新なるカード
体育祭の翌日。
振替休日があるわけではなく、次の日も容赦なく授業は再開されることになった。
部屋を出ると岸野先生からメールが届いたのを確認した。
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本人の申請は受理しておいた。
向こうの先生とも話はつけておいたし、今日からになりそうだ。
昨日の一件はおまえの仕業か?また面倒なことを起こしやがって。
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一応『すいませんでした。先生大好き』と送信しておき、エレベーターへと続く通学路を歩く。
今日からって、いろいろの手続きを昨日やってくれたってことか。
あとで苦情言われそうだけど、それは甘んじて受け入れてやるか。
1人で歩いていると、前方に腕を組んで電柱に背中を預けている紫髪の女がこっちに気づいて視線を向けてきた。
「待っていたぞ、椿円華」
「……おまえは、あの時の」
2学期の始めに会った、約束を交わした女だ。
女は歩み寄ってきては品定めするかのような目を向けてくる。
「互いに面と向かって言葉を交わすのは、これで2度目だな。しかし、私の声を聞くのは、これで3度目のはずだ。小娘に盗聴器を持たせていたのだから、覚えが無いとは言わせないぞ?」
「はぁ……そうだな。勝手に期待されて迷惑だなって思ってたわ。そして、驚いたよ。おまえが女帝と呼ばれている、鈴城紫苑だったなんてな」
「……その呼ばれ方は、あまり好きではないのだ。できれば、おまえからは紫苑と呼んでもらえると嬉しい」
「紫苑……。考えとく」
誤魔化しても意味がないのは明確だ。
恵美と成瀬に問い詰めた時から、もう既に盗聴の件は知られている。
「おまえは期待以上の動きをしてくれたさ。初めてだよ、私の未来予想図を覆した人間は」
「……真央のことだな」
予想はついていた。
女帝と呼ばれている女だ、プライドは高いだろうさ。
そんな女の計画をぶち壊せば、お礼参りに挨拶くらいは来るだろうと思っていた。
いや、そうじゃないか。
俺は真央を救うと同時に、無意識にこの女と会うことを計算に入れていたのかもしれない。
近くで見ただけで、俺と異様な共通の何かを感じた。
そして、妙な懐かしさも。
「鈴城紫苑。こうして会ってみて、真央の言っていた意味が少しわかった気がする」
「奇遇だな。私もおまえを見て、思ったことがあったのだ」
鈴城は少し間を置き、面白いものを見る目で言った。
「前に会った時も薄々感じていたが、私とおまえは波長が合うのかもしれない」
「実際、真央曰く俺とあんたは思考が似ていて実力が同等らしいぜ」
「そうだろうな。周りから見れば、私とおまえは似た者同士だろう」
鈴城はクスクスっと笑い、昨日のことを話しだす。
「私は昨日、真央を本気で潰すつもりだった。これ以上面白みのない駒を持っていても、退屈で仕方がないと思っていたからな。しかし、真央の心は折れなかった。すぐに察しがついた。椿円華、おまえが真央を救ったのだとな」
「あんたの計画を台無しにして悪かったな。知り合いを見殺しにすることはできなかった」
「本当にそれが理由か?」
鈴城は薄ら笑みを浮かべ、俺の心の奥底を探ろうとする。
「仲間、友人、絆。確かに美しい言葉だ。しかし、それだけで人助けをするような男には見えないな」
「……何が言いたい?」
「私が考えるに、おまえは真央が追い詰められていることに事前に気づいていた。その時から、何かあれば救いの手を差し伸べると同時にこう計画していたのではないか?自分が奴の心を救い、Eクラスに引き下ろすと」
「考えすぎだろ。俺はそこまで器用じゃない」
「そうかそうか。まぁ、今はそう言う事にしておいてやろう」
一歩下がり、鈴城は思い出し笑いをしては地下の天井を見上げる。
「私は真央と賭けをしていてな。黄団が赤団に勝つことができたならば、私はこの学園を退学しなければならなかった」
「そんな約束、本当に守る気あったのかよ?」
「どうだろうな。しかし、結果として私は学園に今日も登校することができている。何故だかわかるか?」
「さぁな。そんなことは知ったことじゃない」
「昨日、電話があってな。それで真央は勝者でありながら、賭けを降りたのさ。あれを勝利とカウントすることはできないからだそうだ」
真央らしいといえばらしいな。
希望の血の力に飲まれていた自分が許せないし、それで手に入れた勝利に意味はないと思ったのだろう。
しかし、真央が賭けに降りることはなくても、この女ならSクラスの権力を使って賭けを無かったことにしていそうな気がする。
忘れそうになっていたけど、基本的に下のクラスは上のクラスには逆らえないらしいからな。
「しかし、同年代の者に思考を上回れる体験は初めてだ。斬新で実に面白い」
