人選ミス
Eクラスでのホームルームでは、岸野先生から合同文化祭についての説明を受けていた。
「まぁ、やることと言ったら演劇で出し物をやったり、屋台をやったり、普通の学校の文化祭とは変わらない。変わっているのは、他の学園と合同で行うって所くらいだな」
「はいは~い!何で他の学校と一緒にするの~?」
手を挙げて質問してくる久実に対して、やる気の無さそうな顔で溜め息をつく担任。
「例年やってるからだ。一応、姉妹校ってことで交流を深めることを目的としているらしい」
「それって意味ある~?」
「意味ならあるさ。今まではクラス同士で敵対していたが、今回は学校同士の協力が必要になる。それなら、腹の内で納得がいかないことがあっても、他のクラスとも協力することになる。大きなイベントであればあるほどな」
棒付きキャンディーを口に含み、舐めながら生徒を見渡す。
「まぁ、おまえら今回は気軽に楽しめよ。文化祭に限っては、特別試験でも何でもないただの学校行事だ。頑張っても頑張らなくても、文化祭での結果は互いの学校の評価には何の関係もないからな」
楽しめという言葉に安堵するみんなだけど、俺は岸野の言葉を素直には受け取らない。
これまでの経験から、また何か言い忘れていることもあるかもしれないからな。
不審な目を向けていたことに気づいたのか、岸野はこちらと目を合わせてはみんなに気づかれないように一瞬だけ口角を上げた。
「なぁなぁ、俺らの出し物何にする?」
「やっぱメイド喫茶っしょ!!女子みんなに着てもらおうぜ!!」
「えぇ~、そんなの男子が喜ぶだけでしょ!?私、絶対に着ないから!!」
「それに、メイド喫茶って男子は何してるのよ!?」
文化祭について話しているクラスメイトたちを見ていると、不意に後ろの席の奴から声をかけられた。
「円華は、何かやりたいこととかあるの?」
「……さぁな。こういう行事にはあんまり興味ねぇよ。それに、俺は今回クラスの出し物に参加はできないはずだ」
「えっ……何で?」
恵美の問いに答えるように、タイミングよく岸野が咳払いして話を一旦止める。
「盛り上がってるところ悪いが、各クラスから1名だけ文化祭実行委員を出してもらうことになっている。その生徒はクラスの出し物に参加できないから、そこの所は考えておけよ」
「実行委員って何するんすか?面倒事は勘弁なんすけど」
基樹が突っ伏した状態で聞けば、岸野は机まで行って頭をファイルの角で小突きながら言った。
「簡単に言えば、1年の仕事は文化祭が円滑かつ安全に進むようにすることを目的としている。企画や運営は2年がするから、1年の出番はそんなにねぇよ。であるからして、各クラスから優秀な生徒を担任が推薦するわけだが、それはもう既に決定しているから安心しろ」
「え!?もしかして、俺!?」
「バカ、おまえのどこが優秀だ」
ボケる基樹に軽くツッコみ、岸野先生は俺と視線を合わせては満面の作り笑顔を見せる。
「やってくれるよな。Eクラスが誇る優秀な生徒の椿くん?」
皮肉交じりの呼び方と笑顔から、『おまえ、断ったらどうなるかわかってるだろうな?』と言う脅迫の意志が伝わってくる。
「俺じゃなくても、優秀って言ったら真央も居るでしょ?」
名前を出して本人を見れば、真央は苦笑いをして頭の後ろをかいた。
「すいません。僕も生徒会の見回り仕事がありますので、実行委員にはなれないみたいなんです。椿くん、よろしくお願いします」
同じクラスになってから、真央の俺への呼び方がさん付けからくん付けに変わったのはどうでも良いか。
BCの奴、既に先生と真央にまで手を回していたのか。
ここで成瀬や麗音の名前を出したところで、ゴリ押しでやらされるのは目に見えた。
俺は深い溜め息をつき、負のオーラを全開にして言った。
「わかったよ。やれば良いんだろ」
BCの奴、今度会ったら覚えてろ。
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BCを通して半強制的に押し付けられた文化祭実行委員だけど、それの招集がかかってしまった。
時間は放課後。
会議室に集まって顔合わせを行うらしいが、正直言って行きたくない。
各クラスから優秀な生徒を出すだって?本当に優秀な奴は出てこないと思うに1票。
教師の推薦って所がもっと怪しく感じる。
2年の先輩も参加してくれるって話もあるし、俺はできるだけ影をひそめるか。
指定された時間の10分前に会議室の前に来れば、いきなり中からバカうるさい笑い声が聞こえてきた。
「ハーハハハハッ、やはり君は三流の執事のようだ。貴族である私がわざわざ来たというのに、1分経って紅茶を出さないとは。君のような下級な者を執事としているミス和泉が哀れだねぇ」
「貴様、俺だけではなく要お嬢様まで侮辱するか!?」
聞き覚えのある笑い声に続いて、面倒な知り合いの怒声が聞こえてきた。
