素直じゃない関係
「真城さんに僕を嵌めることを協力させられそうになった!?」
俺があの日の真城との会話の内容を話すと、一翔は溜め息をついて頭を抱えた。
「彼女、僕を陥れるために見境を無くしている」
「それだけ、おまえは手強いって思われてるってことだろ。良かったな、モテモテで」
「今の話のどこにモテてる要素があった!?人の不幸を笑うのも大概にしろ‼」
「いや、笑ってねぇよ。バカにしてるだけで」
「尚更悪いわ、この悪魔‼」
子犬のように威嚇してきたので、クールダウンに遊ぶのもここまでにしておこう。
「真城結衣……おまえの話を聞いている限りでは面倒な女だな」
「そんなことは前からわかっていたことだ。彼女の本性を知った後から、1年生全体からの僕への陰湿な態度は激化したよ。誰も味方なんて居ない、先生たちも優等生の僕を表面上は擁護してくれようとしたけど、力及ばずって感じで……ずっと、自分との戦いの日々だった」
また落ち込みそうになったかと思えば、頭を上げて目に輝きが戻る一翔。
「それでも、居場所が無かったわけじゃなかったんだ。生徒会は僕の実力を認めてくれた。その証として、僕にこのクロスチャージャーを預けてくれたんだ」
スマホを取り出して後ろの十字架のカバーを見ては頬が緩んでいる。
「生徒会……ね。異能具を管理しているなんて、一体どうなってるんだよ」
「君だって、刀の異能具を持っているじゃないか。生徒会に所属しているわけじゃないなら、あれはどう説明するんだ?」
「俺の方は特殊なんだよ。それに、うちの学園の生徒会が異能具を管理してるなんて話は聞いたことねぇし」
「そうなのか?異能具の存在は、阿佐美側では周知されているはずなんだけど……」
「そこは考えてもしょうがねぇだろ。今は、真城の暴挙を止める方法を考えた方が無難だ」
「彼女を止めるって……一体、どうやって?僕だって方法は模索していたけど、全然手がかりは見つからない」
一翔のさっきの話を聞いて、1つ引っ掛かる部分があった。
それを突き止めれば、あるいは。
「真城がそこまで強気でいられる理由……あいつにとって最も重要とも言える、学園にも影響を与える駒って誰のことなんだろうな?」
「それは……誰のことなんだろう。先生方が彼女の手中に収まるとは考えられないし、生徒会は僕を助けてくれた。真城さんが一体誰のことを指して言ったのか……容疑者が多すぎる」
自分を追いつめる存在はわかっても、そいつの背後に居る実力者をどうにかしなければ彼女に一矢報いることもできない。
一翔が八方塞がりの状況の中で、俺が阿佐美の問題に干渉できるのは文化祭の期間だけだ。
俺に何ができる?
いや、まず最初にこの件に関わるべきなのか?
俺はあの時、何のために一翔と袂を分かったと思ってるんだ。
これは一翔が自分で乗り越えるべき試練じゃないのか。
一翔を助けるべきなのか、割り切るべきなのか。
無意識に、一翔が関わってると思っただけで必要以上に足を踏み込んでしまった。
だけど、これが正しいのか。
余計なことをして、一翔をさらに追い詰めてしまうことだってあるんじゃないのか。
それでも、俺は……。
自分の中の葛藤に苦しみそうになると、一翔は立ち上がって腕を上に伸ばしては小さく息を吐いて俺を見る。
「ずっと溜め込んでいたことを吐き出した相手が君って言うのは癪だけど、おかげで話ができて少しはスッキリできた。あとは僕が1人で何とかするから、君は住良木さんを助けてあげろ」
「はぁ?おまえ、何言ってんだ?おまえ1人でどうにかできることじゃねぇだろうが!?」
味方が居ない状況で、たった1人で真城に立ち向かうなんて不可能だ。
そんなことは、ずっと耐え続けている一翔自身がよくわかっているはず。
それでも、一翔は苦笑いを浮かべながら強がってしまう。
「これ以上、関係ない君を僕のことで巻き込んじゃいけないから。円華は、円華のやるべきことに集中しろよ。僕はもう、こういうことには慣れてしまったから」
「慣れる慣れないとか、そういう話じゃ―――‼」
「休憩時間も、もう終わりだ。ここからは別行動にしよう。君は才王エリアを、僕は阿佐美エリアを回るから、何かあったら連絡よろしく」
強引に話を切り上げて一翔は俺の制止も聞かずに出口に向かった。
