぇ~」
深い溜め息が出てしまい、マッサージ店の前を通ると勢いよくドアが開いて「アッハッハー」と聞き覚えのある笑い声が聞こえてきて顔を横に向けてしまう。
そして、見てしまったことを後悔した。
そこには会いたくねぇ奴が眼前に居た。
そいつはその巨体に袴を着ていては筋肉質な上半身を露出させており、後ろから「お客様、服を着てください~‼」と困った風な声をかけられていた。
「ノープロブレム。私の美しい身体を見られることで、庶民のみんなも眼福するだろうさ‼アッハッハー‼」
タイミングの悪さに唖然とした俺の存在に気づいたようで、幸崎は軽く手を挙げて白い前歯を光らせる。
「やぁ、ミスター椿。こんな所で会うなんて奇遇だねぇ」
「……おい、奇遇も何も、おまえ、ここで何してんだよ?」
「ん~?この私の引き締まった肌の艶を見てわからないかね。アロマオイルのマッサージを受けていたのだよ。ここの店は良い腕をしている。おかげで、私の美しさに磨きがかかったというものさ」
ドレッドヘアーの前髪をかき上げて自分に酔いしれている幸崎には、俺の言葉の意図は当然ながら伝わっていない様子。
「いやいや、そう言うことを聞きたいんじゃなくて。おまえ、実行委員の仕事に1日も参加してねぇだろ。何をサボってたんだって話」
「ハッハッハー。サボり?それは違うよ、ミスター椿。私はミスター進藤の言う通りの行動を取っているに過ぎない。彼は私にやっても良いし、やらなくても良いと言った。ならば、私が役割をやらないのは当然の権利というものさ。アンダースタンド?」
「要するに、やらなくても良いなら出なくても良いって思ったわけか……。それで?この期間中はずっと遊んでたってか?」
「そんなはずはないだろ、ミスター。私は私なりのやり方で、クラスに貢献していたのだよ。いやぁ、高貴な私でも庶民のレベルに合わせるのも大変だったねぇ」
意外や意外、幸崎はCクラスの出し物の方に参加していたようだ。
担任は何も言わなかったのか?いや、言っても聞かないから諦めたって所だろう。
「一応聞くけど、Cクラスは何をするつもりなんだ?」
「ん?そう聞くと言う事は、君は私の優れた芸術をまだ知らないみたいだねぇ。しかし、それは当日までのサプライズとしてシークレットにさせていただくよ。芸術とは、常に人にインパクトを与えなければならないのでねぇ」
「要するに展示だな、よくわかった」
俺の行きたくないと思った第六感は当たったようだ。
こいつの言う芸術なんて、想像するだけでろくなものじゃないだろ。
そう言えば、実行委員の中でもこいつは容疑者から除外しても良さそうだな。
一応、話だけはしておくか。
「おまえ、阿佐美側の模擬店が壊されたって話は聞いたのか?」
「あぁ、特に生産性も無い話だからどうでも良いと思っていたが、それが何かあったのかな?」
「さっき監視カメラの映像を見たら、1分間のジャミングが入っている内に模擬店が壊されていたことが分かった。そして、犯人はどこのカメラにも映っていない。意味が分かんねぇよな」
話を聞き、幸崎は顎に手を当てて思考する素振りを見せる。
「まるでゴーストの仕業みたいじゃないか。実に興味深いねぇ」
「意外だな?おまえがこの事件に興味を持つなんて」
幸崎が話を聞いて乗り気になるのは想定外だった。
「1分以内に部屋全体の備品を壊して散らかすなんて、普通は無理だろ?人間技じゃねぇよ」
「人間では不可能……か。では、その答えは人間ではないんじゃないかね、ミスター?」
「はぁ?おまえ、言ってることわかってる?」
半目を向けると、幸崎は腰に手を当てて笑う。
「アッハッハー、私は至って正常だよ。正気が故に言っている。物事は常識という柵を外して考えれば、何時だってシンプルなことの延長線上に起きており、結果が複雑に見えているだけなのさ」
右手の人差し指を立て、言葉を続ける。
「ゴースト、透明人間、超常現象、大いに結構‼その現象は確実に起きているからこそ、結果が生まれている。その事実から目を背けていれば、真実を見つけ出すことなど到底不可能。そんなことは私が言うまでも無く、優秀な庶民の君なら気づいているのではないのかね?ミスター椿」
「……だな。確かにおまえの言う通りだぜ、幸崎」
人間技じゃないのなら、それは人間じゃない。
その事実を受け入れれば、自然と俺が知る可能性の中で浮かび上がるものがある。
犯人は異能具使いか、あるいは希望の血の異能力者。
岸野先生に聞けば、何か情報が得られるかもしれない。
俺は幸崎の元を後にし、もう1度阿佐美側のAクラスに向かった。
その後、上半身を露出させた幸崎に対して女子が悲鳴をあげて少し問題になったのは別の話である。
感想、評価、ブックマーク登録、いつもありがとうございます!




