魔女からの招待
円華side
夕方、地下に戻って帰路に就こうとするとエレベーターの前に1人の黒髪の女子が立っていた。
木島絵里だ。
彼女はエレベーターから出た俺を見ると、薄く笑みを浮かべて近づいてきた。
「ご無沙汰しております、椿くん。お待ちしていました」
「待っていた?俺を?」
周囲を注視し、人が居ないことを確かめてから木島に敵意を向ける。
「何のつもりで俺に接触してきた……魔女」
「その呼び方はやめて欲しいと申し上げたはずです。物覚えが悪いのか、それとも意地悪でしょうか?」
顔色1つ変えずに言うところから、今は俺の前でも『木島江利』として突き通すつもりみたいだ。
「まぁ、そのようなことは別にどうでもいい話ですが。椿くん、あなたに折り入ってお話があります」
「こんな場所で立ち話できる内容なのか?」
この女の思考は読めそうで読めない。
話の内容も想像がつかねぇ。
こいつの出方を見て、予想と今後起きるだろうことを絞り込む。
「立ち話でもよろしいのですが、1度あなたとは誰にも邪魔されずに語り合いたいと思っていました。一緒に夕食でもいかがですか?」
「冗談だろ?」
「いいえ、本気です。まさか、ご友人と何か予定でも?」
こいつ、最近俺が1人でいることを把握した上で聞いてるのか。
性格の悪さは表面上でも隠す気はねぇみたいだな。
「最悪なことに、何の予定もねぇんだよな」
「でしたら、2人きりでレストランに行きましょう。おいしいビーフシチューがあるんです」
断る理由が無い以上、木島の誘いを拒否できない。
ここで予定があると嘘を吐けば、あとで探りを入れられる可能性もある。
魔女の思惑を把握するためにも、このチャンスを生かすか。
2人で地下街を歩いていると、いつもよりも人通りが少ないことに気づく。
「みなさん、文化祭の準備で忙しそうですね」
「そう言うおまえは忙しくないのかよ?Dクラスは何をするのか、決まったのか?」
「さぁ?どうでしょうか。決まったと言えばそうですし、決まっていないとも言えます」
「候補はあるけど、そこから1つに絞り込めていないって感じか」
木島がフフっと笑った所から、図星だとわかった。
「あなたのEクラスはどうなのですか?当日はお邪魔したいと思っているのですが」
「知らねぇし、止めとけよ。うちの成瀬はまだ、体育祭でのおまえのやり方を許してないと思うぜ」
「彼女は勝てば官軍と言う言葉を知るべきですね」
「……それについては同感だ」
正攻法だけで戦いにくる相手が全てじゃないことを、大半の奴が本当の意味で理解しただろう。
文化祭では評価に影響は何もないとは聞いたけど、波乱が起きないとは限らない。
特にこの魔女と柘榴が黙っているだろうか。
警戒心を察知したのか、木島は流し目を向けてくる。
「私が文化祭で何か悪戯を仕掛けるかもしれない。そう思っているのではありませんか?」
「……疑惑を向けるかもしれない男と、よく飯に行こうと思ったな」
一応ははぐらかしておく。
肯定しようと否定しようと、魔女に言葉を使って遊ばれるだけだ。
話をしている間に目的のレストランに到着し、中に入っては通されたテーブルに対面して座る。
「殿方と2人で食事をするのは初めてのことなので、緊張しています」
「殿方…ね」
絶対にそんなこと思ってねぇだろ。
そう思っていても、口にはしない。
ウェイターにそれぞれ注文を告げた後、木島は手を組んで俺をじっと見てくる。
「前々から思っていましたが……雰囲気が変わりましたね。前は女性らしくしていたと記憶していますが」
「何時の話をしてんだよ。そう言う事は言われ慣れてる」
アイスクイーンの過去を知っている奴からは、髪を切って黒色に染めた時から何度も同じようなことを言われてきた。
深く聞いてこなかったのは、親父やおふくろ、そして師匠くらいだ。
「俺がこの学園に転入した目的は知っているのか?」
「いいえ、存じ上げません。何か込み入った事情でもおありで?」
「全然。家のことは関係なく、思いっきり私的なものだ」
「私的?……ふぅ~ん」
一瞬だけ、魔女の本性が露わになったのがわかった。
魔性の笑みを浮かべていたからだ。
「大切なお姉様が無くなられてから、随分と行動的になったのですね」
「っ!?おまえ…!!」
姉さんのことを話に出してくるだけで、俺の中で怒りが込み上げてくる。
しかし、耐えろ。
レストランの中には関係のない人間が居る。
ここで赤眼になるわけにはいかない。
