想定外の2人
一翔に連れて来られたのは、2階の休憩室の1つだった。
幸い、今は見回りの休憩時間だったから都合が良い。
俺は自販機でミネラルウォーターを買って一翔に渡し、テーブルに対面して座る。
「真城とおまえ、何か因縁があるみたいだな。さっき、あいつが出て行く時に言い合ってただろ」
「……あの一瞬でよく聞こえたね」
「細かいことにも目と耳を働かせるように、姉さんに叩きこまれたからな」
「涼華姉ちゃんか……懐かしいな」
キャップを開けて水を一口含み、一翔は俯く。
「本当は僕1人だけの問題なら、僕が耐えればそれで良いと思っていたんだ。だけど、彼女は違う学園の住良木さんにも手を伸ばそうとした。だから、止めたかったんだけど……今回のことで、真城さんはまた暴走するかもしれない」
「またってことは、1度あの女は暴走したってことだよな。それで、その被害者がおまえだったってことか。大体わかった」
真城結衣が過去に麗音にしたことの内容は、後で恵美に確かめた方が良さそうだ。
興味ないとか言ってる余裕はないし、手口から止める手がかりがあるかもしれない。
ついでだ、真城が俺に言っていた事の真意を念のため確かめるか。
「一翔、おまえ……Sクラスから1人の女子生徒を脱落させたそうだな」
「っ!?どうして、君がそのことをっ…!?」
一翔は目を見開いて少し動揺を見せ、溜め息をついて頭を片手で押さえた。
「誰から聞いたのかはわからないけど、僕はそんなことしていない。だけど、Sクラスから降格した女子が居たことは事実だ」
「何があったのか、詳しく話せるか?」
「……僕はみんなで協力してSクラスで頑張りたかったんだけど、彼女はクラスメイトを陥れようとしてあらゆる手段で邪魔をする人だった」
一翔はその女の妨害の内容を話した。
課題のカリキュラムを名前をランダムにすり替えられたこと。
ネット掲示板を使って誤情報を流して中間試験の範囲を誤認させようとしたこと。
Aクラスを巻き込んでクラス同士の衝突を起こし、事件を起こそうとしたこと。
どれも悪質で、表に出るような工作ではなく裏側で正体がバレないような内容だった。
「入学してから3か月が経った頃、僕はAクラスとの衝突事件をきっかけに彼女が全ての原因であることを突き止めた。だけど、そこで恐ろしい事実を知ることになったんだ」
「大方、その女は実行犯だっただけで裏に黒幕が居たって所か?」
「うん……その通りだ」
マジかよ。リアルにそんな漫画みたいな展開があるんだな。
こういう時って、大抵マトリョウシカ方式で黒幕の後ろには真の黒幕がぁ……って言う永遠に終わらない黒幕剥がしが行われる悪い予感。
「それで?何でその女が降格したのが、おまえが原因って話になるんだ?」
「彼女は突然、僕が問い詰めた次の日に降格申請をしたんだ。そして、そこから誰からかの発信かはわからないけど、『柿谷一翔がSクラスから降格させた』という噂が広まり出したんだ」
「そう言う事だったのか…」
思い返せば、阿佐美側の実行委員は一翔と関わろうとはしていなかった。
今の話を聞く限りだと、避けていたと見て間違いない。
「僕がその噂を聞いた時には、もう学園全体から疎外されていた。クラスの中では1人で、存在を無視されることもあった。努力してみんなの信頼を取り戻そうとしても、人間性を否定されたら実力なんて関係なくて……無意味だったよ」
実力と人間性を天秤にかけた場合、信頼という点では後者に傾くのは当然のことかもしれない。
噂を流したのは黒幕だろう。
そして、その黒幕はさっきのことから言うまでもなく……。
「その噂を流した張本人が、真城だったってことか」
「気持ち悪いぐらいに察しが良いね。そう、僕は嫌われるのを覚悟で噂を流した人を探し続けた。普通は見つからないって思うだろ?でも、見つかったんだ……何でだと思う?」
確かに噂を流した本人を探すことなんて普通は不可能なはずだ。
よっぽどのほら吹きで全校生徒から嫌われている奴ならすぐに見つかるだろう。
そうでなければ、張本人を守るために、他人から聞いたと嘘をついてミスリードを誘う者も出てくるはずだし、覚えていないと言う者も当然居るはず。
張り巡らされた根を全て調べて根源に辿りつくのは、嘘発見器だのを使うなり多大な労力を注がない限り不可能だ。
それでも、一翔は真城に辿りつくことができた。
不思議を通りこして不可解だな。
「聞く人全員が真城さんから聞いたって言ったんだ。まるで、そう言うように段取りを組まれていたみたいにね。だけど、その時の僕には信じられなかった。彼女は誰にでも優しい人で、悪い噂を流すような人には思えなかったから」
「それはおまえの表の印象だろ。誰だって裏で何をやってるかはわかったもんじゃない」
思ったことを言ってみると、一翔は顔を引きつりながらむきになって言い返してくる。
