女帝の忠告
瑠璃side
文化祭までの準備期間は、放課後にクラスの出し物の準備をすることになっている。
お化け屋敷を作るとなると大がかりな物となり、オバケの小道具から雰囲気作りの大道具まで種類はそれぞれ。
どこまで完成度の高い物を作るかにもよるけれど、私は妥協するつもりはない。
部活動がある生徒も居るため全員参加とは言えなくても、多くのクラスメイトが教室で作業に取り組んでくれている。
私も赤いペンキを血に見立てて障子に色を塗っていると、新森さんがそれを見て目を見開いてしまう。
「うわぁ~、瑠璃っちの描く血ってリアルだね」
「こんなものじゃ、まだ序の口よ。もっと完成度を高めるために、雰囲気作りでこんな物も用意してみたわ」
鞄から返り血を浴びたかのように赤い日本人形を見れば、新森さんは「ギョェエエ‼」と両頬に手を当てて悲鳴をあげる。効果は抜群だったようね。
「ちょ、ちょっと、瑠璃っち。気合入りすぎじゃないかにゃ~?」
「そんなことは無いわ。私はいつも通りよ。能力点には反映されないとしても、これも立派な学園の行事。妥協するつもりはないわ」
「お~‼いつもながらクールだね~。よーっし、うちも頑張るぞ~‼」
新森さんは自分の作業に戻り、茶色い傘に1つ目を付けて唐笠オバケを作り始める。
皆、それぞれにオバケの小道具や当日に設置される仕掛けを作っては各々の役割をこなしているというのに、私の視界には例外として1人だけ窓際でスマホに視線を落としている基樹くんが映る。
「基樹くん、あなたにも作業を任せたはずなのだけれど?」
「ん?あ~、それならもう終わってるって。ほら」
彼は傍らに置いてあった子どもの人形を取っては、頭を掴んで左に捻ると顔が無いのっぺら坊に変わる。
「どうっすか?完成度高くね?俺、めっちゃ頑張ったの‼」
ドヤ顔でテンション高めに言ってくる基樹くんに呆れてしまい、相手にするのも疲れそうなので軽くあしらうことにした。
「そうね、とても良い作品だと思うわ」
「うわぁー、感情の籠ってない褒め言葉だー。悲しいー」
「そんなに鬱陶しい感じで自画自賛されても反応に困るもの。そのオバケの制作が終わったなら、他を手伝ったらどうなの?」
「他って言われてもなぁ……あれ?」
基樹くんが周りを見渡しては入口の方を見ては罰の悪そうな顔を浮かべた。
「瑠璃ちゃん、面倒なお客さんのご来店ですよ~?」
私も入口の方に視線を向けて確認すると、Eクラスにとっては招かれざる4人組のBクラス男子が教室に入ってきていた。
「文化祭に向けて楽しく協働作業か?ご苦労なこったなぁ、Eクラスのクズども」
先頭に立っているのは柘榴くん。
彼は私たちを一瞥した後に鼻で笑ってきた。
「Bクラスが何の用かしら?文化祭までの準備期間にはそこまで余裕は無いわ。私たちにちょっかいをかける時間があるなら、自分のクラスの出し物の準備に集中したらどう?」
「クフフフッ、生憎俺たちは文化祭では何もするつもりはねぇんだよ。他校とのくだらない交流なんかに興味はねぇからなぁ」
「あなた、体育祭には参加したのに文化祭はボイコットするのね」
「あくまでもBクラスは何もしないってだけだ。能力点も金も得られないなら何の意味もねぇだろ」
「その言葉を素直に信じろとでも?」
警戒心を向けて威圧的に聞けば、彼は不敵な笑みを浮かべて顎を突き出して見下ろしてくる。
「怖いか?だったら、俺の影に怯えながら文化祭を楽しむんだなぁ。疑心暗鬼になっているおまえを見るのは面白そうだ」
「そうやって挑発して面白がって、あなたも相当暇なんですね。柘榴くん」
背後から声をかけられて振り返る柘榴くんの前には、石上くんが立っていた。
「石上くん。あなた、生徒会の仕事があったはずよね。何でここに……」
「お化け屋敷のことが気になって、少し様子を見に来たのですが、英断だったみたいですね」
何をするかわからない柘榴くんの相手をするのなら、生徒会役員の石上くんの存在は心強い。
柘榴くんは取り巻きの3人が彼に警戒して庇おうとする前に「止めろ」と言って前に出る。
「これはこれは、Sクラスからの脱落者が俺に嘗めた口を聞いてくれるじゃねぇか?なぁ、石上」
