忘れたかった名前
進藤先輩とのディナーを終えた後、俺は気が重くなりながら帰路につく。
うん、一言で表すと『今日はいろいろあったな』と一言だ。
久しぶりに幼馴染と再会し、戦って、向こうの学園の状況を少しだけ把握できたのは良いとしても、特に核に迫るような情報は無かった。
一翔が異能具を持っていたことには驚いたが、それよりも周りの阿左美学園の生徒の様子が気になった。
あいつが尋常じゃ考えられない武器を使っていたとしても、それに対しての動揺が見られなかった。
俺が白華を使っていたことに対しても、双方の生徒からは特に言及されることは無かった。
こっちの場合は、前科から半ば『椿円華の場合は、何があってもおかしくない』と言う事で深く突っ込むことがなかっただけかもしれないが、才王学園での俺の行動を知らない阿左美学園の奴らが動揺を見せなかったことが引っ掛かった。
仮説を立てるとすれば、異能具の存在が学園全体として認知されていると考えることができる。
「緋色の幻影が1から作り上げた学園……。才王学園よりも、組織のシステムが深く浸透しているのかもしれないな」
あちらのカリキュラムについては一通り、岸野から聞いていた。
才王学園とは真逆のスタイルを取っており、それぞれの個性や特徴を伸ばすための教育プログラムが組まれており、それを熟していき実力をあげていくものだそうだ。
内と同じ階級制の様だが、競争していくやり方はこちらとは異なる。
こちらの特別試験や学力試験とは異なり、それぞれの分野でのプログラムを着実に熟せたかどうかを計る熟練度が基準となり、月の初めにランキング形式でS~Fのクラス順位を決められるそうだ。
FからSに徐々に上がるにつれて、そして1年ずつ学年を上げていくにつれて、プログラムの難易度はクリアするには困難になる。
そして、プログラムについて行けなくなった者は退学処分になる。
Sクラスで卒業できれば、その鍛えてきた分野で輝かしい功績が残せることを約束されているが、そのためのプログラムに付いて行くことができなければ容赦なく振るい落とされる。
想像するだけでも、警察学校や士官学校のようなものが連想されそうだ。
生活から教育課程まで、徹底的に管理される学園。
全く以て、息が詰まりそうだぜ。
まぁ、規律とか努力が大好きなあのアホ真面目にはぴったりな場所かもしれないけどさ。
「……管理と自由……か」
俺が居る才王学園は、基本的には自由だ。実力を示すことができれば、能力点や金を使って揉み消すこともできるだろう。
実際、俺も学園のルールの穴をついて好き勝手にやってることは自覚している。
だけど、阿左美学園ではそうはいかない気がする。
徹底的に生徒が管理されている環境では、ルールの隙を探ろうにも困難だろう。
最悪の場合、少しでも秩序に反抗しただけでも退学処分にもなるかもしれない。
「そんな中で、あいつが誰かを陥れる……か」
真城の話を思い出し、小さく息を吐く。
前途多難だな、あいつも。
ズボンに両手を突っ込みながら歩いていると、後ろから「おーい」と聞きなれた明るい女の声が聞こえてきた。
無視だ。多分、俺のことを呼んでるわけじゃない。
つか、呼ばれているとしても関わってる余裕がねぇからどっちみち無視だ。
早く帰って、進藤先輩との話を整理したいし。
「ねぇ、聞こえてるんでしょ!?無視しないでよ。ねぇったら!」
走ってくる靴音が聞こえ、すぐに追いつかれて背中を叩かれて、その後即座に前に立たれた。
強制的に視界に入られ、俺の無視プランは台無しだ。
「……はぁ。何か用かよ?麗音」
腰に両手を当てて仁王立ちしている麗音。
周りに人が居ないから、猫を被る必要がないと思ったのだろう。
「久しぶりに声をかけたのに、そんなぶっきらぼうな言葉しか出ないわけ?不愉快なんですけど」
「安心しろ。俺はおまえに話しかけられた時点で不愉快度MAXだ!」
サムズアップしながら満面の笑みで返してやり、そのまま横を通り過ぎると麗音は後ろからついてくる。
「ねぇ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど?阿左美学園にはもう行った?」
「今日行って来たけど、それが何か?」
足は止めないが、一応は話に付き合ってやる。
Eクラスの寮に着くまでのつもりだけどな。
「その……そこの生徒で、もしかしてだけど、柿原一翔って男子生徒……居なかった?あの、特徴は青髪で――」
「何で、おまえが一翔のことを知ってんだよ!?」
一翔の名前に反応してしまい、後ろを振り返って麗音の二の腕を強く掴んでしまう。
「ちょ、ちょっと、痛いわよ‼」
すぐに振りほどかれ、彼女を少し不機嫌にさせてしまう。
「わ、悪かった。少し驚いてしまって……」
「はぁ……別に何時ぞやみたいに刀で殴られたわけじゃないから、大目に見るけど……。知ってるの?彼のこと」
「まぁな。……ただの腐れ縁だ。おまえの方はどうなんだよ?何で一翔のことを?」
麗音は俺が塞ぎ込んでいた期間の夏休みに起きたことを話してくれた。
目の前で起きそうになった万引きを正義感で止めるなんて、あのアホ真面目らしい。
話を聞いて溜め息が出てしまい、呆れた顔を麗音に向ける。
「おまえなぁ、万引きなんてしたって後味悪いだけだろ。癪だけど、止めてくれたアホ真面目に感謝しろよな」
「……あんたがその場に居ても、やっぱりあたしのことを止めた?」
何かを確かめるように、上目遣いで聞いてきた。