追いかけようとしても、過去の後ろめたさが後ろから足を掴んで離さなかった。
「何だよ……あいつ…。こんな時に、俺に気を遣って……強がってる場合かよっ…‼」
俺は行き場のない怒りを抑えるために、拳を握ってテーブルを強く叩く。
「畜生‼だから、おまえが嫌いなんだよ。アホ真面目‼‼」
違うだろ、怒りの理由はそうじゃない。
本当に嫌いなのは……一翔を助けられない俺自身だ。
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恵美side
麗音を落ち着かせた後、お化け屋敷の準備は休憩の時間になったから中断して私は自販機に向かう。
今は久実と数名の女子が麗音の側に付いてるから大丈夫だと思うけど、真城結衣が阿佐美側に居る以上は文化祭が終わるまでは気が抜けない。
学校の中じゃなくても、休憩時間は騒がしい。
ヘッドフォンをして雑音をシャットアウトして廊下を歩いていると、実行委員の休憩室からさっき見かけた青髪の男子が出てきたのが視界に入った。
あれは確か、円華と一緒に居た……真城が柿谷って呼んでた気がする。
少し気が引けたけど、これはチャンスだと思って声をかけてみた。
「ねぇ、そこのあんた……柿谷…さん、だっけ?」
「……え?僕?」
「そう、あんた。ちょっと時間ある?」
「いや、あのぉ……時間はあるようでないんだけど……。君は確か、Eクラスの部屋に居た人だよね?」
「最上恵美。円華のパートナーやってます」
ピースしながら冗談っぽく言ってみると、柿谷は「え!?」と目を見開いてオーバーに驚いては休憩室と私を交互に見た。
「あの……偏くっ…じゃない、円華なら中に居るけど、呼んでこようか?」
「ううん、今はいい。私が用があるのは、あんたの方だから」
「……歩きながらで良いかな?ちょっと自販機に寄りたいんだけど」
「それは偶然。私も自販機に行く予定だったから」
2人で歩いていると、制服の違いでわかるけど阿佐美の生徒からの視線に悪意があるものを感じる。
別の学園だから仕方ないって思っていたけど、すれ違う人たちの視線は私ではなく同じ学校の柿谷の方に向かっていた。
それに気づいてか気づかずか、歩きながら話を振ってくる。
「最上さん、僕に話って何かな?」
「あっ……うん。円華は実行委員ではどんな様子なのかなって言うのが気になったのと、真城結衣について教えてほしいと思ったんだけど……聞いても良い?」
「……それなら、交換条件で僕も聞いて良い?円華が才王学園でどんな生活をしていたのか」
「うわぁ……ちゃっかりしてる。でも、本人から直接聞いたら良いんじゃないの?」
「そう言う話をする仲じゃないんだよ、僕とあいつは。友達じゃないから」
途中から悲しそうな表情を浮かべる柿谷から、この文化祭の前から円華と関係があった人であることは察しがついた。
でも、円華の記憶を覗いた時に彼の存在は見えてこなかった。
心の中で鍵をかけている過去がある。誰にも知られちゃいけないと思うほど大きなものだと思う。
自販機の前に着いてお互いに買いたいものを買えば、ベンチに座ってお互いに情報を交換した。
実行委員での円華の様子は、柿谷の主観では捻じ曲がった性格が全開で何度も口喧嘩を繰り返したらしい。
誰かと子どもみたいに口喧嘩をする円華は考えもつかなかったけど、想像したら少し面白い。
そして、真城結衣は阿佐美学園では誰からも好感が持たれる真面目な優等生のようだけど、それが表面上のものであることは麗音の精神世界で見たから知っている。
高校に上がっても、猫を被るところは変わっていないみたい。
それに騙されて、本性を知って心を壊した者は少なくないだろう。
柿谷の話を聞いた後に私が才王学園での円華の今までのことを(復讐のことは抜かして)話せば、彼は表情豊かに喜怒哀楽を示してくれた。
円華の話をしている時の彼は、本当に楽しそうだったと思う。
「————そうか、ありがとう。強がりで言っていただけだと思ったけど、円華は本当に……友達ができたんだな。あいつが才王学園で元気にしてたなら……良かった、本当に良かった」
薄く笑みを浮かべて優しい顔をする柿谷を横目で見て、確かめたいことが出てきた。
「柿谷……1つ、お願いしても良い?」
「うん、僕にできることなら」
