予想外の顔合わせ
土曜日の朝、休日返上で文化祭実行委員は招集された。
メールが1通送られただけで、朝の8時までに校門前に集合だという簡素なもので内容は書かれていなかった。
連絡は昨日の夜に突然だったから、予定があった奴には苦言を言われても仕方がないことだろう。
俺も拒否することは簡単だったが、その後でBCにどやされるのも面倒だ。
溜め息をつきながら地上行きのエレベーターに乗って扉を閉めようとすると、「待ってー!!」と後ろから声が聞こえて反射的にボタンを押すのを止めた。
息を切らしながら入ってきたのは、この前顔合わせの時に見かけたギャルっぽい女だった。
確か、Fクラスの柄沢芽衣だったか。
「い、いや~、参った参った~。いきなり呼び出しくらってすぐに準備したんだけどさぁ~。目覚ましが壊れてて、危うく遅刻する所だったね。君もあたしと同じ感じぃ?」
「別にそんなんじゃねぇけど。つか、遅刻って言うほどの時間か?まだ8時まで30分もあるぜ」
「え~!?嘘~!?」
「本当」
証拠として左腕の腕時計を見せれば、柄沢はうなだれてスマホの時計を見る。
「目覚ましどころか、スマホの時計も壊れてたってこと~!?」
「ご愁傷様。まぁ、遅刻しないだけ良かったんじゃねぇの?早め早めの行動で」
「あ~、それもそっか。君、意外とポジティブなんだね」
意外とってどういう意味だよ。
俺の第一印象って、そんなに暗そうに見えるのか?
まぁ、誰にでも元気で爽やかなキャラなんて演じるのも嫌だけど。
「それにしてもさぁ~。何で実行委員だけ休日使ってまで呼び出しくらうわけ~?マジ意味不なんだけど~。君もそう思わな~い?」
「文句言ってもしょうがねぇだろ。俺たち1年なんだし、上には変に逆らわねぇ方が身のためだ」
特に俺の場合は、同じ学年だけでも面倒なのに上の学年からも目を付けられるのは御免だ。
目的の障害にならないなら、従順になっておいた方が良い。
地上に到着してエレベーターを出れば、自然と2人で校門に向かうことになってしまう。
「そう言えばさ~、あたしの名前ってわかる~?」
話すことがないからか、どうでもいい質問がとんできた。
「Fクラスの柄沢芽衣だろ」
「そうそう。椿くんって記憶力良いんだね~。この前会ったばっかりなのに」
「これから協力していく奴の顔と名前は覚えるさ。それ以外は、多分覚える気にもならねぇと思うけど」
「ふ~ん。まぁ、それが普通でしょ。落ちこぼれのFクラスの名前なんて、誰も覚えたがらないしねぇ~」
「落ちこぼれ……か」
俺はEクラスで、柄沢はFクラス。
関係から言ったら、俺たちはこいつのクラスを蹴り落して這い上がったことになる。
底辺に落ちてしまったことによって、俺たちを恨んでいてもおかしくはない。
ヘラヘラした態度を取っているが、それも憎しみを押し殺しての演技の可能性はあるだろうな。
「這い上がる気はねぇのかよ?坂橋辺りは、まだ諦めてねぇように思えるけど」
「あ~、坂橋ね。あいつは考え方がしたたかって言うか、わかりやすいって言うかぁ……。だって、君も知ってるんじゃないの?今のFクラスがBクラスの下請けみたいな扱い受けてるって話」
「……まぁ、噂ぐらいはな」
本当は事実だと知っているが、ここは変に関わらないように誤魔化しておく。
「そう、噂なんだ~?でも、事実だよ。別にみんなを引っ張るリーダーが居るってわけじゃないから、柘榴くんに良いように言いくるめられちゃってさ。坂橋が来てちょっとは変わるかなって思っても、あいつ自身が柘榴くんの忠実な僕だから、何の変化も無しって感じ。いや~、このままだと破滅しか待ってないよ、うちのクラス」
笑いながら言っているが、その顔からは同情を誘うような哀愁を感じる。
しかし、俺にとっては他人事以外の何でもない。
「もう1度言うけど、ご愁傷様」
話している間に校門が見えてきて、メンバーを確認する。
雨水に金本、Sクラスの井塚、Dクラスの海藤、そして2年の進藤先輩。
おまけにうちの担任の岸野と坂本先生も居る。
その後ろには、小型のバスがある。
「遅いぞ、椿。もう少し早く来れなかったのか?」
「10分前行動なんですから、文句ないでしょ。つか、何で先生が居るんですか?」
「桜田からの頼みでな、おまえたちの付き添いだ。他校の生徒と揉め事を起こさないとも限らないからな」
「他校の生徒…?」
