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カオスメイト ~この混沌とした学園で復讐を~  作者: カナト
隣り合わせの文化祭
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闇との接触

 円華side



 前もって友達登録をしておいて良かった。


 2人を恵美の部屋に運んでは2人並べてベッドに寝かせておき、俺は別の部屋で左目のうずきを抑えていた。


 自分の中の闇が訴えてくる。


 『殺せ』『壊せ』『切り捨てろ』。


 俺を孤独にさせようとする声に耐えながら、洗面台で頭から水を浴びて頭を冷静にさせる。


 そして、頭を上げて目の前にある鏡を見る。


 そこに映っていたのは、俺だけじゃなかった。


 背後に全身に黒いもやがかかった狼が映り、じっと後ろから睨みつけている。


 後ろを振り返るが実体はない。


 これは俺の頭が生み出した幻覚か?


『ああ、幻覚だ。しかし、おまえが望んだ形でもある』


 鏡の中の黒い者は1人でに喋り出し、頭の中に声が響く。


 頭を押さえながら、鏡に向かって問いただす。


「おまえが……俺の中の『闇』か?」


『中二発言乙~。まぁ、でも?おまえがそう呼びたければ、そう呼べば良いさ。俺はおまえ、おまえは俺。その事実は変わらない』


 表情は見えなくても、あいつが俺をバカにしているのはわかる。


 それがしゃくに障る。


「おまえの望みは何だ?何で……俺の全てを否定するんだ?」


『それが俺の存在する理由だからだ。おまえは何もわかっていない。姉さんが何を望んでいたのかも、おまえ自身が何を想っているのかも、おまえに何が必要なのかもな…』


 あいつは俺に指をさす。


 その先に捉えているのは右目だ。


『おまえの全てを知っている存在、それが俺だ。だからこそ、今のおまえを否定できるのも俺だけだ』


「答えになってねぇだろうが。言葉遊びをしてる余裕は、こっちにはねぇぜ」


 苛立たし気に言えば、闇の声が低く重くなる。


『おまえの本当の力は、未来視でも氷を操ることでもない。おまえはまだ、本当の意味では能力を使いこなせていないんだよ』


「じゃあ、教えてくれよ。全てを知っているなら、俺の本当の力って何なんだ!?」


 罪島で精神世界で高太さんに会った時も、結局は知ることができなかった。


 俺の中のもう1人の自分……闇。


 こいつが本当に俺の全てを知っているなら、俺の知りたい答えを持っているのなら…。


 しかし、俺の焦る思いを感じ取り、闇はそれを受け入れるはずが無かった。


『そう言われて、俺が教えると思ったのか?』


「ったく、重要な部分は何も教えず、思わせぶりなことを言って不快感を与えるだけかよ。良い性格してるな、おまえ」


 皮肉な笑みを向けるが、それに対して闇の笑い声が聞こえる。


『アハハハっ、それはそうだ。何度でも言うが、俺はおまえなんだからな』


 狼のシルエットが薄れていき、消え入りそうになっている。


「待てよ!俺の話はまだ、終わってねぇんだぞ!?」


 ここで機会を逃せば、またこいつの声と存在に悩まされることになる。


 少なくとも、こいつの衝動を人前でも抑えこむ術の手がかりを掴まないと身動きが取れないんだ。


 消えかかっていく闇に対して、鏡に手を突きながら訴えるが意味を成さない。


 必死な俺に、闇は嘲笑うように言う。


『安心しろ、当分は引っ込んでてやるよ。だが、その間に確かめさせてもらうぜ。おまえが何を選び、何を得るのかをな……。精々足掻けよ、椿()()()


