受け入れられない気持ち
恵美side
私はグラウンドに戻り、体育祭の展開を見届けていた。
体育祭も残り最後の競技に入る。
校内最速者リレー。
参加者は各団から6人ずつ。
それに参加する選手はほとんどが3年生を占めており、2年や1年はそれぞれ1人や2人程度だ。
今、3週目が終わり緑団が優勢になっているようだけど、次の黄団と赤団の選手に観客の視線が集まる。
遠目で微かにわかるけど、2人は何かを話している。
私もすぐにヘッドフォンを耳に当て、その2人の会話を傾聴する。
『いやぁ~、俺なんかが団長の代わりにリレーに参加するとは思わなかったなぁ~』
『私もおまえが出てくるとは思わなかった。流石に予想外だ。最終種目に勝手に選ばれた時は辞退しようと思ったが、おまえが出るなら楽しめそうだ』
『偶然だよ、偶然。黄団の中で3番目に足が速かったのが、俺だっただけだから。運命の神様に感謝しないとね。君の素晴らしい才能を間近で感じとることができるんだから』
1番目は黄団の団長だとして、多分2番目は石上真央。
円華が体育祭で本気を出すとは思えないしね。
『ほぉ、私の力を計ろうとするか。それならば私に後ろから食らいつくことだな。できるのなら……なぁ、梅原?』
『俺は無能な凡人だからね。全力で頑張るよ、鈴城さん』
緑団と青団の3走者目が近づき、4人目の走者が助走を始めてはバトンを渡される。
離れていく2人のことを無視し、後ろから迫る黄と赤の走者を見る梅原と鈴城。
僅差で赤団が優先の状況で、2人にもバトンが渡る。
その瞬間、梅原が呟いた。
『少しは期待に応えてあげるよ』
鈴城が足を前に出した瞬間、梅原はもう両腕を速く前後に振っていた。
その時、その場に居る全員を置き去って2人だけの速さの世界になっていた。
観客はその瞬間、息をするのを忘れていた。
風を切る音が聞こえ、一瞬強風が発生する。
青団と緑団の走者は、自分たちが左右から追い抜かれたことに気づくのにタイムラグが起き、その時にはもう2人はコースの半分に到達していた。
速さは互角であり、内側のコースを走っている鈴城の方がカーブで有利な状況。
その中で、2人の心の中は正反対。
『大したものだ、この私と同等の速さで走るとはな。楽しませてくれる!!』
接戦を繰り広げては興奮を隠せない鈴城。
『まだだ、君の実力はこんなものじゃないはずだよ。君の素晴らしい力を俺に感じさせてくれ』
彼女に更なる強さを求め、その輝きを渇望している梅原。
2人だけの加速の世界だったけど、1周が終わりバトンを受け渡さなければならない時が訪れる。
青団や緑団と大きな差を作り、黄団と赤団の勝負になる。
梅原と鈴城はほぼ同時にバトンを次の走者に渡した。
走り終えた梅原は両膝に手をついて肩で呼吸をするけど、鈴城は息が上がっていない。
『はぁ……はぁ……ふぅ~。流石は鈴城さんだね、追いつくので精いっぱいだったよ』
『……おまえは自分を凡人と言うが、認識を改めた方が良いな。少なくとも、おまえは無能ではない』
『いいや、無能だよ。俺はただの凡人の延長線。彼に比べたら、足元にも及ばない』
『その彼とは……?』
『……聞く必要、あるかな?』
2人の思う男は共通だったのか、同時にフッと笑みを浮かべていた。
その後、最終レーンで先にテープを切ってゴールしたのは赤団だった。
これで、今日の体育祭の最終的な結果が出ることになる。
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閉会式の直前。
集計結果が出そろい、最終的な団の順位が貼り出される。
注目しなきゃいけないのは、青団と黄団の順位。
だけど、もう結果を見るまでもなく私には順位がわかっていた。
後半の競技では黄団と青団の差は縮まっていたけど、前半の競技でついた差が大きかった。
「そうなる……よね」
どこかで期待していたのかもしれない。
円華なら、何とかしてくれるんじゃないかって。
さっきの一言を聞いたら、余計にそう思ってしまったんだ。
だけど、奇跡が起きることは無かった。
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体育祭 結果発表
1位緑団
2位青団
3位黄団
4位赤団
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青団は黄団に勝利した。
これで、私はFクラスに落ちることになってしまった。
後ろから不気味な笑い声が聞こえてきては、人混みを強引に割いて今一番会いたくない男が取り巻きを連れて近づいてきた。
「クフフフッ。よぉ、最上、どんな顔をしているか見に来てやったぜ?」
結果は受け入れている。
今更、何をどうしようとも抵抗にもならない。
だけど、気持ちの整理はつけたかった。
無視してテントに戻ろうとすると、その前に長身の男が無言で立ちふさがった。
「そう逃げようとするなよ。逆に感謝してほしいくらいだ。俺は椿の魔の手から、おまえを救ってやるんだぜ?敬われこそすれ、憎まれる筋合いはねぇなぁ」
「あんたの偽善を私に押し付けないでよ……!!」
何も知ろうとしないで、勝手に円華を悪者扱いした柘榴に反抗的な目を向ける。
それを正面から受け止め、愉快と言った黒い笑みを浮かべる。