聞き返すと、岸野は訝し気な顔をする。
「生徒会長から、何も聞かされていないのか?」
「メールで校門前に来いとしか書かれてなかったんですよ。つか、今からどこに行くつもりなんですか?」
呆れて天を仰いでいる岸野の代わりに、坂本先生が答えてくれた。
「阿佐美学園に行くんだよ。実行委員の顔合わせと、今後のことを少し確認するためにね」
「そうだったんですか。全っ然初耳なんですけど」
BCの奴、わざと言わなかったな。
周りを見渡せば、人数が足りないことに気づく。
「そう言えば、幸崎の姿が見えないみたいだな」
「彼は無断欠席と見ている。この時間にも現れないということは召集に応じるつもりは無いか、メールを見ていないかの両方が考えられるが、そのどちらも考慮している余裕はない。君たちが集まった時点で、出発することは決まっていた」
「案の定って感じですね」
進藤先輩の説明に苦笑いを浮かべてしまう。
しかし、幸崎が来ないことは結果から逆算したらいいことかもしれない。
あいつが居て何かに口出しでもしたら、まとまる話もまとまらないだろうからな。
とりあえず、全員そろったと言う事で小型バスに乗り、岸野先生の運転で阿左美学園に向かうことになった。
才王学園と姉妹校ということは、組織と関係があることは十中八九間違いない。
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バスの中では雨水の隣の席になり、俺は窓側で腕を組んでは寝る態勢に入る。
すると、雨水は少し強めに肘で腕を小突いてきた。
「何だよ?」
「何だよっじゃない。竹刀袋が邪魔だ。俺の座る面積が圧迫されている」
「おっと、それは悪い」
横に置いていた竹刀袋を右肩に傾けて持ち、そのままの体勢で目を閉じる。
「器用なものだな。その体勢でよく寝ようと思う」
「どんな体勢でも寝れるのが俺の特技だから。ふぁ~あ……少し寝させてくれ」
「到着しても起こさないからな」
「っ、んだよ。ケチ執事」
舌打ちして苦言を口にしては、眠気も失せてきたので窓の外を見て気分を紛らわす。
雨水は俺のことを横目で見て、周りに注意しながら小声で呟いた。
「仮面舞踏会の時のことは、まだ鮮明に覚えている。変装技術もさることながら、貴様の正体が分かった時は驚かされた」
「……何の話してんだよ?意味わかんねぇっての」
取り合わないという意志表示だったが、それを無視して食らいついてくる。
「それではぐらかしているつもりか?俺を侮るなよ。資料には目を通していると前に言ったはずだ。しかも、写真付きで。あの時の姿は、眼帯を付ければ隻眼の赤雪姫そのものだった。死んだというのは、嘘だったようだな」
窓のふちに頬杖をついて風景を見れば、聞こえてないふりをする。
「何故、わざわざ死んだことにしてまで才王学園に転入してきた?貴様、何が目的なんだ?」
越えてはいけない一線を越えられる前に、俺は雨水に冷ややかな目を向けた。
「……それ以上深入りする気なら、和泉を危険に巻き込むことになるぜ?」
彼の主の名前を出して脅しをかければ、追及を止めて冷静になってくれた。
「つまり、要お嬢様には関係ないことなんだな?」
「今のところはな。だけど、これから先はどうなるかは保証できねぇ」
こればかりは、俺1人の言葉では何の信憑性もない。
しかし、その言葉が気に障ったのだろう。
雨水は制服のブレザーの懐に右手を入れてはカチャっという音を鳴らす。
「お嬢様を巻き込んだらどうなるか、わからない貴様ではあるまい」
「だったら、最小限俺と関わらないように努力する必要があるぜ。俺だって、好きで他人を巻き込みたいわけじゃないからな」
雨水は目を鋭くさせて俺を見てくる。
それは敵意ではなく、ただ気にかけているという感じだ。
「1つだけ、YESかNOかで答えろ。YESならば瞬きを1回、NOならば瞬きを2回だ」
雨水の方に顔を向け、1度だけ瞬きをする。
投げかけられる問いは、大体想像がつく。
「敵が居るのか?」
それがクラスを対象とする意味ではないことは、話の流れで察しがつくはずだ。
その問いに対しても、俺は1度だけ瞬きをした。
雨水は周りに気を配り、今の俺たちの会話に聞き耳を立てている者が居ないかを確かめた。
しかし、多くの者はスマホに目を通していたり、寝ている者がほとんどだった。