「最っ悪だ…」
入りたくないという想いを抑え、とりあえずドアを開ければ想像通りの光景が視界に入った。
Aクラスの雨水が拳銃を両手で構え、両手と両足を組んではそれを見据えているCクラスの幸崎。
その周りでは興味ないと言うように長テーブルのデスクに着いているBクラスの金本を始めとした数人の男女。
これを見て、速攻で頭に浮かんだ言葉は1つ。
か、帰りてぇ。
しかし、多分だけどこの状況を止めなくちゃならない役割になってくるのは、おそらく…。
ドアが開いたと同時に、2人の視線は俺に集中した。
「椿円華!?ちょうど良い、貴様も加勢しろ。このドレッド頭を粛清する!」
「よく来たねぇ、ミスター椿。君も実行委員に選ばれたということは、私の退屈も紛れるかもしれないねぇ」
面っっっ倒くせぇ。
肩をすくめながら執事と貴族(笑)を交互に見てから2人の間に立つ。
「とりあえず、雨水はその物騒な物をしまえよ。それで、おまえはまた何か余計なことを言ったのか?」
雨水に拳銃を下ろさせ、幸崎に聞いてみる。
「私は私の中の事実をそのまま伝えただけだよ、ボーイ。執事としての心構えがなっていないようだったからねぇ。私が直々にレクチャーしていただけさ」
「何がレクチャーだ!!貴様に教わることなど何もない!!」
雨水の怒りには気も止めず、幸崎は手鏡を見ながら横髪を整え始めた。
その行動がさらに雨水を怒らせようとしていたが、そこは軽く肩に手を置いて止めておく。
「雨水、冷静になれ。こいつに怒るだけ時間の無駄だろ。それに騒動を起こしたら、和泉に迷惑が掛かるんじゃねぇの?そんなこともわからない、おまえじゃないだろ」
「……そ、そうだな。頭に血が昇っていたみたいだ」
和泉の名前を出せば、落ち着きを取り戻し始める雨水。
「心配しなくても、和泉はおまえのことを認めてると思うぜ?幸崎みたいな奴に何を言われても、気にする必要はねぇよ」
フォローを入れた後、面倒な方に目を向ける。
「やはり君は優秀だねぇ、ミスター椿。三流執事くんの暴走を止められたことは称賛に値するよ」
「そんなのはどうでも良い。おまえ、少しは人の神経を逆撫でする言葉を控えろよな」
「先ほども言った通り、私は事実を事実として述べただけさ。彼がそれでどう思おうと、私にはどうでも良いことさ」
予想通りの反応だ。
こいつには何を言っても無駄だな。
「まぁ、尤も?君が止めに入らなくとも、私の実力ならば銃弾を避けるくらいは容易いことだったがねぇ。その分から言えば、君の行動は余計なお世話になるのではないかね?」
しかも、止めたことを感謝もせずに次は俺を挑発してくる始末だよ。
アホらしい、受け流すか。
「あー、そうですねー。余計なことをしてすいませんでした、貴族様ー」
感情を込めずに棒読みで言えば、幸崎は鏡から目を離して俺に怪訝な目を向けてきたが、すぐにヘアチェックに戻った。
雨水と一緒に席に着き、今居るメンバーを確認する。
雨水に幸崎から始まり、俯いている根暗そうな男子、爪にマニキュアを塗っているを肌黒のギャル、人当たりの良さそうな女子、そして―――。
対面する形で座っている前の席の女と目が合うと、不機嫌な顔で「何?」と聞かれた。
「え?ああ、ちょっと意外だと思ってさ。あんたが実行委員に選ばれるとは、流石に想像してなかったから」
Bクラスの金本蘭。
1度しか面識はないけど、お世辞にも優等生には見えないからな。
行動から言ったら、逆に問題児として認識されてもおかしくない。
金本はデスクに右手で頬杖をつき、「ふ~ん」と言って目を細めて俺を見る。
「私もあんたが優秀には到底見えないけどね。私の場合は、あのクラスでは常識人の部類に入るからじゃない?」
あのクラスではってことは、自分が一般的には常識人じゃない自覚はあったのかよ。
ツッコミを入れたかったが、ここで格闘戦になるのは控えたいので「あっそーかよ」とだけ返す。
そう言えば、金本は顔に湿布貼っており、両腕や足に包帯を巻いている。
「体育祭での怪我、長引いてるのか?」
「まぁね。あんたも、あの時完敗した私を笑ってたんでしょ」
「俺がそんなに趣味に悪い男に見えるのかよ?」
「見える」
「何と失礼な。俺はこう見えて心優しい青年なのに」
隣の雨水から「誰がだ」と言うツッコミが飛んできたので、自然と会話は中断されたので別の話題に変える。
「とりあえず、1年は全員そろってるってことで良いんだよな?」
「ああ。SからFまで、一通りそろっている。人選に問題があるとは思うが」
「それには激しく同意」
知り合いを見るだけでも、共同で何かができる奴が1人も居ない。
一番マシなのが俺と雨水くらいだろう。
幸崎に至っては、もはや頭数に入れない方が良いかもしれない。
これ、完全に人選ミスだろ。
それぞれのクラスの担任は何を考えてるんだ?