私は腕を横に軽く伸ばして、手を差し出す。
「私の手、握ってくれる?」
「え?う、うん……こう?」
柿谷は身体を私の方に向けて握手する形で手を握った。
ヘッドフォンを両耳に当てて目を閉じれば、電気の回路が繋がったように柿谷の記憶が頭の中に流れ込んできた。
柿谷一翔の人生という膨大な過去の情報量の中から、円華と関係があった時の記憶を探し出す。
そして―————全てを理解した。
円華が手放すしかなかった、家族以外にできた初めての絆。
柿谷がその時感じた、大きな怒り。
円華と柿谷、そしてもう1人の少女の最後の約束。
1分程経った時、それら全てを読み取った後で柿谷から声をかけられた。
「最上……さん?何で……泣いてるの?」
「え?……い、いや、何でもない」
気づかない内に出ていた涙を手の甲で拭い、ヘッドフォンを外して平然を装いながら「ありがとう」と礼を言って手を離す。
「えーっと、ちなみに今のは何だったの?」
「私の得意な手の感触占い。柿谷は今後、今まで大きな不幸を経験してきたと思うけど、これからは徐々に幸運になるから心配しないで」
適当に誤魔化した後に柿谷から「そうなんだぁ…」と微妙な反応と共に苦笑いが返ってきた。
そして、彼は時計を確認するとそろそろ行かないといけないのかベンチから立ち上がって私に笑みを向けた。
「君みたいに、円華のことを気にかけてくれる友達が居てくれて良かった。最上さん、あいつのことをこれからも支えてやってほしい。あいつ……今、誰にも頼れなくて苦しんでると思うから」
「……私で良い…のかな」
柿谷に言われても、私には自信が無かった。
円華は今、私たちのことを避けている。
私たちと居るのが辛いと言っていた。
だから、今はそっとしておくべきなんじゃないかと思ってしまった。
「あの偏屈者は、辛いとか苦しいと思うほど独りになりたがる。だけど、それは逆効果なんだ。それで解決した試しがない。それはあいつの姉さんから話を聞いたから確証済み。だから、荒行時でも側に居てやることが、あいつを救うことになると思うんだ」
「え!?じゃあ……1人にしてって言われた時に、1人にするのは……」
私は1度、円華の覇気に押されて彼を1人にしてしまった。
いつもなら、しばらくしたら側に行くのに今回は行けなかった。
辛いと言った円華の苦しそうな顔が、ずっと脳裏に残っている。
「う~ん、最初は良いかもしれないけど、後は強引にでもタイミングを見て側に居てやらないとさ。あいつ、沼みたいに深みに嵌っちゃうから。本当に……円華は面倒くさいよね」
困ったと言いながらも、その顔にははにかんだ笑みを浮かべている。
「……どうして、円華のことがそんなにわかるの?」
首を傾げて聞けば、柿谷は複雑そうな苦笑いになって言った。
「わかるさ、昔から見てきたし、聞いてきたから。あいつは僕にとって、乗り越えなきゃいけない目標で……腐れ縁だからさ」
本当は、別の言葉で表したいくせに。
自分に素直じゃない所は、円華と似ている。
「円華が誰かを避けてるってことは、逆に誰かに助けてほしいってことだから。君を避けているなら、君のことを必要としてるってことだと思う。だから、あいつのこと……よろしく頼むよ、最上さん」
そう言う柿谷の向ける笑みが、頑張った作り笑みであることはすぐにわかった。
本当は、自分が円華を助けてあげたいと思っているくせに。
大切な幼馴染だって、思いたいくせに。
きっと、円華も同じように思っているはずなんだ。
記憶を見たからこそ、2人の関係がじれったく思う。
だから、私にしては珍しくお節介で自然と言葉が出た。
「今からでも、やり直せるよ。円華だって、柿谷と仲直りしたいんだと思う」
「……それは無いよ。円華は……僕との約束を未だに果たそうとしていないから」
そう言う柿谷の言葉は悲しさを帯びていた。
そして、彼は私に背を向けて軽く手を振って行ってしまった。
円華と柿谷。
本当に……見ているこっちがじれったくて腹が立つ。
「……よしっ!」
私の中で、今やるべきことが見えてきた。
さっきの柿谷の言葉で、少し背中を押されたような気がした。
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