「偏屈者の君とは違って、僕は人を信じる所から始めてるんだよ」
「その結果が村八分とか笑えねぇー。ボッチのアホ真面目とかマジ受けるー」
「笑えないと言いながら受けるって矛盾してるからな!?酷くて泣くぞ!?」
顔を上げて涙目でツッコんできては、少しはいつもの調子が戻ってきたみたいだ。
落ち込んでるアホ真面目なんて、らしくねぇからな。見てるこっちも暗くなりそうだ。
咳払いをしては「話を戻すよ」と言って説明に戻る。
「信じられないながらも、真城さんに話を聞いたんだ。そしたら、彼女は本性を現した」
「化けの皮がはがれたってか?」
「どちらかというと、被っていた仮面を取ったって感じだったよ。……あの時のことを思い出しただけでも、未だに身体が震えるよ」
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一翔side
夏休み前のことだった。
僕は話を聞いた人たちの証言の真偽を確かめるため、真城さんの元に向かった。
彼女はAクラスの教室の中に居て、僕を見ると笑顔を向けてきた。
「真城さん……話、良いかな?」
「どうしたの?柿谷くん。ちょっと、顔が怖いよ?」
その時の僕はどんな顔をしていたのだろうか。
おそらく、切羽詰まった表情をしていたのだろう。
少し怯えている真城さんに迫り、聞くべきことを口にする。
「聞く人みんなが言ったんだ。僕が長野さんを降格させたって噂を君から聞いたって話……本当なのか?」
「……その話を君は信じるの?」
真城さんは否定せず、真剣な顔と声音で聞いてきた。
言葉を間違えれば、彼女からの信頼が無くなると思った。
だから、その時は素直な気持ちを口にしたんだ。
「僕は真城さんを信じたい。だけど、みんなが言っていることを否定することもできない。だから、君の口から本当のことを聞きたいんだ。話してくれないか?」
俺は嘘偽りなく心のままの思いを伝えた。
すると、真城さんは俯いて溜め息をつき、顔に影が差した。
「私のことを信じたい…か。つまんないの……。そう言う言葉を聞きたかったわけじゃないんだけどなぁ~」
今まで聞いたことがない程の冷めた声が、彼女の口から聞こえてきた。
「真城…さん?一体、何を……」
「そう言うみんな信じるって感じの偽善者な感じ……見てて凄くつまらないんだよねぇ。だから、あなたを追いつめて心を折ろうとしたんだけど……こんなことじゃ物足りなかったみたい」
真城さんは俺に詰め寄り、人差し指を首筋に這わせてきては不気味な笑みを見せる。
「気づくのが遅すぎて笑っちゃった。せっかく、駒を使って私に誘導してあげたのにねぇ?」
「駒って……まさか、僕以外の1年生は全員、君の言いなりってことなのか?」
「それは不正解。流石の私も全員は無理。だけど、私には誰も逆らえない。あなたの味方は誰も居ない。この事実は変わらないんだよ?」
フフっと悪い笑みを浮かべ、僕の首を軽く掴んでは顔を近づけて頬を舐めてきた。
あまりの豹変ぷりに背筋に悪寒が走り、彼女の手を払って距離を取りながら警戒する。
「君が嘘の噂を流したってことは、それは名誉棄損で立派な犯罪だ。学校側に訴えさせてもらう」
「そんなことをしたら、長野さんを今度は退学させるよ?」
「なっ…!?」
笑顔で言う真城さんの目は本気だ。
彼女の悪意が脅しじゃないと伝えてくる。
それと同時に、全てが真城さんの手の平の上での出来事だったことを思い知る。
「最初から……長野さんをFクラスに降格させた時から、全てが君の仕業だったのか!?」
「だ~か~ら~、気づくのが遅すぎなんだって。長野さんだって、私の友達と言う名の駒だったんだよ。私が彼女を使ってSクラスを乱れさせた。降格するように命令したのも私」
「君は……人を道具のように使い捨てて、何も思わないのか!?心は痛まないのか!?」
「全然痛まないけど、それがどうかした?」
「っ!?」
笑顔で平然と返されては、何も言い返すことができなかった。
彼女の心は既に真っ黒に染まっていたんだ。引き返せない程に。
真城さんは笑みを浮かべたまま言葉を続ける。
「もしも……ううん、人を愚かしい程に信じるあなたのことだからありえない話だけど、この会話を録音して証拠として学園側に提出したことがわかった場合も、長野さんのことを退学させるからね?人の良いあなたのことだから、退学なんて誰かの人生を棒に振らせるような酷い選択は……させないよね?」
彼女は僕の性格を理解した上で、これまでの妨害工作を仕掛けてきたんだ。
自分が助かりたいためだけに、他人の人生を崩壊させることなんて僕にはできなかった。
真城さんの描いたシナリオの中では、僕が彼女に辿りつくことまで計算されていたんだ。
「君に長野さんを退学させる権利なんてないはずだっ…‼」
