負傷者からの申請
実行委員の集会が終了し、メンバーが会議室を出ていくのを見計らって俺も雨水と一緒に席を立つ。
その時に進藤先輩と目が合い、軽く会釈しておけば声をかけられた。
「椿円華くん」
「……はい?」
いきなり名前を呼ばれてぎこちなく返事をすれば、先輩は俺に歩み寄ってきては前に立つ。
身長的には少ししか差はないはずなのに、覇気を感じては警戒を強めてしまう。
この人は俺の敵なのか、味方なのか。
それを本質的に把握するまでは、心を許せそうにない。
進藤先輩は腕を軽く組み、俺の目をじっと見てくる。
「あまり……と言うよりは、全然似ていないな。本当に桜田生徒会長とは姉弟なのか?」
久しぶりに来たよ、こういう質問。
本当に迷惑なんだよな、根掘り葉掘り聞かれそうになるから。
それに、今の俺にとってBCは本当の姉でも何でもない。
「一応、昔は一緒に住んでたんで。本当の姉かって言われたら、そんなことはどうでも良いんじゃないですかね。俺自身も本当にそうかって言われたら曖昧なんで」
「そうなのか。桜田家の問題に干渉しそうになっていたのかもしれない。軽はずみな言動をしたことを、どうか許して欲しい」
頭を下げる進藤先輩に対して、こっちはバツが悪くなる。
「やめてくださいよ。あなた、先輩でしょ?後輩に簡単に頭を下げてると、嘗められるんじゃないですか?」
「そんなことは関係ない。礼儀を大切にすることは、人間として当然だ。そこに上級生も下級生も無い」
「そ、そうっすか……」
この人、真面目だなぁ。
俺とは相いれないタイプかも。
「突然声をかけてすまなかったな。桜田先輩とは、生徒会だった時にお世話になったことがあったんだ。尊敬する先輩の血縁者とあって興味があった」
「それなら、幻滅したんじゃないですか?先輩の期待に応えられる自信はないですよ」
「君は自分を過小評価する気質があるみたいだな。2年でも、君の名を知らない者はほとんど居ないさ。夏休みの特別試験では大活躍だったらしいじゃないか」
予想はしていたけど、2年にも俺の名前が広まってるのか。
復讐のために注目を集めた方が良いとは思っていたけど、変に目を付けられそうで面倒だ。
「噂が独り歩きしているだけです。あの時は生徒会長の言う通りに動いていただけですから。俺個人は歪んだ思考以外は取り柄はないですよ」
「謙遜が過ぎるかもしれない。しかし、これ以上言っては君を不快にさせるかもしれないな。君の軍人時代の経験には期待している。一緒に頑張ろう、椿」
薄く笑みを浮かべて手を出されては、気づかれないように一瞬ためらったがその手を握った。
「こちらこそ、よろしくお願いします。進藤先輩」
こっちも作り笑みを向け、互いに同時に手を離しては先輩はそのまま会議室を出て行った。
今の状況を無言で間近に見ていた雨水は、首に着けていた制服のネクタイを緩めては大きく息を吐いた。
「息を飲むってこう言う事を言うんだろうか。貴様、よくあの人と平然と話せたな?」
「平然としてる?バカ言えよ」
平然としていたわけじゃない。そう見えるように装っていただけだ。
進藤先輩が部屋を出てから、後からになって握った手が震えだしてきた。
恐怖が身体に表面化するのは久しぶりのことだ。
ポーカーズと戦っていた時だって、怒りと共に恐怖を感じていた。
だけど、これはそれとは別の恐怖だ。
今のは他愛ない初対面の世間話だった。
それでも、1つ1つの言葉を交わすだけで、あの人に心の奥底を覗かれそうになった感覚を覚えた。
「恐ろしいな、あの人……」
「進藤大和。2年のSクラスに属しているだけでなく、その実力と支配力で既にいくつかの他クラスまでまとめ上げているという噂がある。生徒会は1年の時に属していたらしいが、2年には辞めている。それでも、彼の影響力は2年の中で絶大のようだ」