だからと言って、怪しい者が居ないかと言われれば、それは嘘になる。
恵美たちが周りに居ない以上、俺は常に周りに気を配っていないといけない状況にある。
畑が違う場所に向かうのなら、なおさらのことだ。
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片道2時間かけて到着したのは、これまたどこかで見たことがあるような作りの建物だった。
違うのは壁の色だけ。
そう、姉妹校と言うだけあって、校舎は白い巨大な壁で囲まれているみたいです。
校門の前でバスから降りて見上げていると、金本が「アホ丸出し」と呟いたのですぐに顔を引き締めた。
「予定の時間よりも早く着いたみたいだな。予定通りなら、案内役の生徒と先生が1人ずつ立っているはずだったんだが」
「アッシーが高速道路でガンガン飛ばすからでしょ?2、3回事故になりかけてたよ、あれ」
呆れながら言う坂本先生のことは気にも留めず、岸野は校門の前に立って監視カメラに目を向ける。
「カメラの動きから、俺たちの存在は把握されているみたいだな。歓迎されているかどうかは別にして」
「歓迎されてなかったら、どうなるんですか?」
「門前払いをくらって、全ての責任は俺たちに押し付けられることになるかもしれないな」
「それは最悪ですね。じゃあ、これからどうするんです?」
「仕方がない。誰かが出て来るまで待つさ」
無計画にも程があるだろ。向こうと連絡が取れるようにしとけよな。
心の中で悪態をついている間に、坂本先生が向こうと連絡を取ってくれていたみたいだ。
耳からスマホを離し、俺たちに手でOKの意思を伝えてきた。
「壁の向こうと連絡がついたよ。先生の方は遅れるみたいだけど、生徒の方はすぐに来てくれるそうだ」
「ありがとうございます、坂本先生」
「いやいや、備えあれば患いなしってね。アッシー1人だったら、こうなることはわかってたから。本当に後先考えないで行動するんだから、うちの人はね~」
笑いながら言っていると、坂本先生は後ろから岸野に頭を叩かれた。
「調子に乗るな、坂本先生」
「え~、叩くことは無いじゃ~ん」
2人の様子を見ながら、雨水に確認を取る。
「坂本先生って、意外としっかりしてる人だったんだな?」
「普段はヘラヘラしているが、やる時はやる人だ。自慢じゃないが、あの担任の思考は俺でも読めない」
「……俺も、うちの担任の考えは全くと言っていいほどわかんねぇよ」
金本を見ると、視界の範囲の中に柄沢を捉えては不審な目を向けている。
進藤先輩はバスの中から今まで無言だったが、俺たちを見て観察しているような目をしている。
その中でも、俺への視線を強く感じる。
それは可愛い後輩としてか、それとも……。
他の3人にも注意を向けていると、ゆっくりと壁の扉が開いて1人の生徒が姿を現した。
案内役がやっと到着か……。
立ち往生の終わりに安堵していると、その青髪の男子生徒を見て思考が停止し、その場に立ち尽くしてしまった。
「お待たせしてしまってすいません、才王学園のみなさん」
声は変わっているが、成長しても面影は残っていた。
校門から姿を現し、純粋な笑みを俺たちに向けてきた。
「阿佐美学園1年Sクラスの柿谷一翔です。本日はよろしくお願いします」
存在を認識した瞬間に顔面を強く殴られたような衝撃が走った。
「一翔……?」
名前を呟くと、あいつは俺の方を見て目が合う。
そして、こっちに歩み寄ってくる。
どうする?今の俺に、あいつと話す資格があるのか?あの時から、まともに言葉を交わすことは無かったのに。
あいつは何と声をかけてきて、俺はそれをどう返せば良いんだ。
一翔との距離が目と鼻の先まで近づく。
「かずっ――――」
「初めまして、進藤大和先輩。才王学園でのお噂はかねがね聞かせていただいています」
俺の横を通り過ぎ、後ろに居た進藤先輩に軽く会釈をした。
あっ……そっか。
気づくはずが無いんだ。
長かった髪を切って、黒く染めてるんだ。
あいつは面影を残していても、俺は一翔の知る椿円華じゃなくなっているから。
当然のことと言えば、当然だ。
だけど、何なんだ……この胸が苦しくなるような感覚は。
ムカつきが収まらない。
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