「その反抗的な目がたまらねぇよ、最上……いや、恵美。これからは俺が椿に代わって一緒に居てやるんだ、喜べ」
「最悪……殺してやりたいくらいに嫌い」
「クフフフっ。殺せるものなら殺してみろよ?屈服させるには、圧倒的な実力差を示した方が早い」
私と柘榴の並々ならぬ雰囲気に、部外者は早々に離れていく。
その中、歩み寄ってくる柘榴に対して誰かが「待って」と声をかけた。
近づいてきたのは、成瀬や住良木だった。
「柘榴くん、私のクラスメイトに何か用かしら?話なら私が聞くわ」
「部外者は引っ込んでろよ、成瀬ぇ。これはもう、俺たちBとFクラスの問題だ。Eクラスのおまえらが首を突っ込むことじゃねぇぜ」
不可解で受け入れがたい柘榴の言葉に、住良木が不安な表情をして柘榴に問いかける。
「何を言っているの?柘榴くん。最上さんは私たちと同じEクラスだよ。私の友達を解放してもらえないかな?」
住良木に『友達』と呼ばれるのは毛が逆立つほどに気持ち悪かったけど、今は耐える。
無駄な内輪揉めをしている暇はない。
「クフフフッ。確かにこいつがEクラスなら、俺たちにも干渉できないかもしれない。しかしなぁ、こいつは俺とゲームをした。そして、それに負けた。敗北したときの条件は、Fクラスに落ちることだ。ほら、もうEクラスじゃないだろ。なぁ?恵美」
肩に手を回され、強引に身を寄せられる。
違う、久実を人質に取られて強引にゲームを迫られたんだ。
だけど、ここで抵抗したら住良木はともかく成瀬に被害が及んでしまう。
成瀬だけじゃない、久実だって酷い目にあわされるかもしれない。
今はどんな嫌なことをされても耐えないといけないんだ。
どんなに受け入れたくないことも受け入れないといけないんだ。
柘榴は敗者である私に同意を促す。
「ほら、言ってやれよ。『私はもう柘榴様の物だから、もう関わらないで』ってさぁ、クフフッ」
「っ!?……わ、私…は……」
体操服の上から柘榴が私の右胸に手を這わせる。
それを見て、成瀬は目を見開いて拳を握って震わせる。
「あなたって言う人は、どこまで人でなしなの!?」
「クフフフっ……クハハハァ!!誉め言葉だぜ、成瀬ぇ。俺はもう人間として大事なネジが何本も外れているんだ!!人であることを止めているのさ。目的のためになぁ!!」
いかれた目をして見る柘榴。
その異様な覇気に一歩下がりそうになる成瀬だけど、踏み留まっては奴を見据える。
柘榴の後ろには、長身で筋肉質な男と内海景虎が居る。
成瀬が手を挙げようとすれば、2人が柘榴の命令で止めに入ることは言うまでもない。
最悪、必要以上に痛めつけられる。
柘榴はそれを狙って、私を使って挑発することで成瀬を怒らせようとしているのかもしれない。
住良木もわかっているからか、動こうにも動けないと言った様子だ。
この場を支配しているのは、どう見ても柘榴の異常さだ。
閉会式が始まるまで時間がない。
柘榴が「行くぞ、恵美」と言って私の手を強引に引いて成瀬たちに見せつけるように歩こうとする。
私がもう既に彼の所有物だと示そうとしている。
私は負けた。
この学園のルールは弱肉強食。
受け入れないといけないのに、柘榴の意志に従うことができない。
身体が動こうとしてくれない。
立ち止まっている私に対して、それが反抗心からだと思われたのか、柘榴は怪訝な顔を浮かべる。
「おいおい…。クフフッ、いいねぇ…。ご主人様に対して、初っぱなから反抗か?それなら、ここで最初の公開調教をしてやるよ!!」
手を離し、平手を構えては私の頬に振るおうとする。
身体が委縮して、防御の構えができない。
目を瞑って痛みに耐えようとすると、顔の前でパンっと甲高い音が響いた。
半歩下がって恐る恐る目を開けると、柘榴の手を横から誰かが掴んで止めていた。
「そこまでにしておけよ、柘榴」
「……やっと登場かぁ?待ちくたびれたぜ、椿」
柘榴の手を止めたのは円華だった。
「椿ぃいい!!」
後ろに居た内海が過剰に反応して円華に襲いかかろうとするけど、それを柘榴が「待て」と言って止めた。
おそらく、分が悪いと思ったんだ。
円華の後ろには桜田奏奈も居たから。
「暴力沙汰を起こすなら生徒会が処罰することになるわよ、柘榴恭史郎くん?」
「クフフッ…椿だけでなく、桜田家の次期当主まで来るとはなぁ。流石に生徒会と事を構えるには、こっちもまだ力が足りねぇ。今は引いてやるよ……今はな」
円華が手を離すと、柘榴は2人を交互に一瞥してから取り巻きの2人を連れて離れて行こうとする。
その前に円華が声をかけた。
「待て、柘榴。おまえに渡すものがある」
「あぁ?おまえは俺に負けたんだぜ?指図してんじゃねぇよ。敗者の分際で、勝者に対して頭が高いぜ」
「どっちが勝者でどっちが敗者かなんて関係ない。これを見れば、おまえは俺の話を飲まずにはいられないはずだ」
円華はスマホを取り出して、1通のメールを柘榴に送信した。
それを奴が確認すると、目を見開いて身体が震え始める。
「っ!?椿ぃ…てめぇ……!!」
「残念だったな、柘榴。勝負に勝てば、おまえの思い通りになるなんて誰が決めた?」
メールを見ては余裕が消えて焦りを見せる柘榴と、冷静に奴を見据える円華。
一体……何が起きているって言うの?
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