メモ帳を開いて読み上げた雨水に、無言で半眼を向けてしまう。
「おまえ、どうして上級生のデータなんて持ってるの?」
「お嬢様が1度、生徒会に所属しようとしていたことがあったんだ。その時に生徒会の関係者のことは一通り調べ上げただけだ」
「へぇー。おまえもおまえで、別の意味でこえぇわ」
それにしても、警戒心が強くなるわけだ。
強者というか、実力者というか、そう言う雰囲気が隠せていない。
もしくは、隠す気が無いのかもしれない。
まぁ、ここで先輩のことを気にしても仕方がない。
BCの目的はわからないけど、俺はやれることをやるだけだ。
「雨水、これからどうする?」
「教室に戻るに決まっているだろ。これ以上、お嬢様を待たせるわけにはいかない。そういう貴様は?」
「別に何も決めてねぇよ。街で暇を潰しているかもな」
頭の後ろに右手を回して言えば、雨水は溜め息をつく。
「無計画か。本当に貴様は、たまに異常なことをするくせに基本無気力に見えるな」
「見えるんじゃなくて、その通り無気力なんだよ。やる気ねぇの一言だわ」
「そうかそうか。なら、暇を持て余しているが良い」
呆れたように言っては、雨水は手を軽く振って会議室を出て行った。
俺とあいつの関係も、少しは改善されていると思って良いかもしれない。
最近はそんなに暴言も言われてねぇし。
会議室に残され、この後何をしようか予定を立てようとしていると後ろから「ねぇ」と不愛想な声が聞こえてきた。
凄く嫌な予感がする。
「ねぇ、ちょっと聞いてるの?」
そう言えば、さっきから会議室に残ってたわ、こいつ。
仕方なく後ろを見れば、サイドテールの目付きが鋭い女が俺を睨んでいた。
「あんたに話があるの。顔、貸しなさいよ」
「うわぁお、拒否権ねぇのな」
拒否する理由がないから、とりあえずはついて行くことにした。
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金本に連れてこられたのは誰も使っていない体育館の倉庫だった。
薄暗い空間の中で男女が2人だけとなると、健全な男子高校生は何ともいかがわしいことになりそうとか妄想するのかもしれないけど、俺にはそれがない。
本人に気づかれないように警戒心を向けながら扉の近くに立っていると、金本は跳び箱の上に座っては包帯を巻いている脚を摩った。
「そんな身体で実行委員なんて引き受けて良かったのか?」
「別にあんたに心配されるほどじゃないわよ。私はそこまで弱い人間じゃないし、鍛えているから柔じゃないわ」
「それなら別に良いけどさ。……それで俺に話しって何だよ?愛の告白でもないんだろ?」
「何よ、それ。気持ち悪い。自分の面を見てから物を言いなさいよ」
冗談で言っただけなのに、軽蔑の目を向けられた。地味に心が傷ついた。
「……私たちBクラスのことよ。もっと言うと、柘榴のことって言っても良いかもしれないわ」
柘榴の名前が出れば、自然と注意と警戒心が強くなる。
「文化祭で何か仕掛けるとでも言われたのか?」
「いいえ、その逆。今回の文化祭では、誰も何もするなって言われたわ。柘榴が言うなら、クラスの奴らは全員従う。でも、私にはどうしても腑に落ちないのよ」
「何もするなって言うところが、逆に裏で暗躍しているって考えられるわけだな」
俺の推察に、金本は真剣な表情で頷く。
「私はあいつのやり方が気に入らない。体育祭で、あいつへの嫌悪が増したわ。あいつにはいつか、借りを返すつもり。だけど、私1人じゃそれはできないってことも思い知った」
体育祭の時に柘榴と金本の間に何があったのかは知らないけど、あの敗北は彼女を想像以上に成長させたみたいだな。
「柘榴はあんたを誰よりも目の敵にしている。あんたとあいつの間に何があったのかは知らないけど、それって柘榴にとってあんたが気に入らない存在ってことでしょ?」