優秀な生徒って何を基準に決められたんだよ。
これからの文化祭について不安になっていると、ドアが開いては高身長で眼鏡をかけた男子が入ってきた。
その男の風格は、単純な言葉で表せば只物じゃないって感じだった。
見た感じ、例の2年の先輩か。
静かで威厳に満ちた雰囲気を放っている所から、防衛本能が働きそうになるのを耐える。
男は俺たちを見渡すと、無表情で小さく息を吐いては眼鏡の位置を正してデスクの中央に移動した。
「1年生の諸君、集まっていただき感謝する。今回は顔合わせと言う事になっているが、少し先の話も進め、君たちの役割を考えていきたいと思っているのでそのつもりでいるように」
今の言葉の選び方はYESしか認めない言い方だ。
まぁ、元から1年の俺たちに拒否権なんてないと思うけど。
先輩はデスクに両肘をつき、手を合わせて言葉を続けた。
「俺は今年の文化祭実行委員の代表を務めることになった、2年の進藤大和だ。よろしく頼む」
1年生にも尊大な態度は取らず、礼儀として頭を下げて挨拶をする進藤先輩。
「代表と言っても形式上のものなので、こちらから指示を出すことはほぼ無いだろう。君たちが自主的に動いて文化祭を良くしてくれることを望んでいる。みんなの力で、良い物にしていこう」
良いことを言っているけど、それに水を差すのが内の1年には居る。
「申し訳ないが、私は担任に勝手に役割を押し付けられただけ。私は低俗な諸君の役割に縛られる存在ではないのだ。上級生であろうとも、私を思い通りに動かせるとは思わないことだねぇ」
幸崎が空気を読まずに挙手をし、発言を許されたわけでもないのに言い出した。
こいつ、上級生にもその言動かよ。
しかし、それを受けても進藤先輩は動じない。
冷静に胸ポケットからメモ帳を取り出すと、何かをペンで書いてはすぐに戻した。
「わかった。では、君には自由の利く役割である監視員を任せることにする。それで良いだろうか?」
先輩が確認を取れば、幸崎の目付きが若干鋭くなる。
「聞こえなかったかな、ミスター?それとも、意図が通じなかったのかな?では、はっきりと申し上げよう。私は何の役割もするつもりはないのだよ」
「そうか。しかし、これはやるかどうかは君の自由だ。やりたくないのであれば、やらなくても良い。やりたくなったらやってくれれば良い。俺が自由が利くと言ったのは、そう言う意味だが……。すまない、通じなかったみたいだな。高貴な貴族の、幸崎ウィルヘルムくん?」
幸崎の名前を知っている……。
この人、1年のデータも把握しているのか。
把握しているだけでなく、それを活かした役割を事前に用意している。
流石の幸崎も、在るようで無いに等しいと思われる役割を当てられては不本意だったのか、進藤先輩に噛みついていく。
「そのような低俗な役割を、私に割り振るつもりかい?」
「君がやる気がないのであれば、それは仕方がない処置だと思うが?やらなくても良いというこちらの十分条件と、君のやりたくないという必要条件が合致しているはずだ」
2人は30秒ほど視線を合わせ、幸崎から目線を逸らしては無駄な話し合いは終わった。
すげぇよ、この人。
初対面で、幸崎のペースに乗せられずに冷静にあいつを抑えこんだよ。
おそらく、正論と言う名の屁理屈をこねれば幸崎はまだ粘ることはできたかもしれない。
だけど、それでも進藤先輩に対しては効果が無いことを理解したのだろう。
我儘の引き際はわきまえているみたいだ。
進藤先輩は何事も無かったかのように話を戻しては文化祭での1年の役割を説明し、ある程度の役割分担は終了した。
説明の中で阿佐美学園の方の実行委員と2人1組になるという話が耳に入ったけど、一体どうなることやら。
ちなみに、俺の役割は当日の見回りになった。
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