もう一人の姉
ゲームの結果発表が終わり、Fクラスの全員で地下に戻ろうとした時のことだ。
エレベーターに乗ろうとした時、全員足が止まった。
扉の前で胸を持ち上げるようにして腕を組んでいる、学園に居る者なら1度は見ているだろうベージュの長い髪をした女が立っていたからだ。
3年生にして現生徒会長、桜田奏奈。
みんなは入学式の時の挨拶で1度見ているらしいが、俺はその女のことを嫌と言うほど見たことがあるし知っている。
先頭を歩いていた岸野先生が奏奈に歩み寄る。
「桜田、何か用か?まだ1限目の途中だろ?」
「ええ。ですが、単位に影響は無いので退屈な授業は抜け出してきましたわ。文句がおありで?」
「いいや、おまえがそれで良いなら別に良いんだが…うちのクラスに何か用事があるのか?って聞いたんだがその返答はまだか?」
「そうですね。このクラスに身内が居ますので、この機会に少しだけ話をさせていただければと思いまして。2限目までには地下にお返しますわ」
「…そうか。じゃあ、その身内をさっさと抜粋してくれ。早く戻ってタバコが吸いたい」
「ヘビースモーカーだと身体によろしくないですよ?禁煙なされたらどうでしょう?」
「心配してくれて嬉しいが、自分の身体のことはわかってる。これ以上、悪くなることはないさ」
「あら、そうですか。では、失礼しますわ。ちなみにエレベーターのスイッチは右側ですよ?」
「…それぐらいは見えてる。ガキが大人を馬鹿にすんな」
「これは失礼」
先生に礼をすることもなく通り過ぎれば、前の列を分けて俺に近づいてくる奏奈。
この女が俺の前に現れるのは…流石に想定外だった。
奏奈は俺の前に立つと、ニコッと微笑んできた。
「久しぶりね、円華。話があるの。一緒に来なさい」
「どうして、俺がおまえの命令を聞かなくちゃいけないんだ?」
「あなた、ここに来る前に家に忘れ物をしたでしょ?それも渡しておきたいのよ。…ね?お願い」
「…っ」
舌打ちしながら列から出て、奏奈についていく。
後ろからクラスメイトの視線は感じたが、1度も振り向かずに歩く。
こいつらを巻き込むわけにはいかないからな。
本校舎の中、玄関のすぐ奥にある広間に着けば、こちらを振り返る奏奈。
その妖艶な笑みは、今の状況に満足しているような顔だ。
「それで何をしに来たんだ?BC」
俺は奏奈のことを、幼少の頃から、彼女のコードネームであるBlack cherryの頭文字を取ってBCと呼んでいる。
コードネームは俺にもあるが……それはまた後で話そう。
「あらあら、お姉ちゃんって読んでくれないの~?ま・ど・か?」
「黙れ、おまえを姉だと思っていたのは4歳のあの日までだ。俺の姉はあの時から、涼華姉さんだけだ…!!」
怒りを隠さずに睨みながら言うが、奏奈はクスクスっと笑っており、俺が怒っているのを見て楽しんでいるように見える。
趣味が悪いな、相も変わらず。
奏奈は笑いが治まり、表情は笑みを浮かべたまま監視カメラを見ながら話しを始める。
「それでそれで?私からのプレゼントはどうだったかしら~。喜んでくれた~?」
「おまえの悪趣味な赤文字で書かれたヒントのことだったら、まぁ感謝してやってもかまわない」
「違う違~う。な~んか~、忘れてな~い~?ほらほら、監視カメラってワードで…ね?」
「監視カメラ?………まさか!?」
思わず、目を見開いて奏奈のことを見てしまった。
すると、奏奈はしてやったというような顔をする。
「そう、監視カメラの点検は私から学園長に言っておいたことよ?最初に地下から回って、後から本校舎を点検させるようにさせたのも私の推薦。どう?動きやすかったでしょ?変装はお得意ですものね~?」
この女は……。
つまり、あれか?
俺はこの女の根回しがあったから勝てたってことか?
「はぁ…全て、BCの手の平の上だったってわけか」
今回のクラス対抗人狼ゲームでは、ルールを完全に把握できたとしても…いや、そうできたからこそ、Fクラスは改めて不利だったことがわかった。
地下に隔離されているFクラスが、どうやって本校舎に居る他のクラスの状況を見ることができる?
どうやって、人狼を捜すことができる?