「……どうだろうな。仮にそうだとしたら、どうする?」
返答は1つしか予測できないけど、とりあえず金本の口から直接意志を口にさせた。
「あんたが柘榴と敵対するなら、私はあんたに協力する。あいつへの嫌がらせとしてね」
「協力……ね。具体的には何をしてくれるんだ?」
「今できることは、BクラスとFクラスの危険人物を伝えることだけね。だけど、柘榴が動きそうになったら、情報が入り次第あんたに伝えるわ」
「それ、おまえにリスクが高くなることを承知で言ってるのか?柘榴が裏切者の存在に気づくかどうかは、五分五分と言ったところだぜ?」
金本は両手で拳を握り、歯を噛みしめる。
「あいつをこのまま野放しにしたら危険なのは、あんただってわかってるんでしょ?柘榴を止めるためだったら、私は何だってやるわ。今の内に止めないと、あいつはっ…!!」
言葉を続けようとしたが、苦しそうな表情を浮かべて抑え込んだ。
彼女の目からは、強い覚悟を感じる。
これもある意味、『復讐』なのかもしれないな。
「おまえの想いの強さは受け取った。だけど、考える時間をくれ。柘榴が仕掛けてくるなら受けて立つつもりだけど、今は文化祭に集中したいからな」
「じゃあ、文化祭が終わったらちゃんとした返事はもらえるの?」
「……善処する。今はそれしか言えない」
Bクラスの内情を知る者の協力は武器になるが、それでもリスクが高すぎる。
それに、俺の中で1つの仮説が立っている以上は簡単に受け入れることはできない。
とりあえず、今は頭の片隅に置いておく程度にしておこう。
内密な話はすぐに終了し、俺と金本は誰も来ない内に早々に倉庫を後にした。
今後は柘榴の件が終わるまで、彼女の行動にも気を向ける必要がありそうだ。
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瑠璃side
円華くんが退室してからの約1時間で、Eクラスの出し物は少しずつ決まりだしてきた。
男子と女子で主張は平行線だっただけに、最終的に多数決を取ることにしたら案外男女共に人気だったのは「お化け屋敷」だった。
黒板には他に「メイド喫茶」や「たこ焼き」などもあったけど、クラスの過半数が投票しているので出し物は決まったも同然。
「それでは、多数決の結果でEクラスの出し物が決まったわけだけど、異論がある人は居るかしら?」
確認を取れば、数人は納得はしていないみたいだけど主張はしてこなかった。
後ろの方で腕を組んでキャンディーを舐めながら見守っていた岸野先生は、生徒を見渡しては私に視線を送る。
「決まったみたいだな、成瀬」
「はい。私たちの出し物はお化け屋敷になりましたが、担任としてご意見があれば承ります」
「別に?1時間で決まったのは予想外で驚いたが、これはおまえたち生徒の文化祭だ。大人が口を出すのは、あくまでも安全を侵害する行為を確認した時だけ。出し物が決まったなら、時期を見て準備を始めれば良いさ」
岸野先生は欠伸をし、スマホで黒板の写真を撮っては「後は自由にやりな」と言って退室していった。
本当にあの人は、担任でありながらクラスのことに関心が無さすぎる。
呆れて小さく溜め息をつくと、住良木さんが軽く手を挙げた。
「成瀬さん。出し物も決まったことだし、それぞれで役割分担をした方が良いんじゃないかな?」
「そうね。だけど、それは明日以降にしましょう。グループチャットにできる限り内容を挙げておくから、全員それを確認して」
クラスの中で早々に意見がまとまったのは幸いかもしれないけど、それはこの先起きるかもしれない課題を早期発見するためでもある。
円華くんが参加できない文化祭。
それによって起こる変化の大きさはどれほどのものなのか。