 その悪意のあるエールと共に、闇のシルエットが鏡の中で完全に消えた。


 足掻け……か。


 俺は本当に何もわかっていないのか。


 姉さんのこと、本当の望んでいること、必要なこと。


 本当の俺の能力。


 鏡の中の自分の姿を捉えると、闇が引いてからの明らかな変化に気づいた。


「何だよ……これ!?」


 感情の起伏によって左目は紅に染まっているが、それだけじゃない。


 右目が蒼色に染まっている。


 左右反対の蒼紅そうぐの瞳をした自分が、鏡の中から俺を見ている。


「希望の血と……絶望の涙。俺は……本当に、自分のことをほとんど理解できていないんだな」


 サンプルベビーである事実しか、確かな事実はわからない。


 自分の存在に悩まされることが、俺の宿命なのかもしれないな。


 胸を押さえながら目を閉じて深呼吸し、気持ちをリセットする。


 もう1度目を開ければ、両目とも紫色の瞳に戻っている。


 自分のことを知るのは、後でも良い。


 今、優先してやらなければならないことは変わらない。


「焦るな、取り乱すな、揺れ動くな。俺は復讐者だ。今は、その事実があれば良い」


 気持ちを落ち着けた後、リビングに戻れば恵美が身体を起こして目を左手で擦っており、俺に気づいては軽く手をあげて「おはよう」と言ってきた。


「おはようって…。寝てたわけじゃねぇだろ」


「うん、凄く疲れた。冷蔵庫にイチゴ牛乳入ってるから、取ってきて」


「はぁ……了解」


 溜め息をつきながらも彼女の好物を冷蔵庫から取り出しては手渡すと、素早く開けて一気飲みして飲み干してしまった。


 はえぇぇ……リンクってそんなに負担がかかるのかよ。


「ふぅぅ……朝から何も飲んで無かったから、やっと喉が潤った」


「いや、ちゃんと水分補給しろよ、アホ」


 心配した俺がバカだった。


 長く息を吐いた後、恵美は隣でまだ目が覚めていない彼女を見ては悲し気な顔を浮かべた。


「住良木は……麗音は、とても辛い過去を抱えて生きてた。そして、その原因が何なのかもわかった」


「そうか。おまえがわかったなら、今はそれで良いさ」


「……興味ないの?」


 首を傾げながら聞いてくる恵美に、俺は頷いて答えた。


「あいつの過去を知ったところで、俺には関係ない話だろ。それに麗音の性格からして、複数人に知られることは望まないはずだ。おまえが知っていてくれれば、あいつも少しは楽になるんじゃねぇの?」