左目を手で隠して深呼吸をし、木島を睨みつける。
「……姉さんの話はやめろ。おまえには到底理解できないだろうけど、それは怒りのトリガーだ」
「それは申し訳ありませんでした。まぁ、落ち着いてください。お冷でも飲んだらいかがですか?」
冷静になるために促されるがままにお冷を飲んでいると、ウァイターが料理を持ってはこちらに来て並べる。
料理が盛り付けされた皿を見ていると、不意に頭が重くなってきた。
料理が横に二重から三重に見えてきては、頭を押さえながら木島を見る。
俺の状態異常を冷静に見ながら、彼女はスプーンでビーフシチューをすくっては一口含む。
「フフッ……おいしい♪」
ウァイターが俺に駆け寄り、木島と俺を見て動揺しながらも「大丈夫ですか、お客様!?」と声をかけてくるが、その声も遠くなってくる。
木島を睨みつけながらも、意識が遠くなってくる。
最後に視界に入ったのは、口パクで「お・や・す・み」と言っていた魔女の悪い笑みだった。
ーーーーー
目が覚めると、さっきのことをすぐに思い出して跳び起きては周囲を確認した。
俺が横になっていたのは白いソファーだ。
周りは白い壁と窓で覆われており、白を基調とした小物ばかりが置かれている。
聞こえてくるのはシャワーの音。
「マンションの……部屋?」
照明の点いているマンションの1室だ。
さっきまでレストランに居たけど、気を失った俺を誰かが運んだのか?
置いてある物や小道具から、女の部屋だと言う事は把握できたけど……。
女……?
もしかして、この部屋は……。
「おや?目が覚めたみたいだね。何より何より」
声が聞こえた方に敵意の乗った警戒心を向ければ、そこに居た女の姿に目を疑った。
「おまえっ……何してんだよ?」
「何?悪いけど、その質問の意味はわからないなぁ~。ただのシャワー上がりだよ」
濡れている水色の髪にバスタオルがかかっており、身体にはバスローブを着ている木島。
無防備にも程がある。
「……あの水に薬を盛っただろ。何の真似だ、魔女?」
「そんなに警戒しないでよ。招き方は強引だったけど、私は真の意味で君と2人きりになりたかっただけだよ?」
「俺を眠らせてまでか?」
「だって、こうでもしないと君は私の部屋に来なかったでしょ。私のことを敵視しているみたいだし」
冷蔵庫から牛乳パックを取り出し、それをコップに注いで飲みだす木島。
俺に対して何の注意も向けていないところから、眼中にないって所か。
少なくとも、今は敵対するつもりはないのかもしれない。
壁に立てかけてある時計を見れば、もう9時を過ぎている。
数時間も無防備な状態だったわけか。
ポケットの中を確認すれば、財布やスマホに触られた形跡はない。
とりあえず、異能具用のスマホを携帯していなくて正解だった。
「何で俺と2人だけになることに拘ったんだ?あんなことをすれば騒ぎになっただろ」
「大丈夫。私はあのレストランの常連で、店員も客も買収してある。この部屋に運ばせたのだって、あそこに居た客の人だったんだから」
買収の事実を話すと言う事は、こいつが学園内で動かせる範囲がクラス外にも広がっているってことか。
余計にこの女の行動パターンが掴みにくくなってきたと同時に、そう言う手段に出れるだけの財力があるということを暗に示している。
魔女はフフっと笑えば、さっきまで俺が寝ていたソファーに腰を掛けた。
距離としては、手を伸ばせば届く範囲。
俺にとっては、魔女が変な動きをすればすぐにでも反撃できる領域でもある。
「君と話がしたかったって言うのは本当だよ。今しかチャンスが無いって思っていたからね」
「俺と話すことで何が得られるって言うんだよ。こっちは、極力おまえと関わらないようにする予定だったんだぜ?」
「それは良かった。君の予定を崩すことができて、私はとても嬉しいよ」
悪戯っぽい笑みを浮かべ、クスクスと魔女は笑う。
こいつが何を目的としているのかは何通りか予想できるが、どれも決定打に欠ける。
「おまえはどうして、俺に拘る?この学園に入学した以上、上のクラスを目指しているはずだろ。それとも、俺と遊べるだけの余裕があるのか?幸崎に柘榴、和泉、鈴城を相手に戦えるだけの力があるのかよ」
「フフッ、その一言は私を心配してくれていると受け取っても良いのかな?」
「俺がおまえを心配するとでも思っているのか?ふざけるなよ」
少し怒りの表情を見せてしまう。
木島江利が魔女である事実を知った時から、この女と初めて会った10年前のことで不可解な点があったことに気づいたんだ。