「良かった。悔しいとか思われて恨みを買わなくて」
「恨みなんて抱くはずが無い。好敵手を得るのは、人生でいい経験だ。しかし、悔しくないかと言われればそうではないな。今回は期せずして間接的にだったが、いつかおまえとは直接戦いたいものだ」
「好戦的なんだな」
「戦うのは好きだ。しかし、圧勝することには飽きてしまった。おまえとなら、いい勝負が期待できそうだ」
「あんたと戦うことは当分無いだろうな。こっちもこっちで忙しいんだ」
「それは残念だな。では、時が来た時は全力で相手してほしいな」
「時が来れば……な」
そんな時が来てほしくないと心底思ってしまっている。
鈴城は俺と話せて満足したのか「ではな」と言って通学路を歩き出そうとする。
「待てよ、紫苑」
言われた通りに名前を呼んで止めれば、俺はリュックサックからあの時の本を取り出して見せる。
「約束してただろ?本、貸すって」
「……まさか、私がここに来ると予期して持ち出していたのか?」
「いや、いつあんたに会えるかわからなかったからさ。ずっと持ち歩いてたんだよ」
本を手渡せば、彼女は表紙を撫でて薄く笑みを浮かべる。
その笑顔は、女帝と呼ばれる女とは思えないくらい、年相応の可愛らしさを醸し出していた。
「ありがとう。本当に心待ちにしていたのだ、これを読める日を」
「読み終わったら、感想聞かせてくれよ。クラス間のことは関係なく、同じ趣味を持つ奴とは、話してみたいからさ」
「それも約束だったな。……わかった、読み終えたらすぐに連絡する」
俺たちは友達登録をしてアドレスを交換し、鈴城は満足げな表情で離れて歩いていく。
「では、また会おう……円華」
「えっ……あ、ああ」
こいつも、俺のことを名前で呼ぶタイプの奴か。
まぁ、友達登録したのも何かの縁だし、別に良いか。
向かう先は同じだけど、俺は時間差を開けてエレベーターに向かった。
女帝様と一緒に登校している所なんて見られたら、注目の的だからな。
目立たないようにするスタンスを変えるつもりは、当分ない。
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教室に入ると、クラス内がざわざわしているのがすぐにわかった。
それも当然か、机と椅子がまた1つ増えているのだから。
特に誰とも話さずに自分の席に着いて朝礼の時間まで待っていると、スマホに短文のメールが着ていた。
成瀬からだ。
『新しい人が入ってくるみたいだけど、あなたは何か聞いていないの?』
その問いに対して、こっちも短文で返した。
『何で俺が何か聞いている前提なんすか?』
『否定しないのね』
『否定しても信じてくれそうにないからな。クラスのリーダーが聞いてねぇのに、俺に話が来るわけがねぇとは思うけどさ』
皮肉を書いて送信している内に予鈴がなり、全員が席に着く。
後ろの席の恵美はチラチラっと自身の後ろにある机を見ては落ち着かない様子だ。
そんな彼女にボソッと呟いた。
「落ち着けよ。今から来るのは悪い奴じゃないさ」
「その口振りだと、円華は誰が来るのか知ってるんだね」
「……まぁな」
こいつには嘘をついても無駄だから、正直に答えておいた。
岸野先生が教室に入り、その後ろに全員が知っている男子生徒が続く。
そいつを見て、周りが騒然となった。
「えっ、え!?嘘だろ……」
「こんなことってありえるんだ」
「何があったんだろうね……」
クラスメイトが驚いている中、俺と岸野先生だが冷静だった。
先生は咳払いをして周りを静かにさせた後、隣に居る生徒を見る。
「まぁ、おまえらの気持ちもわからないでもない。学年の中でもそれなりに名前が知られている奴だからな。しかし、今日からは同じEクラスになる。頑張って仲良くしろとは言わないが……まぁ、それなりに付き合ってやれ」
煙草を吹かしては溜め息をつき、自己紹介を促した。
そいつは俺と目が合うと一瞬薄く笑みを向けた後に、みんなの方を見て名乗った。
「石上真央です。みなさんの団結を乱さないようにしていくと同時に、共に成長していきたいと思います。これからどうぞ、よろしくお願いします。」
さわやかな笑顔で女子のほとんどの目がハートマークになっている。
男子はもはや唖然として状況が飲み込めないでいる。
Eクラスに新しい仲間ができたと言う事になる。
人格と実力を兼ね備えている真央なら、仲間意識が強いこのクラスでもすぐに馴染んでいくだろう。
クラスとしては大きな戦力をSクラスから奪ったことになる。
そして、俺にとっては重要なカードが1枚増えたと言う事だ。
これで今後生徒会を利用する時に、BCに会う手間が省けそうだ。
石上真央が加わったことにより、2学期からEクラスは転機を迎えることとなるだろう。
これで『牙を剥く体育祭編』は終了です。
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