「どうだろうな。少なくとも、俺は他人対して正面切って『おまえは間違ってる』とか言えねぇし、俺が言っても説得力0だろうとは思う。だから……止めはしないかもしれない」
「じゃあ、犯罪を見過ごすんだ?」
「そう言うわけでもねぇよ。隠す場所を把握して、そこから気づかれないように抜き取って元の場所に返すんじゃねぇかな。それでも万引きを防いだことになるだろ?」
「でも、それって根本的な解決じゃなくない?」
「なら、正面切って説教されたら、万引きを今後は止めようって思ったのか?」
アホ真面目に説教された時のことを思い出したのか、麗音はバツが悪そうな顔をする。
「後にも先にも、あんなことをしようとしたのはあの時だけよ。ちょっと、頭がおかしくなってただけ」
「じゃあ、一応は効果はあったってことじゃねぇの?一翔と会ってから、万引きしたいはしてねぇんだろ」
「当たり前でしょ、バカにしないで」
目を細めて睨まれたので、「悪い悪い」と平謝りをしておく。
それにしても、一翔が才王学園に来ていたなんてな。
今の話を聞いた限り、誰かの付き添いだったらしいけど……。
今度、あいつに聞いてみるか。
ここに麗音が居て、あいつのことを知っているなら調度良い。
第3者の意見を聞いてみるか。
「なぁ、麗音。あいつと会ってみての第一印象で良いんだけどさ、おまえから見て一翔は誰かを陥れるような男だと思うか?」
「何?その質問。あんたが彼の友達なら、答えるまでもないんじゃないの?」
「友達じゃねぇよ。……俺の中で折り合いをつけるために、第3者の意見が欲しいんだ。頼む、答えてくれ」
真面目な顔で迫ると、麗音は半目で頬をかきながら視線をそらす。
「いつも以上に変だけど……まぁ、良いわ。あたしから見たら、彼は腹が立つくらい真面目なお人好し。誰かを陥れるなんてこと、発想すらできないんじゃない?」
「……やっぱり、他人から見てもそう思う……よな」
幼馴染としての偏見ではないみたいだ。
第3者から見ても、アホ真面目な所は変わってない。
真城結衣……。
あの話はあいつの勘違いだったのか?それとも……。
考え込みそうになると、麗音が怪訝な表情をして聞いてくる。
「ねぇ……阿左美学園で何かあったの?柿谷一翔に関すること?」
「……ああ。でも、おまえには全く関係ない話だ。それでも聞くか?」
「まぁ、ちょっとは気になる……かもね」
素直じゃねぇけど、麗音なりに一翔に思うところがあるってことか。
話しておいても損はないか。
「阿左美の女子生徒から、自分の友達が一翔に陥れられたって話を聞いた。だけど、俺にはどうしてもあのアホ真面目がそんなことをする……いや、できるなんて到底思えないんだ。だから……」
「その話……誰から聞いたの?」
麗音が静かに、重々しくも震えた声で聞いてきた。
彼女を見ると、さっきの生意気な態度から打って変わって震えている。
目を見開いていて、自分を抱きしめるように自身の両腕を握っている。
「麗音……どうした?」
「答えて……その女子生徒の……名前……。もしかして……で、でも……そんな偶然って…‼」
震え方が尋常じゃない。
自問自答を繰り返しており、俺からの返答を待っている。
答えるべきかどうかを少し躊躇したが、真意を確かめるために望みの答えを口にした。
「女子生徒の名前は、真城結衣だ」
「っ…!?そんなのって……いやっ……嫌ぁあああ‼」
頭を抱え、背中を丸めて叫ぶ麗音。
その目からは涙が零れており、過呼吸になっている。
落ち着かせようと両肩を掴み、目線を合わせる。
「麗音……落ち着けよ、麗音‼」
「はぁ……はぁ……あたしはぁ……違う。あたしじゃない……やめて……あたしは何もしてないっ…‼」
この状態、覚えがある。
Fクラスの寮の浴室で被害妄想が爆発した時と同じだ。
あの時は突拍子も無いことをしたことで正気に戻したけど、今度はそうはいかない気がする。
落ち着かせるためには……。
「凄くうるさい声が聞こえてくると思ったら……住良木と……円華?」
「恵美!?いや、おまえ……何で!?」
タイミングが良過ぎて怖くなるけど、恵美が通りがかっては駆け寄り、取り乱している麗音を見て困惑した顔になる。
「何か苦しんでるみたいだね……。まずは落ち着かせようか」
「あ、ああ。理解が早くて助かるぜ。だけど、その方法が……」
「みなまで言わなくてもわかるよ。私に任せて、円華は……身体を部屋に運んでおいて。時間がどれだけかかるかわからないから」
「・・・は?」
恵美は俺の疑問を他所に、ヘッドフォンを着けては麗音の頭を上げさせて視線を合わせ、両目を1度閉じてから開眼する。
彼女の瞳は青から透き通るように鮮やかな蒼に変化している。
「リンク」
そう呟くと恵美の身体が大きく弾んで倒れ、その後に麗音が静かに倒れた。
「えっ……何だよ、これ!?」
いきなり女子2人が倒れてしまい、意識を確認するが目覚める気配はない。
「リンク……。確か、罪島で恵美が俺を助けてくれた時の能力だったよな」
傍から見たら、2人は突然倒れたように見えるってことか。
しかし、俺が経験したことに基づく予想が確かなら、恵美は今麗音の精神世界に入ったってことだ。
そして、彼女の中で……。
「あとは頼むぜ、恵美。……とりあえず、頼まれたことはちゃんとやるか」
この際、危険に巻き込まないように避けてるとか言ってる場合じゃないのは流石にわかる。
俺は自身の闇が表面化しないことを祈りながら、2人をアパートの恵美の部屋に運んだ。
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