もしかしたら、この魔女はあの日……。
「本当のおまえを見た時に思い出したんだ。昔おまえが言っていた一言と、それに無意識に疑問に思っていたことを」
「ん~?何の話かなぁ~?」
魔女は右頬に人差し指を当てて首を傾ける。
その仕草だけで挑発しているように思える。
それなら、その挑発に乗ってやるよ。
今ここで、10年前のあの事件の真実を暴けるのなら。
「木島江利……魔女……どっちでも良いけどよ。10年前、おまえは知っていたんじゃないのか?あの日に桃園家が虐殺されることを」
桃園家の名前を出せば、魔女の顔から笑みが消えては俺の冷徹な目と視線を合わせてくる。
「桃園家……懐かしい名前だねぇ。あの事件は一時期話題沸騰だったね。聞いてるよ?君の初めてのお仕事だったんでしょ。でも、唐突だね。私がどうしてあの事件が起きることを知っているって話になるのかなぁ?」
「おまえと俺が初めて話をした日に言った一言を覚えているか?魔女として、おまえは子どもながらに1つミスを犯した」
「ミス?全く覚えてないんだけど、そう言うってことは君は私との会話を覚えているってことだよね?」
「全部を覚えているわけじゃない。覚えているのは、俺の中で引っ掛かった一言だけ。『今日、私にとって面白いことが起こるらしい』。それが引っ掛かっていた」
魔女の顔の横に手を押し当て、怒りを隠さずに睨みつける。
「10年前の自分の感情を思い出せ。おまえは、桃園家の人間が虐殺された時に何を思った?人が多く死んで面白かったか?斬新だったか?退屈しのぎにはなったのか?……なぁ、教えてくれよ。魔女っ…!!」
魔女は俺の怒りの眼差しを受け止め、最初は無表情を貫いていたがすぐにクヒヒっと笑いだしては横に逸れては腹を押さえる。
「クヒヒヒっ……キヒハハハハハッ!!!そうかそうか、そうだよねぇ。君はあの事件で大切な友達を失っているんだもんねぇ。怒るよ、それは怒るよねぇ!!アーハっハっハっハっハっハァ!!!!」
その態度が、俺の問いに対する魔女の最悪で劣悪な答えだった。
「魔女!!」
逃がさない。
今ここで、この女の答え次第ではっ…!!
俺は魔女の肩を掴んで押し倒して首を掴む。
首を掴まれながらも、魔女の笑みは消えない。
逆に悪意と歪みが増していく。
「こんなことをしたって意味は無いよ。君は私を殺せないんだから」
「……どうして、そう言い切れる?俺はこれまで何人もの人間を殺してきた。おまえ1人殺すのなんて容易だぜ」
「身体的な問題じゃないよ。精神的な問題で、君は私を殺せない。いいや。もっと言うと、もう君は誰も殺せないでしょ?この世界で一番大事なお姉さんが死んだ時から」
「っ…!!」
魔女のエメラルドグリーンの瞳は透き通っており、俺の深淵が覗き込まれているような錯覚がある。
心をその小さな手で掴まれているような息苦しさだ。
「おまえにっ……俺の、何がっ…!!」
「もちろん、わからないよ?だからこそ、私は君を見ていた。君を理解し、君を苦しめるためにね」
俺の冷徹と、魔女の悪意が視線を通して交差する。
「……それが、おまえの目的か?」
「目的?そんな大層な物じゃないよ。私にとっては退屈しのぎの暇つぶしさ。……でも、この展開は予定通りだったかな」
キヒッと笑い、魔女は自らバスローブの前を開けて肌を露わにした。
そして、俺の右手を掴んでは自身の左胸に押し当てる。
「なっ!?」
「……やっぱり、君は面白いね♪」
パシャっと音が重なって鳴り、フラッシュがたかれる。
その方向に視線を向ければ、棚と棚の隙間からカメラのレンズが見えた。
魔女は勢いよく俺の胸部を両手で押して突き放し、立ち上がっては乱れたバスローブを着直す。
「これで私も君の弱みを握ることができたねぇ。まぁ、でも、インパクトのある情報としてはこっちの方が大きいかなぁ?」
棚の間からデジタルカメラを取り出した魔女。
ここまで状況を把握すれば、魔女の狙いがやっと理解できた。
「……まさか、おまえがこの部屋に俺を運んだ目的は……」
「そう、回りくどくしないと君に真意を把握されかねないからねぇ。君が10年前の話を持ち出すとは思わなかったけど、結果的には思い通りに事は運んだよ」
デジタルカメラの画面を見せてくる魔女。
そこに写っているのは、どう見ても『裸の女子を襲っている椿円華』だ。
「状況がどうであれ、君は男で私は女。男が女を犯そうとしているという物語が明るみになれば、周りからの信頼は地に落ちる。それがフィクションだろうと、ノンフィクションだろうと同じだよねぇ?」