後ろの席に居る恵美や住良木さん、基樹くんを一瞥しては気持ちが引き締まってしまう。
この前の体育祭で起こったジョーカーという道化師の襲撃にあったことは、まだ記憶に新しい。
あの時助かったのは、奇跡的と言っても良い。
また何時組織が私、もしくは恵美たちを狙わないとも限らない。
気を引き締めていかないことには、命がいくつあっても足りないかもしれない。
あの体育祭で確信した。
私は円華くんと同じ位置に立っているということを。
彼は復讐者として組織を敵に回しながら、その敵の巣に潜んでは自身の復讐を果たそうとしている。
それは私がその事実を知る前から円華くんに協力していた恵美や住良木さんも同じ。
並大抵の覚悟ではできない。
だけど、彼らの事情を知ったからこそ腑に落ちないこともある。
組織、あるいは学園側は何故、椿円華という復讐者を放置しておくのか。
彼らの話から、時々の襲撃はあったにしても干渉してくるのは最小限にとどめている。
最悪の仮説を立てれば、実力行使に乗り出された場合は彼らが迎えるのは破滅しかない。
それとも、放置しては監視することで何か得られるものがあるのかしら。
例えば、彼を餌として組織にとって重要な何かを吊ろうとしているとか。
「……ダメね。想像の域を脱しえないわ」
文化祭の出し物の内容をノートにまとめていると、隣の席の机に基樹くんが座っては馴れ馴れしく話しかけてきた。
「クラス委員も大変ですなぁ~。根を詰め過ぎんなよ?」
「はぁ…。あなた、何時まで私に付きまとうつもり?」
2学期が始まってからと言うもの、彼は放課後に私に同行するようになった。
帰路に就くときは同じアパートだから苦情を言う気はないけど、寄り道に地下街に行くときも当然のように付いてくるのは不快でしかないというのに。
和泉さんが時々、雨水くんを鬱陶しく感じていることに対して同情を覚える。
基樹くんは頬をかいて苦笑いを浮かべる。
「アハハっ。俺ってもしかして邪魔?」
「もしかしなくても、視界に入るだけで不愉快だわ」
「えぇ~。そんなに嫌わなくても良くね?俺だって傷つかないわけじゃねぇのに」
わざとらしく肩をすくめる基樹くんだけど、それが表面上だけだということはもうわかっている。
「俺だって、瑠璃ちゃんが襲われそうになったって聞いた時は心配したんだ。円華からも後のことは頼まれてるし、ボディーガードは必要っしょ」
「円華くんに言われたから、なのね。影という存在は、自分の意思を持たないのかしら」
「別に命令だから従うってわけじゃねぇよ。円華が何かを強制したことある?」
「……ないわね」
遠回しに、自分の意思でやっていると言っているのかもしれない。
だけど、私に守る価値があるかどうかは甚だ疑問と言うほかないわ。
「緋色の幻影にポーカーズ……そして、他クラスとの競争。私たちは一体、どれほどの戦いに挑まなければならないのかしらね」
弱音を吐きそうになっていると、基樹くんの雰囲気が変わる。
「この学園の真実を知ったから、今後のことが不安になってるのか?」
「否定はできないわ。だけど、後戻りできないことは自覚している。だから、影なら……たまに弱音を吐いても、聞いていないふりをしなさいよ」
「……あいよ」
ノートと筆記用具を入れて鞄を手に持って席を立つ。
自然と2人で教室を出ることが、最近は当たり前になってしまっている。
「ボディーガードなら、完璧に護衛してくれるんでしょうね?私、か弱い女の子なのだけれど」
「及ばずながら頑張りますよ。視界に入らないようにな」
基樹くんは教室を出ると同時に、パーカーのフードを被っては悪戯っぽく舌を出した。
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