「無責任で他人任せな言い方だね」


「自覚はしてる。だけど、知らない方が救いになるってこともあるだろ。あいつを助けるのに、俺ができることは今のところねぇよ」


 自分のことで精一杯の奴が人助けをしたところで、問題を先送りにしているだけの中途半端なものになるのが落ちだ。


 ただ、興味はないけど確かめたいことはある。


「あいつが取り乱した原因はわかったのか?」


「うん。過去の理不尽なイジメのせいだった」


「そのイジメに関係しているのが、真城結衣ってことか…。偶然って恐ろしいな」


 世間は狭いとはよく言われているが、会いたくない奴に会うのも必然なのかもしれない。


 俺にとっては、一翔がそうであるように。


 真城の名前を出すと、恵美がジト目を向けてくる。


「どうして、真城結衣の名前を知ってるの?」


「真城は阿佐美学園の生徒で、俺と同じ実行委員だ。最初から変な感じはしてたけど、悪い予感って当たるもんだよな」


「悪い予感…?何かあったの?」


 首を傾げて聞いてくる恵美に、俺は話すべきかどうか少しだけ躊躇ちゅうちょしてしまう。


 これは一翔と俺の問題だ。


 恵美を巻き込むのは筋違いだろ。


「詳しく話すつもりはねぇけど…。簡単に言えば、俺はその女から敵として見られた可能性があるってことだ。まったく、あいつに関わるとろくなことがねぇ」


「あいつって言うのが誰なのかは知らないけど、円華は真城結衣に何かしたの?」


「……さぁな。俺は事実を言っただけだし、それを受けて真城がどう思うかなんて興味ねぇよ」


 安らぎの寝顔を浮かべている麗音を一瞥した後、何も言わずに玄関に向かうと恵美に服の袖を引っ張られて止められた。


「円華。私、大事なことを聞いてない」


「何だよ?」


 後ろを振り向かずにぶっきらぼうに聞き返すが、大体あいつが聞きたいことは予想がついていた。


「今、円華は何を恐がっているの?」


「……聞かなくても、ヘッドフォンして俺の心の声を聞けば良いんじゃねぇの?」


 口にすることができない。


 俺は今、恵美と一緒の空間に居ることができない。


 居ちゃいけないんだ。


 闇がどうとか関係ない。


 俺は恵美を傷つけようとしたんだ。


 自分の意思じゃなかったとしても、あの時の彼女の怯えた顔は脳裏に焼き付いている。


 俺はまた、傷つけるんじゃないのか。


 恵美だけじゃない。


 成瀬や基樹、麗音、久実、Eクラスのみんな……。


 俺がいつか自分を制御できなくなったらなんて、考えてしまうだけで怖い。


「円華がどうしたいのかは、円華が口にしないとわからないんだよ?」


 恵美はあくまでも、俺の口から本心を聞きたいみたいだ。


 だけど、今の俺にそんな資格はない。


「……だったら、この前と答えは一緒だぜ。俺は1人にならなくちゃいけないんだ。俺が俺自身のことを知るまで」


 強がって孤独を選ぼうとすれば、恵美は目の前に回っては頬に平手打ちをしてきた。


 それを敢えて受ければ、左頬が赤くなり痛みが徐々に広がってくる。


 恵美はその目に涙を浮かべており、唇を噛みしめている。


「一緒に居たいって言ったじゃん‼なのに、どうしてまた独りになろうとするの!?それじゃ前と変わらないじゃん、バカ‼」


 怒りの訴えを聞き、決心が揺らぎそうになるのを耐える。


 ああ、そうだよ、一緒に居たいよ。本当は離れたくなんてない。


 だけど、仕方ねぇだろ。


「辛いんだよ。おまえたちと居ると、自分が凄く恐くなるんだ。もう、自分でどうして良いかもわからない。だから……今は無理だ」


 そう言った時の俺はどんな顔をしていたのだろうか。


 情けなかったのか、悲しい顔を浮かべていたのかはわからない。


 恵美は俯いてしまい、右手で拳を握っては俺の胸に押し当てた。


「今は私が何を言っても、円華を追いつめちゃうだけなんだよね。それだけは……伝わったよ」


 拳を震わせながら俺を見上げて潤んだ目と視線が合う。


「だから、待ってる。バカな円華が大事なことに気づくまで……円華が自分のことが恐くなる時が来るまで、私は麗音や成瀬たちと待ってるから」


「何時になるかわからねぇんだぞ?」


「大丈夫。円華はバカだけど、ちゃんと気づくべき時には気づける人だから」


「何で、おまえはそうも俺のことが何でもわかるみたいに……」


 恵美はいつもそうだ。


 どうして、彼女は俺の側に居てくれるのか。


 どうして、俺はあいつに側に居てほしいのか。


 どうして、恵美は俺のことを理解してくれているのか。


 全部未だにわからないけど、それが不快には感じない。


 俺の問いに恵美は可笑しそうに笑みを向けて答えた。

 

「わかるよ。だって……私たち、仲間でしょ?」


「……仲間か。そう思ってくれてるなら、その信頼に応えないといけねぇよな」


 今すぐには絶対にできない。


 だけど、そうでなくても俺はこの自分への恐怖を乗り越えなくちゃいけないんだ。


 そのための勇気を少し、恵美に分けてもらえた気がした。


 闇がまた目を覚ましても抑えられるように、俺はどうしなければならないのか。


 こればっかりは、誰の手も借りることはできない自分の問題だ。


「麗音のこと頼むな。文化祭で何かあったら、おまえと成瀬でフォローしてやってくれ」


「わかった。円華も真城結衣に気を付けてね。麗音の過去を見た限りだと、その女は何をするかわからないから」


「肝に銘じておくさ。……じゃあな」


 恵美の横を通り過ぎ、靴を履いて急いで部屋を出る。


 それと同時に、胸を押さえれば心臓の鼓動が速くなっては嫌な汗が額から噴き出した。


 彼女と話している間、闇の声は聞こえなかった。


 だけど、自分の中のもしもの最悪のイメージが次々と頭の中に浮かんできて恐怖を感じていた。


 辛い、苦しい、胸が締め付けられる思いだ。


 その思いを吐き出す資格は俺にはない。


 資格を得るためにはどうすれば良いのか、方法を探さないといけない。


 また何時、緋色の幻影が動き出さないとも限らない。


 俺は一体……どうすれば良いんだろうな。


 思い返せば、俺は1度姉さんを傷つけてしまったことがあった。


 あの時も自分のことが怖くなった時期があったんだ。


 それでも、姉さんは恐怖などお構いなしに一緒に居てくれた。


 その内に、姉さんに精神面でも頼っても良いんだと思えたことで恐怖は一時的に克服できた。


 だったら、今の俺はどうしたらあの恐怖をまた乗り越えることができるのだろうか。


 どうしたら、また恵美たちと一緒に居て良いと思えるんだろうか。


 涼華姉さんに依存することしかできなかった俺に、誰がそんな許可を出してくれるんだよ。

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