「……やっぱり、口約束で信用するほどバカじゃなかったか」
俺は柘榴と木島が協力関係にあることを知っている。
それは2人にとって、喉元にナイフを突きつけられているような危険な状態。
その状況を打破するために、魔女は同等かそれ以上の俺の弱みを作り出したんだ。
「これで私たちは、本当の意味で対等だね」
「対等……か」
実際、本当に対等かと言われればそうじゃない。
2人の場合は情報を漏らされても、互いに口裏を合わせては被害を最小限にすることができる。
証拠があったとしても、柘榴と魔女なら疑惑が生まれてもそれぞれのやり方で言い逃れをすることはできるはずだ。
それに対して、俺の場合は1人だ。
しかも、加害者と被害者と言う関係が成り立ってしまっている。
俺1人の主張なんて、被害者の主張に揉み消されるだけだ。
圧倒的に不利な状況にあるのは、どう考えても俺ということになる。
巧妙で計算された手口だ。
俺が寝ている時間や挑発に乗るタイミング、こちらの行動パターンを把握していないと不可能な計画だ。
「私は君のことをずっと見てきた。だからこそ、上手くいったプランだと思うんだぁ」
「……もう1回聞く。どうして、俺なんだ?俺の何が、おまえを引きつけるんだよ」
魔女はキヒヒっと笑い、俺に顔を近づける。
「私は君のことが好きなだけだよ。君の能力も、才能も、全部が大好きさ」
満面の笑みを浮かべた後に、それが歪んだ笑みに変わる。
「だからこそ、壊れるなら自分の手で壊したいの」
魔女から伝わる悪意の正体。
それは破壊願望。
この女の対象になった人間は、溜まったもんじゃない。
普通の人間ならな。
「俺はおまえなんかには壊されない。目的と誓いがある。それを果たすために、おまえの玩具になるわけにはいかねぇんだよ」
立ち上がって魔女と視線を合わせれば、10秒ほどの沈黙が流れる。
デジカメを前に出し、魔女は口元に笑みを浮かべる。
「今、ここでこれを取り上げるって選択肢は思いつかないのかな?」
「それを取り上げてデータを消したところで、状況は変わらねぇだろ。そのデジカメ1つのデータを消したところで、な」
さっき、シャッター音は重なって聞こえた。
デジカメは少なくとも、もう1つ存在する。
データを消して安心感を与え、その後にもう1つデータがあったことを明かして絶望に変える。
この魔女の考えそうなことだ。
魔女は一瞬目を見開いては愉快そうに両手を叩いて拍手する。
「見抜かれていたとは流石だねぇ。他の男子なら、焦ってそこまで考えつかないのに」
他の男でもこんな方法を使っていたのか。
自分の身体すらも道具として扱える危険人物だな。
「この写真はちゃんと保存させてもらうよ。そして、君が私との約束を破ったことが分かったと同時に全校生徒、教師に公開する」
「その言葉、そっくりそのまま返すぜ」
これで俺の持つ情報カードは効力が極端に低くなった。
柘榴に対しての交渉材料として、1度役立っただけでも満足するべきだったか。
互いの喉元に刃を突きつけている関係が出来上がったわけだ。
目的が達成されたことに満足したようで、魔女は俺に鞄を渡しては玄関に促す。
「もう帰っても良いよ。君と話せて面白かった。また今度、遊びに来てよ」
「2度とお断りだ」
玄関で靴を履き、ドアを開けようとする直前に魔女が呟いた。
「今回の文化祭では、私たちは何もしないよ。それは柘榴くんも同じなんじゃないかな」
「……どうして、そんなことがわかる?」
「あまりにも人目が多すぎるからね。他校と合同ってことは、それだけ情報が広がる可能性がある。誰かを陥れようとしている内容は特にね」
「そういうことか。それなら安心した。文化祭に集中できそうで何より」
「頑張ってね、Eクラスの実行委員さん♪」
悪戯な笑みを浮かべて茶化してくる魔女に対して、俺は軽蔑と呆れた目を向けて彼女の部屋を後にした。
今回話してみても、やはり俺の中で魔女に対する見方は変わらなかった。
魔女と言う名前がふさわしいほどに、思考と性格の歪んだ危険人物。
本当はもっと深く切り込んで情報を聞き出したかったが、弱みを握られている状況では何時地雷を踏むかわからなかった。
また今度、関わる機会があったら切り出してみるか。
魔女と呼ばれる女の実態を。
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