「私には無いよ?ただのAクラスの1年生だもん。だけど、私には学園全体に影響を与える力を持っている駒が居るの。だからぁ……1年生1人を退学させるなんて、造作もないんだよ」
「だったら、直接僕を退学させれば良かったんじゃないのか?」
「そんなことしたら面白くないよ~。私はあなたが絶望して苦しむ姿が見たかったんだから」
真城の歪んだ快楽に対して恐怖を感じてしまい、息が少し荒くなって額から嫌な汗が出てくる。
「そうそう、そう言う顔が見たかったんだよ、柿谷一翔くん‼もっと、あなたの希望が絶望に落ちていく顔を私に見せて。もっと、私を楽しませてよ‼」
違う……まだ、だ。
僕は間違っていることには屈しない。
真城さんの種明かしによる絶望に飲まれそうになった時、浮かんだのはあの時の『約束』だった。
今ここで彼女に屈してしまったら、あいつの間違いを否定することができなくなると思った。
僕は悪には屈しない。
あいつの作った壁を乗り越えて、あいつと正しさと対等に向き合える強さを得る。
僕はこの絶望を乗り越えて自分の糧とする。
これはあいつに届くための試練だ。
「僕は……君には屈しない」
「……はぁ?」
僕は訝し気な顔を浮かべている真城さんに宣戦布告する。
「僕は君の与える絶望には屈しない。あいつなら、こんな状況も乗り越えることができるはずだ。こんなこと、あいつが味わってきた苦しみに比べたら無いも同然だと思うから」
「な、何よ……あなた……あまりの絶望に頭のネジでも外れたの?」
「いいや、至って冷静だ。踏み留まれたのがあいつのおかげって言うのが癪だけど、大切な目標を思い出せたっていう意味では……君に感謝しないといけないかもね」
身体は得体の知れない恐怖で震えているが、あいつのことを思い浮かべると精神は驚くほど奮い立ってきた。
やっぱり、僕にとってあいつは……椿円華は何年経っても胸を熱くさせる目標なんだ。
真城さんは僕の目を見ては目を細めて眉間にしわを寄せる。
「その目……気に入らない‼私の思い通りにいかないなんて……何よ、あなた、何なのよ!?」
「僕は柿谷一翔さ。それ以上でもそれ以下でもない。君が何をしようとも僕は屈しない。君を乗り越えて、僕はあいつに近づいて見せる」
理解できないという風に唖然としている真城さんは、すぐに正気に戻って舌打ちをしては鞄を取って教室を出ては走り去ってしまった。
その時の彼女の激怒した顔は、今でも頭の中に焼き付いている。
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円華side
一翔の話を聞いて、俺も前に真城に話を聞いた時のことを思い出していた。
阿佐美学園で真城に一翔の悪行(嘘)を聞かされた後、彼女は俺にこう言って来た。
『柿谷くんを止めるために、文化祭の期間中だけで良いので私たちに力を貸してくれませんか?』
その時、真城は潤んだ目+上目遣いで言ってきたが、そう言う女の頼み事への耐性は付いていたので動揺はしない。
この時は流石に麗音の猫被りモードと接してきた自分に感謝したくらいだ。
『あんたの言葉だけじゃ、信憑性が薄いだろ。初対面の相手の話を鵜呑みにするほど、俺はバカじゃないぜ?』
『話の真意は、他の人に聞いてもらえばわかると思います。これ以上柿谷くんが暴走したら……今度は退学者も出るかもしれません』
今にして思えば、軽々しくもっともらしい嘘を言うもんだと感心する。
その時の俺は、どうしてもあのアホ真面目が人を陥れるという発想ができなかった。
俺の知る一翔ならば、そんな陰湿な裏工作などせずに真正面から気に入らない者と衝突すると思ったからだ。
現にあいつが人生において一番気に入らない野郎であるはずの俺に対しては真っ向から勝負してきたり、口喧嘩をするぐらいだ。
そんな正面から戦うことしか知らない奴が、そんな複雑で回りくどいことをしてくるとは考えられない。
何より、あの直情的なアホ真面目は嘘をついたら顔に出るからわかりやすい。
一翔を嵌めようなんて気が乗らなかったし、何よりも俺は直感でこの女が気に入らないと思った。
だから、俺は真城に冷徹な目を向けてこう吐き捨てた。
『悪いけど、俺は八方美人じゃないぜ。あんたに都合よく動く奴を探してるなら他を当たれよ』
そう言った時の真城の顔は、一瞬影を落としていた気がする。
そして、彼女は俺を懐柔することは諦めて休憩時間の終わり際に1人で先に戻って行った。
その時、俺も真城のターゲットになってしまったかもしれないと後からになって気づいた。
もしかしたら、一翔を嵌めようとしていたあの女に怒りを覚えていたのかもしれない。
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