「そんなことを言って動揺を誘おうとしても無意味ですよ。あなたの思い通りにはいきません」
「思い通り?おまえ如きに俺の何がわかるってんだ?」
「少なくとも、あなたが暇つぶしのためだけにここに来たとは思えない」
「クフフっ、買い被り過ぎだ。俺はただ退屈だったから遊びにきただけだぜ」
「それでしたら、玩具にはDクラスやFクラスがおすすめですよ?」
10秒ほど目を合わせた後、柘榴くんは石上くんから視線を逸らしては出口に向かって歩き出す。
「……っフ、つまらない奴になったな、石上。暇つぶしにもなりゃしねぇ」
行くぞと言って取り巻きと一緒に教室を出ると、大声で私たち全員に聞こえるように捨て台詞を置いていった。
「精々楽しめよ。椿の力に頼ることができない状況で、おまえたちがどこまでやれるのか見物だぜ」
そう言っては去っていく柘榴くんたちの背中を恨めし気にじっと見た後で、私は石上くんに身体を向ける。
「ありがとう、石上くん。あなたのおかげで助かったわ。あのままだったら、柘榴くんに押されるところだったと思う」
「彼の挑発に乗るだけ無駄ですよ。気のせいかはわかりませんが、柘榴くんは何か焦っているように見えました。あなたも、そうなんじゃないですか?成瀬さん」
「えっ……私が?」
「少なくとも僕の感覚ですが、あなたも少し冷静さに欠けているような気がします。体育祭が終わった辺りから、そうだったと思います」
言われてみれば、無自覚だっただけでそうだったのかもしれない。
体育祭で知ったことは、余りにも大きな事実だったのだから。
考えないようにしていても、どうしても頭を過ぎってしまう。
緋色の幻影と私の両親の関係。
ジョーカーの言っていたことが真実なのだとしたら、私も組織と同じ……。
「真央っち、稲美っちのことはうちらに任せて、生徒会の仕事してきなよ。文化祭のことで忙しいんでしょ?」
基樹くんと新森さんが私の傍らに立ち、彼女は私の背中を軽く叩いてニコッと笑みを向けた。
「新森さん……。そうですね、2人の方が付き合いは長いでしょうし、その方が良いかもしれません」
「そうそう、俺たちに任せとけって。ほら、いったいった」
私の肩に右手を置いては左手を前後に振って追い出すように基樹くんが言えば、石上くんは苦笑いを浮かべながら教室を出て生徒会の役割に戻って行った。
すぐに基樹くんの手を払い、汚物を見る目を向ける。
「軽々しく触らないで。汚らわしい」
「えぇー!?瑠璃ちゃん、酷い‼流石に傷ついた‼」
「基樹っち、キモーい。アホー、アホー」
「久実ちゃんまで!?ちょっと、俺泣いちゃうよ!?」
基樹くんと新森さんのバカみたいな掛け合いを見ていると、自然に笑んでいる自分が居ることに気づいた。
「1人で悩んでいても、どうしようもないわよね…」
「ん~?瑠璃っち、悩みごとか~?うちで良かったら、話聞くぞ~?」
「いやいやー、久実ちゃんに言ったってチンプンカンプンでしょー?」
「むっ‼基樹っちバカにしたなー!うちはプンスカだぞぉ~~‼」
頬を膨らませて怒っている久実は腕を回しながら基樹をポカポカと叩き、それを満更でもない笑みを浮かべながら受けている彼を見ていると不意に思った。
基樹くんがシャドーだと知った日から、彼が時々思い詰めた顔を浮かべる時があることに気づいた。
彼にも私と同じように、1人で抱え込んでいることがあるのかもしれない。
円華くんはそのことに気づいているのかしら、知っているのかしら。
文化祭を通して、クラスの仲を深めることができるかもしれない。
それとなく、基樹くんの動向を確認する機会もあると思う。
今度の文化祭で何も起こらなければの話だけれど。
学園側は特別試験ではないとしているけど、組織側が何も仕掛けてこないという可能性には期待できない。
しっかりしないといけない。
私は円華くんの協力者であり、このEクラスのリーダーなのだから。
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恭史郎side
Eクラスに石上が移ったことは予想外だった。
生徒会の犬であるあいつが居る以上、来るべき時が来るまで椿の周辺の奴らに仕掛けるのが難しくなったってわけだ。