不可能だ。
頼みの綱であるハッカーの成瀬はまだ学園のサーバーにアクセスできないらしく、自分で何とかするしかない。
そんな時に、利用できそうなことの情報が入り込んできた。
人狼ゲーム7日目の放課後の監視カメラ点検だ。
俺はわざと風邪を引いたふりをし、クラスを逸早く出てから、Fクラスの点検を終えて出てきた業者の男を眠らせ、前日に街で買っておいた中年変装セットで業者に変装をし、そのまま地下の警備員に『本校舎のカメラ点検で来たんですけど、上に行かせてくれませんか』と言えば、業者の名札を見せて通してもらった。
本校舎に入ってからは、1つ1つクラスのカメラ点検をしているふりをしながら、俺のスマホに映像データが来るように設定した。
無論、学園側に気づかれない様に細工をして。
そして、ゲームの後半は1日1クラスの監視映像をスマホで何度も確認して他のクラスの人狼を見つけた。
正直、上から俯瞰的に見ていると微妙な動作で人狼かどうかはわかるようだ。
いや、俺だからできたのかもしれないな。
それにしても、さっきは『何で人狼がわかったんだ?』と聞かれなくて良かった。
聞かれても即座に返答できる嘘は用意していたが、それはあくまで保険だ。
つまり、それだけ奴らは驚いていて、頭が働いていなかったんだろう。
奏奈は笑みを浮かべたまま、俺を見て拍手をする。
「流石は円華ね。スパイの経験があるだけに、工作も気づかれないようにしていた。賞賛に値するわ」
「…どうして、俺に手を貸すようなマネをした?」
「お姉ちゃんだから~~」
「もっとマシな理由があるだろぉが。もしかして、あのまま真央が勝つのは面白くなかったからって言うんじゃないだろうな?」
思いつく予想を言えば、奏奈はクスクスっと笑う。
「ピンポ~ン。…真央が私に対して、何かしらの謀反を考えていたのはわかってたから。知ってるでしょ?私は…」
「他人の思い通りに物事が動くのを見ると、無性に腹が立ってぶち壊したくなる…だろ」
「そうそう、円華のそう言う物覚えの良い所、お姉ちゃんは大好きよ~?」
「俺はおまえのことが大嫌いだ。あと、自分のことをお姉ちゃんって呼ぶな、気持ち悪い」
「うん、知ってる~。けど、私が良いと思っているから良いのよ」
うぜぇ…と言っても、自分勝手に引っ付いてくるのが桜田奏奈だ。
だから嫌いなんだ、この女。
奏奈は何かを思い出したような顔をしてスカートのポケットに手を入れて、ある物を取り出した。
それを見て、俺は驚きを隠せない。
「さっき、忘れ物したでしょって言ったじゃない?これのことなのよ。椿の叔父様から渡すように言われてたのを今日の今日まで忘れてたわ。…今後、必要になるかもしれないでしょ、アイスクイーンさん?」
「…確かに、引っ越しの荷物を整理している時に無いなとは思っていたが…まさか、椿家に忘れてたのか。これだけは感謝しておく」
奏奈が見せてきたのは、黒い眼帯だ。
これは俺に欠かせない物で、正直無いとわかってからは時々、禁断症状が出るほどだった。
受け取ろうと眼帯を掴もうとすれば、横に動かされて取れなかった。
再度挑戦するも、今度は上に動かされて取れない。
奏奈を不機嫌な表情をして睨むと、彼女は楽しむように満面の笑みをしている。
「円華~?ありがとう、お姉ちゃん…は?」
「あ?」
「あ・り・が・と・う、お姉ちゃん……は?」
「おい…」
「ほらほら~、早くしないと~、もうそろそろで2限目が始まるわよ~?」
「あぁ……畜生!この魔女が!」
右手で取ろうとするがそれを回避されるが、次に死角から左手を伸ばせば眼帯はすぐに取れた。
すると、奏奈は面白くないという表情をする。
「何でも、おまえの思い通りに行くと思ったら大間違いだ」
「そうよね~、何でもは無理ね。だけど、私の予想を超えることができるのなんて円華くらいよ」
「あっそ、別にそこは興味ないね。…じゃあな」
眼帯をポケットに入れてエレベーターに向かって歩き始めれば、奏奈が「待ちなさい、アイスクイーン」と呼び止める。
円華と呼ばれれば無視したが、流石にコードネームで呼ばれると止まるしかなかった。
「何だ?もう戻りたいんですけど?」
露骨に不機嫌な表情をして振り向けば、奏奈は真面目なトーンでこう言った。
「後日、学園長と会わせてあげるわ」
「…は?」
「それであのことを聞けるチャンスを作りなさいな」
「…BC…おまえ…」
「勘違いしちゃだめよ?あの人のためじゃないわ。あくまで、私は弟のためにするの。私にできるのはここまでよ?あとは自分で頑張りなさい」
そう言って、奏奈は俺の横を通り過ぎて行った。
その時、少し気は乗らなかったが気持ちを押し殺し、溜め息をついて俺はこう言った。
「Thanks, BC」
「Don't mention it, Ice queen」
英語で言えば英語で返された。
大っ嫌いな女ではあるが、頼りになるとは思ってる。
それが俺のもう1人の血縁上の姉、桜田奏奈である。