本当だったら今度の文化祭でEクラスの奴らに水面下で仕掛けるつもりだったが、そうもいかなくなった。
暇潰しをしようにも、他のクラスには今のところは興味が無い。
狙いは椿円華ただ1人。
あいつを絶望の底に叩きつけることが出来さえすればそれでいい。
しかし、あの女に待ったをかけられれば従うしかないのも確かだ。
Eクラスから離れた後、1人で廊下を歩いていると気に入らない女がこっちに歩を進めてきた。
俺の存在に気づき、手を軽く挙げて近づいてくる。
「おまえが1人で居るとは珍しい。考え事か?柘榴」
「鈴城か。お呼びじゃねぇ、失せろ」
「生憎とおまえの命令を聞く義理は無いな。おまえでは私をどうこうすることはできない」
「大した自信だな。何なら、今から白黒はっきりさせても良いんだぜ?」
椿を潰した後の学園生活は余暇のつもりだったが、鈴城相手にはそうはいかねぇ。
この女の実力は椿と同等かそれ以上のはずだ。
椿への策略を制限されている以上、この女との遊びは暇潰しには調度良い。
しかし、鈴城は俺の挑発には乗らずに横を通り過ぎて行った。
「おまえでは、私の退屈は紛らわせない。今のおまえではな」
「俺じゃ役不足だって言いたいのか?」
「少なくとも、身の丈に合わないことをしている愚者を相手に遊ぶほど、私は暇ではないのでな」
「そうかよ。それは残念だ―――ぜっ!」
俺は背後を見せて歩いていく鈴城に向けて、容赦なく右脚で顔に向けて回し蹴りをする。
予期していなければ回避することも防御することも不可能なはずだった。
それが、あいつは俺の方に身体を向けることもなく左手で受け止めた。
「背後から攻撃を仕掛けるなら、敵意は隠すべきだ」
「はんっ、流石は女帝様だ。今のは並みの格闘家じゃ止められないはずの速さだったんだがなぁ」
足を下ろして称賛するも、鈴城の冷めた顔は崩れない。
「悪かったな、私は並みではないのだ。裸の王を気取りたいのなら、自分の器に合った相手を選ぶべきだな」
「裸の王……か。クフフっ、面白い挑発をしてくるじゃねぇか」
「挑発?私は事実しか言っていないのだが」
鈴城は腕を組んでは横目で冷めた目を向けてきた。
「今のおまえの器では、椿円華を倒すことは不可能だ」
椿の名前を出されては、俺も黙っているわけにはいかない。
「椿は俺が潰すと言ったはずだ。あいつを潰すためなら、俺は何だってするぜ」
「おまえのその言葉の真偽は関係ない。今のうちに彼から手を引け。あれはおまえの手に負える相手じゃない」
「クフフッ、器だの何だのってよぉ……何を根拠にそんなことを言ってやがる?おまえ、椿の何を知っている?」
その問いを待っていたと言うように、鈴城は俺に冷たい笑みを浮かべる。
「柘榴、おまえは本当の意味では椿円華の恐ろしさを知らないのだ。彼の力を真に理解できる者は、この学園には極少数しか居ない」
「もったいぶった言い方だな。だが、あいつの実力には興味ねぇ。椿の弱点はもうわかっている。それさえわかっていれば、俺の復讐は完遂できる」
そうだ、力なんて関係ない。
結局、人間は弱い部分を責められれば脆く崩れるのさ。
「……忠告はしておこう。身の丈に合わない力に手を伸ばした所で、待っているのは絶望だけだ」
「はんっ、聞く耳持たねぇよ。覚悟しておけ、椿が終われば、次はおまえだ」
形は違えど、いい退屈凌ぎにはなった。
あとは今回の文化祭を楽しませてもらうとするぜ。
スマホを開いてチャットを確認し、何度も見返したあの女のコメントを確認する。
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文化祭では何もしないで頂戴ね。
今回は、私が遊ばせてもらうわ。
あなたは観客として楽しんでいなさい♪
ーーー
遂にあの女……クイーンが椿に手を出すつもりらしい。
何をするつもりかは知らねぇが、お手並み拝見といかせてもらう。
これで潰れるようなら、俺が最後に止めを刺すだけだ。
合同文化祭、思っていたよりは傍観者として楽しめそうだぜ。
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